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中等部 編
14歳、土地、トンチ、ヤン爺(後編)
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それから足が完治するまでの間、毎日ご飯を作ってヤン爺さんの家へ通った。
平日は学校があるから、翌日に食べる朝ご飯、昼ご飯も一緒に持って行った。
あの日以来、ヤン爺さんは「帰れ」とは言わず、普通に会話をしてくれるようになった。
「奥様とは、どうやって知り合ったんですか?」
「小さい頃から家が隣同士でな。幼なじみってやつだ」
まさかの幼なじみ!
「どうやって恋愛に進展したんですか?」
「ん? それは関係ないだろ!」
「あはは、興味本位です。私にも幼なじみがいるので」
結局、恥ずかしかったのか、教えてくれなかったな。
また今度、聞いてみよう。
「奥様はどんな人でしたか? 確か、前にまっすぐ過ぎるって言ってましたけど……」
「“バカ”がつくほど正直者で、“バカ”がつくほどお人好しだ」
“バカ”って言いつつも、おばあさんの話をする時のヤン爺さんは優しい目をしていた。
会話をするようになってから1週間ほど経った頃、ヤン爺さんがぶっきらぼうに口を開いた。
「ドアのノックは、うるさいからいらん。勝手に入れ」
この日から、私は自由に家を出入りするようになった。
ヤン爺さんへの差し入れを手に持ち、当たり前のように家の中へとお邪魔する。
「今まででの料理は、全部アリアが作ってたのか」
呼び方は“お前さん”から“アリア”に昇格した。
なんか、それだけでも嬉しいな。
──そして、2週間が経った。
週末、いつものように朝早くから朝食を持ち、ヤン爺さんの家へと向かう。
「足が治った。もうご飯は持って来なくていい」
「完治したんですね。よかった!」
「今日が最後だ。聞きたいことを聞け」
聞きたい事かぁ。
この2週間で、おばあさんの事は大体聞けたしなぁ。
あとは“おばあさんに会わせる方法”を本格的に考えねば!!
……そういえば、ヤン爺さんは私の事を「まっすぐ過ぎる、損した不器用な……不幸な生き方だ」って言ってた。
おばあさんに似てるとも……。
それって──
「ヤン爺さんは、奥様が不幸だったと思ってるんですか?」
ヤン爺さんが口をつぐんだ。
聞いちゃいけない事だったのかな?
「……ばあさんとの間には子供に恵まれなくてな」
いつもより、穏やかな口調だ。
「子供がいない分、毎日、毎日2人で農作業をしてた。特にわしは、自分で育てた農地がどんどんでっかくなっていくのが楽しくてな。夢中だった」
そうか。
私が譲ってほしいと言った土地はヤン爺さんとおばあさんの思い出がつまった大切な土地なんだ。
「今考えれば‟仕事人間”ってやつだ。……だから、ばあさんが病気でつらくて、我慢していたのを気づいてやれなかった」
聞きづらかった事もあり、おばあさんが亡くなった理由については、あえて聞かなかった。
……病気だったんだ。
「無理をさせて、倒れて、初めて病気に気がついた時には……もう手遅れだった」
《癒しの魔法》は、ケガを治す事はできるけど、病気は治せない。
できても、せいぜい“痛みを和らげる”くらいらしい。
「もっと気に掛けていれば……もっと見ていてやれば……つらかったろうに……悔やんでも悔やみきれん」
ヤン爺さん……。
もしかして、ずっと自分を責めて生きてきたのかな?
私なんかより、ヤン爺さんの方がよっぽど不器用な生き方だよ。
「奥様は自分で不幸だって言ったんですか?」
「言うわけないだろ! 最後まで笑っておった」
「……それなら、奥様が不幸だって決めつけるのは、奥様の生きた人生に対して失礼です」
ヤン爺さんの8年間の後悔、想いを考えると、今にも泣いてしまいそうだ。
でも先に泣いていいのは──私じゃない。
「ヤン爺さんは、奥様の病気に早く気づいてあげる事ができていたら、不幸じゃなかった? 後悔しなかったんですか?」
「……過ぎたことは分からん」
「過ぎたこと……私もそう思います。ただ私は、それでもヤン爺さんは今とは別な後悔を自分で作っていたと思います」
「……別な後悔?」
探るような問い掛けに、こくんと頷く。
「大切だって思っている人ほど『もっと会っておけばよかった』とか、『あの時、ああ言えばよかった』とか……。亡くなった時の後悔は、多かれ少なかれ、なくならないんじゃないでしょうか?」
ヤン爺さんは、黙って私の話を聞いてくれている。
「だって大切だって思う人ほど、楽しい時、つらい時……色々な思い出がたくさんあると思うから。つらい、悪い記憶ばかりを思い出せば、後悔なんて簡単に作り出せちゃうでしょう? ……亡くなった時の後悔って、それだけ“その人の事を大切だと想っていた証拠”ですから。それだけ“その人にしてあげたかったっていう想い”ですから」
私の言葉に、ヤン爺さんは無言のまま天井を見上げた。
「そうかもしれんな。……わしの許可なく、先に死におって」
そういうと、うっすら涙を浮かべた。
ヤン爺さんの想いにつられ、私も涙が出てくる。
「なんでアリアも泣くんじゃ」と呆れられながら、2人で涙を流した。
だって、我慢できなかったんだもん。
しばらく泣き続けていたら、自然と涙も止まってきた。
ヤン爺さんの方へと顔を向けると、ちょうど視線が重なり、どちらからともなく笑い合う。
「アリアは言ってることが子供とは思えんな」
「あはは。子供で──」
……私は子供って言っていいのかな?
今の世界では14歳だけど、前の世界では22歳だった。
信じてもらえないかもしれないけど、ヤン爺さんには、もう嘘をつきたくない。
「見た目は14歳だけど、中身は22歳を超えてるんです」
「はっはっ、なんだそれは?」
ヤン爺さんの眼をまっすぐに見つめ、「本当なんです」と真摯に答える。
「……どういうことじゃ?」
ヤン爺さんはウソだと決めつけず、私が転生したという話を最後まで真剣に聞いてくれた。
「それは、転生? というものなのか、それともアリアには前世の記憶があるのか……?」
「私もよく分かっていません」
突拍子もない話に戸惑いつつも、ヤン爺さんは何とか理解しようとしてくれている。
「それだと、突然、前の家族と離れ離れになったという事になるな」
確かに、と頷き返す。
「後悔はあるか?」
後悔? ……後悔かぁ。
「うーん、向こうの親は亡くなったわけでもないし、なぜか二度と会えないとも思ってないんです。だから、後悔はないかなぁ?」
ヤン爺さんが「能天気じゃな」と笑ってる。
能天気……まあ、そうかも。
「ヤン爺さんもさ、もっと能天気にというか、奥様が──おばあさんが不幸だったって決めつけなくてもいいと思うんですよね。苦労をかけた時もあったけど、楽しい時も多かったって、白黒つけずにグレーくらいにぼかしていてもいいんじゃないかなぁ? それだけで気持ちが軽くなるし、どうせなら‟おばあさんとはいずれ会えるから”って前向きに考えつつ、楽しく過ごしてほしいな」
私が笑いながら言うと「早く死ねってことか!」と怒られた。
いやいや、そういう意味じゃないよ。
「まあ、アリアが嘘をついてるとは思えんし、それに話を聞いて納得した部分もある」
「な、なんでですか?」
ヤン爺さん、信じてくれたんだ!?
「常識的な考え方が通用しないからな。こんなに毎日、偉いところの娘がのこのことやって来て、自分で作った料理を下町の爺さんと一緒に食べてるんだ。普通じゃありえん」
……なるほど。この世界では、私の行動は普通じゃないのか……。
「他にもアリアみたいな人がいるのか?」
「……他にも?」
この世界へ転生? した人が私以外にもいるかどうかなんて、今まで考えた事がなかったな。
ヤン爺さんの言う通り、おそらくは“普通じゃありえん”事だろうし……。
……あれ? そういえば、先々代の国王はどうして“格差をなくそう”と思ったんだろう?
差別を受けていた側が革命を起こすなら分かるんだけど、一番トップの人が行動に移すって、よくよく考えたら“普通じゃありえん”事だよね?
歴史上、いつの時代にも革命を起こす人物はいるから、先々代の国王もそんな感じだったのかなー?って、気軽に受け止めていたけど、調べてみるのも面白いかも。
別な方向へ思考を飛躍させていると、突然、ヤン爺さんが言った。
「土地は譲ってやる」
!!?
「えっ!? でも、おばあさんに会わせるっていう約束を守ってないです」
「はぁ~……だから、アリアはまっすぐ過ぎるんじゃ。わしがいいって言ってるんだ。気が変わらん内にもらっておけ」
でも……おばあさんとの思い出がつまった大切な土地なのに。
ヤン爺さんが優しく目を細めた。
「──ばあさんがアリアを連れてきてくれた。それでいい」
「ヤン爺さん……」
まずい、また涙が出てきた。
私が泣きながらお礼を伝えると、ヤン爺さんが少し照れたように笑った。
あっ、 肝心な事を忘れてた!
土地がいくらか聞いてない!!
「ヤン爺さん、すいません。こんないい雰囲気の中、言いづらいことが……。土地に掛かるお金の準備はしてるんですけど……まだ足りるかどうか……でも必ず用意しますから」
「お前さん……」
ヤン爺さんの体がプルプルと震えている。
あれ? また怒られちゃう??
「はっはっはっ! お金も用意しきれてないのに、こんなに頼み込んでたのか」
怒られるどころか、豪快に笑われてしまった。
「す、すいません。必ず用意しますから~」
「……どうせ使っていない土地だ。金はいらん」
「えっ! それはダメです! 元々はヤン爺さんが一生懸命働いたお金で買った土地のはずです。必ず払います!!」
「ふぅ……アリアは、ばあさんに似とると思ってたが、頑固なところは……わしにそっくりじゃ」
おばあさんの不器用な性格と、ヤン爺さんの頑固なところが似てるって……。
褒めてないよね!?
「金の事は気にするな。たまにアリアが遊びに来ればいい。土地はそのお駄賃だ」
「ヤン爺さん……」
「それと、必ず学校を作れ! それが条件だ!!」
ヤン爺さんの耳が赤い。
……お駄賃って。
何回遊びに行っても払えきれないくらいのお駄賃だよ。
「お駄賃なんて貰わなくても遊びに行くよ? だって私ってヤン爺さんとおばあさんに似てるんでしょ? それなら、もう孫みたいなものだし……。でも、ありがとね」
「ふん」
帰り際、ヤン爺さんが私に尋ねてきた。
「アリアは、わしが死んだら後悔するか?」
そんなの悩まなくても分かる。
「……すると思います。それくらい、1か月ちょっとの間にヤン爺さんとの思い出がたくさんできましたから。そして、これからも思い出ができていくと思ってます。だから、長生きしてくださいね!」
ヤン爺さんがニヤッと笑った。
「ふん。アリアより長生きしてやるわい」
「あはっ、その意気です!」
---------------------------------------
──ちょっとだけ未来の話。
時々、私は差し入れを持って“ヤン爺ちゃん”の家に遊びに行く。
「ヤン爺ちゃんさ、最初に『おばあさんに会わせてくれたら』って言ったのは意地悪じゃなく、本当に会いたいと思って言ったんだよね?」
初めて会った時に言われたヤン爺ちゃんの難題。
ずっと気になってた。
「いや。絶対にアリア達に譲りたくなかったから、無理な事を言ってみただけじゃ」
「えー! そうだったのー!?」
意地悪だけで言ったわけじゃないと思ってたのは、私の勘違いだったのー!?
「一人でやれって言ったのも!?」
「アリアに『一人でやれ』と言ったのは、1人が嘘をついていたのを知っておったし、もう1人のエレは……」
……ん? 急に口籠った。
「可愛い顔しとったから、誤って譲ってしまっては困ると思って、お前さん一人にしたんじゃ」
エレがお願いした時、ヤン爺ちゃんがひるんだように見えたのは気のせいじゃなかったのかっ!!
良かったね、エレ!
エンジェルスマイルが効いてたよ!!
「結果として、今こうやってアリアと話せとる。偶然にせよ、アリアに一人でやれと言って良かった。顔の好みはエレじゃが……わしにはアリアの方が可愛く見えるぞ」
ヤン爺ちゃん……。
「孫がいたらこんな感じかの~」と嬉しそうに笑ってる。
笑ってるところ、申し訳ないけど──
「ヤン爺ちゃん、嬉しいけどさ。エレは男だからね?」
「な、なんと! アリアより可愛かったぞ!」
ん? 私より??
「じいちゃん! さっきは『アリアの方が可愛く見える』って言ってたじゃん!」
「…………」
「じーちゃん!? なんで黙るの!? じーちゃーん!!」
私が“本当の孫”のように可愛がられる付き合いになっていくのは、今よりももう少しだけ先の話。
平日は学校があるから、翌日に食べる朝ご飯、昼ご飯も一緒に持って行った。
あの日以来、ヤン爺さんは「帰れ」とは言わず、普通に会話をしてくれるようになった。
「奥様とは、どうやって知り合ったんですか?」
「小さい頃から家が隣同士でな。幼なじみってやつだ」
まさかの幼なじみ!
「どうやって恋愛に進展したんですか?」
「ん? それは関係ないだろ!」
「あはは、興味本位です。私にも幼なじみがいるので」
結局、恥ずかしかったのか、教えてくれなかったな。
また今度、聞いてみよう。
「奥様はどんな人でしたか? 確か、前にまっすぐ過ぎるって言ってましたけど……」
「“バカ”がつくほど正直者で、“バカ”がつくほどお人好しだ」
“バカ”って言いつつも、おばあさんの話をする時のヤン爺さんは優しい目をしていた。
会話をするようになってから1週間ほど経った頃、ヤン爺さんがぶっきらぼうに口を開いた。
「ドアのノックは、うるさいからいらん。勝手に入れ」
この日から、私は自由に家を出入りするようになった。
ヤン爺さんへの差し入れを手に持ち、当たり前のように家の中へとお邪魔する。
「今まででの料理は、全部アリアが作ってたのか」
呼び方は“お前さん”から“アリア”に昇格した。
なんか、それだけでも嬉しいな。
──そして、2週間が経った。
週末、いつものように朝早くから朝食を持ち、ヤン爺さんの家へと向かう。
「足が治った。もうご飯は持って来なくていい」
「完治したんですね。よかった!」
「今日が最後だ。聞きたいことを聞け」
聞きたい事かぁ。
この2週間で、おばあさんの事は大体聞けたしなぁ。
あとは“おばあさんに会わせる方法”を本格的に考えねば!!
……そういえば、ヤン爺さんは私の事を「まっすぐ過ぎる、損した不器用な……不幸な生き方だ」って言ってた。
おばあさんに似てるとも……。
それって──
「ヤン爺さんは、奥様が不幸だったと思ってるんですか?」
ヤン爺さんが口をつぐんだ。
聞いちゃいけない事だったのかな?
「……ばあさんとの間には子供に恵まれなくてな」
いつもより、穏やかな口調だ。
「子供がいない分、毎日、毎日2人で農作業をしてた。特にわしは、自分で育てた農地がどんどんでっかくなっていくのが楽しくてな。夢中だった」
そうか。
私が譲ってほしいと言った土地はヤン爺さんとおばあさんの思い出がつまった大切な土地なんだ。
「今考えれば‟仕事人間”ってやつだ。……だから、ばあさんが病気でつらくて、我慢していたのを気づいてやれなかった」
聞きづらかった事もあり、おばあさんが亡くなった理由については、あえて聞かなかった。
……病気だったんだ。
「無理をさせて、倒れて、初めて病気に気がついた時には……もう手遅れだった」
《癒しの魔法》は、ケガを治す事はできるけど、病気は治せない。
できても、せいぜい“痛みを和らげる”くらいらしい。
「もっと気に掛けていれば……もっと見ていてやれば……つらかったろうに……悔やんでも悔やみきれん」
ヤン爺さん……。
もしかして、ずっと自分を責めて生きてきたのかな?
私なんかより、ヤン爺さんの方がよっぽど不器用な生き方だよ。
「奥様は自分で不幸だって言ったんですか?」
「言うわけないだろ! 最後まで笑っておった」
「……それなら、奥様が不幸だって決めつけるのは、奥様の生きた人生に対して失礼です」
ヤン爺さんの8年間の後悔、想いを考えると、今にも泣いてしまいそうだ。
でも先に泣いていいのは──私じゃない。
「ヤン爺さんは、奥様の病気に早く気づいてあげる事ができていたら、不幸じゃなかった? 後悔しなかったんですか?」
「……過ぎたことは分からん」
「過ぎたこと……私もそう思います。ただ私は、それでもヤン爺さんは今とは別な後悔を自分で作っていたと思います」
「……別な後悔?」
探るような問い掛けに、こくんと頷く。
「大切だって思っている人ほど『もっと会っておけばよかった』とか、『あの時、ああ言えばよかった』とか……。亡くなった時の後悔は、多かれ少なかれ、なくならないんじゃないでしょうか?」
ヤン爺さんは、黙って私の話を聞いてくれている。
「だって大切だって思う人ほど、楽しい時、つらい時……色々な思い出がたくさんあると思うから。つらい、悪い記憶ばかりを思い出せば、後悔なんて簡単に作り出せちゃうでしょう? ……亡くなった時の後悔って、それだけ“その人の事を大切だと想っていた証拠”ですから。それだけ“その人にしてあげたかったっていう想い”ですから」
私の言葉に、ヤン爺さんは無言のまま天井を見上げた。
「そうかもしれんな。……わしの許可なく、先に死におって」
そういうと、うっすら涙を浮かべた。
ヤン爺さんの想いにつられ、私も涙が出てくる。
「なんでアリアも泣くんじゃ」と呆れられながら、2人で涙を流した。
だって、我慢できなかったんだもん。
しばらく泣き続けていたら、自然と涙も止まってきた。
ヤン爺さんの方へと顔を向けると、ちょうど視線が重なり、どちらからともなく笑い合う。
「アリアは言ってることが子供とは思えんな」
「あはは。子供で──」
……私は子供って言っていいのかな?
今の世界では14歳だけど、前の世界では22歳だった。
信じてもらえないかもしれないけど、ヤン爺さんには、もう嘘をつきたくない。
「見た目は14歳だけど、中身は22歳を超えてるんです」
「はっはっ、なんだそれは?」
ヤン爺さんの眼をまっすぐに見つめ、「本当なんです」と真摯に答える。
「……どういうことじゃ?」
ヤン爺さんはウソだと決めつけず、私が転生したという話を最後まで真剣に聞いてくれた。
「それは、転生? というものなのか、それともアリアには前世の記憶があるのか……?」
「私もよく分かっていません」
突拍子もない話に戸惑いつつも、ヤン爺さんは何とか理解しようとしてくれている。
「それだと、突然、前の家族と離れ離れになったという事になるな」
確かに、と頷き返す。
「後悔はあるか?」
後悔? ……後悔かぁ。
「うーん、向こうの親は亡くなったわけでもないし、なぜか二度と会えないとも思ってないんです。だから、後悔はないかなぁ?」
ヤン爺さんが「能天気じゃな」と笑ってる。
能天気……まあ、そうかも。
「ヤン爺さんもさ、もっと能天気にというか、奥様が──おばあさんが不幸だったって決めつけなくてもいいと思うんですよね。苦労をかけた時もあったけど、楽しい時も多かったって、白黒つけずにグレーくらいにぼかしていてもいいんじゃないかなぁ? それだけで気持ちが軽くなるし、どうせなら‟おばあさんとはいずれ会えるから”って前向きに考えつつ、楽しく過ごしてほしいな」
私が笑いながら言うと「早く死ねってことか!」と怒られた。
いやいや、そういう意味じゃないよ。
「まあ、アリアが嘘をついてるとは思えんし、それに話を聞いて納得した部分もある」
「な、なんでですか?」
ヤン爺さん、信じてくれたんだ!?
「常識的な考え方が通用しないからな。こんなに毎日、偉いところの娘がのこのことやって来て、自分で作った料理を下町の爺さんと一緒に食べてるんだ。普通じゃありえん」
……なるほど。この世界では、私の行動は普通じゃないのか……。
「他にもアリアみたいな人がいるのか?」
「……他にも?」
この世界へ転生? した人が私以外にもいるかどうかなんて、今まで考えた事がなかったな。
ヤン爺さんの言う通り、おそらくは“普通じゃありえん”事だろうし……。
……あれ? そういえば、先々代の国王はどうして“格差をなくそう”と思ったんだろう?
差別を受けていた側が革命を起こすなら分かるんだけど、一番トップの人が行動に移すって、よくよく考えたら“普通じゃありえん”事だよね?
歴史上、いつの時代にも革命を起こす人物はいるから、先々代の国王もそんな感じだったのかなー?って、気軽に受け止めていたけど、調べてみるのも面白いかも。
別な方向へ思考を飛躍させていると、突然、ヤン爺さんが言った。
「土地は譲ってやる」
!!?
「えっ!? でも、おばあさんに会わせるっていう約束を守ってないです」
「はぁ~……だから、アリアはまっすぐ過ぎるんじゃ。わしがいいって言ってるんだ。気が変わらん内にもらっておけ」
でも……おばあさんとの思い出がつまった大切な土地なのに。
ヤン爺さんが優しく目を細めた。
「──ばあさんがアリアを連れてきてくれた。それでいい」
「ヤン爺さん……」
まずい、また涙が出てきた。
私が泣きながらお礼を伝えると、ヤン爺さんが少し照れたように笑った。
あっ、 肝心な事を忘れてた!
土地がいくらか聞いてない!!
「ヤン爺さん、すいません。こんないい雰囲気の中、言いづらいことが……。土地に掛かるお金の準備はしてるんですけど……まだ足りるかどうか……でも必ず用意しますから」
「お前さん……」
ヤン爺さんの体がプルプルと震えている。
あれ? また怒られちゃう??
「はっはっはっ! お金も用意しきれてないのに、こんなに頼み込んでたのか」
怒られるどころか、豪快に笑われてしまった。
「す、すいません。必ず用意しますから~」
「……どうせ使っていない土地だ。金はいらん」
「えっ! それはダメです! 元々はヤン爺さんが一生懸命働いたお金で買った土地のはずです。必ず払います!!」
「ふぅ……アリアは、ばあさんに似とると思ってたが、頑固なところは……わしにそっくりじゃ」
おばあさんの不器用な性格と、ヤン爺さんの頑固なところが似てるって……。
褒めてないよね!?
「金の事は気にするな。たまにアリアが遊びに来ればいい。土地はそのお駄賃だ」
「ヤン爺さん……」
「それと、必ず学校を作れ! それが条件だ!!」
ヤン爺さんの耳が赤い。
……お駄賃って。
何回遊びに行っても払えきれないくらいのお駄賃だよ。
「お駄賃なんて貰わなくても遊びに行くよ? だって私ってヤン爺さんとおばあさんに似てるんでしょ? それなら、もう孫みたいなものだし……。でも、ありがとね」
「ふん」
帰り際、ヤン爺さんが私に尋ねてきた。
「アリアは、わしが死んだら後悔するか?」
そんなの悩まなくても分かる。
「……すると思います。それくらい、1か月ちょっとの間にヤン爺さんとの思い出がたくさんできましたから。そして、これからも思い出ができていくと思ってます。だから、長生きしてくださいね!」
ヤン爺さんがニヤッと笑った。
「ふん。アリアより長生きしてやるわい」
「あはっ、その意気です!」
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──ちょっとだけ未来の話。
時々、私は差し入れを持って“ヤン爺ちゃん”の家に遊びに行く。
「ヤン爺ちゃんさ、最初に『おばあさんに会わせてくれたら』って言ったのは意地悪じゃなく、本当に会いたいと思って言ったんだよね?」
初めて会った時に言われたヤン爺ちゃんの難題。
ずっと気になってた。
「いや。絶対にアリア達に譲りたくなかったから、無理な事を言ってみただけじゃ」
「えー! そうだったのー!?」
意地悪だけで言ったわけじゃないと思ってたのは、私の勘違いだったのー!?
「一人でやれって言ったのも!?」
「アリアに『一人でやれ』と言ったのは、1人が嘘をついていたのを知っておったし、もう1人のエレは……」
……ん? 急に口籠った。
「可愛い顔しとったから、誤って譲ってしまっては困ると思って、お前さん一人にしたんじゃ」
エレがお願いした時、ヤン爺ちゃんがひるんだように見えたのは気のせいじゃなかったのかっ!!
良かったね、エレ!
エンジェルスマイルが効いてたよ!!
「結果として、今こうやってアリアと話せとる。偶然にせよ、アリアに一人でやれと言って良かった。顔の好みはエレじゃが……わしにはアリアの方が可愛く見えるぞ」
ヤン爺ちゃん……。
「孫がいたらこんな感じかの~」と嬉しそうに笑ってる。
笑ってるところ、申し訳ないけど──
「ヤン爺ちゃん、嬉しいけどさ。エレは男だからね?」
「な、なんと! アリアより可愛かったぞ!」
ん? 私より??
「じいちゃん! さっきは『アリアの方が可愛く見える』って言ってたじゃん!」
「…………」
「じーちゃん!? なんで黙るの!? じーちゃーん!!」
私が“本当の孫”のように可愛がられる付き合いになっていくのは、今よりももう少しだけ先の話。
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