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第一章

11/見えるモノ

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 夢虚ゆめうつろの中、目が覚める。
 キーンと嫌な耳鳴りがした。

 ──耳鳴り? なんだ?
 
 寝ぼけまなこで薄めを開ける。
 目が開ききるより前にボヤけた視界で硬直した。
 まだ部屋の中は薄暗い。

 ──あ、あれ? 目が開かねぇ……。
 それどころか体が動かねぇ

 開かないどころか瞳を閉じる事もできずにまぶたが人形にでもなったかのように固まる。
 手足どころか指一本にいたるまで動かない。
 声も出せない。

 ──か、金縛り!?

 キーン、キ──ン、キ────ン
 どんどん耳鳴りのトーンが高くなっていく。
 不協和音ふきょうわおんのように鼓膜を引っ掻き回す。
 じとーっと嫌な汗が背中に流れるのがわかる。
 
「………ぃ………ゃ……」
 
 ふにゃふにゃと聞とれないくらい声がする。
 耳で聞くというよりは、直接脳に伝えてくる感覚。
 キミが悪い、気持ち悪い、怖い。
 よく聞き取れないのだが、なんとなくで女性だと言う事を悟る。

 ──なんだ……、誰だ? 何言ってんだ?

 足元に何かがいる気配がした。
 何かが、サワッと足首を触れた。

 ──なんか来た……。

 ブツブツ言いながら体を這う様に登ってくる。

 ──うわー、なんか上がってくる。
 ん?
 もう一体いる!?

 お腹周りに一体、更にその下からもう一体が足から虫の様に這い上がってくる。
 ヒタ、ヒタ、ヒタと冷たい感触が
 ゆっくり、ゆっくりと体を登ってくる。
 胸元に二体の気配が止まった。

 ──来る!?

 トクンットクンと心音が高鳴る。
 恐怖を押し殺し、いや──恐怖がゆえに、
 視線を胸元の気配に落としていく。

「おはようにゃ」
「おはよう」

 ──おめぇーらか!

 ひょこっと金髪の西洋幼女と猫耳をピクピクさせた猫娘の童女が顔を出す。
 いったんとメリーがムカつくほど、ニヤニヤしていた。

 ──普通に起こせよ……。

 これがここ最近の目覚め方だ。
 前はよく千鶴に起こされていたが、今は妹より起床が早い。怪異のくせに朝が早い。
 
 毎朝五時四分に決まって金縛りを仕掛けてくる。
 あの独特な嫌な心地のせいで二度寝する事なく、最悪な気分で起きられる。

 緊急地震速報ばりの目覚めを提供してくれる。
 怪異目覚まし……。

 ◇◇◇◇◇◇

 トースターからパンの焼き上がりを告げるベルが鳴った。
 目玉焼きと焼けたハムの香ばしい朝食の香りがダイニングを漂う。
 みっちゃんが、せっせと台所に立つ。
 
 今日は日曜日。
 特に予定もなく、ゆっくり寝ていたかったが朝早くから起こされた。

「おはよ~」
「おう」

 千鶴が起きてきた。
「はい、どうぞ」とみっちゃんが、朝食をテーブルに運んできた。

「はぁい」
 と千鶴は例の如く、俺の皿と自分の皿を交換する。

 ──年中無休で隣りの芝は青い。

「それは、そうと高田馬場ゲートウェイ・ウェストパーク見た? キング超~かっちょ、よかったよー!」
 千鶴は興奮しながらドラマの内容を語る。
「やめろ! まだ見てねーんだよ」
 右手で妹の口を塞いだ。

 この妹はこれ見よがしにネタバレを吹っかけてくる。それが趣味と言っても過言じゃない。
 もはや怪異だ。ネタバレの千鶴、要注意だ。

【高田馬場ゲートウェイ・ウェストパーク】は、大人気の月九ドラマだ。
 高田馬場ゲートウェイ駅を舞台にギャングと暴走族が対立するドラマで、中でも主人公の親友役のキングと言うキャラが際立って大人気だ。
 
 ホワイト・スネイクというギャングの頭をしていて、白のタンクトップ、白のズボン、金髪オールバックがトレードマーク。

 このドラマの影響で、全身白で統一するコーディネートが巷で流行っている。
 この宇都宮市内にも、それに影響されてか白のカラーギャングが結成された。
 千鶴もこのキングと言うキャラが大好きだ。

「はい、デザートね」
 みっちゃんがテーブルの上にシュークリームを置く。
「あッ、シュークリームじゃん!」
 千鶴は嬉しそうに笑った。

 また例の如く、千鶴は当たり前のように俺のシュークリームの皿に手を伸ばす。
 いつもの、したり顔だ。
 自分の手前まで持って行く────、

 だけだった……。

 ──交換しないんかいッ!

 貪欲な妹は満面の笑みを浮かべ、そのままシュークリームを怪獣のように貪る。

 ──まぁいいけど……。えーと、今何時だ?

 時計に視線を向けると時刻は九時を回っていた。
 兄弟ってのは、時に驚くシンクロ率を魅せるもんだ。妹の頭も同時に同じ方向に動き、時計を見ていた。

「あっ、やばい! もうこんな時間じゃん!」
 慌てて口いっぱいにシュークリームを突っ込む。
「どっか行くのか?」
「うん、ともちゃん家!」
 
 飛び出したクリームが、口の周りを幼子のように汚れす。
 妹は慌ただしく立ち上がり、窓ガラスに映る自分を見てササッと手早く髪型を整えた。

 今日のコーディネートは、水玉のロングスカート、紺色のダボっとしたノースリーブの服。
 
 ──パンツは……。
 
「おい!」
 と俺。
「ん、なに?」
 振り返る千鶴。
「ここ汚れてるぞ」
 そう言いながらスカート裾を掴み。
「どこ?」
 と聞く千鶴の顔までめくり上げる。

「ほら、ここ」
「どこ?」
「だから、ここだって」
 さらに上までめくり上げ、妹の頭を裾が通過する。

「いや、気のせいだったわ」
 そう言ってスカートを戻す。
「なんだしッ、テイッ!」
 と俺の胸元にチョップを入れた。

 ──紺色か。
 
「気をつけろよ」
 俺が言う。
「気をつけてねー」
 みっちゃんも洗い物をしながら言った。
「いってきまーす!」
 
 千鶴が玄関を出て行く音がする。
 それから少し静かな時間が経ち。
 遠くからバイクのエンジン音が聞こえてきた。
 
 ウォンッウォン──ウォンッウォンッブンッウォンッ──
 
 暴走族が良くエンジン音で奏でるコールが唸る。
 およげ、たいやきくんのリズムでエンジンを高音域と中音域を唸らせ家の前を通り過ぎて行く。

 ──ゼファーの音……。力漢もどっかに出かけたか?

 エンジンの音とおよげたいやきくんリズムで俺は過ぎ去った人物が力漢だと悟った。
 徐々にエンジン音が遠くなって行く。

「ごちそうさま」

 俺も出かける事にした。
 特に行くあてもなかったので近場の書店まで歩いて行く事にした。
 メリーともう一人の鈴蘭と対峙してから、今までなかったはずの霊感と言うモノに目覚めたらしい。

 困った事に俺が見る怪異は、もう一人の鈴蘭同様に、ほとんど生きている人間と見分けがつかない。
 何もなければ普通の人のように、平然と存在している。

 ただ、あからさまにいる場所がおかしい奴も多い。
 自動販売機の上におばあちゃんが座っていたり。
 電柱の上で母と子の親子が、しがみついていたり。
 学校の手洗い場の上に女が立っていたり。
 見た目は普通の人間と変わらないが、行動がおかしかったりする。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 
 曲がり角を曲がるとスーツ姿の男性が大きな声で深々と道路のど真ん中で土下座をしていた。

 ──酔っ払いか。可哀想に……、きっと怒られてばかりなんだろうな。サラリーマンは大変だ。

 そう思いながら、華麗に見て見ぬフリをして通り過ぎ、二〇メートルくらい進んだ。

 ──いや、待てよ? 人生でこんなところで土下座してるやつなんて、なかなか見れんよな……。
 もう一回くらい見て、目にやけつけとくか。
  
 そんな事を思って、酔っ払いの方へ振り返った。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 ──えっ!? なんで!?

 二〇メートル程進んだ後なのに、その酔っ払いは俺の真後ろ、すぐ足元で土下座をしていた。

 ──ありえん。瞬間移動!?

 サーと血の気が引いて行く。
 ゾクゾクと寒けが走り抜ける。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 狂ったように謝り続ける。
 よく見ると、
 ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッ──ゴン
 鈍い音を立てながら、頭を地面に打ちつけている。

 ──うわぁッ、血が出てる……。

 路面が真っ赤な血に染まっていく。
 永遠に続ける不可思議な寄行に、この世のモノでない事を悟った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ──どうしよう……。

 明らかに見えたことが、この怪異にはわかってしまった。どう対処していいかわからずに天を仰いだ。

「國枝くん」

 背後で俺を呼ぶ女性の声がした。
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