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ー第4章ー

56/氷の日常

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「この香辛料は美味いな」
「そうだろう。この地でしか取れないモノだ」
「癖になりますよね~」
「この環境も厳しいだけではなく、それなりにいいモノもある」
「ほぅ……と言うと?」
「そうさな、特にこの地で採れる葡萄酒はいい。私は好きだ」
「確かに絶品だ」
「それにここの兎の肉の味は寒さで身が引き締まり風味がいい」
「あ~確かに! なんか違うなって思ってたんですよ~」
 アレスが肉を頬張りながら割って入る。
「フッ」
「しかし、それだけではこの寒さは耐えかねる」
「景色もいい。真っ白で私は好きだ」
「それで?」
「わからぬか?」
「嫌いではないが、それだけでは耐えかねる」
「ふむ……」
 レイチェルが考える。
「星空はどうだ? ここの星はとても綺麗だ。私は1人で葡萄酒を飲みながらよく眺める」
「意外とロマンチストなんだな」
「好きではないか?」
「嫌いではない。だが、それでは耐えかねる」
「つまらぬ男だ」
 グラスにワインを注ぐ。
「強さを極めたモノは、欲がないのだな」
 レイチェルは鼻で笑い、注いだ葡萄酒を口に流し込んだ。
「貴様らが弱いだけだ」
「あ~それ言っちゃいます?」
「耳が痛い……」
「ははははは」
 この女もこんな顔をして笑うのだな。
 こうして見ると絶世の美人だ。
 
「ところでそろそろ聞いてもいいですか?」
「何をだ?」
「やめておけ」
「何をだ?」
「あの……」
「やめておけ」
「言ってみろ。今の私はとても機嫌が良い」
「じゃあ遠慮なく……、レイチェルさんって500……ブホッ!」
 アレスが裏拳で吹っ飛ばされた。
 だからやめろと言ったんだ……。

 このユーラ島で暮らし初めて早いもので1月が過ぎた。
 フィンやエルザ、マーリンはどうしているだろうか?
 ルイーダやエレイン、家族も心配だ。
 俺達は相変わらず剣王に太刀打ち出来ないでいる。
 
「発ッ!」
 剣と刀がぶつかり合う。
「……」
「乱れ斬りッ!」
 二刀流による上下斜めの回転斬りを放つ。
「……」
 無言でネクロムを跳ね上げ弾き飛ばす。
「くッ──」
「貴様は今日は良いだろ」
「これでか?」
 相変わらず1本もとれていないが……。
「そこで休んでおれ、次ッ、アレス!」
「はい!」
「構えよ」
「行きますよ~!」
 アレスと交代する。
「うああぁー!」
「……」
「ぐはッ」
 雪に埋もれる。
 
「さて、夕食の支度をしてきてもらおう」
 いつしか俺達と剣王との間では、倒された数の獲物をとってくるという無言の誓約が成された。
「貴様は(アレス)17匹。貴様は(ジレン)は8匹だ」
「は~い」
「仕方ない……」
「先に帰るぞ」
 レイチェルは先に帰宅した。
「さぁ、さっさと狩りに行くぞ」
 パイクプレスのおかげで肩を痛める事はなくなった。エレインに感謝だ。いつかこの剣王の話をしてやりたい。
「レイチェルさん、最近少し柔らかくなりましたよね~」
 雪道を歩きながらアレスが話す。
「そうかもな」
「相変わらず目がやばいんですけどね~。怖すぎます」
「フッ」
 俺は鼻で笑って返す。
「レイチェルさんって鬼みたいに怖いけど、意外と美人ですよねー。マーリンさんと並ぶと凄い絵になますね」
「まぁな」
「あッ兎!」
 アレスが走る。
「お先に~ッ!」
 アレスが笑顔で振り返る。
「僕は17匹も取らないといけないのでね」
 俺はアレスの狙った獲物にムラサキを投げ刺した。
「あッ、ずるいですよ~、ジレンさ~ん!」
「はははははは」
「はぁー、本当にジレンさんといいレイチェルさんといい容赦ないんだからー」
 アレスは不貞腐れる。



 ──夕食。
「ほぅ……それで、そやつは何物なのだ?」
「自称魔王軍幹部と名乗っていたんですけど」
「ふむ」
「それがですね~、なんと敵の黒幕は王様だったんですよー!」
「なんと……」
 俺達は時より冒険の話をレイチェルに語り聞かせる。こんな何もない極寒の土地で何百年も1人で住んでいるからか興味を持ってよく聞いている。
 いい娯楽になるのだろう。
 しかし、レイチェルの方から自分の話をする事は一切なかった。
「面白い話があるんですよ」
「どんなだ?」
「ジレンさんの息子、僕と2つしか変わらないんですけどね」
「ほぅ……」
「あの直筆の本読んでくださいよ。この殴り書きの数ページ。笑えますよ?」
「あまりエレインをネタにするな。あいつはあいつなりの考えがある」
 ニヤニヤしながら〝筋トレ・ノート〟を手渡す。
「……」
 レイチェルは無言で数ページ、ペラペラめくる。
「これは………、何モノだ?」
「何がです?」
「とてつもない名言だ。私の心に響いたぞ」
 響いたのか!?
「え?」
 アレスが固まった。
 俺には理解が及ばないが、剣王には響いたらしい……。
 開いているページを覗くと「今見知らぬ男がドアから入ってきて、君の首元に剣を突きつけて「あと2回やれ」と言ったらどうする? 死に物狂いでやるだろう? 追い込むとはそういうことだ」と書いてあった……。

 ──次の日

「ぐあああッ」
 アレスが吹っ飛ばされ、倒れ込む。
「ぐはッ」
「そろそろ気付け、たわけ者。貴様の中のバーサークはコントロールが可能だ」
「え!?」
「貴様がその気になれば自在に操れる」
「ど、どうすれば?」
「自分で考えろ……」
 驚いた。そんな事が可能なのか?
 確かに浸食をコントロールしているレイチェルが言うのだから説得力はあるが……。
「次ッ、ジレン!」
「行くぞ!」
「はぁぁぁぁ──ッ!」
「…………」
 
 淡々と剣がぶつかり合う音だけが響く。
「今日は貴様は(アレス)10匹、貴様は(ジレン)6匹だ」


 ──数日後。
「貴様は(アレス)8匹。貴様は(ジレン)3匹」

 更に数日後。
「貴様は(アレス)3匹。貴様は(ジレン)1匹。
 
 ある晩。
「お、おいアレスやめておけ……」
「どうしたんですか~? いつもクールなジレンさんがそんなに動揺してしまって……」
 勇者が勇者らしくないゲスな顔をしている。
「巻き添えは、ごめんだ」
 アレスの奴、勇者のくせにレイチェルの風呂を覗こうという試みだ。
 どう考えても巻き添えは被る。
 
「何も見ないで巻き込まれるか、いいモノを見て巻き込まれるか2択に1つです」
「アレス……お前な……」
 興味がない訳ではないが──、確実に死ぬかもしれん。しかし何もしないで巻き添えを食らうなら、見てやられた方がいい。
 多分、こんな思考になるのは俺も酔いが回っている……。
 
「なら、行くしかないな」
「そうこなくっちゃ、フィンさんならもう即答でしたよ!」
 
 決死の覚悟で洞窟の奥の岩風呂に近寄る。
 生唾を飲む。
 心拍数が高くなっている、鼓動が高鳴る。
 
「(あの角を曲がれば……、ぐふふふ)」
「(しゃべるな、殺されるぞ)」
 アレス、いつからこんなゲスな顔をするようになったんだ……。
「(行きますよ)」
「(あぁ)」
 
 湯をかける音がする。
 丁度、体を流しているようだ。
 顔を少しだけ出し、岩陰から覗く。
 レイチェルの美しい裸の後ろ姿が露わになった。
 あまりの美しさに一瞬、時が止まった錯覚を覚えた。
 アレスは鼻血を垂らしている。
 
「いい度胸だ」
 
「(へッ!?)」
 気付かれた!?
 
「貴様ら、覚悟はできているようだな?」
 レイチェルは後ろ姿のままタオルを体に巻きつける。
「いや、あのですね~、えーと」
 必死に言い訳を考えるアレス。
 レイチェルがこちらをゆっくり振り返った。
 湯掛けの桶が飛んできた。
 それに気をとられた瞬間。
「あ、あれ?」
「──ッ!」
 消えた!? 見えないッ!
 気付いた時には、俺達の背後にバスタオル1枚の姿で立っていた。
「さて、どうしてやろうか」
 振り返った瞬間。
「ぐあっ!」
「ぶはっ!」
 俺達は顔面に回し蹴りをもらいその場に倒された。
「その度胸に免じて今日は外で寝かせてやる。喜べ」
 こんな極寒で外で寝ろと?
「鬼だ──」
 
 
 そして更に数日後。
「はぁ──はぁ──」
「ここまで」
「ジレンさん、すげー」
「ふむ。今日は貴様(アレス)の1匹になってしまったな」
 俺は初めて倒れる事もなく凌いだ。
 しかし未だにレイチェルから1本もとれてはいない。
 凌ぐだけでは意味はない。
 倒されてでも1本取りに行くべきだった。
 
「私も狩りに赴く時が来るとはな」
 そう言ってレイチェルは、一瞬だけ微笑んだ。
「さぁ狩りに行くぞ。モタモタするな」
「はい!」

 その日の夕食。
 
「今日は特別に私が長年保管していた葡萄酒を馳走しよう」
「どういう風の吹き回しだ?」
「なに丁度よい飲み頃合いだと思ってな」
「ほぅ……」
「150年モノだ」
「うわービンテージですね~」
 レイチェルはグラスに特別な葡萄酒を注ぐ。
「開けちゃっていいんですか?」
「あぁ、その変わりとびきり面白い話を聞かせろよ」
「まかせて下さい」
「いい香りだな……」
 特別な葡萄酒の香りは注ぐだけでもその食卓を包んだ。
「呑んでみろ」
「では……」
 俺は葡萄酒をひと口流し込んだ。
「う、美味いな」
「そうだろう」
 レイチェルはご満悦と言った表情だ。
「うわ~、すごい芳醇ですね、これ!」
 レイチェルは得意げに鼻で笑ってみせた。
 
 これだけ生活を共にすると多少の畏怖の念はあるものの、あの冷淡な対応と死んだ目にも慣れる。
 何よりレイチェルは美しい。人間らしい一面も垣間見る。気持ちの中では、いくら〝初代勇者殺し〟とは言え俺達にとっては良き師であり仲間だ。
 
「それで、ですね」
「ふむ」
「マーリンさんは、僕を騙して置き去りですよ!」
「ははははは」
「僕はもうテンパって大変でした。全身のドロを塗ってヘドロの魔物の振りをして凌いだんですよー」
「マーリンらしい」
「いや、笑い事じゃないんですってば!」
「しかし貴様らの旅は愉快なモノだな。私とは大きな違いだ」
 レイチェルは遠い目をして微笑んだ。


 ──次の朝。
「起きろ」
 レイチェルがアレスに蹴りを入れ起こす。
「痛ッ」
 椅子から転げ落ちる。
「どうした?」
「喜べ」
 なんだ? いつもより早いぞ。
「「?」」
 アレスと顔を合わせる。
「ジレン、貴様の卒業試験だ」
「卒業?」
「あぁ……最後の試験だ」
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