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高等部3年生
最終話(後編)
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デートから数日ほど経ったある日の朝。
待ち合わせしたカウイと一緒に登校していると、少し先でこちらを凝視しているルナの姿が見えた。
「アリア、おはよう」
「おはよう、ルナ。早いね」
雰囲気的に私たちが来るのを待っていたらしい。
何か用事でもあるのかと思っていたら、ルナがカウイの方へと視線を向けた。
いつになく、ルナに気合が入っているように見える。
「カウイ」
「うん? おはよう、ルナちゃん」
「……おはよう」
小さな声で挨拶を返すと、ルナが呟くように話を続けた。
「アリアを泣かせたりしたら……切る」
へっ!? そんな物騒な!!
「あっ。本音を言っちゃった。……じゃなくて、私と兄様がいつでもアリアを奪いに行くから」
いつもより少しだけ大きな声でルナが宣言をする。
その言葉を聞いたカウイが、笑みをこぼした。
「ありがとう。肝に銘じておくよ」
「それと──」
『奪いに行く』という言葉が気になるけど、ルナの愛情を感じてキュンとしちゃった。
……って、まだ何かあるの??
「カウイなら……セレスみたいにうるさくないし、ミネルじゃないし……4人で一緒に暮らしてもいいよ」
ここにはいない罪無き2人が、普通にディスられている。
それにしても……4人で一緒に暮らす?
一体、何の話??
「アリア、また後でね。…………カウイも」
微かに顔を綻ばせると、ルナは何事もなかったように去って行った。
私同様、不思議そうな顔をしているカウイと目を合わせる。
「4人は……リーセさんとルナちゃんかな?」
「そうかも。そういえば、ルナは私と一緒に暮らすって前から話してた」
でもそれって、私に好きな人がいない時の話だと思ってたな。
何より、半分冗談で言ってるのかと思ってたんだけど……。
まさか……カウイも入れて、一緒に暮らそうとしてるの!?
「ルナ、もしかして本気なのかな……」
「うーん……アリアとずっと一緒にいられるのは嬉しいけどね。一緒に暮らす?」
妖艶な笑みを浮かべたカウイが、顔を傾けながら尋ねてくる。
ルナからの提案に戸惑う私に対し、カウイはどこか楽しそうだ。
「そうは──」
「それはあり得ないわ!!」
「ないね」
私が答えるよりも早く、後ろから否定的な声が聞こえてくる。
振り返ると、セレスとマイヤ、エレがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
セレスの言葉を遮ったマイヤはご機嫌斜めらしく、不満げに眉根を寄せている。
「マイヤ! それにエレも! 私が話そうとしていたのよ! 邪魔をしたわね!!」
「……相変わらず、セレスは騒がしいね」
呆れたようにエレがセレスへと視線を送っている。
確かに、セレスは今日も元気だ。
「それより……カウイさん」
「"それより"とはどういう事よ!」
言うと同時に、エレがくるっとカウイの方を向く。
怒っているセレスを完全に気にしていない……。
「学生なので。そういった話は卒業後、アリアの気持ちがまだカウイさんにあった時に……じゃないでしょうか(どさくさに紛れて何を言ってるんですか)」
にっこりとカウイに笑い掛けたエレが、今度は私の前に立つ。
私の手をギュッと握り、可愛らしい顔を向けてくる。
「僕はまだ“アリア離れ”ができていないんだけど……アリアは違うの? 僕と離れたい? 」
エレが少し悲しそうな目で私を見つめてくる。
うっ。
……可愛い。
「離れるのは……私も寂しい」
「だよね!」
食い気味の『だよね』だった気が……。
エレが私の手を握ったまま、再びカウイの方へと目線を動かした。
「そういう事ですから。カウイさん」
どんな表情をしているのかまでは見えないけど、きっとカウイもたじろぐほどの笑顔を見せているに違いない。
それにしても私と離れるのが寂しいなんて……やっぱりエレは可愛いなぁ。
弟の愛らしさに浸っていると、エレの手が突然スッと離れた。
「アリアをここに残しておきたくないけど、授業が始まるから行くね」
「うん。行ってらっしゃい」
手を振り、エレを見送る。
すると、校舎の方へと歩き出していたエレがピタッと足を止め、振り向いた。
ん? どうしたのかな??
「セレスも同じ授業だよね? 行くよ」
そうなんだ!
……そっか。2年生からは自由に科目を選べるから、一緒の授業もあり得るのか!
「わ、分かってるわ。アリア!」
声を掛けられた事に驚いたのか、セレスが少しだけ動揺している。
「言いたい事は沢山あるけれども、親友を差し置いてルナと一緒に住むのは反対よ! ……それでは、お先に失礼するわ」
待っているエレの元へ、セレスがつかつかと足早に歩いて行く。
小さい頃から、2人は仲が良かったよなぁ。
エレもセレスには遠慮なく甘えてるし。
2人が並んで歩く姿を微笑ましく眺めていると、背中に何か負のオーラのようなものを感じた。
これは……マイヤだ!
危うく忘れてしまいそうだったけど、不機嫌なままなんだ。
「私はルナちゃんがいてもいなくても早いと思う……じゃないわ。ルナちゃんも一緒に住む話を、ついつい受け入れそうになっちゃったじゃない」
誰に言うでもなく、マイヤが一人ツッコミをしている。
「私が言いたいのはそういう事じゃなくて! アリアちゃんとカウイくんが一緒に住むのは、まだまだまだ早いと思うの!!」
マイヤが強い口調で話している。
いつも(人前では)可愛いトーンで話すのに……今日はどうしたのかな?
一緒に住む話なんて、今さっきカウイの口からぽろりと出たばかりの、新鮮とれたてな話題なんですが……。
それに、カウイも話の流れ上、軽い気持ちで言ったような気がする。
「俺はアリアが望むなら、全然早いとは思わないよ。いつでも準備はできてる」
急な話にもかかわらず、カウイは一切動揺せずに笑顔で答えている。
ある意味、カウイって誰よりも冷静な気がしてきた。
「私ですら……私ですら……まだなのに! つい最近、恋愛に目覚めたばかりのアリアちゃんには早いわぁ!!」
今にも掴みかかりそうな勢いでマイヤがカウイを責めている。
そんな2人の姿を一歩離れた位置で見つめながら、ボソッとつぶやく。
「荒れている……マイヤに何が……」
「……サウロ兄様の帰りが長引くそうだ」
──エウロ!!
いつの間にか、私の横にエウロが立っている。
「えっ! そうなの!?」
「ああ。昨日聞いたんだ。恐らく、マイヤの耳にも入ったんだと思う」
それで……あんなにもやさぐれているのね。
一人納得していると、エウロがチラチラと私の方へ視線を向けてきた。
「どうしたの?」
「その……アリアは……寮を出てカウイと一緒に住むのか?」
ルナの4人で暮らすという話題から、伝言ゲームのようにどんどん話が膨らんでいっている。
「それはあり得ない」
???
あれ? 私はまだ答えてないよ??
エウロと一緒に周りを見渡すと、こちらに向かってすたすたと歩くミネルの姿がある。
「だろう?」
ミネルはそのまま私の横で足を止め、覗き込むように顔を合わせてきた。
まぁ、その、付き合い始めたばかりなので、さすがにまだあり得ないとは思いますが……。
「そうだけど……いずれは、ね」
一緒に暮らせたら、今よりもっと幸せな時間ができるだろうな。
照れながら私が話すと、ミネルが軽く息を吐き出した。
「安心しろ。そんな日はやってこない」
「……ん? んん?」
まさかの……全否定!!
久しぶりにミネル節全開!?
「そんなの分からないよ! どうして、そう言い切るの!?」
「どうしても何も、この先どうなるかなんて誰にも分からないだろう?」
正論ミネル。
そう言われると……そうだけど、さ。
口を閉じた私に向かって、ミネルがニヤッと笑った。
あっ。嫌な予感。
「僕の頭はカウイからアリアを奪う作戦に切り替えている。覚悟しておけ」
ん? ……ええっ!?
でも、確かあの時……あれ??
「私の気持ちは分かったって……」
私の言葉に、ミネルが一瞬だけ悩むような素振りを見せる。
けれど、すぐに何かを思い出したのか、一度だけこくりと頷いた。
「ああ、あれか。『アリアの気持ちは分かった』と言っただけだ。アリアの“今の気持ち”はな」
当たり前のように告げると、ミネルは楽しそうに去って行ってしまった。
私はといえば……全くもって状況が飲み込めていない。
「ええ……ええ!?」
「ええ……ええ!?」
隣で聞いていたエウロも、一緒になって驚いている。
ちょっと待って! ……えっ??
私が完全に動揺している中、クスッと笑う声が耳へと入った。
「ミネルらしい宣言だったね。おはよう、アリア、エウロ。……カウイとマイヤは立て込んでいるようだね」
いつも通り、さわやかな笑顔を浮かべたオーンがやって来る。
「……おはよう、オーン」
「おはよう!」
私とエウロが挨拶を返すと、オーンが考えるように手を自分の顎元に当てた。
「そうだね……ミネルの気持ちも分かるかな」
「ん?」
それはどういう??
私の顔を見たオーンが、わずかに頬を緩める。
そのまま内緒話でもするように私の耳元まで顔を近づけ、そっと囁いた。
「すぐに諦め切れるような人を好きになった覚えはないからね」
「んん?」
言葉の意味がすぐに理解できずに固まっている私から、オーンが身体を離す。
「卒業まで、あと1年。これからも“自分の思ったまま”過ごしていくよ」
少し意地悪な笑みを浮かべつつ、満足そうに私を見る。
「エウロ、一緒に行こうか」
「……えっ? あっ、ああ……うん? どういう意味だ!?」
歩き出したオーンの後ろを、エウロが追いかけていく。
エウロは終始"分からない"といった表情をしていたな。
私もエウロと同じ気持ちだけど……なんだろう。
オーンとミネルに気持ちを伝えた時の悲しい気持ちや、流した私の涙を返してほしいと思ってしまった。
一瞬だけ……本当に一瞬だけだけど。
「うふ。面白くなってきたわ。サウロさんが戻るまでの間、いい暇つぶしになりそうね」
いつの間にか私たちのやり取りを見ていたマイヤが、顎に手を添えほくそ笑んでいる。
さっきまで不機嫌だったのに……悪い顔が出ているよ、マイヤ。
「うふふ。そうと決まれば……エウロくん、オーンくん!」
オーンとエウロを呼び止めたマイヤが、足早に去って行く。
マイヤがあの顔をする時は、嫌な予感しかしない。
その予感は当たってほしくないけど……残念ながら当たるんだよね。
「──俺たちも一緒に行こうか」
無事にマイヤから解放されたカウイが、私に向かって手を差し出す。
その手を握った瞬間、嬉しくて思わず顔がにやけてしまう。
ドキドキと安心が入り交ざったような不思議な感覚だ。
ゆっくりと歩きながら、伺うようにカウイを見上げた。
「カウイは今のやり取り……聞こえてた?」
「うん。聞こえてきた」
動揺した様子もなく、カウイが笑顔で答える。
いつも通りのカウイには見えるけど……。
「カウイが不安に思うような事はしないけど、何かあれば話してね」
「ありがとう」
カウイは自分の気持ちを優先せず、私の気持ちを優先しそうだから。
じっと見つめていると、カウイが小さく笑った。
「アリアが可愛い。もちろん、いつも可愛いけど」
「あ、ありがとう……って、今はそんな事を言っているわけではなく」
しどろもどろになりながらも答えると、カウイが優しく目を細めた。
「そうだね。言える事があるとしたら、俺は間違いなく、アリアを一生愛しているよ」
手を繋いで歩きながらの告白!!
突然の出来事に、思わず顔が赤くなってしまう。
「唯一、その気持ちだけは揺るがない自信があるから、少しも不安はないよ」
「えっと、カウイの気持ちは嬉しいけど……どうして?」
今の話と不安にならない理由が、私の中で繋がらない。
「要は『アリアを好きと想う気持ちだけで幸せ』という事を伝えたかったんだ」
私もカウイの事を好きだと想うだけで嬉しいし、幸せな気持ちになる。
そっか。
カウイも私と同じ気持ちでいてくれてるんだ。
どうしよう?
またしても顔がにやけてしまう。
一人我慢できずにいると、突如、きょろきょろと周りを見渡していたカウイの唇が私の頬に触れた。
驚きのあまり咄嗟に繋いでいた手を離し、キスされた左頬を手で覆う。
…… 本当に、カウイにはドキドキさせられっぱなしだ。
でも──
「カウイ」
グイッとカウイを引っ張り、私もカウイの頬にお返しのキスをする。
私の行動が予想外だったのか、カウイも目を見開き、唇の触れた右頬を触っている。
「ドキドキさせられっぱなし、っていうのもね」
たまには私だって……カウイをドキドキさせたい!
成功した事に満足しつつ、カウイと手を繋ぎ直す。
すると、困ったように空を見上げていたカウイの目が、再び私と重なった。
「……嬉しすぎて、今すぐアリアと2人きりになりたいけど──」
そう。現実は……これから授業だ……。
「でも、まぁ、これから、ずっとカウイが飽きるまで一緒にいられるからね!」
弾みで言った何気ない一言に、カウイが柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがたいけど、アリアと一緒にいたいっていう気持ちに飽きる事はないかな」
「……うーん。やっぱり、負けてる気がする」
圧倒的にカウイからドキドキさせられる回数の方が多いんだよなぁ。
……って、いやいや!
2人の時間はまだまだ始まったばかりだし!!
「これからの私に期待してて!!」
~FIN~
----------------------
長い間、ご愛読いただきました皆様、誠にありがとうございました。
----------------------
──ゲームを続けますか?
→ はい
──誰を選択しますか?
→ オーン
待ち合わせしたカウイと一緒に登校していると、少し先でこちらを凝視しているルナの姿が見えた。
「アリア、おはよう」
「おはよう、ルナ。早いね」
雰囲気的に私たちが来るのを待っていたらしい。
何か用事でもあるのかと思っていたら、ルナがカウイの方へと視線を向けた。
いつになく、ルナに気合が入っているように見える。
「カウイ」
「うん? おはよう、ルナちゃん」
「……おはよう」
小さな声で挨拶を返すと、ルナが呟くように話を続けた。
「アリアを泣かせたりしたら……切る」
へっ!? そんな物騒な!!
「あっ。本音を言っちゃった。……じゃなくて、私と兄様がいつでもアリアを奪いに行くから」
いつもより少しだけ大きな声でルナが宣言をする。
その言葉を聞いたカウイが、笑みをこぼした。
「ありがとう。肝に銘じておくよ」
「それと──」
『奪いに行く』という言葉が気になるけど、ルナの愛情を感じてキュンとしちゃった。
……って、まだ何かあるの??
「カウイなら……セレスみたいにうるさくないし、ミネルじゃないし……4人で一緒に暮らしてもいいよ」
ここにはいない罪無き2人が、普通にディスられている。
それにしても……4人で一緒に暮らす?
一体、何の話??
「アリア、また後でね。…………カウイも」
微かに顔を綻ばせると、ルナは何事もなかったように去って行った。
私同様、不思議そうな顔をしているカウイと目を合わせる。
「4人は……リーセさんとルナちゃんかな?」
「そうかも。そういえば、ルナは私と一緒に暮らすって前から話してた」
でもそれって、私に好きな人がいない時の話だと思ってたな。
何より、半分冗談で言ってるのかと思ってたんだけど……。
まさか……カウイも入れて、一緒に暮らそうとしてるの!?
「ルナ、もしかして本気なのかな……」
「うーん……アリアとずっと一緒にいられるのは嬉しいけどね。一緒に暮らす?」
妖艶な笑みを浮かべたカウイが、顔を傾けながら尋ねてくる。
ルナからの提案に戸惑う私に対し、カウイはどこか楽しそうだ。
「そうは──」
「それはあり得ないわ!!」
「ないね」
私が答えるよりも早く、後ろから否定的な声が聞こえてくる。
振り返ると、セレスとマイヤ、エレがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
セレスの言葉を遮ったマイヤはご機嫌斜めらしく、不満げに眉根を寄せている。
「マイヤ! それにエレも! 私が話そうとしていたのよ! 邪魔をしたわね!!」
「……相変わらず、セレスは騒がしいね」
呆れたようにエレがセレスへと視線を送っている。
確かに、セレスは今日も元気だ。
「それより……カウイさん」
「"それより"とはどういう事よ!」
言うと同時に、エレがくるっとカウイの方を向く。
怒っているセレスを完全に気にしていない……。
「学生なので。そういった話は卒業後、アリアの気持ちがまだカウイさんにあった時に……じゃないでしょうか(どさくさに紛れて何を言ってるんですか)」
にっこりとカウイに笑い掛けたエレが、今度は私の前に立つ。
私の手をギュッと握り、可愛らしい顔を向けてくる。
「僕はまだ“アリア離れ”ができていないんだけど……アリアは違うの? 僕と離れたい? 」
エレが少し悲しそうな目で私を見つめてくる。
うっ。
……可愛い。
「離れるのは……私も寂しい」
「だよね!」
食い気味の『だよね』だった気が……。
エレが私の手を握ったまま、再びカウイの方へと目線を動かした。
「そういう事ですから。カウイさん」
どんな表情をしているのかまでは見えないけど、きっとカウイもたじろぐほどの笑顔を見せているに違いない。
それにしても私と離れるのが寂しいなんて……やっぱりエレは可愛いなぁ。
弟の愛らしさに浸っていると、エレの手が突然スッと離れた。
「アリアをここに残しておきたくないけど、授業が始まるから行くね」
「うん。行ってらっしゃい」
手を振り、エレを見送る。
すると、校舎の方へと歩き出していたエレがピタッと足を止め、振り向いた。
ん? どうしたのかな??
「セレスも同じ授業だよね? 行くよ」
そうなんだ!
……そっか。2年生からは自由に科目を選べるから、一緒の授業もあり得るのか!
「わ、分かってるわ。アリア!」
声を掛けられた事に驚いたのか、セレスが少しだけ動揺している。
「言いたい事は沢山あるけれども、親友を差し置いてルナと一緒に住むのは反対よ! ……それでは、お先に失礼するわ」
待っているエレの元へ、セレスがつかつかと足早に歩いて行く。
小さい頃から、2人は仲が良かったよなぁ。
エレもセレスには遠慮なく甘えてるし。
2人が並んで歩く姿を微笑ましく眺めていると、背中に何か負のオーラのようなものを感じた。
これは……マイヤだ!
危うく忘れてしまいそうだったけど、不機嫌なままなんだ。
「私はルナちゃんがいてもいなくても早いと思う……じゃないわ。ルナちゃんも一緒に住む話を、ついつい受け入れそうになっちゃったじゃない」
誰に言うでもなく、マイヤが一人ツッコミをしている。
「私が言いたいのはそういう事じゃなくて! アリアちゃんとカウイくんが一緒に住むのは、まだまだまだ早いと思うの!!」
マイヤが強い口調で話している。
いつも(人前では)可愛いトーンで話すのに……今日はどうしたのかな?
一緒に住む話なんて、今さっきカウイの口からぽろりと出たばかりの、新鮮とれたてな話題なんですが……。
それに、カウイも話の流れ上、軽い気持ちで言ったような気がする。
「俺はアリアが望むなら、全然早いとは思わないよ。いつでも準備はできてる」
急な話にもかかわらず、カウイは一切動揺せずに笑顔で答えている。
ある意味、カウイって誰よりも冷静な気がしてきた。
「私ですら……私ですら……まだなのに! つい最近、恋愛に目覚めたばかりのアリアちゃんには早いわぁ!!」
今にも掴みかかりそうな勢いでマイヤがカウイを責めている。
そんな2人の姿を一歩離れた位置で見つめながら、ボソッとつぶやく。
「荒れている……マイヤに何が……」
「……サウロ兄様の帰りが長引くそうだ」
──エウロ!!
いつの間にか、私の横にエウロが立っている。
「えっ! そうなの!?」
「ああ。昨日聞いたんだ。恐らく、マイヤの耳にも入ったんだと思う」
それで……あんなにもやさぐれているのね。
一人納得していると、エウロがチラチラと私の方へ視線を向けてきた。
「どうしたの?」
「その……アリアは……寮を出てカウイと一緒に住むのか?」
ルナの4人で暮らすという話題から、伝言ゲームのようにどんどん話が膨らんでいっている。
「それはあり得ない」
???
あれ? 私はまだ答えてないよ??
エウロと一緒に周りを見渡すと、こちらに向かってすたすたと歩くミネルの姿がある。
「だろう?」
ミネルはそのまま私の横で足を止め、覗き込むように顔を合わせてきた。
まぁ、その、付き合い始めたばかりなので、さすがにまだあり得ないとは思いますが……。
「そうだけど……いずれは、ね」
一緒に暮らせたら、今よりもっと幸せな時間ができるだろうな。
照れながら私が話すと、ミネルが軽く息を吐き出した。
「安心しろ。そんな日はやってこない」
「……ん? んん?」
まさかの……全否定!!
久しぶりにミネル節全開!?
「そんなの分からないよ! どうして、そう言い切るの!?」
「どうしても何も、この先どうなるかなんて誰にも分からないだろう?」
正論ミネル。
そう言われると……そうだけど、さ。
口を閉じた私に向かって、ミネルがニヤッと笑った。
あっ。嫌な予感。
「僕の頭はカウイからアリアを奪う作戦に切り替えている。覚悟しておけ」
ん? ……ええっ!?
でも、確かあの時……あれ??
「私の気持ちは分かったって……」
私の言葉に、ミネルが一瞬だけ悩むような素振りを見せる。
けれど、すぐに何かを思い出したのか、一度だけこくりと頷いた。
「ああ、あれか。『アリアの気持ちは分かった』と言っただけだ。アリアの“今の気持ち”はな」
当たり前のように告げると、ミネルは楽しそうに去って行ってしまった。
私はといえば……全くもって状況が飲み込めていない。
「ええ……ええ!?」
「ええ……ええ!?」
隣で聞いていたエウロも、一緒になって驚いている。
ちょっと待って! ……えっ??
私が完全に動揺している中、クスッと笑う声が耳へと入った。
「ミネルらしい宣言だったね。おはよう、アリア、エウロ。……カウイとマイヤは立て込んでいるようだね」
いつも通り、さわやかな笑顔を浮かべたオーンがやって来る。
「……おはよう、オーン」
「おはよう!」
私とエウロが挨拶を返すと、オーンが考えるように手を自分の顎元に当てた。
「そうだね……ミネルの気持ちも分かるかな」
「ん?」
それはどういう??
私の顔を見たオーンが、わずかに頬を緩める。
そのまま内緒話でもするように私の耳元まで顔を近づけ、そっと囁いた。
「すぐに諦め切れるような人を好きになった覚えはないからね」
「んん?」
言葉の意味がすぐに理解できずに固まっている私から、オーンが身体を離す。
「卒業まで、あと1年。これからも“自分の思ったまま”過ごしていくよ」
少し意地悪な笑みを浮かべつつ、満足そうに私を見る。
「エウロ、一緒に行こうか」
「……えっ? あっ、ああ……うん? どういう意味だ!?」
歩き出したオーンの後ろを、エウロが追いかけていく。
エウロは終始"分からない"といった表情をしていたな。
私もエウロと同じ気持ちだけど……なんだろう。
オーンとミネルに気持ちを伝えた時の悲しい気持ちや、流した私の涙を返してほしいと思ってしまった。
一瞬だけ……本当に一瞬だけだけど。
「うふ。面白くなってきたわ。サウロさんが戻るまでの間、いい暇つぶしになりそうね」
いつの間にか私たちのやり取りを見ていたマイヤが、顎に手を添えほくそ笑んでいる。
さっきまで不機嫌だったのに……悪い顔が出ているよ、マイヤ。
「うふふ。そうと決まれば……エウロくん、オーンくん!」
オーンとエウロを呼び止めたマイヤが、足早に去って行く。
マイヤがあの顔をする時は、嫌な予感しかしない。
その予感は当たってほしくないけど……残念ながら当たるんだよね。
「──俺たちも一緒に行こうか」
無事にマイヤから解放されたカウイが、私に向かって手を差し出す。
その手を握った瞬間、嬉しくて思わず顔がにやけてしまう。
ドキドキと安心が入り交ざったような不思議な感覚だ。
ゆっくりと歩きながら、伺うようにカウイを見上げた。
「カウイは今のやり取り……聞こえてた?」
「うん。聞こえてきた」
動揺した様子もなく、カウイが笑顔で答える。
いつも通りのカウイには見えるけど……。
「カウイが不安に思うような事はしないけど、何かあれば話してね」
「ありがとう」
カウイは自分の気持ちを優先せず、私の気持ちを優先しそうだから。
じっと見つめていると、カウイが小さく笑った。
「アリアが可愛い。もちろん、いつも可愛いけど」
「あ、ありがとう……って、今はそんな事を言っているわけではなく」
しどろもどろになりながらも答えると、カウイが優しく目を細めた。
「そうだね。言える事があるとしたら、俺は間違いなく、アリアを一生愛しているよ」
手を繋いで歩きながらの告白!!
突然の出来事に、思わず顔が赤くなってしまう。
「唯一、その気持ちだけは揺るがない自信があるから、少しも不安はないよ」
「えっと、カウイの気持ちは嬉しいけど……どうして?」
今の話と不安にならない理由が、私の中で繋がらない。
「要は『アリアを好きと想う気持ちだけで幸せ』という事を伝えたかったんだ」
私もカウイの事を好きだと想うだけで嬉しいし、幸せな気持ちになる。
そっか。
カウイも私と同じ気持ちでいてくれてるんだ。
どうしよう?
またしても顔がにやけてしまう。
一人我慢できずにいると、突如、きょろきょろと周りを見渡していたカウイの唇が私の頬に触れた。
驚きのあまり咄嗟に繋いでいた手を離し、キスされた左頬を手で覆う。
…… 本当に、カウイにはドキドキさせられっぱなしだ。
でも──
「カウイ」
グイッとカウイを引っ張り、私もカウイの頬にお返しのキスをする。
私の行動が予想外だったのか、カウイも目を見開き、唇の触れた右頬を触っている。
「ドキドキさせられっぱなし、っていうのもね」
たまには私だって……カウイをドキドキさせたい!
成功した事に満足しつつ、カウイと手を繋ぎ直す。
すると、困ったように空を見上げていたカウイの目が、再び私と重なった。
「……嬉しすぎて、今すぐアリアと2人きりになりたいけど──」
そう。現実は……これから授業だ……。
「でも、まぁ、これから、ずっとカウイが飽きるまで一緒にいられるからね!」
弾みで言った何気ない一言に、カウイが柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがたいけど、アリアと一緒にいたいっていう気持ちに飽きる事はないかな」
「……うーん。やっぱり、負けてる気がする」
圧倒的にカウイからドキドキさせられる回数の方が多いんだよなぁ。
……って、いやいや!
2人の時間はまだまだ始まったばかりだし!!
「これからの私に期待してて!!」
~FIN~
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