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たけうめ

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クリスマスの夜明け

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 ため息をつきながら僕は鏡の中の死神をみつめた。


 厚くゴテゴテした衣装から出ている肌は全て、顔も首も手の指先まで、白いドーランを塗った。銀色にうねる腰あたりまで長さのある髪もうっとうしい。つけ睫毛は重いし、紫に光る長いつけ爪のせいでケータイを弄るのも億劫だ。
 そもそも、僕がこんなゴシック調の死神の格好をしているのは、「アイドルが乙女の夢叶えますスペシャル」というバカバカしい企画のせいだ。闇よりの使者が純粋な乙女の魂を狩りにきます、という内容のどこが乙女の夢なのかわからない。


「よう、似合うてるやん」

 突然背後から笑いを含んだ関西弁が聞こえてきて、驚いた。ノックもなしに控え室に入ってきたのは唯一無二の相方だ。僕にとっては。
 正木さんと僕は同じアイドル事務所に所属している。そこは数々の有名アイドルを輩出していて、正木さんも僕もデビュー目指して付属の養成所で歌やダンスのお稽古に励んでいた。
 正木さんがソロデビューを強く望んでいたのは有名な話だった。

 ところが。

「キミタチ、ユニット組もうヨ」

 という社長の鶴の一声で、僕ーー角 理王すみ りおうと彼ーー正木 達也まさき たつやは共にデビューすることが決まったのだ。
 ユニットデビューが決まった時に正木さんが僕に向けた冷たい視線は忘れられない。心が凍った。そこから挨拶も何もかも無視されてへこんだ。
 養成所で見かける彼はいつもストイックに稽古をしていた。本当に尊敬していた。

 僕は正木さんのファンだった。

 デビュー記念の対談で正木さんのオフの過ごし方や趣味を尋ねて、何年も同じ養成所で一緒に過ごしていたのに知らないの?!とSNSで不仲説が出て炎上してしまった。マネージャーさんには怒られた。
 仕方ないじゃないか。バックダンサーや舞台演目の端役とかを演っている正木さんの映像は集められる限り集めたけれどオフは知りようがなかったんだから。因みに正木さんが出ているDVDを集めたって話した時のドン引きした正木さんの顔も辛い思い出だ。

 小さな卵形の頭に理想的な八頭身、黒目がちのバンビのような瞳はくりくりとよく動いて可愛らしい。
 彼の見た目はそう、パーフェクトだ。
 性格はーー彼の唇から出てくる関西弁は辛辣で、いつも僕の心を抉るし、アイドルとして心配になるくらいには女遊びの噂がある。事務所にまで女が乗り込んできた修羅場もあったようだ。

 なんとか必要最低限な会話はしてもらえるようになってきたが、未だにうち解けたとはいえない。それどころか僕は嫌われたままだろう。
 そんな彼が仕事でもないのに楽屋に来るなんて。

「正木さん、どうして……?」
「ん? マリちゃんと一緒にひやかしに来たんやけど、マリちゃんは桐谷さんみかけて走って行ってもうたわ。もうすぐしたら来るんちゃう」

 マリちゃんは僕らの次の曲の振付師だ。小さくて元気いっぱいの彼女は気難しい正木さんとも上手くやっている。僕とは違って正木さんと仲が良いマリちゃんに嫉妬したこともあるが、あまりにも勝敗が明らかで諦めた。もちろん僕の惨敗で。
 今日の彼は機嫌が良さそうだ。

「きらっきらの衣装やな!それにお前、顔が薄いから化粧映えするなぁ」

 貶けなされているのだろうか、正木さんは僕をみながらけらけら笑っている。

「はぁ。正木さんは何を着せられたんですか?」

 彼も同じ企画で何かやらされているはずだ。

「俺は学ランやったよ。不良が雨の日に子犬ひろうってベタベタのやつ」

 正木さんの学ラン姿かわいいだろうな、あと不良っていうのも絶対に似合う。すごく見たい。正木さんは「俺は猫派なんやけどなー」とぼやいていた。

「なんか手元が寂しいな。せや、これ貸したる。死神に髑髏って合うやろ」

 いくつかつけている指輪のうち右中指にハマっていたスカルのシルバーリングを渡された。

「……! ありがとうございます」
「おー。がんばりやー」

 マリちゃんも来て、三人で少しうちあわせをした後、僕は撮影に呼ばれた。

 正木さんに指輪を貸してもらえるなんて!

 僕はめちゃくちゃ浮かれていたのだろう。死神の撮影は、北欧メタルを流しながらのPVのようだった。
 顔を映さないモデルの女の子を闇へ手招いて捕まえる。死神がどんなに恋しても、女の子は闇へ落ちると死んでしまうのだ。最期はたった独り残る。死神は顔を上げて紫色の唇を歪めた。つまり、死神が愛しているのは死だけなのだ。ふと正木さんの顔が脳裏に浮かんだ。たまらなく愛しくなって、僕の中指にもぴったりハマった髑髏のリングにキスを落とした。
 撮影後、表情がエロくて良かったとスタッフから大絶賛された。僕としても良い出来だったと思う。

 放映されるやいなや、SNSで評判になった。番組中に視聴した正木さんが「お前、俺の指輪になんでチューしてんねんー?!」と叫んだことでさらに話題になった。
 死神、指輪、僕らの名前が検索ワードの上位に食い込んで、他の番組でも紹介された。マネージャーさんは不仲説が消えたとご満悦だった。
 ちなみに学ラン、チンピラ風の正木さんが黒い柴犬と戯れる姿はめちゃくちゃかわいかった。録画した。



****


 年の瀬が近づいてきた。

 少しずつテレビや雑誌などの仕事も増えていっているけれど、僕らはまだまだ知名度が低かった。営業の意味もこめてあちこちの忘年会に顔を出さなければならない。

「クリスマスイブも飲み会やな。角、ちゃんと彼女に会えへんって言うとくんやで」

ーー彼女なんていない。

 ニヤニヤしながらそうスケジュールを告げてくる正木さん。

「……正木さんこそ彼女大丈夫なんですか」
「んー、俺の子たちは物分かりええからなぁ」

 複数形で告げられて頭が痛い。


 イブの飲み会は今までの中でも最低だった。お偉いさんを囲む形で若い男女のアイドルたちが集められていた。酒をちびちびと飲みながら必死に口角をあげる。

「角にこんなええ酒もったいないですよー。俺に飲ませてくださーい」

 正木さんに飲みかけの酒を取られて壁際に追いやられた。酒好きの正木さんはぐいぐい飲みながらよく喋っている。お偉いさんもご機嫌で正木さんの肩に腕を回しながら日本酒談義をはじめた。正木さんに気安く触るな!と思うが当の正木さんが気にしていないようで、気持ちのやり場がない。
 てきとうな時間でお開きになり、お偉いさんたちは一次会で帰っていった。

 若いアイドルたちで気兼ねなく飲み直すかと二次会の話が持ち上がった。


「帰るわ。待ってる子がいるからな。ほな、またね」


 空気が凍ったと思う。正木さんは一向に気にせずスタスタと出ていってしまった。
 アイドル仲間たちが大変だねーーと、ウーロン茶をのみながら酔いをさましている僕に口々に告げてくるのに苦笑いで返した。明日の仕事を口実に、僕も二次会に参加せずに帰ることにした。タクシーを呼ぶ。

 車の振動で気分が悪くなった僕は途中で見かけたコンビニに寄ってもらった。


「え?正木さん」

「…………」
「正木さん!!」

 小さな顔は帽子とマスクでほぼ隠れているが間違いない。
 なぜ、クリスマスイブに、イケメンで、キラキラアイドルの、正木達也が、コンビニでビールとチキンを買っているのだ?
 一度は無視したが追いすがった僕に正木さんは嫌そうな視線を向けた。

「なんで声かけんの、お前」
「え。だって正木さんがいるなんて、思わなくて。何してるんですか」
「何って、見たらわかるやろ。飲み直そうかと思って酒とツマミ買いにきてるんや」
「一人で飲むんですか? 家で?」

 正木さんが買っているものは1人分のようだった。

「ええやろ、別に」
「僕も一緒にのみます」
「お前飲めへんやん」
「なんで知っているんですか」

 正木さんは、ばつの悪そうな顔をした。

「今日の飲み会も僕をかばって飲んでくれたんですか」

 彼ははそっぽを向く。

「お礼をさせてください」
「いらん」
「それならクリスマスを一緒に祝いましょう」
「イヤや」
「行きます」
「くんな」
「行きます」

 この後押し問答が繰り返されたが、仕事のうちあわせも兼ねてと言い募る僕に正木さんが根負けした。

「お前まだ酔うてるやろ。茶ぁでも買うて来ぃ」

 このコンビニから正木さん家は近いらしく、歩くことになった。僕は待たせてあったタクシーにここまででよいことを話して支払いをし、あわよくば僕を置き去りにしようと早いペースで歩く正木さんを追った。
 正木さん家は少し広めではあるがふつうの一人暮らし用のマンションであった。

「ただいまー」

 パチンと電気をつけながら部屋の奥にむかって正木さんが声をかける。
 すると、にゃあ~とふわふわした長毛のきれいな猫が二匹でてきた。足元に猫をまとわりつかせながら正木さんは勝手にあがってと突っ立ったままの僕に声をかける。
 全体的に物が少ないリビングに通されてきょろきょろと見回してしまう。

「待っている子って……」

 僕を放置して先に猫缶をあけていた正木さんが呟きをひろった。

「この子たちのことや。かわいいやろ」
「てっきり、女かと……。噂も……」
「女なんて、デビューの話が出始めた時に全部切ったわ。大切な時期に邪魔されたらかなわん」

「じゃあ、噂は」
「知らんな」
「なんで否定しないんですか」
「噂なんて勝手に言わせとけばええやん。めんどくさい」

 この人はどれだけ周囲に誤解されているんだろう。

 正木さんは自分の前にビールを、僕の前にウーロン茶を置いてソファに座った。

「お酒、代わりに飲んでくれてありがとうございました」

 思い返せば今までも正木さんに杯を奪われたことがある。いつから気遣われていたのだろう。ソロデビューを邪魔した僕は嫌われているはずなのに。

「別に。お前、酒飲むとすぐに気分悪そうな顔するやん。酒の上でのスキンシップもあからさまに嫌そうやし。そんなんみせたら先方に失礼やん」
「……すみません」

 社会人としての対応を咎められているようで落ち込む。

「だから。俺は酒好きやし強いし、おあいそするんもそんなにしんどくないし。そんなんは得意な方がやったらええだけのことやろ、俺らコンビやん」

「え?」

「礼も謝罪もいらん。役割ブンタンや」
「正木さん、僕のことをコンビだと思ってくれているんですか。てっきり嫌われていると」
「あ?嫌いやで」

 にべなく断言されてがっくりと肩を落とす。

「僕は正木さんのことが好きです」
「知っとる」
「ふぇ?」
「あんだけ好き好きオーラ出しといて気づかれてないつもりやったん」

 正木さんは僕が買ってきたコンビニのケーキを勝手にあけはじめた。イチゴがのっている方を自分の前に、少し悩んでチョコを僕の前においた。イチゴもチョコもどちらも正木さんが好きなものだ。
 僕はチョコが苦手だ。正木さんの黒目がちな瞳をみつめて、望まれている台詞をいう。

「チョコあんまり好きじゃないので、正木さん食べてください」
「ほんまぁ。じゃあ、あとで食べよかな」

 彼はイチゴと交換しようとは言わない。チョコを僕が遠慮することは見越して。嬉しそうにケーキ二つを手中におさめる姿が見れたことと、僕がチョコは苦手だって認識されていたことに喜びを感じる。たいがい末期だ。

「正木さんのことが好きです」

 二度目の告白。

「うっさい」

「好きです」

 三度目。

 正木さんはため息をついた。

「お前、なんなん? この前もあんなえっろい顔して指輪にちゅーしよって。お前の顔思い出すから気に入ってたのにつけられへんやん」
「えろかったですか。あの時は正木さんのことを考えていたらつい」 
「天然か! あぁもう、好きって、えろいことしたいって意味なん?」

 僕は首を傾げた。僕の中にあるふわふわしている気持ちを、言葉にする。

「ファンとして好きでした。正木さんはかわいいしカッコいい。養成所でもキラキラしていました。ユニット組むことになって本当に嬉しかった。
 でも、正木さんと仲良い人、マリちゃんとかにも嫉妬してしまうし、酔っ払いでも偉い人でもベタベタ触ってほしくないって思います。…… えろいことは、したいです」

「ふぅん」

 正木さんはイチゴとクリームをプラスチックのスプーンにのせて、僕にみせつけるようにゆっくりと舌先をつかって舐めた。
 ぽかんと口をあけてくぎづけとなっている僕をしげしげと値踏みするように見る。

「うーん。角すみ、きれーな顔してるしな、いけるかもしれん」
「え?」

「きもちえぇこと、しよ」

 ニヤリと壮絶にエロい顔で悪魔が微笑んだ。

 正木さんは僕を寝室に引っ張りこむと、ベッドに向かって乱暴に突き飛ばした。全然展開についていけてない僕は無様にベッドに沈む。正木さんがのしかかってきた。ベッドが揺れて枕元に積んでた本がバサバサと落ちる。

「指輪じゃなくて、俺にちゅーして?」

 断られるとは思っていない凶悪な顔で僕に覆いかぶさってくる。悪魔の誘いに抗える人間なんているだろうか。目を閉じて彼の薄い唇を受け入れる。

「っ!」

 正木さんは僕の僅かに開いた唇の隙間にいきなり舌をつきいれてきた。上顎を舐められ舌が触れ合ってゾクゾクする。気持ちいい。
 僕も舌を積極的に絡めて正木さんの口内に侵入させる。

「んっ」

 正木さんが鼻にかかった音をこぼしてさらに興奮する。
 ゆっくりと合わせていた唇を離した。

「あっついなぁ。脱ごか」

 言うが早いか正木さんは男らしくさっさと上着を脱ぎ捨てた。次に僕のトレーナーをまくりあげる。正木さんの手に合わせて服を脱ぎすてた。
 彼は膝立ちで僕にまたがり、見せつけるように細身のジーンズのジッパーをおろした。
 生唾をのみこんだ僕をニヤニヤと見下ろしながらジーンズを脱いだ正木さんは、そのまま僕のズボンにも手を伸ばす。焦らすように僕の中心部には一切触れないようにしながらズボンを引き抜いた。
 お互いパンツだけになった姿で、正木さんは僕の太もものあたりにぺたりと座った。そのまま上半身を倒してきて「ちゅーしよ」と甘える。リップ音をたててバードキスをくりかえした。

「正木さん舌だして」

 素直に先ほどイチゴを舐めた時のように舌をだした正木さんは目をつむった。僕は自分の舌を正木さんのそれに絡める。唇はつけずに。
 二人の間に糸が引く。

「ふふっ。角がえろい顔してる」

 蕩けた顔している正木さんの方が数倍えろい。

「けっこー鍛えてるんやな」

 ぺたぺたと正木さんが遠慮なく体を触ってくる。正木さんも細身の身体は引き締まっていて綺麗だ。

「ッ!」
「すみ、乳首感じるひとぉ?」

 彼が猫のようにペロペロと胸の突起を舐めながら上目づかいで視線を合わせてくる。もう片方は爪で引っかかれる。感じるというより、くすぐったいのだが、あの正木さんが僕の乳首を舐めているという視覚効果が絶大だ。
 びくりと反応してしまい、頬が熱くなるのを感じる。

「すみ、かわいいなー」

 正木さんは満足そうに口角をあげると、背を丸めて僕のヘソにもキスを落とした。 たまらなくなって正木さんの右手をとる。手の甲に恭しくキスを送り、中指を捕まえる。スカルのリングあった場所にキスを落とす。死神がやったように。

「ぁ」

 正木さんとしっかり視線を合わせて、中指を舐めあげる。次に人差し指を。わざと音をたててキスをしてから舌で舐る。次は薬指。

「もぅ。ええ」

 逆に正木さんに手を取られた。ぎゅっと指を絡めて握られる。恋人つなぎ、というのだろうか。 
 手を繋いだまま、正木さんは腰の位置を調節した。
 二人の中心部がちょうどあたる。
 正木さんはそれを擦り合わせるように腰を上下に動かしはじめた。ぎゅうっと手が握られ、体重がかかった。頼られているようで嬉しくなる。

「ふっ。ぅう」

 布ごしなのが焦ったい。

 繋いだ手を引き寄せてそのまま倒れこんできた正木さんを受けとめた。手を解放して正木さんのうなじに這わす。そのまま肩甲骨と背中を撫でるとびくびくと反応があった。
 さらに腰から尻にかけて手を這わすと一枚薄い障害が残っている。

 最後の布をお互い脱ぐ。

 お互いの昂ぶったモノを擦り合わせるように正木さんが腰を動かす。 
 騎乗位で激しく腰をふるあまりにも扇情的な姿にくらくらする。我慢できなくなって自分もつきあげるように動かす。 

「んんっ」

 それが思いがけない刺激となったのか、正木さんが耐えるように眉根を寄せた。正木さんのアーモンド型の瞳が強気な光を帯びたと思った瞬間、彼は手で二本の熱棒をまとめてしごきはじめた。
 この人は負けず嫌いなんだと惚けた頭の片隅で思う。
 ぬるぬると滑りがよくなってきてさらに気持ちがいい。 

 腹筋を使って急に上体を起こした。バランスを崩した正木さんが僕の肩をつかむ。彼を抱えて、対面座位の体勢をとった。近くなった唇に下から顔を寄せてキスを送る。濃いやつを。歯列をなぞって頬の裏側を舐める。
 クチュクチュと卑猥な音がする。正木さんが油断している隙に二人の中心に手をのばした。正木さんの手から主導権を奪って二本をまとめてしごいた。

「ッ!」

 感じている声はキスに吸い込まれた。 

「正木さん、好きです」

 唇を離して四度目の告白。 
 びくりと反応したあと、正木さんは両手を僕の首にまわしてぎゅっと抱きついてきた。

 ラストスパートを意識して手の動きを早くする。

「はぁっ、んんっ、ぁ」 

 抱きついた正木さんが僕の耳にキスするように顔を寄せて、中に吹き込むように喘ぐ。彼の思惑どおりに熱い吐息にめちゃくちゃ煽られた。

「うっ」
「ッ!」 

 二人でほぼ同時にイった。


 正木さんは気怠げに動くとティッシュの箱を僕にパスした。

「シャワー浴びてくるわ。すぐ替わるから」

 汚れたところを拭いたり、脱ぎ捨てた服を集める。ベッドから落とした本を拾うと声楽のトレーニングブックだった。線を引きながら読んでいる跡がある。
 程なくしてスウェットを着た正木さんが戻ってきた。

「タオルと、これ。新さらの下着とかないから俺のやけど。まぁ洗ってるし割と新しめやから。風呂場はあっち」

 ジャージと下着を渡される。体格はそうかわらないから問題なく着れるだろう。 



 シャワーを浴びて礼を言おうとすると、正木さんはベランダでタバコを吸っていた。

「ありがとうございます。タオルどうしたらいいですか」
「おー。そのへん置いといてええから」

 顔も合わせず正木さんは返答した。

「……1本もらえますか」

 タバコを、と続けると正木さんがこちらを向いた。

「お前、吸うの?」
「たまに」

 タバコを一本もらい、二人でぼんやりとふかす。眠らない街を見下ろす。ふと、日付がとうに変わっていることに気づいた。

「正木さん」
「なんや」

「メリー クリスマス」

 一瞬、虚をつかれたような顔をした正木さんがくしゃっと笑った。

「さむなってきたし入ろか」
「そうですね」

 疲労はあるもののすっきりしてしまったせいか眠気が訪れない。正木さんもそうなのか、何か飲み物いる?と言いながら鼻歌交じりにキッチンに立ってしまった。
 正木さんが口ずさんでいるのは、次の僕らの新曲だ。
 僕も自分のパートを歌う。手持ち無沙汰もあって、座ったまま小さく手の動きも合わせた。

「そこ、なんかうまくリズムに合わへんねん」

 カップを持った彼が帰ってきた。
 恋人たちの愛も地球の平和も一緒くたに願う強欲で幸せな歌詞に対して、振付けは複雑だった。

「アンパンマンマーチの愛と勇気だけが友達さってとこ思いだしながら動くとリズムに合うんですよ」
「は?」
「知らないですか? アンパンマン」
「いや、アンパンマンは知ってるけど」
「? “愛”で右振って“勇気”で肩動かして“だけ”でターンして“友達”でキメると...」

「ちょ、ちょお待って、なんでアンパンマンやねん!!」

「え? ちょうど合うから?」
「お前、そんなクールな顔してアンパンマンとか考えてたん?! 反則や!」

 正木さんが手を叩いて大笑いしはじめて驚く。

「おっかしー。しばらくこのネタで笑える。なぁなぁ、他にもそんなこと考えてんの?」

 何が彼の笑いのツボにハマったかわからなかったが、楽しそうな正木さんがかわいい。

「僕も正木さんにここの音程の取りかたおしえてもらいたいです」
「あー、いきなり高音になるもんな。“ホープ”って歌ったあとにブレスいれると安定するかも」

 しばらく話し合っているうちに、正木さんがふわぁっと欠伸をした。いつのまにか寄ってきていた猫を撫でて、立ち上がる。

「そろそろ寝よか。昼過ぎから仕事やな」

 一緒に、と声をかける前に「角はソファ使って」と言われ、毛布をわたされる。しゅんとしたのも見抜かれているだろうが、経験的にこれ以上譲歩はしてもらえないと思う。

 くるりと綺麗にターンをきめて、寝室に向かう正木さんの腕を掴んで引き留めた。
 なんや、と文句を言おうとしている唇に、ちゅ、と軽いリップ音をたててキスする。
 家に入れてくれたこと、正木さんのいろいろな姿が見れたこと、少しでも距離が近づいた嬉しさ、寝る時まで本で勉強したりつい口ずさむのが練習中の曲だったりする努力家な一面、それらの思いと、好きだという気持ちをこめて微笑む。

「おやすみなさい」

 ぐいっと襟ぐりを掴まれ引き寄せられた、と思った瞬間に正木さんに口付けられた。驚いてあいてる僕の口に舌がねじ込まれ、貪られるようなキスをされた。呆然としている僕の下唇をぺろりと舐めたあと、唇がくっつきそうなくらい近い位置で「おやすみ」と囁かれる。

 とんっと押されて彼と隙間ができた。
 正木さんがニヤリと笑った。


「Merry Christmas」


 綺麗な発音でそう言うと、今度こそスタスタと寝室に行ってしまった。

「うっわー。反則……。ほんと好き」

 両手で顔を覆ってしゃがみ込む。

「……眠れるかな」

 僕の呟きに返事をするようにニャアと猫がないた。


 夜明けはもうすぐ。
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