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最後の春休み
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武たちは恙なく卒業式を取り仕切り無事に春休みを迎えた。共に過ごせる最後の春休み……とも言えた。アメリカの学校は二期制で春休みは存在しない。つまり来年の武の春休みには夕麿は帰国出来ず学院の外に出る事は叶わず、春休みであっても春休みにならないのが今から予想される。だから最初で最後の春休みだと、誰もが思っていた。
御園生邸に到着すると玄関口に、数人の男性がい、何やら有人と困った顔でいた。
「ただ今戻りました。
何かありましたか?」
夕麿が代表して言葉を紡いだ。
「ああ、お帰り」
「これは……御子息方ですか、お初にお目にかかります。
わしはこの近くの神社の保存会の世話役を致しております、長沼と申します」
老齢に差し掛かった男は、丁寧に夕麿たちに頭を下げた。
「御園生 夕麿です」
「御園生 武です」
「御園生 雅久です」
義勝が一瞬戸惑った。実はパスポートやロサンゼルスでの御園生のバックアップの為、早めに養子に入った方が良いとすすめられていた。
雅久と話し合って決心したばかりなのだ。
「彼はうちの新しい息子です、長沼さん」
「そうですか、これはまた体格の良いお方ですね、お名前は?」
「義勝と申します」
『新しい息子』と有人に呼ばれて義勝は笑顔になった。
「それでお義父さん、何の騒ぎなわけ?」
武が居並ぶ人々を見回して、首を傾げるように聞いた。
「それがね、武君。春の祭りで流鏑馬神事を行うのだけど、その出場者のメドが今年はつかないそうなんだ、それで神事をどうするのか…話していたんだよ」
「流鏑馬…義勝、出来ますよね、あなたなら?」
「最近はやってないが…練習すれば何とか。貴之も出来る筈だ」
「あと一人だね?誰かいないの?」
武の問い掛けに夕麿が複雑な顔をした。
「……周先輩か…」
「え、周さん!?弓道もするの、あの人?」
「私はこれ以上、貴之に会わせたくはないのですが…」
「他に学院でやれる人間は…死んだ慈園院さんと星合さんくらいだろ?」
「弓道と乗馬、双方出来ても流鏑馬が出来るわけではないのでしょう?」
「訓練をすれば良いってわけではないんだ、雅久」
「仕方がありません。義勝、貴之に連絡を」
「長沼さん、どうやら揃うようですよ?」
「御園生さん…ありがとうございます」
「義勝、すぐに精進潔斎に入って下さい。長沼さん、御籠もり所はありますか?」
「そこまでしていただけるのですか?」
「私たちは千年以上前より皇帝に、お仕えする古き貴族の血を受けています。神事に参加するのは役目ですから」
夕麿の言葉に長沼は息を呑んで深々と頭を下げた。御園生も貴族の末席にいるがあくまでも勲功による新参の貴族である。だが目の前にいる若者は驚くほど貴族としての気品を溢れさせていた。
「夕麿、介添えを頼む」
「良いですよ、他に乗馬出来る者はいませんから」
「夕麿もお籠もりしちゃうの?」
「そうなります」
「ふふ、夕麿さまがいないと寂しいのですか、武君?」
「別に」
強がる武に雅久が笑いかけた。
「そうだ」
有人が笑顔で世話役たちを見た。
「舞の奉納をされませんか?今上陛下が絶賛された舞手がいますよ?」
「舞…ですか?」
「普通では観る事などなかなか出来ないものです。彼らは夏に留学してしまいますから、今年しか観れません」
「そんなに素晴らしいのでございますか?」
「俺が保証する」
武がしっかりと言い切り雅久が苦笑した。
「今からお願い出来るものでしょうか?祭りの日は5日後です」
「それだけあれば準備は出来ますよね、雅久?」
夕麿が振り返って言う。
「承知致しました。演目は装束から考えると、『納曽利』か『蘭陵王』になりますが、よろしいでしょうか?」
「俺、『納曽利』をもう一度観たい」
「武さまがお望みになられますなら」
「長沼さん、それでよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
世話役たちは目を白黒させていた。明らかに立ち振る舞いの違う、養子で迎えた息子たちの有り様を何と解釈して良いかわからなかった。ただ自分たちが詮索して良い事ではないと、申し出を有り難くいただく事にした。
「今日はまだ帰宅したばかりですから、明日の午後に後の二人も一緒にそちらへ伺います」
「では準備をいたしてお待ち申し上げております」
長沼たちはもう一度、深々と頭を下げて御園生邸を辞して行った。
「気が合う馬がいれば良いがな…」
「私の場合は、青紫が拗ねないか心配です」
「何で?」
「あれは別の馬に構うのを嫌うんです」
「あれだ、武。夕麿の性格をそのまま馬に当てはめろ。お前が他の人間に構ったら、夕麿は拗ねるだろう?」
その言葉に武は思わず夕麿の顔を見上げ、納得したような顔で義勝を見上げて頷いた。
「義勝、余計な事を。
武、そこで納得しないで下さいませんか」
「いや、だって…」
リビングに場所を移して、相変わらずのやり取りに小夜子が笑う。
「それって、この前の写真の馬の事?」
「うん、青紫って言ってね、凄く綺麗な馬なんだよ?」
武がご機嫌で乗馬の話を始めたので、一挙にそれで花が咲く。有人は自分が所有している競走馬の話をし、最後にいずれ青紫を預ける話になった。
次の日、貴之や周も合流して流鏑馬の練習が始まった。本格的なお籠もりは1日で後は神域内での練習になると言う。義勝が流鏑馬を行うので、雅久の世話役には有人の要請で文月が行った。武は御園生邸に残った。最初、武は雅久の世話役を希望したが、それは雅久本人が手をつき頭を下げて断った。
「武さま、それは身分に触りがございます。私のような身分の低い者の後見は、武さまのご身分には相応しくごさいません」
雅久は最も身分の分け隔てに気を使う。普段は高等部の先輩や兄として、穏やかで気さくに武に向かい合う。だが彼は皇家の貴種としての武の立場を、尊重する時には絶対に譲らない。夕麿も同じでありその区別を武は時々寂しく思う。けれどそういう事を無視すれば、御園生家に迷惑がかかる。何よりも教育係りとしての夕麿に不名誉な咎めが科せられる可能性がある。これを知ってしまったから黙って引き下がるようになっていた。決して納得はしていない。納得していなくても自分の置かれている環境なのだと受け入れるしかなかったのだ。
夕麿に留学先を変更させた。自分の知らない所で彼が、他にも自分の為に諦めたものはあった筈だと思う。自分がわがままを言って、これ以上困らせたくはないから。我慢ではない。ただ目の前に差し出された条件を受け入れただけに過ぎな夕麿がホッと息を吐く姿を見てしまい、武はもう何も口に出来なくなってしまった。
祭りの当日は噂が広がって溢れんばかりの人混みになり武は夕麿が気になった。だが精進潔斎してお籠もりをして身を浄めた夕麿に、今の武は近付く事は許されない。わざわざ用意された上座で静かに座っているしかない。
流鏑馬が開始された。まず一番手の周が日記役と言う記録者の前に進み出て膝を折り跪く。
「流鏑馬始めませ~」
日記役の言葉で騎乗して馬が放たれる。
装束は通常は水干だがここでは、鎧直垂の袖と裾を縛り足には物射沓、左手には射小手に手袋、右手には鞭、綾藺笠をいただく。太刀を佩くが武家はここで刀も佩く。周たちは貴族としてで古式に則り太刀のみである。鏑矢を五筋さした箙を背負って弓と矢を手に持
馬は直線距離凡そ218mを疾走する。的は3つ進行方向左手にあり流派での違いはあるが、大体5mの距離に2mくらいの高さに設置される。周たちは満員の観衆の中、鮮やかに華麗に的を全て射落とした。見事さに喝采と歓声がわき、見ている武も嬉しかった。夕麿はすぐに着替えて武の側へと駆け付けた。
「夕麿、気分は悪くなってない?」
「少し頭痛がしますが、大丈夫です」
「無理しないでね?」
見ると周たちが観客に取り囲まれている。どうやら夕麿を早々に下がらせて、同じ目に合わないように彼らが配慮したらしい。義勝と貴之はげっそりしているが、周は穏やかな笑みを浮かべている。でもその目は笑っていない。
そこへ舞の奉納が告げられた。境内に特別に舞台が設置されており、人々がそこへ移動するのを見て3人が上手く逃げ出した。雅久の『納曽利』は正月に観た時よりも更に磨きがかかっていた。
人々は息を呑んだ。
全てが終了し武は夕麿を連れて、世話役たちの精進落としの宴を断って急いで御園生邸へ戻った。雅久が舞終えた頃から遠雷が響き出し、徐々に近付きつつあったからだ。雨が降れば夕麿は動けなくなる。流鏑馬に参加した彼らと近付きになろうと、鳥居で待っていた女の子たちを蹴散らして武は夕麿を迎えの車に押し込んだ。御園生邸に帰り着いて直ぐ、激しく雨が降り出した。武は急いで夕麿を自分たちの部屋へ入れ、カーテンを閉めて対応した。幸いにも早めの対応が劫をそうして、激しい発作にはならずに済んだ。
義勝が雅久を連れてその直ぐ後に帰宅し、周が一人引き揚げて来たのはかなり夜更けだった。ただひとり20歳を超えている為、酒の席に引き留められていたらしい。貴之は義勝たちと一緒に辞し、御園生家の車に送られて帰ったという。
慌ただしい春休みの最初は、ひとまず終了を告げた。
流鏑馬の次の日、無事に養子の手続きを終えて、義勝と雅久は三泊四日の新婚旅行へと出発した。向かうは車で3時間ほどの所にある、山間の温泉郷。御園生系列の老舗旅館がある。ここは露天風呂付きの離れ屋形式で、他の客と顔を合わせる事が少ない。義勝たちにはその最も奥の離れ屋が用意された。
武たちは二人を見送ってリビングにいた。武にはそんな近場への旅行すら許されない。本人は気にしていない様子だが、夕麿も御園生夫妻もそんな武が不憫でならなかった。旅行と行かなくても、日帰りでどこかへ行かせてやりたいと切に願っていた。
「武君、夕麿君、明日は何か予定があるかい?」
有人の言葉に二人は何もないと答えた。
「御園生が出資した水族館が完成してね。まだオープン前なのだが、君たちに見て来て欲しいんだけど。場所は車で30分くらいだから近いし…内部のレストランの状態などの評価が欲しい。
頼めるかな?」
「水族館!?良いの、お義父さん?」
武が目を見開いて歓声を上げて喜んだ。夕麿は評価云々は単なる言い訳だと気付いた。武の為の日帰りの僅かばかりの遠出。恐らくは今はその距離が限界なのだろう。夕麿は喜ぶ武の後ろで軽く頭を下げた。有人はそれに微笑みで返す。それは夕麿にも嬉しい外出だった。
水族館は厳重な警備下にあった。表向きはオープン前だからという理由だったが、武の為の警備だと夕麿には知らされていた。
「ようこそ」
館長が二人を迎えに出て来た。大きな水族館だった。様々な演出がなされ、四方を泳ぎ回る魚の群れに、武は子供のように歓声を上げた。二人の為だけに開催されたイルカのショーでは、イルカと握手してはしゃぐ姿を夕麿がハンディカムに撮った。
最も奥は天井も足下も、出入り口以外の壁も、全てが水槽になっていた。中央にその日だけ設置された椅子に座って二人で見回す。
「魚になって海の中にいるみたいだね?」
「そうですね。静かで気持ち良い場所に仕上がってますね、ここは」
「魚の種類も多いね。あ、鯛だ」
「ふふ、美味しそうだと思ったでしょう?」
「思ってない!」
ムキになる武を抱き締めようとして夕麿の手が止まった。
夕麿は顔を上げて遠くを此処ではない遠くを見詰める目をしている。
「おたあさん…おもうさん…」
呟いた夕麿の頬を涙が流れ落ちた。甦ったのは本当に幼い日の微かな記憶の欠片。まだそれ程病が重くなかった夕麿の母と父陽麿と一緒にどこかの水族館へ出掛けた記憶。キラキラと銀色に輝く真鰯の群れ。他の魚を蹴散らして水槽を横切るサメ。小さな水槽の中で幻想的に動くクラゲ。両親に手を引かれて歩いた幼い日の幸せ。
『ほら、夕麿、大きな鯛が泳いでるわ』
『鯛?どこ、おたあさん…?』
母が指差した魚を見上げた。水槽のガラスに引っ付いていた鮑。幼い夕麿には自分もまた魚になって海の中にいる気分になったのを思い出した。遠い、遠い時間。記憶の彼方に追いやってしまった程、懐かしくて幻のような記憶。それが今ありありと蘇って来たのだ。
「ああ…」
懐かしさに胸がいっぱいになる。戻らない時間に涙が溢れる。
「おたあさん…おたあさん…」
手で顔を覆って啜り泣く。美しくて優しかった母は、いつも穏やかに微笑んでいた。母が死んで辛く悲しい事ばかりになって、幸せだった日々の記憶を自ら封じた。
そうしなければ耐えれなかった。
生きて来れなかった。
自分はもう独りぼっちなのだと。誰も愛してはくれないのだと。傷だらけの幼い心がとった、自分を守る方法。
忘れる事、望まない事、愛さない事。
でも本当は……悲しかった。辛かった。愛して欲しかった。愛したかった。
だから苦しくて仕方がなかった。
泣き続ける夕麿を武がそっと抱いた。ただ黙って抱き締めた。
「武…武…」
愛する喜び、愛される温かさも、求め合い共に生きる幸せも、もう一度くれたのは武。
そして今、封じた記憶が幸せな想いと共に帰って来た。夕麿は自分の心に残っていた、最後の小さくて鋭い氷の欠片が、ようやく溶けて消えたのを感じていた。
「ごめんなさい…」
「ううん、大丈夫?」
「ええ。少し…小さい頃の事を思い出しただけです」
「お母さんと水族館へ来た事があるの?」
「一度だけ…ですが、両親に手を引かれて」
「そっか…」
武はそれ以上何も言わなかった。黙って夕麿を抱き締めていた。涙を拭って微笑んだ夕麿の顔がとても幸せそうに見えたから。
武は水族館に来るのは初めてだった。いや…正確に言えば、このような外出自体がほとんど経験がない。小夜子の実家葛岡家は貴族としては、身分は中堅で決して裕福ではなかった。小夜子が東宮の御所で家庭教師をしていたのも自分の学費を補う為であった。両親の急死で葛岡家の断絶を申告し全てを処分した彼女の手元に残ったのは、生まれたばかりの武を抱えて生活するには将来を踏まえた上でもギリギリだった。武にとって母との外出とは住んでいたアパートの近くにあった、少し大きい公園にお弁当を持って行く事だった。
あまり丈夫ではなく些細な事で発熱するし、小夜子が武の怪我などを警戒する為に、遠足にはほとんど参加した事がない。小学校中学年から始まる宿泊学習は、既に始まっていたイジメが武を蝕んでいた。ストレスで体調を崩す彼を嫌い、学校側が参加を見合わせるように言って来たのだ。武自身も逃げ場がなくなる所へ行きたがらず、とうとう一度も参加しなかった。本当は全寮制の紫霄学院へ行くのも怖がった。ただ寮が一人部屋と聞いて、少し安心したのを覚えている。武には学院と家の行き来だけでも十分に旅行気分だったのだ。
自分たちの周囲の水槽の中を自在に泳ぎ回る魚たち。こんなにたくさんの魚がいるのすら初めて見る。武にとって魚は食べるもの以外は、図鑑や辞典・写真や絵の中のものでしかなかった。実物の動く魚は精々、公園の池にいる鯉や鮒、店先の水槽の金魚だけ。だから水族館と聞いて嬉しかった。来てみてもっとワクワクした。夕麿と二人で館長の説明に耳を傾け、幼子のような顔でたくさんの質問をした。
巨大なジンベイザメが、頭上を泳いで行く。武は笑顔で見上げた。
夕麿と並んで座り、二人とも無言で魚たちを眺めていた。
どれくらいそうしていただろう?
水族館の職員が、レストランの食事の用意が出来たと連絡して来た。時計の針は既に夕刻を差していた。
「もうこんな時間に……」
夕麿の言葉に武も時計を見た。
「あ…本当だ」
互いに笑みを交わして立ち上がり、職員の後についてレストランへ入った。ここには二ヶ所のレストランがある。家族連れ用のレストランは、今日は用意されてはいない。武たちが案内されたレストランは、主に夜間の水族館の営業に向けてオープンされるという。カップルをターゲットに、手軽な値段から数種類のコースメニューが用意されている。武たちにはその中でも特に、レストランのシェフ自慢のコースが用意されていた。前もって用意されていたそれは、ちゃんと武の分は少な目にされていた。
「武は水族館には来た事がありますか?」
「ううん、初めて来た」
「初めて…なのですか?」
「うん」
恥じるでもなく屈託のない笑顔が返って来た。
「そうですか…楽しかったですか?」
「凄く!」
フォークを握り締めて言う姿に夕麿は微笑みかけた。目的は武を喜ばせ楽しませる事。無邪気にはしゃいでいた武を、夕麿は見つめているだけで心が満たされた。
「夕麿はどうなんだよ?」
「もちろん、楽しみました。魚もですが、武を眺めるのも楽しかったですから」
「何だよ…それ?あ、子供だと思ってるんだろ?」
「まさか、可愛いと思っただけです」
「か、可愛いって言うなよ!」
真っ赤になって狼狽えるのが可愛い。
「ふふ、そういう所も可愛いですよ、武」
「バ、バカ!」
湯気が出そうなくらい真っ赤になった武が、可愛くて愛しくて仕方がない。
「あ、この魚美味しい」
白身魚をソテーしてチーズクリームソースをかけ、ブロッコリーを添えたものを一口含んで武が笑顔になる。今日は武にしては良く食べている。
「この後、お土産のショップを見る予定ですが、何か買いますか?」
「う~ん…母さんにぬいぐるみでも買って帰ろうかな?」
「それは良いですね」
「俺もイルカのぬいぐるみなら欲しいかも」
「構いませんが、ベッドに持ち込まないで下さいね」
「何で?」
「私以外を抱き締めるのを見るのは、愉快ではありませんから」
「あのさ…ぬいぐるみだよ?」
「私以外には違いないでしょう?
それとも武は私があなたを置いて、別のものを抱き締めて寝ていても平気なのですか?」
「う、嫌かも…」
「でしょう?」
我が意を得たり…と言いたげな顔で夕麿が嫣然と頷く。端で聞いていれば、単なるバカップルの惚気でしかない。新婚旅行に行った義勝と雅久には及ばないかもしれない。それでも武が楽しむ時間をもっともっと与えたかった。ましてあと3ヶ月でアメリカへ飛び立つのだ、武を残して。思い出をたくさん作っておきたい。幸せで楽しい思い出を。夕麿の切なる願いだった。
土産物を売るショップは普通の水族館よりも、かなり広い場所を取ってあった。
「あ、あの一番大きいぬいぐるみ、お母さんのお土産にしよう」
今日の武は目を煌めかせて、本当に小さな子供のように無邪気だった。
「夕麿は何か買わないの?」
「そうですね…ああ、これをいただきましょう」
夕麿が手に取ったのは、水族館の魚たちの絵葉書だった。
「絵葉書?あ、綺麗だね」
夕麿にとっての一番の土産物は、ハンディカムに収めたたくさんの武の姿だった。コピーを取って小夜子に渡すが、マスターは大切に渡米の荷物に入れるつもりでいた。
「俺は、こっちの小さめで良いかな?う~ん、こっちのもう少し大きいのも良いなあ…」
「2つとも買えば良いでしょう?」
「あ、そっか」
買ったものは迎えの車に運んでもらうように夕麿が命じて手軽なまま館内に戻る。夜間営業のライトアップを観に行くのだ。昼間とは違う照明の中の水槽は、また別の顔を見せていた。夜行性の魚が活動を始め、昼間の魚たちの多くが物陰で動かない。
「面白いね。夜の魚ってこんなんなんだ」
武も昼間のようにはしゃがずに、夕麿に腰を抱かれて歩いていた。
そして…あの、奥の部屋は…
「うわ~」
「美しいですね」
満月の夜の海を演出してあり月の淡い光になぞらえたライトがその空間を神秘的な世界に変えていた。その美しさに二人は魅了されて、上を仰ぎ見たまま動かなかった。武の心の中を夕麿が奏でる、ドビュッシーの『月の光』が静かに流れていた。
二人は夢見心地のまま、迎えの車に乗り込んだ。互いの手を握り締めたまま、幸せそうな笑みを浮かべ寄り添って座っていた。言葉は必要なかった。ただ安らぎの中の煌めきがあった。
そう、小さな子供のような純粋な気持ちで、今日の外出を満喫した。
「お帰りなさい、どうだった?」
小夜子がいつものような笑みを浮かべて、二人を玄関で出迎えた。
「母さん、ただいま」
「ただいまもどりました、お義母さん」
二人の表情を見て御園生夫妻は、今日の外出が双方ともに良い影響を与えたと感じていた。リビングのソファに座った二人に有人は問い掛けた。
「感想を聞かせてもらえるかな?」
「素晴らしいの一言です、お義父さん。職員も洗練されていましたし、レストランの食事も大変良い味でした。
夜間のライトアップも、美しく演出されていました」
「武君は?」
「昼間はあれで良いと思うけど…」
「夜間営業に不備でも?」
「ううん、綺麗だったよ?でもね、カップルがターゲットなんでしょう?」
「そうだね、一応、コンセプトとしてディナーとセットチケットなどを考えている」
「あのね、特にあの一番奥、音楽があったら良くないかな?」
「音楽?」
「うん。夕麿と二人で眺めてたけど…俺の頭の中をずっと、年末に夕麿が弾いてくれたドビュッシーの『月の光』が鳴ってた」
「なる程…それは、良い癒しになるかもしれないね」
「でしょう?ただライトアップするだけなら、どこでも出来ると思うよ?あそこだけの工夫がいるんじゃない?」
「夕麿君はどう思う?」
「そうですね、武の意見も一理あります。ただ、楽器や楽曲の選択を間違うと、逆効果にもなるでしょう」
「難しい所だね。出来れば演奏家の選択も必要だろう。
……オープンに間に合うかな?」
「夕麿のピアノじゃダメ?」
「武、私は…プロのピアニストではありません」
「十分凄いと思うよ?」
「御園生系の水族館の音楽をその息子が、担当すると言うのは話題性があるにはあるね」
「でしょう?一層の事、曜日で演出を変えて雅久兄さんの和楽器ってのも良いかも」
「ああ、それは美しいかもしれません」
有人は二人の資質に舌を巻いた。二人の適切な感覚を有人は面白いと感じた。これは将来が楽しみだと。
「では早々に夕麿君手配をするので、君のピアノを何曲か録音させてもらえるかな?」
「え!?本当に私のピアノでよろしいのですか!?」
「もちろん」
「でもお義父さん、夕麿の顔出しはダメだよ?俺が断じて許可しないからね?」
道行く人々が夕麿を注目した。 武はそれを覚えていた。 もし顔出しをすればマスコミに格好のネタを与える事になる。 それは夕麿の経歴や立場をさらす事になるだろう。 また武との間も興味本位に語られたくはない。 素顔のわからない謎のままで良い。 きっと渡米している間に話題も消えるだろう。
「出来ましたら雅久と一緒に録音をお願いします。 それに…彼は音楽的な演出の才能があります。 彼の色聴能力はきっと、素晴らしい効果を見せてくれると思います。」
有人は夕麿の言葉を受け入れて、4人で水族館のプロデュースを要請した。 彼はこの才能豊かな息子たちの初仕事に大いに期待する事にした。
「お話、終わりました?」
小夜子がお茶を運ばせて来た。
「今度は私から二人にプレゼントがあるの」
美しい笑顔で小夜子はまず夕麿を見た。
「夕麿さん、これを見て下さる?」
夕麿は手渡された封筒を開いて中の物を取り出した。 一枚の写真だった。
「これは…おたあさん…?」
夕麿に面差しの似た美しい女性が、1歳くらいの子供を抱いている写真だった。
「ええ、あなたのお母さま、翠子さまです。 お抱きになっているのは夕麿さんですよ。 本当は亡くなる少し前くらいのを手に入れたかったのだけど…これが精一杯でしたの、ごめんなさいね」
「いえ…ありがとうございます。 母の写真は…乳母が持って行ってしまったので、私の手元にも六条にもないのです」
夕麿は写真をそっと胸に抱いた。 両親と水族館へ行った幸せな記憶を思い出した日に、記憶が微かになって顔を思い出せなくなっていた母の写真を渡された。 胸がいっぱいだった。
「おたあさん… …大切にします」
涙を浮かべながらも微笑んだ夕麿に、小夜子も微笑みで返した。
「これは武にね」
同じように封筒を渡された武は、やはり中に入っていた写真を取り出した。 そこに写っていたのは、まだ少女の面影を残す小夜子と一人の男性だった。 どこかできちんと撮影されたらしい写真だった。
「あなたのお父さまよ。 この写真を撮影したのは…私があの方と結ばれた日だったの。 この2日後に倒れられて…」
「お義母さん…それでは武は…」
「ええ、ただ一度の契りでした。 私はあの方に形見をいただいたと想いました」
「これ…俺がもらっていいの?」
「あなたに持っていて欲しいの」
「わかった、ありがとう。 大切にする」
実の父…武には遠い存在だった。 むしろ義理の父である有人の方が今の武には近い。
「それでね、武。 もう一つあるの。 その…プレゼントと言うか、報告が…」
「何、母さん?」
「あのね、私…その…」
言いにくそうにする小夜子の戸惑ったような不安げな顔を見て、夕麿が息を呑んだ。
「お義母さん…ひょっとして、御懐妊されたのですか?」
「え!? 懐妊って……赤ちゃん!?」
夕麿の言葉に武が驚きの声を上げた。
「凄~い! 母さん、おめでとう! お義父さん、おめでとう!」
「おめでとうございます」
武は手放しで喜んだ。
「この歳になって、新しい生命を授かるとは、思っていなかったのだけどね」
有人が照れながら言った。
「そっか…良かった」
「そうですね。」
「うん。 俺と夕麿は将来、その子に御園生をバトンタッチすれば良いんだね。 俺、心配してたんだ。 俺たちの跡をどうするんだろうって」
子を成す事を許されない武。 同性同士の間には子供は望めない。 たとえ夕麿が可能でも。 御園生を継いで誰に渡せば良いのかわからない状態は、二人には心苦しいものだった。 特に武は義父有人に、申し訳なく思っていた。けれど母との間に新たな生命が誕生するなら未来を繋ぐ事が出来る。 御園生の血統を繋ぐ事が出来る。 武にも夕麿にもそれは希望だった。 それで自分たちの立場や居場所がなくなるわけではない。 有人はそんな人間ではない。 そうでなければ武のような厄介な子供を養子にしたりしない。
夕麿たちを受け入れて未来への光をくれた。 息子たちが同性同士で結ばれている状態を、偏見を持たずに受け入れてくれた。 その恩に報いる方法はひとつ。 御園生を守り、より発展させてその子に渡す事。
二人の想いは同じだった。
「今日は幸せな日だったね、夕麿」
部屋に戻って武が言った。
「ええ、本当に素晴らしい日でした」
武を抱き締めて夕麿が答えた。
穏やかな春の1日だった。
その日、録音の為に夕麿たちは出掛けた。 武は貴之に合気道の稽古をつけてもらう約束をしていたので、御園生邸にひとり残っていた。 有人は夕麿たちとスタジオに行き、その後、仕事に出掛けた。 小夜子も所用で出掛けてしまった。
御園生邸には武道場はない。 そこで床を強化してある演舞場に畳を敷いて代わりにする事にした。 すっかり上達した武を貴之は頼もしく思っていた。 身のこなしも隙が少なくなり、洗練された優雅さを帯びて夕麿とはまた違った気品を放っていた。 本人はそれを自覚してはいないが、無邪気さが逆に愛嬌となってひとつの魅力になっている。
ひとしきり汗をかき、文月が運んで来たお茶を飲んでいると、微かに声がした。
「貴之先輩、今、声が聞こえなかった?」
「聞こえました。 小さな子供の声のようでしたが…」
「裏からだよね? ちょっと行ってみよう。 どこかの子供が迷い込んだのなら大変だよ?」
「いえ、武さまはここにいらして下さい。 俺が見て来ます」
「わかった。 貴之先輩、気を付けて」
「はい」
貴之は演舞場から飛び出して行って程なく戻って来た。 その腕には泣きじゃくる、小さな男の子を抱いて。
「やっぱり子供がいたの?」
「迷子のようです」
「文月さん、警察に連絡を」
「直ちに」
文月が立ったのに合わせて、武たちも母屋のリビングへ移動する。 武は泣き止まない男の子を抱き上げた。
「名前は?」
武の優しい笑顔に男の子が泣き止んだ。
「なおちゃん…」
「なおちゃん?」
「えっと…わたらい なおき、5歳!」
「なおき君か。 俺は武だよ? よろしくね。」
「たける…お兄ちゃん?」
「うん」
「お兄ちゃん、綺麗だね」
「はあ…?」
なおきは武に抱き付いて、小さな手で頬に触れて来る。 それを見て貴之が笑った。
「貴之先輩…何?」
「いえ、夕麿さまがご覧になったらまた、妬かれますよ?」
「あはは…内緒ね、先輩。夕麿と来たらぬいぐるみにまで、嫉妬するんだから」
武の言葉に貴之が苦笑した。
「武さま、今のところ、子供の捜索願は出ていないそうでございます」
文月が電話を手に武に告げる。
「貸して下さい」
貴之が文月から電話を受け取った。
「すみません、良岑 貴之ですが、生活課の浦野課長を。 ええ、良岑 貴之だと言ってもらえばおわかりになります」
電話口で渋られたらしい。
「これだから所轄は…あ、ご無沙汰しております。 今、御園生邸にお伺いしておりまして、敷地内の林で小さな男の子を保護されました。 ……はい。 わたらい なおきと言う名前で5歳だと言っています。
……はい。 そうです…え? そちらで引き取りに来てくれないのですか? しかしここは…」
困っている貴之に武が声をかけた。
「しばらくなら預かっても良いよ?」
「しかし、武さま…」
「文月もいるし、すぐに母さんも帰って来るから」
「わかりました。
浦野課長、こちらでお預かり下さるそうですが…出来るだけ早くこの子の保護者を探して下さい。 そうです…ええ…まさか武さまの事をご存知ないわけではないですよね?」
貴之は少々苛ついているようだった。 電話の向こうの相手が要領を得ないらしい。
「わかりました、あなたには頼みません、失礼します」
電話を切って自分の携帯を取り出してコールする。
「あ、おもうさん、所轄に言っても埒があかないんだけど…」
貴之は自分の父に事の経緯を説明した。
「そうです…ええ…早急に対処させて下さい。武さまに子守をさせようなんて…はい…わかりました」
携帯を切って安堵の息を吐く。
「すぐに対処してくれるそうです」
「ありがとう、貴之先輩。
なおき君、すぐに探してもらえるからね?」
「うん」
「えっと、なおき君はケーキは好き?」
「ケーキ!? 大好き!」
「すぐにお持ち致します」
文月が取りに行く。 なおきは武の膝の上から降りようとしない。
「なおき君…武さまからおりなさい」
「やだ」
「この方にそんな事をしてはいけない」
「やだ、たけるお兄ちゃんが良い!」
「ダメです」
「貴之先輩、俺は構わないから」
「しかし…ご身分に障ります」
「子供なんだから大丈夫だよ」
にこやかに子供を抱いて答える武に、貴之は心底困ってしまう。
「ケーキをお持ち致しました」
貴之にはコーヒー、武には紅茶、なおきにはジュースを出して、文月は数種類のケーキが乗ったトレイを差し出した。
「武さま、どれになさいますか?」
「なおき君、どれが食べたい?」
「えっと…このイチゴのか良い!」
「貴之先輩は?」
「ありがとうございます。 ではアップルパイを」
「俺は…フルーツタルトにしよう」
文月はそれぞれを皿に乗せテーブルに並べた。
「はい、ちゃんと座ってお行儀よく食べようね?」
「うん!」
やけに武の言う事だけ聞く。
貴之の父の命令が届いたのか、所轄生活課の浦野課長自身が御園生邸にやって来た。 だがなおきは武に縋り付いて泣き、婦警の方へ行きたがらない。
そこへ、夕麿たちが帰って来た。
「何の騒ぎですか、これは?」
玄関先の騒々しさに夕麿の声が飛ぶ。
「夕麿、お帰りなさい」
「その子は…?」
「迷子なんだ」
「迷子…? 貴之、何故に武がその子を抱いているのです? あなたがいてどうしてこんな事になっているのです!?」
「夕麿、貴之先輩を叱らないで。 この子が怖がってるだろ?」
「あなたは警察の方ですね? 何故あの子を連れて行かないのです、武さまに子守をさせるおつもりですか?」
「夕麿、怒るなって。 とにかくみんな、中へ入って」
夕麿の怒りように、義勝と雅久も溜息吐く。
リビングに場所を移して、婦警がなおきを説得にかかった。
「やだ!行かない!」
「なおき君、ここにご迷惑はかけられないのよ?」
「絶対にやだ! ここにいる!」
婦警と子供の言い合いが続く。
「武…子供まで手懐けてどうするんです?」
「いや、俺は何にもしてないよ? ケーキ出しただけだし…」
「あなたという人は…」
夕麿は苦笑しながら武を抱き寄せた。 するとなおきがいきなり走って来て、夕麿の足を蹴っ飛ばした。
「痛ッ! 何をするんです、乱暴な!?」
「たけるお兄ちゃんに触るな!」
慌てたのは雅久だった。
「君、夕麿さまにそんな事をしてはいけません!」
「離せ!たけるお兄ちゃん!」
婦警に捕まえられて暴れるなおきに、夕麿はにっこりと笑い返した。 雅久と義勝の顔が引きつった。 その笑顔が怖い。 夕麿は笑みを浮かべながら、武をしっかりと抱き締めた。
「離せ、このヤロー、たけるお兄ちゃんを離せ!」
「えっと…どうなってるの?」
「たけるお兄ちゃんは俺がお嫁さんにもらうんだ~離せ~」
「はあ? いやそれ…無理だから、なおき君…」
武が困った顔をして夕麿を振り返った。
「武、子供を悩殺してどうするんだ?」
「義勝兄さん…んなわけないだろ!」
「実際にしてるじゃないか」
子供の言う事ではある。だが武は戸惑うばかり。
「なおき君でしたね?武は既に私のものですから、あなたは他を探しなさい」
「夕麿!こんな子供に何言ってんの!」
「武、子供だと言って誤魔化すのは良くありません。これくらいの子供には、それなりのプライドも執着もありるものです」
「確かにそうだな。人間が初めて他に恋愛や性愛的な興味や感情を持つのは、これくらいの年齢だと言われている」
「義勝兄さんまで!」
「事実を言ったまでだ。きちんとこの子の人格を尊重して、お前は返事をするべきだ」
「え…いや、だって…」
困る武に婦警の手を逃れて、なおきが駆け寄った。
「たけるお兄ちゃん、俺のお嫁さんになってくれるよね?」
「いや…その…ごめん」
「ダメなの?どうして?」
「俺は…俺には夕麿がいるから…ごめんな。もう、結婚…してるんだ」
「別れたら良いだろ!俺のお父さんとお母さんも別れたぞ!別れて『再婚』ってのをすれば良いだろ!」
「………無理だよ。俺は夕麿を嫌いになれないから…」
たとえ子供にでも夕麿と別れろと言われるのは悲しい。夕麿は武を抱き締める手を強めてなおきの方を向いた。
「それは男らしくありませんね。あなたの言葉は武を悲しませるとわからないのですか?」
婦警はこのやり取りに複雑な顔をしていた。この屋敷の息子たちが何か事情を抱えていて一警官が首を出せるものではないと、来る前にわざわざ署長に言われて来たのだ。来て見れば警察高官の息子である貴之が敬語を使って接する少年がいて、そこへ帰って来た別の少年は気品を漂わせ威圧感がある。
しかもその二人がどう聞いても同性愛的な結び付きを、5歳の子供を相手に当たり前のように語る。
彼女にすればどう反応してよいのかわからない。
「この子は…迷子ではないのではありませんか?」
雅久が戸惑った顔で言った。
「捨て子か…有り得るな。 皮肉なものだな…実の親に捨てられて、この家に拾われた俺たちの所へ…それも庇護者である武に寄って来るなんてな」
「文月、お義母さんに連絡はしましたか?」
「はい、こちらにお戻りなられる途中でいらっしゃいます」
「わかりました」
そう言うと夕麿は珍しく、ソファの背もたれに身を預けた。
「夕麿…? 顔色、悪いよ? 気分悪いの?」
「大丈夫です、疲れただけですから」
「疲れた…?」
そう言えば武を腕だけで抱き締めている。 武は身体を離して夕麿の手を掴んだ。
「指先が真っ赤になってるじゃないか!」
「よくある事です。 明日には戻ってますから」
「何を言ってるんだよ…平気な顔なんかするなよ! 義勝兄さん、この指は温めたら良いの? 冷やす方が良い?」
「普通に湿布で構わない」
「わかった。 文月、部屋へ湿布と包帯を持って来て。
夕麿、ほら行くよ? 横にならなきゃダメだ」
夕麿の様子に慌てる武は、もう幼い男の子の事は頭にない。 夕麿の手を掴んで奥の自分たちの部屋へと歩いて行く。他の皆も茫然とそれを見ていた。それでもなおきだけが彼らの思惑の外にいた。 少年は幼い足で武と夕麿の後をつけて行く。 廊下のそこここのインテリアに隠れながら。自分たちの部屋の前で、不意に夕麿が立ち止まった。
「夕麿…?」
「ずっとあの子を抱いていたのですか?」
「まあね…って、妬くなよ」
「妬きます」
「もう…」
武は背伸びして夕麿の首に腕を回した。
「何にでも妬くなよ。 俺が愛してるのは夕麿だけだって」
「私もあなただけを愛してます」
抱き締められ唇が重なる。 すぐに唇が舌先で開かされ、互いに絡め合う。
「もう…こんな所で…」
「では続きは中で」
「文月が来るだろ!?」
真っ赤になった武がドアを開けて中へ入る。 続く夕麿はドアを閉めながら、廊下に立ち竦むなおきをチラリと見て、何事もなかったかのように閉めた。
「武…これは少し、大袈裟ではありませんか? 第一これでは…あなたを抱けません」
「あのな…」
「今、抱きたい気分なんです、武」
そう言って抱き付いて、既に欲望のカタチを示している腰を押し付けて来る。
「休めって言ってんだろ、夕麿」
「良く眠るにはあなたが必要なんです、武。 でもこれでは出来ません…手伝って下さい」
「俺が夕麿を抱けば良いんじゃない?」
「今日は抱きたいんです」
「まだ妬いてるだろ」
わがままを言う夕麿に苦笑する。
「もう…今日だけだからな」
呆れながらも夕麿には弱い。 夕麿は武を押し倒した。
「過保護だな…」
「本当に…」
「夕麿が武に過保護になるのはわかる…武はあまり丈夫じゃないからな」
「みたいですね。 でも夕麿さまは事件の心的傷害以外は、お身体の方は丈夫ですよね?」
「風邪をひいたのを見た事がない」
「ですよね…」
「まあ武は自分が基準だからな、仕方ないだろう」
「ふふ、義勝。 武君の呼び方が変わってましたね。照れてるでしょう?」
「……まあな」
義勝が苦虫を噛み潰したような顔をして、でも照れて赤くなる。
「顔が赤いですよ?」
義勝は両親が離婚して親権を投げ出すまで一人っ子だった。 離婚した両親はそれぞれ再婚して、兄弟姉妹をつくったらしいが、義勝にはもう関わりのない話だった。 ただ血が繋がっていると言うだけに過ぎない。それを言うならば、貴族と皇家は多かれ少なかれ皆、血の繋がりがある。今の義勝にとっては御園生の皆の方がずっと家族だった。
義勝と雅久がソファに戻って、おとなしく座っているなおきを見ながら、とりとめのない会話をしていると外出から小夜子が戻って来た。
「ただいま。」
「お帰りなさい」
「その子、武が拾って来たのは?」
小夜子は微笑みながら少年に近寄った。
「武はとうとう子供まで拾って来ちゃったのね。 昔から犬とか猫とか…雀とか、よく拾って来る子だったのよね」
苦笑する小夜子の言葉を聞いて、義勝と雅久が顔を見合わせた。 自分たちだって武に拾われたようなものだ。
「こんにちは、お名前は?」
「わたらい なおき、5歳!」
「なお君ね? 警察の方ですわね?
初めまして、御園生 小夜子でございます」
「生活安全課の浦野と申します」
「お世話になります。
それで坊やの親御さんは見付かりそうですの?」
「捜索願が出ていないのです」
「そうですか…あら、武は?」
「夕麿さまがお疲れになられてまして…」
「お部屋? 夕麿さんにお医者さまは、呼ばなくてよろしいの?」
「休めば回復する程度ですから、お義母さん」
「だったら良いのですけど。
それで、この子は警察で引き取っていただけますの?」
「俺は行かない!」
「まだそんな事を…あのね、なおき君。 こちらにご迷惑をかけてはいけないの」
「嫌だったら、嫌だ!」
声を張り上げて言う。
「その子はまだわがままを言っているのですか?」
横になりに行った筈の夕麿がリビングに戻って来た。
「武を眠らせたな?」
「この場合、彼がいない方が話が進みますからね」
「わざと疲れてるのを強調しただろ」
義勝の言葉に夕麿は微笑みで返す。
「お義母さん、お戻りでいらっしゃいましたか、お帰りなさい」
「ただいま、夕麿さん。 今し方戻りましたの」
「浦野さん…でしたね? 申し訳ありませんがその子を、速やかに連れて当家を出て行って下さい。 その子やあなた方が当家にいる事自体が武さまのご身分にかかわります」
浦野課長は戻って来た夕麿の豹変に言葉を失った。 戻って来た時から威圧感があったが、今は圧倒的なプレッシャーをかけて来る。
「武さまのご身分やお立場をまさか、ご存知ないと申されるのではないでしょうね?」
「いや…その…」
「武さまは大変、難しいお立場におられる方です。 そこのところを配慮いただけませんか?」
武に向ける穏やかな笑顔とは、まるで別の顔をして詰め寄る。
浦野課長はタジタジだった。 今でこそ生活安全課にいるが、元は捜査一課の刑事だった彼が、夕麿の威圧に圧され、全身にびっしょりと汗をかいていた。
「ちょっとあなた! 幾ら何でも失礼でしょ!」
婦警が声を荒げた。
「あなたこそ、夕麿さまに無礼な口はやめる事です」
貴之の言葉が飛ぶ。
「電話をした時もそうでしたが、浦野課長、あなたはこの事態を収拾するつもりはあるのですか? 所轄が取り合わないなら、父に連絡して速やかに対処してもらいます」
「埒があかないようですよ、貴之。 どうやら武さまの事を詳しくご存知ない…と私はみました」
「承知いたしました」
貴之はすぐさま携帯を手にして父親に電話をかけた。
「10分以内にその子の引き取り手が来ます」
「わかりました」
「浦野課長、この子の親の捜査は所轄で引き続きなさって下さい。 もうお引き取りいただいて結構です」
浦野課長は青ざめた。 目の前にいるのは高校生にすぎない。 しかしただの高校生ではない。 彼が署長から聞かされたのは、彼らが身分の高い人物である…というのだけ。戦後は貴族も庶民の中に混じるようになり、区別が出来ない者も多くなっていた。戦前ほどの明確な線引きがされなくなった部分があり、その中でも身分的にはあまり高くはない御園生家の養子などと、大した身分な筈がないと鼻で笑って来たのだ。
だが目の前にいる高校生の少年は、おとなびて落ち着いた物腰でただ座っているだけなのに威圧される。 奥へ行った少年は誰よりも強い光を放っていた。 これまで見て来た貴族と呼ばれる人々とは明らかに違う。
夕麿の雰囲気になおきも黙ってしまった。
「文月、お二人をお送りしなさい」
「はい、夕麿さま。
どうぞお帰りを」
「失礼いたします」
乾いた声でやっと答えて婦警を連れて彼は出て行く。 どうやら空気が読めない婦警は、まだ何か言いたそうであったが、浦野課長に促されて出て行った。
それを確認して夕麿は立ち上がった。
「後はお願いします。 武が目を覚ました時に、私が部屋にいないと怒りますから」
にこやかな笑顔に戻って、夕麿はリビングを出て行った。
「相変わらず、見事な切り替えですね、夕麿さまは」
「使い方を心得ているからな」
「上級生や教職員すら、ああいう時の夕麿さまには怯む」
「それ故のカリスマだろうが」
「武さまの害になる事には、容赦はなさいませんからね」
「仕方がないだろう、何をどう咎められて、彼の立場を危うくするか、未知数だからな」
「夕麿さまは全力で武さまを守られていらっしゃいますから」
義勝たち3人の会話を小夜子は黙って聞いていた。 御園生家の取り仕切りは夫人である彼女が行う。しかし武の事は婿として夕麿が取り仕切る。 それは武が御園生家の養子であって養子ではないという、複雑で不安定な立場を守る為であり、夕麿でないと出来ない事があるからであった。 その事情を熟知しているからこそ義勝たちはバックアップをする。
学院外では特に身分が存在しないと考えたり、身分あるものは楽をしてると考える者が多い。所轄の警察にもそんな人間がいる。学院内では不安定であろうと複雑で難しい状態であろうと、一度受け入れた身分や出自に対するルールはきちんと秩序を以て守られている。だから彼らは武を残して行けるのだとも言えた。 閉じ込めであると同時に学院は武を守る…皮肉な話だった。
その後、本庁から駆け付けた警察官に、なおきは素直について行った。 子供は子供なりにわがままが通らないと悟ったのである。
御園生邸に到着すると玄関口に、数人の男性がい、何やら有人と困った顔でいた。
「ただ今戻りました。
何かありましたか?」
夕麿が代表して言葉を紡いだ。
「ああ、お帰り」
「これは……御子息方ですか、お初にお目にかかります。
わしはこの近くの神社の保存会の世話役を致しております、長沼と申します」
老齢に差し掛かった男は、丁寧に夕麿たちに頭を下げた。
「御園生 夕麿です」
「御園生 武です」
「御園生 雅久です」
義勝が一瞬戸惑った。実はパスポートやロサンゼルスでの御園生のバックアップの為、早めに養子に入った方が良いとすすめられていた。
雅久と話し合って決心したばかりなのだ。
「彼はうちの新しい息子です、長沼さん」
「そうですか、これはまた体格の良いお方ですね、お名前は?」
「義勝と申します」
『新しい息子』と有人に呼ばれて義勝は笑顔になった。
「それでお義父さん、何の騒ぎなわけ?」
武が居並ぶ人々を見回して、首を傾げるように聞いた。
「それがね、武君。春の祭りで流鏑馬神事を行うのだけど、その出場者のメドが今年はつかないそうなんだ、それで神事をどうするのか…話していたんだよ」
「流鏑馬…義勝、出来ますよね、あなたなら?」
「最近はやってないが…練習すれば何とか。貴之も出来る筈だ」
「あと一人だね?誰かいないの?」
武の問い掛けに夕麿が複雑な顔をした。
「……周先輩か…」
「え、周さん!?弓道もするの、あの人?」
「私はこれ以上、貴之に会わせたくはないのですが…」
「他に学院でやれる人間は…死んだ慈園院さんと星合さんくらいだろ?」
「弓道と乗馬、双方出来ても流鏑馬が出来るわけではないのでしょう?」
「訓練をすれば良いってわけではないんだ、雅久」
「仕方がありません。義勝、貴之に連絡を」
「長沼さん、どうやら揃うようですよ?」
「御園生さん…ありがとうございます」
「義勝、すぐに精進潔斎に入って下さい。長沼さん、御籠もり所はありますか?」
「そこまでしていただけるのですか?」
「私たちは千年以上前より皇帝に、お仕えする古き貴族の血を受けています。神事に参加するのは役目ですから」
夕麿の言葉に長沼は息を呑んで深々と頭を下げた。御園生も貴族の末席にいるがあくまでも勲功による新参の貴族である。だが目の前にいる若者は驚くほど貴族としての気品を溢れさせていた。
「夕麿、介添えを頼む」
「良いですよ、他に乗馬出来る者はいませんから」
「夕麿もお籠もりしちゃうの?」
「そうなります」
「ふふ、夕麿さまがいないと寂しいのですか、武君?」
「別に」
強がる武に雅久が笑いかけた。
「そうだ」
有人が笑顔で世話役たちを見た。
「舞の奉納をされませんか?今上陛下が絶賛された舞手がいますよ?」
「舞…ですか?」
「普通では観る事などなかなか出来ないものです。彼らは夏に留学してしまいますから、今年しか観れません」
「そんなに素晴らしいのでございますか?」
「俺が保証する」
武がしっかりと言い切り雅久が苦笑した。
「今からお願い出来るものでしょうか?祭りの日は5日後です」
「それだけあれば準備は出来ますよね、雅久?」
夕麿が振り返って言う。
「承知致しました。演目は装束から考えると、『納曽利』か『蘭陵王』になりますが、よろしいでしょうか?」
「俺、『納曽利』をもう一度観たい」
「武さまがお望みになられますなら」
「長沼さん、それでよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
世話役たちは目を白黒させていた。明らかに立ち振る舞いの違う、養子で迎えた息子たちの有り様を何と解釈して良いかわからなかった。ただ自分たちが詮索して良い事ではないと、申し出を有り難くいただく事にした。
「今日はまだ帰宅したばかりですから、明日の午後に後の二人も一緒にそちらへ伺います」
「では準備をいたしてお待ち申し上げております」
長沼たちはもう一度、深々と頭を下げて御園生邸を辞して行った。
「気が合う馬がいれば良いがな…」
「私の場合は、青紫が拗ねないか心配です」
「何で?」
「あれは別の馬に構うのを嫌うんです」
「あれだ、武。夕麿の性格をそのまま馬に当てはめろ。お前が他の人間に構ったら、夕麿は拗ねるだろう?」
その言葉に武は思わず夕麿の顔を見上げ、納得したような顔で義勝を見上げて頷いた。
「義勝、余計な事を。
武、そこで納得しないで下さいませんか」
「いや、だって…」
リビングに場所を移して、相変わらずのやり取りに小夜子が笑う。
「それって、この前の写真の馬の事?」
「うん、青紫って言ってね、凄く綺麗な馬なんだよ?」
武がご機嫌で乗馬の話を始めたので、一挙にそれで花が咲く。有人は自分が所有している競走馬の話をし、最後にいずれ青紫を預ける話になった。
次の日、貴之や周も合流して流鏑馬の練習が始まった。本格的なお籠もりは1日で後は神域内での練習になると言う。義勝が流鏑馬を行うので、雅久の世話役には有人の要請で文月が行った。武は御園生邸に残った。最初、武は雅久の世話役を希望したが、それは雅久本人が手をつき頭を下げて断った。
「武さま、それは身分に触りがございます。私のような身分の低い者の後見は、武さまのご身分には相応しくごさいません」
雅久は最も身分の分け隔てに気を使う。普段は高等部の先輩や兄として、穏やかで気さくに武に向かい合う。だが彼は皇家の貴種としての武の立場を、尊重する時には絶対に譲らない。夕麿も同じでありその区別を武は時々寂しく思う。けれどそういう事を無視すれば、御園生家に迷惑がかかる。何よりも教育係りとしての夕麿に不名誉な咎めが科せられる可能性がある。これを知ってしまったから黙って引き下がるようになっていた。決して納得はしていない。納得していなくても自分の置かれている環境なのだと受け入れるしかなかったのだ。
夕麿に留学先を変更させた。自分の知らない所で彼が、他にも自分の為に諦めたものはあった筈だと思う。自分がわがままを言って、これ以上困らせたくはないから。我慢ではない。ただ目の前に差し出された条件を受け入れただけに過ぎな夕麿がホッと息を吐く姿を見てしまい、武はもう何も口に出来なくなってしまった。
祭りの当日は噂が広がって溢れんばかりの人混みになり武は夕麿が気になった。だが精進潔斎してお籠もりをして身を浄めた夕麿に、今の武は近付く事は許されない。わざわざ用意された上座で静かに座っているしかない。
流鏑馬が開始された。まず一番手の周が日記役と言う記録者の前に進み出て膝を折り跪く。
「流鏑馬始めませ~」
日記役の言葉で騎乗して馬が放たれる。
装束は通常は水干だがここでは、鎧直垂の袖と裾を縛り足には物射沓、左手には射小手に手袋、右手には鞭、綾藺笠をいただく。太刀を佩くが武家はここで刀も佩く。周たちは貴族としてで古式に則り太刀のみである。鏑矢を五筋さした箙を背負って弓と矢を手に持
馬は直線距離凡そ218mを疾走する。的は3つ進行方向左手にあり流派での違いはあるが、大体5mの距離に2mくらいの高さに設置される。周たちは満員の観衆の中、鮮やかに華麗に的を全て射落とした。見事さに喝采と歓声がわき、見ている武も嬉しかった。夕麿はすぐに着替えて武の側へと駆け付けた。
「夕麿、気分は悪くなってない?」
「少し頭痛がしますが、大丈夫です」
「無理しないでね?」
見ると周たちが観客に取り囲まれている。どうやら夕麿を早々に下がらせて、同じ目に合わないように彼らが配慮したらしい。義勝と貴之はげっそりしているが、周は穏やかな笑みを浮かべている。でもその目は笑っていない。
そこへ舞の奉納が告げられた。境内に特別に舞台が設置されており、人々がそこへ移動するのを見て3人が上手く逃げ出した。雅久の『納曽利』は正月に観た時よりも更に磨きがかかっていた。
人々は息を呑んだ。
全てが終了し武は夕麿を連れて、世話役たちの精進落としの宴を断って急いで御園生邸へ戻った。雅久が舞終えた頃から遠雷が響き出し、徐々に近付きつつあったからだ。雨が降れば夕麿は動けなくなる。流鏑馬に参加した彼らと近付きになろうと、鳥居で待っていた女の子たちを蹴散らして武は夕麿を迎えの車に押し込んだ。御園生邸に帰り着いて直ぐ、激しく雨が降り出した。武は急いで夕麿を自分たちの部屋へ入れ、カーテンを閉めて対応した。幸いにも早めの対応が劫をそうして、激しい発作にはならずに済んだ。
義勝が雅久を連れてその直ぐ後に帰宅し、周が一人引き揚げて来たのはかなり夜更けだった。ただひとり20歳を超えている為、酒の席に引き留められていたらしい。貴之は義勝たちと一緒に辞し、御園生家の車に送られて帰ったという。
慌ただしい春休みの最初は、ひとまず終了を告げた。
流鏑馬の次の日、無事に養子の手続きを終えて、義勝と雅久は三泊四日の新婚旅行へと出発した。向かうは車で3時間ほどの所にある、山間の温泉郷。御園生系列の老舗旅館がある。ここは露天風呂付きの離れ屋形式で、他の客と顔を合わせる事が少ない。義勝たちにはその最も奥の離れ屋が用意された。
武たちは二人を見送ってリビングにいた。武にはそんな近場への旅行すら許されない。本人は気にしていない様子だが、夕麿も御園生夫妻もそんな武が不憫でならなかった。旅行と行かなくても、日帰りでどこかへ行かせてやりたいと切に願っていた。
「武君、夕麿君、明日は何か予定があるかい?」
有人の言葉に二人は何もないと答えた。
「御園生が出資した水族館が完成してね。まだオープン前なのだが、君たちに見て来て欲しいんだけど。場所は車で30分くらいだから近いし…内部のレストランの状態などの評価が欲しい。
頼めるかな?」
「水族館!?良いの、お義父さん?」
武が目を見開いて歓声を上げて喜んだ。夕麿は評価云々は単なる言い訳だと気付いた。武の為の日帰りの僅かばかりの遠出。恐らくは今はその距離が限界なのだろう。夕麿は喜ぶ武の後ろで軽く頭を下げた。有人はそれに微笑みで返す。それは夕麿にも嬉しい外出だった。
水族館は厳重な警備下にあった。表向きはオープン前だからという理由だったが、武の為の警備だと夕麿には知らされていた。
「ようこそ」
館長が二人を迎えに出て来た。大きな水族館だった。様々な演出がなされ、四方を泳ぎ回る魚の群れに、武は子供のように歓声を上げた。二人の為だけに開催されたイルカのショーでは、イルカと握手してはしゃぐ姿を夕麿がハンディカムに撮った。
最も奥は天井も足下も、出入り口以外の壁も、全てが水槽になっていた。中央にその日だけ設置された椅子に座って二人で見回す。
「魚になって海の中にいるみたいだね?」
「そうですね。静かで気持ち良い場所に仕上がってますね、ここは」
「魚の種類も多いね。あ、鯛だ」
「ふふ、美味しそうだと思ったでしょう?」
「思ってない!」
ムキになる武を抱き締めようとして夕麿の手が止まった。
夕麿は顔を上げて遠くを此処ではない遠くを見詰める目をしている。
「おたあさん…おもうさん…」
呟いた夕麿の頬を涙が流れ落ちた。甦ったのは本当に幼い日の微かな記憶の欠片。まだそれ程病が重くなかった夕麿の母と父陽麿と一緒にどこかの水族館へ出掛けた記憶。キラキラと銀色に輝く真鰯の群れ。他の魚を蹴散らして水槽を横切るサメ。小さな水槽の中で幻想的に動くクラゲ。両親に手を引かれて歩いた幼い日の幸せ。
『ほら、夕麿、大きな鯛が泳いでるわ』
『鯛?どこ、おたあさん…?』
母が指差した魚を見上げた。水槽のガラスに引っ付いていた鮑。幼い夕麿には自分もまた魚になって海の中にいる気分になったのを思い出した。遠い、遠い時間。記憶の彼方に追いやってしまった程、懐かしくて幻のような記憶。それが今ありありと蘇って来たのだ。
「ああ…」
懐かしさに胸がいっぱいになる。戻らない時間に涙が溢れる。
「おたあさん…おたあさん…」
手で顔を覆って啜り泣く。美しくて優しかった母は、いつも穏やかに微笑んでいた。母が死んで辛く悲しい事ばかりになって、幸せだった日々の記憶を自ら封じた。
そうしなければ耐えれなかった。
生きて来れなかった。
自分はもう独りぼっちなのだと。誰も愛してはくれないのだと。傷だらけの幼い心がとった、自分を守る方法。
忘れる事、望まない事、愛さない事。
でも本当は……悲しかった。辛かった。愛して欲しかった。愛したかった。
だから苦しくて仕方がなかった。
泣き続ける夕麿を武がそっと抱いた。ただ黙って抱き締めた。
「武…武…」
愛する喜び、愛される温かさも、求め合い共に生きる幸せも、もう一度くれたのは武。
そして今、封じた記憶が幸せな想いと共に帰って来た。夕麿は自分の心に残っていた、最後の小さくて鋭い氷の欠片が、ようやく溶けて消えたのを感じていた。
「ごめんなさい…」
「ううん、大丈夫?」
「ええ。少し…小さい頃の事を思い出しただけです」
「お母さんと水族館へ来た事があるの?」
「一度だけ…ですが、両親に手を引かれて」
「そっか…」
武はそれ以上何も言わなかった。黙って夕麿を抱き締めていた。涙を拭って微笑んだ夕麿の顔がとても幸せそうに見えたから。
武は水族館に来るのは初めてだった。いや…正確に言えば、このような外出自体がほとんど経験がない。小夜子の実家葛岡家は貴族としては、身分は中堅で決して裕福ではなかった。小夜子が東宮の御所で家庭教師をしていたのも自分の学費を補う為であった。両親の急死で葛岡家の断絶を申告し全てを処分した彼女の手元に残ったのは、生まれたばかりの武を抱えて生活するには将来を踏まえた上でもギリギリだった。武にとって母との外出とは住んでいたアパートの近くにあった、少し大きい公園にお弁当を持って行く事だった。
あまり丈夫ではなく些細な事で発熱するし、小夜子が武の怪我などを警戒する為に、遠足にはほとんど参加した事がない。小学校中学年から始まる宿泊学習は、既に始まっていたイジメが武を蝕んでいた。ストレスで体調を崩す彼を嫌い、学校側が参加を見合わせるように言って来たのだ。武自身も逃げ場がなくなる所へ行きたがらず、とうとう一度も参加しなかった。本当は全寮制の紫霄学院へ行くのも怖がった。ただ寮が一人部屋と聞いて、少し安心したのを覚えている。武には学院と家の行き来だけでも十分に旅行気分だったのだ。
自分たちの周囲の水槽の中を自在に泳ぎ回る魚たち。こんなにたくさんの魚がいるのすら初めて見る。武にとって魚は食べるもの以外は、図鑑や辞典・写真や絵の中のものでしかなかった。実物の動く魚は精々、公園の池にいる鯉や鮒、店先の水槽の金魚だけ。だから水族館と聞いて嬉しかった。来てみてもっとワクワクした。夕麿と二人で館長の説明に耳を傾け、幼子のような顔でたくさんの質問をした。
巨大なジンベイザメが、頭上を泳いで行く。武は笑顔で見上げた。
夕麿と並んで座り、二人とも無言で魚たちを眺めていた。
どれくらいそうしていただろう?
水族館の職員が、レストランの食事の用意が出来たと連絡して来た。時計の針は既に夕刻を差していた。
「もうこんな時間に……」
夕麿の言葉に武も時計を見た。
「あ…本当だ」
互いに笑みを交わして立ち上がり、職員の後についてレストランへ入った。ここには二ヶ所のレストランがある。家族連れ用のレストランは、今日は用意されてはいない。武たちが案内されたレストランは、主に夜間の水族館の営業に向けてオープンされるという。カップルをターゲットに、手軽な値段から数種類のコースメニューが用意されている。武たちにはその中でも特に、レストランのシェフ自慢のコースが用意されていた。前もって用意されていたそれは、ちゃんと武の分は少な目にされていた。
「武は水族館には来た事がありますか?」
「ううん、初めて来た」
「初めて…なのですか?」
「うん」
恥じるでもなく屈託のない笑顔が返って来た。
「そうですか…楽しかったですか?」
「凄く!」
フォークを握り締めて言う姿に夕麿は微笑みかけた。目的は武を喜ばせ楽しませる事。無邪気にはしゃいでいた武を、夕麿は見つめているだけで心が満たされた。
「夕麿はどうなんだよ?」
「もちろん、楽しみました。魚もですが、武を眺めるのも楽しかったですから」
「何だよ…それ?あ、子供だと思ってるんだろ?」
「まさか、可愛いと思っただけです」
「か、可愛いって言うなよ!」
真っ赤になって狼狽えるのが可愛い。
「ふふ、そういう所も可愛いですよ、武」
「バ、バカ!」
湯気が出そうなくらい真っ赤になった武が、可愛くて愛しくて仕方がない。
「あ、この魚美味しい」
白身魚をソテーしてチーズクリームソースをかけ、ブロッコリーを添えたものを一口含んで武が笑顔になる。今日は武にしては良く食べている。
「この後、お土産のショップを見る予定ですが、何か買いますか?」
「う~ん…母さんにぬいぐるみでも買って帰ろうかな?」
「それは良いですね」
「俺もイルカのぬいぐるみなら欲しいかも」
「構いませんが、ベッドに持ち込まないで下さいね」
「何で?」
「私以外を抱き締めるのを見るのは、愉快ではありませんから」
「あのさ…ぬいぐるみだよ?」
「私以外には違いないでしょう?
それとも武は私があなたを置いて、別のものを抱き締めて寝ていても平気なのですか?」
「う、嫌かも…」
「でしょう?」
我が意を得たり…と言いたげな顔で夕麿が嫣然と頷く。端で聞いていれば、単なるバカップルの惚気でしかない。新婚旅行に行った義勝と雅久には及ばないかもしれない。それでも武が楽しむ時間をもっともっと与えたかった。ましてあと3ヶ月でアメリカへ飛び立つのだ、武を残して。思い出をたくさん作っておきたい。幸せで楽しい思い出を。夕麿の切なる願いだった。
土産物を売るショップは普通の水族館よりも、かなり広い場所を取ってあった。
「あ、あの一番大きいぬいぐるみ、お母さんのお土産にしよう」
今日の武は目を煌めかせて、本当に小さな子供のように無邪気だった。
「夕麿は何か買わないの?」
「そうですね…ああ、これをいただきましょう」
夕麿が手に取ったのは、水族館の魚たちの絵葉書だった。
「絵葉書?あ、綺麗だね」
夕麿にとっての一番の土産物は、ハンディカムに収めたたくさんの武の姿だった。コピーを取って小夜子に渡すが、マスターは大切に渡米の荷物に入れるつもりでいた。
「俺は、こっちの小さめで良いかな?う~ん、こっちのもう少し大きいのも良いなあ…」
「2つとも買えば良いでしょう?」
「あ、そっか」
買ったものは迎えの車に運んでもらうように夕麿が命じて手軽なまま館内に戻る。夜間営業のライトアップを観に行くのだ。昼間とは違う照明の中の水槽は、また別の顔を見せていた。夜行性の魚が活動を始め、昼間の魚たちの多くが物陰で動かない。
「面白いね。夜の魚ってこんなんなんだ」
武も昼間のようにはしゃがずに、夕麿に腰を抱かれて歩いていた。
そして…あの、奥の部屋は…
「うわ~」
「美しいですね」
満月の夜の海を演出してあり月の淡い光になぞらえたライトがその空間を神秘的な世界に変えていた。その美しさに二人は魅了されて、上を仰ぎ見たまま動かなかった。武の心の中を夕麿が奏でる、ドビュッシーの『月の光』が静かに流れていた。
二人は夢見心地のまま、迎えの車に乗り込んだ。互いの手を握り締めたまま、幸せそうな笑みを浮かべ寄り添って座っていた。言葉は必要なかった。ただ安らぎの中の煌めきがあった。
そう、小さな子供のような純粋な気持ちで、今日の外出を満喫した。
「お帰りなさい、どうだった?」
小夜子がいつものような笑みを浮かべて、二人を玄関で出迎えた。
「母さん、ただいま」
「ただいまもどりました、お義母さん」
二人の表情を見て御園生夫妻は、今日の外出が双方ともに良い影響を与えたと感じていた。リビングのソファに座った二人に有人は問い掛けた。
「感想を聞かせてもらえるかな?」
「素晴らしいの一言です、お義父さん。職員も洗練されていましたし、レストランの食事も大変良い味でした。
夜間のライトアップも、美しく演出されていました」
「武君は?」
「昼間はあれで良いと思うけど…」
「夜間営業に不備でも?」
「ううん、綺麗だったよ?でもね、カップルがターゲットなんでしょう?」
「そうだね、一応、コンセプトとしてディナーとセットチケットなどを考えている」
「あのね、特にあの一番奥、音楽があったら良くないかな?」
「音楽?」
「うん。夕麿と二人で眺めてたけど…俺の頭の中をずっと、年末に夕麿が弾いてくれたドビュッシーの『月の光』が鳴ってた」
「なる程…それは、良い癒しになるかもしれないね」
「でしょう?ただライトアップするだけなら、どこでも出来ると思うよ?あそこだけの工夫がいるんじゃない?」
「夕麿君はどう思う?」
「そうですね、武の意見も一理あります。ただ、楽器や楽曲の選択を間違うと、逆効果にもなるでしょう」
「難しい所だね。出来れば演奏家の選択も必要だろう。
……オープンに間に合うかな?」
「夕麿のピアノじゃダメ?」
「武、私は…プロのピアニストではありません」
「十分凄いと思うよ?」
「御園生系の水族館の音楽をその息子が、担当すると言うのは話題性があるにはあるね」
「でしょう?一層の事、曜日で演出を変えて雅久兄さんの和楽器ってのも良いかも」
「ああ、それは美しいかもしれません」
有人は二人の資質に舌を巻いた。二人の適切な感覚を有人は面白いと感じた。これは将来が楽しみだと。
「では早々に夕麿君手配をするので、君のピアノを何曲か録音させてもらえるかな?」
「え!?本当に私のピアノでよろしいのですか!?」
「もちろん」
「でもお義父さん、夕麿の顔出しはダメだよ?俺が断じて許可しないからね?」
道行く人々が夕麿を注目した。 武はそれを覚えていた。 もし顔出しをすればマスコミに格好のネタを与える事になる。 それは夕麿の経歴や立場をさらす事になるだろう。 また武との間も興味本位に語られたくはない。 素顔のわからない謎のままで良い。 きっと渡米している間に話題も消えるだろう。
「出来ましたら雅久と一緒に録音をお願いします。 それに…彼は音楽的な演出の才能があります。 彼の色聴能力はきっと、素晴らしい効果を見せてくれると思います。」
有人は夕麿の言葉を受け入れて、4人で水族館のプロデュースを要請した。 彼はこの才能豊かな息子たちの初仕事に大いに期待する事にした。
「お話、終わりました?」
小夜子がお茶を運ばせて来た。
「今度は私から二人にプレゼントがあるの」
美しい笑顔で小夜子はまず夕麿を見た。
「夕麿さん、これを見て下さる?」
夕麿は手渡された封筒を開いて中の物を取り出した。 一枚の写真だった。
「これは…おたあさん…?」
夕麿に面差しの似た美しい女性が、1歳くらいの子供を抱いている写真だった。
「ええ、あなたのお母さま、翠子さまです。 お抱きになっているのは夕麿さんですよ。 本当は亡くなる少し前くらいのを手に入れたかったのだけど…これが精一杯でしたの、ごめんなさいね」
「いえ…ありがとうございます。 母の写真は…乳母が持って行ってしまったので、私の手元にも六条にもないのです」
夕麿は写真をそっと胸に抱いた。 両親と水族館へ行った幸せな記憶を思い出した日に、記憶が微かになって顔を思い出せなくなっていた母の写真を渡された。 胸がいっぱいだった。
「おたあさん… …大切にします」
涙を浮かべながらも微笑んだ夕麿に、小夜子も微笑みで返した。
「これは武にね」
同じように封筒を渡された武は、やはり中に入っていた写真を取り出した。 そこに写っていたのは、まだ少女の面影を残す小夜子と一人の男性だった。 どこかできちんと撮影されたらしい写真だった。
「あなたのお父さまよ。 この写真を撮影したのは…私があの方と結ばれた日だったの。 この2日後に倒れられて…」
「お義母さん…それでは武は…」
「ええ、ただ一度の契りでした。 私はあの方に形見をいただいたと想いました」
「これ…俺がもらっていいの?」
「あなたに持っていて欲しいの」
「わかった、ありがとう。 大切にする」
実の父…武には遠い存在だった。 むしろ義理の父である有人の方が今の武には近い。
「それでね、武。 もう一つあるの。 その…プレゼントと言うか、報告が…」
「何、母さん?」
「あのね、私…その…」
言いにくそうにする小夜子の戸惑ったような不安げな顔を見て、夕麿が息を呑んだ。
「お義母さん…ひょっとして、御懐妊されたのですか?」
「え!? 懐妊って……赤ちゃん!?」
夕麿の言葉に武が驚きの声を上げた。
「凄~い! 母さん、おめでとう! お義父さん、おめでとう!」
「おめでとうございます」
武は手放しで喜んだ。
「この歳になって、新しい生命を授かるとは、思っていなかったのだけどね」
有人が照れながら言った。
「そっか…良かった」
「そうですね。」
「うん。 俺と夕麿は将来、その子に御園生をバトンタッチすれば良いんだね。 俺、心配してたんだ。 俺たちの跡をどうするんだろうって」
子を成す事を許されない武。 同性同士の間には子供は望めない。 たとえ夕麿が可能でも。 御園生を継いで誰に渡せば良いのかわからない状態は、二人には心苦しいものだった。 特に武は義父有人に、申し訳なく思っていた。けれど母との間に新たな生命が誕生するなら未来を繋ぐ事が出来る。 御園生の血統を繋ぐ事が出来る。 武にも夕麿にもそれは希望だった。 それで自分たちの立場や居場所がなくなるわけではない。 有人はそんな人間ではない。 そうでなければ武のような厄介な子供を養子にしたりしない。
夕麿たちを受け入れて未来への光をくれた。 息子たちが同性同士で結ばれている状態を、偏見を持たずに受け入れてくれた。 その恩に報いる方法はひとつ。 御園生を守り、より発展させてその子に渡す事。
二人の想いは同じだった。
「今日は幸せな日だったね、夕麿」
部屋に戻って武が言った。
「ええ、本当に素晴らしい日でした」
武を抱き締めて夕麿が答えた。
穏やかな春の1日だった。
その日、録音の為に夕麿たちは出掛けた。 武は貴之に合気道の稽古をつけてもらう約束をしていたので、御園生邸にひとり残っていた。 有人は夕麿たちとスタジオに行き、その後、仕事に出掛けた。 小夜子も所用で出掛けてしまった。
御園生邸には武道場はない。 そこで床を強化してある演舞場に畳を敷いて代わりにする事にした。 すっかり上達した武を貴之は頼もしく思っていた。 身のこなしも隙が少なくなり、洗練された優雅さを帯びて夕麿とはまた違った気品を放っていた。 本人はそれを自覚してはいないが、無邪気さが逆に愛嬌となってひとつの魅力になっている。
ひとしきり汗をかき、文月が運んで来たお茶を飲んでいると、微かに声がした。
「貴之先輩、今、声が聞こえなかった?」
「聞こえました。 小さな子供の声のようでしたが…」
「裏からだよね? ちょっと行ってみよう。 どこかの子供が迷い込んだのなら大変だよ?」
「いえ、武さまはここにいらして下さい。 俺が見て来ます」
「わかった。 貴之先輩、気を付けて」
「はい」
貴之は演舞場から飛び出して行って程なく戻って来た。 その腕には泣きじゃくる、小さな男の子を抱いて。
「やっぱり子供がいたの?」
「迷子のようです」
「文月さん、警察に連絡を」
「直ちに」
文月が立ったのに合わせて、武たちも母屋のリビングへ移動する。 武は泣き止まない男の子を抱き上げた。
「名前は?」
武の優しい笑顔に男の子が泣き止んだ。
「なおちゃん…」
「なおちゃん?」
「えっと…わたらい なおき、5歳!」
「なおき君か。 俺は武だよ? よろしくね。」
「たける…お兄ちゃん?」
「うん」
「お兄ちゃん、綺麗だね」
「はあ…?」
なおきは武に抱き付いて、小さな手で頬に触れて来る。 それを見て貴之が笑った。
「貴之先輩…何?」
「いえ、夕麿さまがご覧になったらまた、妬かれますよ?」
「あはは…内緒ね、先輩。夕麿と来たらぬいぐるみにまで、嫉妬するんだから」
武の言葉に貴之が苦笑した。
「武さま、今のところ、子供の捜索願は出ていないそうでございます」
文月が電話を手に武に告げる。
「貸して下さい」
貴之が文月から電話を受け取った。
「すみません、良岑 貴之ですが、生活課の浦野課長を。 ええ、良岑 貴之だと言ってもらえばおわかりになります」
電話口で渋られたらしい。
「これだから所轄は…あ、ご無沙汰しております。 今、御園生邸にお伺いしておりまして、敷地内の林で小さな男の子を保護されました。 ……はい。 わたらい なおきと言う名前で5歳だと言っています。
……はい。 そうです…え? そちらで引き取りに来てくれないのですか? しかしここは…」
困っている貴之に武が声をかけた。
「しばらくなら預かっても良いよ?」
「しかし、武さま…」
「文月もいるし、すぐに母さんも帰って来るから」
「わかりました。
浦野課長、こちらでお預かり下さるそうですが…出来るだけ早くこの子の保護者を探して下さい。 そうです…ええ…まさか武さまの事をご存知ないわけではないですよね?」
貴之は少々苛ついているようだった。 電話の向こうの相手が要領を得ないらしい。
「わかりました、あなたには頼みません、失礼します」
電話を切って自分の携帯を取り出してコールする。
「あ、おもうさん、所轄に言っても埒があかないんだけど…」
貴之は自分の父に事の経緯を説明した。
「そうです…ええ…早急に対処させて下さい。武さまに子守をさせようなんて…はい…わかりました」
携帯を切って安堵の息を吐く。
「すぐに対処してくれるそうです」
「ありがとう、貴之先輩。
なおき君、すぐに探してもらえるからね?」
「うん」
「えっと、なおき君はケーキは好き?」
「ケーキ!? 大好き!」
「すぐにお持ち致します」
文月が取りに行く。 なおきは武の膝の上から降りようとしない。
「なおき君…武さまからおりなさい」
「やだ」
「この方にそんな事をしてはいけない」
「やだ、たけるお兄ちゃんが良い!」
「ダメです」
「貴之先輩、俺は構わないから」
「しかし…ご身分に障ります」
「子供なんだから大丈夫だよ」
にこやかに子供を抱いて答える武に、貴之は心底困ってしまう。
「ケーキをお持ち致しました」
貴之にはコーヒー、武には紅茶、なおきにはジュースを出して、文月は数種類のケーキが乗ったトレイを差し出した。
「武さま、どれになさいますか?」
「なおき君、どれが食べたい?」
「えっと…このイチゴのか良い!」
「貴之先輩は?」
「ありがとうございます。 ではアップルパイを」
「俺は…フルーツタルトにしよう」
文月はそれぞれを皿に乗せテーブルに並べた。
「はい、ちゃんと座ってお行儀よく食べようね?」
「うん!」
やけに武の言う事だけ聞く。
貴之の父の命令が届いたのか、所轄生活課の浦野課長自身が御園生邸にやって来た。 だがなおきは武に縋り付いて泣き、婦警の方へ行きたがらない。
そこへ、夕麿たちが帰って来た。
「何の騒ぎですか、これは?」
玄関先の騒々しさに夕麿の声が飛ぶ。
「夕麿、お帰りなさい」
「その子は…?」
「迷子なんだ」
「迷子…? 貴之、何故に武がその子を抱いているのです? あなたがいてどうしてこんな事になっているのです!?」
「夕麿、貴之先輩を叱らないで。 この子が怖がってるだろ?」
「あなたは警察の方ですね? 何故あの子を連れて行かないのです、武さまに子守をさせるおつもりですか?」
「夕麿、怒るなって。 とにかくみんな、中へ入って」
夕麿の怒りように、義勝と雅久も溜息吐く。
リビングに場所を移して、婦警がなおきを説得にかかった。
「やだ!行かない!」
「なおき君、ここにご迷惑はかけられないのよ?」
「絶対にやだ! ここにいる!」
婦警と子供の言い合いが続く。
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「いや、俺は何にもしてないよ? ケーキ出しただけだし…」
「あなたという人は…」
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「いや…その…ごめん」
「ダメなの?どうして?」
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「別れたら良いだろ!俺のお父さんとお母さんも別れたぞ!別れて『再婚』ってのをすれば良いだろ!」
「………無理だよ。俺は夕麿を嫌いになれないから…」
たとえ子供にでも夕麿と別れろと言われるのは悲しい。夕麿は武を抱き締める手を強めてなおきの方を向いた。
「それは男らしくありませんね。あなたの言葉は武を悲しませるとわからないのですか?」
婦警はこのやり取りに複雑な顔をしていた。この屋敷の息子たちが何か事情を抱えていて一警官が首を出せるものではないと、来る前にわざわざ署長に言われて来たのだ。来て見れば警察高官の息子である貴之が敬語を使って接する少年がいて、そこへ帰って来た別の少年は気品を漂わせ威圧感がある。
しかもその二人がどう聞いても同性愛的な結び付きを、5歳の子供を相手に当たり前のように語る。
彼女にすればどう反応してよいのかわからない。
「この子は…迷子ではないのではありませんか?」
雅久が戸惑った顔で言った。
「捨て子か…有り得るな。 皮肉なものだな…実の親に捨てられて、この家に拾われた俺たちの所へ…それも庇護者である武に寄って来るなんてな」
「文月、お義母さんに連絡はしましたか?」
「はい、こちらにお戻りなられる途中でいらっしゃいます」
「わかりました」
そう言うと夕麿は珍しく、ソファの背もたれに身を預けた。
「夕麿…? 顔色、悪いよ? 気分悪いの?」
「大丈夫です、疲れただけですから」
「疲れた…?」
そう言えば武を腕だけで抱き締めている。 武は身体を離して夕麿の手を掴んだ。
「指先が真っ赤になってるじゃないか!」
「よくある事です。 明日には戻ってますから」
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「普通に湿布で構わない」
「わかった。 文月、部屋へ湿布と包帯を持って来て。
夕麿、ほら行くよ? 横にならなきゃダメだ」
夕麿の様子に慌てる武は、もう幼い男の子の事は頭にない。 夕麿の手を掴んで奥の自分たちの部屋へと歩いて行く。他の皆も茫然とそれを見ていた。それでもなおきだけが彼らの思惑の外にいた。 少年は幼い足で武と夕麿の後をつけて行く。 廊下のそこここのインテリアに隠れながら。自分たちの部屋の前で、不意に夕麿が立ち止まった。
「夕麿…?」
「ずっとあの子を抱いていたのですか?」
「まあね…って、妬くなよ」
「妬きます」
「もう…」
武は背伸びして夕麿の首に腕を回した。
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「文月が来るだろ!?」
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「今、抱きたい気分なんです、武」
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わがままを言う夕麿に苦笑する。
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「本当に…」
「夕麿が武に過保護になるのはわかる…武はあまり丈夫じゃないからな」
「みたいですね。 でも夕麿さまは事件の心的傷害以外は、お身体の方は丈夫ですよね?」
「風邪をひいたのを見た事がない」
「ですよね…」
「まあ武は自分が基準だからな、仕方ないだろう」
「ふふ、義勝。 武君の呼び方が変わってましたね。照れてるでしょう?」
「……まあな」
義勝が苦虫を噛み潰したような顔をして、でも照れて赤くなる。
「顔が赤いですよ?」
義勝は両親が離婚して親権を投げ出すまで一人っ子だった。 離婚した両親はそれぞれ再婚して、兄弟姉妹をつくったらしいが、義勝にはもう関わりのない話だった。 ただ血が繋がっていると言うだけに過ぎない。それを言うならば、貴族と皇家は多かれ少なかれ皆、血の繋がりがある。今の義勝にとっては御園生の皆の方がずっと家族だった。
義勝と雅久がソファに戻って、おとなしく座っているなおきを見ながら、とりとめのない会話をしていると外出から小夜子が戻って来た。
「ただいま。」
「お帰りなさい」
「その子、武が拾って来たのは?」
小夜子は微笑みながら少年に近寄った。
「武はとうとう子供まで拾って来ちゃったのね。 昔から犬とか猫とか…雀とか、よく拾って来る子だったのよね」
苦笑する小夜子の言葉を聞いて、義勝と雅久が顔を見合わせた。 自分たちだって武に拾われたようなものだ。
「こんにちは、お名前は?」
「わたらい なおき、5歳!」
「なお君ね? 警察の方ですわね?
初めまして、御園生 小夜子でございます」
「生活安全課の浦野と申します」
「お世話になります。
それで坊やの親御さんは見付かりそうですの?」
「捜索願が出ていないのです」
「そうですか…あら、武は?」
「夕麿さまがお疲れになられてまして…」
「お部屋? 夕麿さんにお医者さまは、呼ばなくてよろしいの?」
「休めば回復する程度ですから、お義母さん」
「だったら良いのですけど。
それで、この子は警察で引き取っていただけますの?」
「俺は行かない!」
「まだそんな事を…あのね、なおき君。 こちらにご迷惑をかけてはいけないの」
「嫌だったら、嫌だ!」
声を張り上げて言う。
「その子はまだわがままを言っているのですか?」
横になりに行った筈の夕麿がリビングに戻って来た。
「武を眠らせたな?」
「この場合、彼がいない方が話が進みますからね」
「わざと疲れてるのを強調しただろ」
義勝の言葉に夕麿は微笑みで返す。
「お義母さん、お戻りでいらっしゃいましたか、お帰りなさい」
「ただいま、夕麿さん。 今し方戻りましたの」
「浦野さん…でしたね? 申し訳ありませんがその子を、速やかに連れて当家を出て行って下さい。 その子やあなた方が当家にいる事自体が武さまのご身分にかかわります」
浦野課長は戻って来た夕麿の豹変に言葉を失った。 戻って来た時から威圧感があったが、今は圧倒的なプレッシャーをかけて来る。
「武さまのご身分やお立場をまさか、ご存知ないと申されるのではないでしょうね?」
「いや…その…」
「武さまは大変、難しいお立場におられる方です。 そこのところを配慮いただけませんか?」
武に向ける穏やかな笑顔とは、まるで別の顔をして詰め寄る。
浦野課長はタジタジだった。 今でこそ生活安全課にいるが、元は捜査一課の刑事だった彼が、夕麿の威圧に圧され、全身にびっしょりと汗をかいていた。
「ちょっとあなた! 幾ら何でも失礼でしょ!」
婦警が声を荒げた。
「あなたこそ、夕麿さまに無礼な口はやめる事です」
貴之の言葉が飛ぶ。
「電話をした時もそうでしたが、浦野課長、あなたはこの事態を収拾するつもりはあるのですか? 所轄が取り合わないなら、父に連絡して速やかに対処してもらいます」
「埒があかないようですよ、貴之。 どうやら武さまの事を詳しくご存知ない…と私はみました」
「承知いたしました」
貴之はすぐさま携帯を手にして父親に電話をかけた。
「10分以内にその子の引き取り手が来ます」
「わかりました」
「浦野課長、この子の親の捜査は所轄で引き続きなさって下さい。 もうお引き取りいただいて結構です」
浦野課長は青ざめた。 目の前にいるのは高校生にすぎない。 しかしただの高校生ではない。 彼が署長から聞かされたのは、彼らが身分の高い人物である…というのだけ。戦後は貴族も庶民の中に混じるようになり、区別が出来ない者も多くなっていた。戦前ほどの明確な線引きがされなくなった部分があり、その中でも身分的にはあまり高くはない御園生家の養子などと、大した身分な筈がないと鼻で笑って来たのだ。
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「文月、お二人をお送りしなさい」
「はい、夕麿さま。
どうぞお帰りを」
「失礼いたします」
乾いた声でやっと答えて婦警を連れて彼は出て行く。 どうやら空気が読めない婦警は、まだ何か言いたそうであったが、浦野課長に促されて出て行った。
それを確認して夕麿は立ち上がった。
「後はお願いします。 武が目を覚ました時に、私が部屋にいないと怒りますから」
にこやかな笑顔に戻って、夕麿はリビングを出て行った。
「相変わらず、見事な切り替えですね、夕麿さまは」
「使い方を心得ているからな」
「上級生や教職員すら、ああいう時の夕麿さまには怯む」
「それ故のカリスマだろうが」
「武さまの害になる事には、容赦はなさいませんからね」
「仕方がないだろう、何をどう咎められて、彼の立場を危うくするか、未知数だからな」
「夕麿さまは全力で武さまを守られていらっしゃいますから」
義勝たち3人の会話を小夜子は黙って聞いていた。 御園生家の取り仕切りは夫人である彼女が行う。しかし武の事は婿として夕麿が取り仕切る。 それは武が御園生家の養子であって養子ではないという、複雑で不安定な立場を守る為であり、夕麿でないと出来ない事があるからであった。 その事情を熟知しているからこそ義勝たちはバックアップをする。
学院外では特に身分が存在しないと考えたり、身分あるものは楽をしてると考える者が多い。所轄の警察にもそんな人間がいる。学院内では不安定であろうと複雑で難しい状態であろうと、一度受け入れた身分や出自に対するルールはきちんと秩序を以て守られている。だから彼らは武を残して行けるのだとも言えた。 閉じ込めであると同時に学院は武を守る…皮肉な話だった。
その後、本庁から駆け付けた警察官に、なおきは素直について行った。 子供は子供なりにわがままが通らないと悟ったのである。
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