34 / 44
ネコ娘、砂浜を歩く
しおりを挟む
魔導列車で移動中、ルイスが作ってきてくれたお弁当を食べた。
4人分あったけど、2人で食べてもペロリだった。
美味しいものならいくらでもお腹に入る不思議だ。
目的地の最寄り駅で列車を降りた。
このあと列車は北上して、ヒュムニナ王国の首都に向かう。
以前にヒュムニナ王女がルイスを誘拐したときは、列車に乗り続けて終点まで行くつもりだったんだろう。今回の旅は途中で降りて南下する。
駅前で魔導スクーターをレンタルした。
2人乗りして目的地のザンダバーバラを目指す。
運転はルイス。やっぱりルイスの器用さはぶっ飛んでいるみたいで、凹凸のある道でもほとんど揺れずに進んだ。
海岸沿いの道を2人乗りのスクーターでルイスにつかまりながら走る。
波の音が聞こえそうなほど近くに見える海は、遠景のマリンブルーと波打ち際のターコイズブルーのグラデーションに、真夏の太陽が当たって輝いていた。
ザンダバーバラに着いて、メリーが手配していた宿にスクーターを預けた。
「予約されていた2名様ですね。お待ちしておりました」
日没までまだ時間があったので、荷物だけ宿に置いて、アタイとルイスは散歩に出ることにした。
「予約は最初から2名だけですか。メリー……」
ルイスは口元に手を当てて、小声で何かつぶやいていた。
「何?」
「いえ、独り言です」
「それならいいけど……」
タコの買い出しは、明日の朝、帰る直前にする。
せっかく海辺まで来たので、砂浜を歩いてみることにした。
「靴、脱ぐ」
素足になって、少し海に入ってみる。
バシャバシャと水をかき分けて歩いた。
「どうですか?」
「後始末が面倒なだけだね」
笑いかけると、ルイスも同じように靴を脱いで海に入ってきた。
水につかったまま、無意味に歩き回った。
少し後ろで、ルイスが左右の手の親指と人差し指を合わせ、長方形の枠を作ってアタイを見ていた。絵を描く人がスケッチのときにやりそうな仕草だ。
「ルイスは、絵も描くの?」
彼は器用だから、絵を描いたら上手そうだ。
「僕の父は、画家でした」
「そうなんだ」
お父さんが画家って、ルイスの雰囲気に合ってる。でも、「でした」って言い方してるのは……、
「父は僕が12歳のときに亡くなりました」
「……そう。ごめん、辛いことを思い出させた?」
「いえ。僕から言い出した話なので」
穏やかな海は、ルイスに似合う背景だった。
「アタイもね、……両親とも、アタイが9歳のときに死んでるんだ」
「……そうですか」
「でも、冒険者の親が死ぬのと、画家のお父さんが死ぬのとは、違う感じだろうね。冒険者は、死にやすい職業だから」
両親が死んだときに初めて、漠然と自分の運命とか将来とかを考えるようになった。
けれど、冒険者の危うさを知っているくせに、結局は成長してアタイも冒険者になっている。何かに成るって、それくらい、思うようにいかないもんだと思う。
アタイも姉ちゃんも、冒険者としては両親より優秀で、けっこう活躍できた。でも、冒険者以外の生き方はできない。
今を楽しむ姐さんたちの強いメンタルを真似していれば、笑って暮らせるくらい幸せではある。それでも、アタイが根っこの部分で、檻に入れられていると感じるようになったのは、親が死んでからだ。
「エルザのご両親のこと、教えてください」
優しいルイスは、海を見ただけで感傷的になるアタイにも付き合ってくれる。
そういうところ、やっぱり、彼は他の奴らとはちがう。
きっとメリーや姐さんたちだったら、アタイの話なんか笑い飛ばしてふざけてるだろう。ササミは聞いてくれそうだけど、ずっとニヤニヤしてそうだ。
「両親はC級冒険者にやっと上がれたくらい。今のアタイたちよりずっと弱っちかった。なのに、ダンジョンブレイクであふれてきた強い魔物と無理して戦ってさ」
幼かったころの記憶と感情がわきあがってくる。
「街を守って死んだんだ。立派だよ。でも、それを聞いたアタイに真っ先に浮かんだ感情は怒りだった。何、アタイら残して死んでんだよって」
口元に苦笑いが浮かぶ。
「子どもって、身勝手なもんだよ。親が死ぬまでは、冒険者はヒーローだった。将来は世界を飛び回って冒険するって思ってた」
漠然と持っていた、ここではないどこかで、素敵な自分になるイメージ。子どもの全能感が見せる夢だから、ショッキングな出来事がなくても、いつか覚めるものだっただろう。
大人になったら、強い冒険者になって、世界の、見たこともない色んな景色を見に行くんだと思ってた。
「海だって、こっちの西側と、東海岸じゃ、だいぶんちがって見えるんだろ? ダンジョンを攻略して旅しながら、そういうのを見に行くんだと思ってた。でも、今じゃぜんぜん、街から出る気にもならない」
いつの間にか心が引きこもりになってた。けど、こうやって海辺まで来てみると、景色を見るだけで楽しいもんだ。
「ルイスと一緒に旅行できてよかった。知らない場所に行くのって、想像してたより面白いや」
ルイスは静かにアタイの話を聞いてくれていた。
そうこうしているうちに、日が暮れはじめた。
夕日が海に沈む。内陸育ちのアタイには珍しい光景だ。アタイは黙って太陽と空の変化を見届けた。
「東海岸に、僕の実家があるんです。向こうの海も、いつか一緒に見に行きませんか?」
ルイスの優しい声。大陸の東までは長旅だ。長い旅行のお誘い。
「うん」
行けたらいいな。
4人分あったけど、2人で食べてもペロリだった。
美味しいものならいくらでもお腹に入る不思議だ。
目的地の最寄り駅で列車を降りた。
このあと列車は北上して、ヒュムニナ王国の首都に向かう。
以前にヒュムニナ王女がルイスを誘拐したときは、列車に乗り続けて終点まで行くつもりだったんだろう。今回の旅は途中で降りて南下する。
駅前で魔導スクーターをレンタルした。
2人乗りして目的地のザンダバーバラを目指す。
運転はルイス。やっぱりルイスの器用さはぶっ飛んでいるみたいで、凹凸のある道でもほとんど揺れずに進んだ。
海岸沿いの道を2人乗りのスクーターでルイスにつかまりながら走る。
波の音が聞こえそうなほど近くに見える海は、遠景のマリンブルーと波打ち際のターコイズブルーのグラデーションに、真夏の太陽が当たって輝いていた。
ザンダバーバラに着いて、メリーが手配していた宿にスクーターを預けた。
「予約されていた2名様ですね。お待ちしておりました」
日没までまだ時間があったので、荷物だけ宿に置いて、アタイとルイスは散歩に出ることにした。
「予約は最初から2名だけですか。メリー……」
ルイスは口元に手を当てて、小声で何かつぶやいていた。
「何?」
「いえ、独り言です」
「それならいいけど……」
タコの買い出しは、明日の朝、帰る直前にする。
せっかく海辺まで来たので、砂浜を歩いてみることにした。
「靴、脱ぐ」
素足になって、少し海に入ってみる。
バシャバシャと水をかき分けて歩いた。
「どうですか?」
「後始末が面倒なだけだね」
笑いかけると、ルイスも同じように靴を脱いで海に入ってきた。
水につかったまま、無意味に歩き回った。
少し後ろで、ルイスが左右の手の親指と人差し指を合わせ、長方形の枠を作ってアタイを見ていた。絵を描く人がスケッチのときにやりそうな仕草だ。
「ルイスは、絵も描くの?」
彼は器用だから、絵を描いたら上手そうだ。
「僕の父は、画家でした」
「そうなんだ」
お父さんが画家って、ルイスの雰囲気に合ってる。でも、「でした」って言い方してるのは……、
「父は僕が12歳のときに亡くなりました」
「……そう。ごめん、辛いことを思い出させた?」
「いえ。僕から言い出した話なので」
穏やかな海は、ルイスに似合う背景だった。
「アタイもね、……両親とも、アタイが9歳のときに死んでるんだ」
「……そうですか」
「でも、冒険者の親が死ぬのと、画家のお父さんが死ぬのとは、違う感じだろうね。冒険者は、死にやすい職業だから」
両親が死んだときに初めて、漠然と自分の運命とか将来とかを考えるようになった。
けれど、冒険者の危うさを知っているくせに、結局は成長してアタイも冒険者になっている。何かに成るって、それくらい、思うようにいかないもんだと思う。
アタイも姉ちゃんも、冒険者としては両親より優秀で、けっこう活躍できた。でも、冒険者以外の生き方はできない。
今を楽しむ姐さんたちの強いメンタルを真似していれば、笑って暮らせるくらい幸せではある。それでも、アタイが根っこの部分で、檻に入れられていると感じるようになったのは、親が死んでからだ。
「エルザのご両親のこと、教えてください」
優しいルイスは、海を見ただけで感傷的になるアタイにも付き合ってくれる。
そういうところ、やっぱり、彼は他の奴らとはちがう。
きっとメリーや姐さんたちだったら、アタイの話なんか笑い飛ばしてふざけてるだろう。ササミは聞いてくれそうだけど、ずっとニヤニヤしてそうだ。
「両親はC級冒険者にやっと上がれたくらい。今のアタイたちよりずっと弱っちかった。なのに、ダンジョンブレイクであふれてきた強い魔物と無理して戦ってさ」
幼かったころの記憶と感情がわきあがってくる。
「街を守って死んだんだ。立派だよ。でも、それを聞いたアタイに真っ先に浮かんだ感情は怒りだった。何、アタイら残して死んでんだよって」
口元に苦笑いが浮かぶ。
「子どもって、身勝手なもんだよ。親が死ぬまでは、冒険者はヒーローだった。将来は世界を飛び回って冒険するって思ってた」
漠然と持っていた、ここではないどこかで、素敵な自分になるイメージ。子どもの全能感が見せる夢だから、ショッキングな出来事がなくても、いつか覚めるものだっただろう。
大人になったら、強い冒険者になって、世界の、見たこともない色んな景色を見に行くんだと思ってた。
「海だって、こっちの西側と、東海岸じゃ、だいぶんちがって見えるんだろ? ダンジョンを攻略して旅しながら、そういうのを見に行くんだと思ってた。でも、今じゃぜんぜん、街から出る気にもならない」
いつの間にか心が引きこもりになってた。けど、こうやって海辺まで来てみると、景色を見るだけで楽しいもんだ。
「ルイスと一緒に旅行できてよかった。知らない場所に行くのって、想像してたより面白いや」
ルイスは静かにアタイの話を聞いてくれていた。
そうこうしているうちに、日が暮れはじめた。
夕日が海に沈む。内陸育ちのアタイには珍しい光景だ。アタイは黙って太陽と空の変化を見届けた。
「東海岸に、僕の実家があるんです。向こうの海も、いつか一緒に見に行きませんか?」
ルイスの優しい声。大陸の東までは長旅だ。長い旅行のお誘い。
「うん」
行けたらいいな。
0
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説

私は、忠告を致しましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

配信者ルミ、バズる~超難関ダンジョンだと知らず、初級ダンジョンだと思ってクリアしてしまいました~
てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
女主人公です(主人公は恋愛しません)。18歳。ダンジョンのある現代社会で、探索者としてデビューしたルミは、ダンジョン配信を始めることにした。近くの町に初級ダンジョンがあると聞いてやってきたが、ルミが発見したのは超難関ダンジョンだった。しかしそうとは知らずに、ルミはダンジョン攻略を開始し、ハイランクの魔物たちを相手に無双する。その様子は全て生配信でネットに流され、SNSでバズりまくり、同接とチャンネル登録数は青天井に伸び続けるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる