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一歩
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シャワーから出た時には、すっかりディナーが整えられていた。普通ならここでワインでも呑むところだが、武は飲酒を禁止されている。アルコールによる脳への作用が、どのような反応を示すか不明なのだ。何かが起こってからでは遅い。故に飲酒禁止が言い渡されている。
夕麿は接待の席で多少口にするが、今のところは酩酊する程に呑んだ事がない。ただ護衛に着く貴之や雫からは、幾ら呑んでも顔色一つ変わらない事から、相当強いのではないかと言われた。 ちなみに周はそこそこ程度らしいが、清方はかなり強いらしい。高子が酒豪だという話もあるので、本当に夕麿が酒に強いならば、近衛家の血筋という事になる。
武は夕麿に呑んでも良いと言うが、別に好きだという訳でもないので普段は口にしない事にしている。
ジビエにナイフを入れて頬張る。
ジビエとは本来はハンターが捕獲した完全に野生のものを指す。皇国ではそれ程狩猟が盛んではない為、安定しないか入手困難で高価になってしまう。そこで飼育してから一定期間野に放ったり、また生きたまま捕獲して餌付けしたものも半野生と呼んで、ジビエとして流通させているのが普通だ。
しかし武たちの前にあるジビエは、狩猟によって獲られた鹿肉だ。最近、天敵がいない動物が繁殖し過ぎて、農作物を荒らす事態になっている。欧州では人間が適切に決められたルールで間引きをしているが、まだまだ感情に振り回されているのが蓬莱皇国の実情だった。その種が異常に増え過ぎれば山野の荒廃を招き、食料を失った彼らは結局、絶滅するしかないのに事実を受け入れない人間が余りにも多い。その結果、人間と保護動物との軋轢が生まれる。子供たちが肉は樹木に生る木の実と同じと考えてしまう。
今夜出された鹿肉は御園生家が所有する山で狩られたものだ。麓の田畑を荒らすので山の手入れの一貫として、許可を得てプロのハンターを入れて狩った。無駄にしない為にハンターたちに分けた以外を系列のレストランやホテルに回したのだ。
「武」
ナイフとフォークを置いて、真っ直ぐ見詰めた。
「なんだ、改まって?」
武も手を止め、ナイフとフォークを置いた。
「相談したい事があります」
「相談?」
「紫霄に在学中、私のピアノ指導をしてくれていた、明石准教授を覚えていますか?」
「ああ」
「来年度から教授になられるそうです。それで私に講師の依頼が来ているのです。その…週に一度で良いから非常勤の講師をと」
「やりたいんなら、やれば良いじゃないか。何を躊躇う必要がある?」
不思議そうに首を傾げる。
「仕事は俺と雅久兄さんがやれば良いし相良や持明院もいる。週一くらい大丈夫だ」
「そう言っていただけると、私も嬉しく思います」
話があったのは夏頃だった。精神的な余裕がなくて、それでもやりたい気持ちもあって、答えを保留にしたままだった。
「…ちょっと待て。女子学生もいるんだよな?」
「化粧品と香水が苦手な事は准教授もご存知です。学内で徹底していただけますし、既婚者である事も伝えていただきます」
その辺りはきちんと対処すると、前以って約束してくれている。
「無報酬ですが、私には今以上は必要ではないので」
「わかった。来年の春からだな?それに合わせて予定を組む事にしよう」
「お願いします」
武の笑顔を見て夕麿は自分が気付いた事が間違いでなかったと感じた。
「そう言えば武、反物の売れ行きは如何です?」
「まだ少ししか出していないが、幸いにもすぐに売れるらしい」
「それは良かったですね」
「肩凝りが激しいのが悩みだけどな」
「同じ姿勢をずっとしていますから、仕方がありませんけれど…」
「マッサージでも頼もうかな…?」
「義勝か貴之に頼んでみれば如何です?周さんや保さんも出来るでしょう?」
何故頼まないのか。夕麿には理由がわからなかった。
「お願いしても良いのかな…?みんなだって疲れてるだろう?」
「あなたも疲れていても、私にマッサージをしてくださるでしょう?」
「あれは…夕麿が辛そうだから」
「みんなも同じだと思いますよ?私が出来れば良いのですが…そっちの才能はなさそうですから」
ピアノ奏者として夕麿は握力が非常に強い。おかげで加減がわからずに、武の肩を痣だらけにしてしまう。もっとも悲鳴を噛み殺す武も武なのだが。
「仕事はいつから復帰する?」
「それなのですが…お義父さんに少しわがままを言いました」
この休暇自体が清方が指示した、療養である事を武は知らない。
「わがまま?」
「夏休みも半分しか取っていません。ですからあと3日ほどここにいる事にしました」
「はあ?大丈夫なのか?」
「年末にかけてはまた忙しくなります。クリスマス・イブにも予定はしていますが、今年は確定していません。大きなプロジェクトを始動させたのですから、休みくらい欲しいとは思いませんか?」
ここにいる事自体は清方の指示だが、夕麿は実際に休みを欲しいと望んでいた。
ON/OFFをきっちりとする。トップからそういう姿勢を持たなければ下の人間が休めなくなる。『勤勉》という言葉に忠実過ぎて、まるで働く機械になってしまっている。家族や家庭の為と言いながら、仕事で平然と犠牲にした時代があった。
現代でも女性が産休を取ると、元の場所に戻れなくなるケースが多々ある。それが出生率低下を呼んでいるのだ。
武と夕麿は女性社員のそんな要請を耳にした。
御園生ホールディングスにも数多くの女性が従事している。系列にもたくさんいる。二人は欧州のケースを調べて、御園生全体に適用する事にした。年配の幹部社員を中心に反対意見が相次いだ。しかし武と夕麿はそれらを全て論破した。女性が出産の為に一定期間抜ける。それをカバー出来ない男性社員が無能なのだと。彼女たちが復帰して来た時に、迎え入れて仕事を再開出来ないのは、やろうとしないチームが無能だと。
仕事は一人でするものではない。営業などの競争があっても、最終的には企業全体が協力する事で成り立っているのを忘れて不在者のカバーが出来ないと言うのであれば、それぞれの職場に於いてチームとして機能出来ていない証明である。
女性の社会進出が進み、多才な女性たちが男性社会の軋轢に苦しんでいる。一番悪い部分は何でも平らに同じ枠の中に並べるのが、平等にする事だと思っている事である。社会進出した女性を男性とイコールに扱う。その意味を履き違えているのだ。
男性に出来て、女性に出来ない事。
女性に出来て、男性に出来ない事。
双方が協力しないと出来ない事。
双方共に出来る事。
この4つの区分けが出来ないのが現在の企業の在り方だ。働き続ける事が良いのではない。自らの健康や家族関係、男性や女性の日常に於ける幸せを、蔑ろにして成り立つ企業がおかしいのだ。人の生活があっての社会であり、企業である事を企業を経営する人々が忘れているのだ。 人間が機械のように動く事を望んでいるだけだ。
御園生では前以て申請すれば、有給休暇を自由に取れる。もちろん急病などの場合は、有給休暇扱いの申請をすれば良い。社員が有給休暇の申請をして嫌がる管理職がいた場合には速やかに勧告が行われる。もちろん今回のようなプロジェクトの最中の場合は本人との話し合いになるが、武と夕麿がこのシステムを導入してから未だそのような事を言い出す者はいない。
欧州並みのシステムで従来の皇国企業よりも高い業績を上げる。古びた企業体制は最早、グローバルな展開には合わない。そう思うからこそ、土日は休みが潰れても、代休や休暇はきちんと取る。一度に無理であれば分けてでも取る。
そういう姿勢を徹底する事によって、社員たちにも徹底させる事を目指している。その代わりにビルなどの光熱費を中心に職場でのコストダウンを徹底している。本社ビルは屋上にソーラーを敷き詰め、窓は全てUVカットの二重ガラスだ。照明はブルーライトをなるべく出さない色のLEDを使用している。そういった配慮が収益率を下げない原動力にもなっていた。
「本当にそんなにいられるのか?」
「ええ」
「そっか」
武が嬉しそうに笑う。夕麿も笑い返しながらふと窓を見た。
「あ…」
「ん?」
いつの間に降り出したのだろう。嵌め殺しの窓に水滴が着いて流れ落ちていた。
「雨だ…」
武が立ち上がって窓に近付いた。濡れた窓硝子の向こうに、街の明かりが滲んだように見える。
「かなり降っていますね」
夕麿が横に並んで、同じように硝子越しの夜景を見た。
「昔…いつかは二人で雨を見ようと、あなたは言ってくださいましたね」
「ああ、そんな事もあった。本当にもう何ともないみたいだな?」
「好き…にはなれてはいませんが」
雨を見ると錯乱していたのが遠い昔のようだった。
「無理に好きにならなくても良いと思うけど?俺も余り好きじゃない」
雨は好きではない。そう言いながらも二人は、窓を叩く雨を見詰めていた。
「夕麿、いつもありがとう」
手に手を添えて窓硝子に映った姿を見詰めて言った。
「私の方こそ、あなたに感謝しています。こうしてあなたと雨を見詰められる。武、私は今、とても幸せな気分です」
「俺も…幸せ」
硝子に映った互いを見詰めどちらともなく向き合った。穏やかで満ち足りた笑みを浮かべてそっと唇を重ねた。指と指が絡み合い、握り締められた。唇が離れ銀の糸が互いに橋を架ける。
「ああ…武…我が君…愛しています」
酔ったような眼差しで夕麿が言った。
「愛している夕麿…俺の妃…」
ホテルでの療養を終えて帰宅した二人は、その間に整えられた離れへと自室を移した。離れはそれだけで一戸建ての広さを持っていた。母屋とは渡り廊下で繋がれてはいたが、完全に独立した建物だった。渡り廊下側に玄関もある。
一階には対面式のキッチンとカウンターダイニング、20畳はあるリビング。シャワーブースとジャグジーがついた大きなバスタブのバスルーム。パウダールームもゆったりと広い。
二階は階段を上がって左、母屋から最も離れた側に寝室が広く取られていた。東側には大きく窓があり、程良く目隠しされたテラスがある。寝室のすぐ隣は夕麿の部屋。壁の片側は書棚を天井まで造り付けてある。その反対側は寝室側からもこの部屋からも、衣類が取れるようになっているウォークインクローゼット。
夕麿の部屋の隣には武の作業場がある。別に書斎をと言われて武はリビングに、簡単なスペースがあれば良いと答えて、二階の自室を全て作業場にした。絹糸を並べておく場所や機織りの道具を入れておく場所として、夕麿の部屋に面した壁が造り付けの棚になっていた。機織もここへ運び込まれている。組み紐を創る時の作業場も、きちんと整えられていた。
同時に二人がこれまで過ごしていた部屋に周が移動していた。夕麿の為に造られていた書棚を周が欲したからだった。周の本は医学書だけでも相当の数になる。その上に毎月送られて来る、国内外の医学雑誌等が増え続けていた。仕方なく床に積んであった程だ。そこで武たちの離れの近くに、土蔵造りの書庫が造られた。周もここの一部に本を置く事になった。
また渡り廊下の母屋側に、多治見 絹子の部屋が改装されて造られた。
義勝と雅久の部屋は演舞場になっている建物に一番近い場所だったが、ここをさらに広げた上で演舞場への渡り廊下が架けられた。
年明けには今度は、敦紀のアトリエを新築する事になっている。今、貴之と二人で住んでいる部屋からは離れるが、高さは二階だが吹き抜けの広さが計画されている。明かりを取る意味もあるが、開口部を大きくしないと絵をアトリエから出せない場合があるのだ。今までのアトリエは彼らの部屋のすぐ隣だった。そこでこちらも改装する事になった。
御園生邸は元々、戦後に建築された洋風屋敷である。しかし以前の建物の一部が、離れ屋として幾つもの存在し、増改築を幾度か繰り返した為、廊下や小さな部屋が点在している状態だった。 玄関ホールを右に行けばリビングや武たちのそれぞれの部屋へ行く。左側は来客用応接室が数室あり、さらにその奥は使用人たちの住居になっている。ホールの奥にある階段は御園生夫妻の寝室やそれぞれの自室があり、二人の血を受け継ぐ希の部屋もここにある。つまり御園生邸は玄関ホールで三つのブロックに別れている事になる。武たち養子や周たちは奥の庭側に広がる場所に住んでいるのだ。
帝都から車で30分程のこの場所は、御園生家が購入した時には何もない森林だったという。屋敷の裏側の山まで入れると、御園生家が所有する土地は三万坪を超える。御園生家がここに屋敷を構える事で、周辺に街が出来るきっかけになった。周辺を全て購入して戦争で家を失った人々に安価で譲ったり貸し与えた。屋敷の周辺が賑やかになる事は望ましい事だったのだ。やがて近くに鉄道が通りベッドタウンとしての開発も進んだ。 それでも街はどこか人情の溢れた、下町の色合いを持っていた。
武はこの街が好きだった。御園生の前々代がここを選んだらしいが、六条家や久我家がある帝都口外のかつての屋敷町よりも風情がある。余り歩き回れないが商店街の肉屋のコロッケやメンチカツなどは大好きで、時々誰かに買って来てもらう。
最初は屋敷の大きさに戸惑い困った事も良い思い出だった。
離れのリビングにゆったり目のソファを置いて夕麿とまったりと過ごす。社から遅く帰宅しても、ここに入るとホッとした気持ちになった。
クリスマスまで1週間となった日、武のスマホが鳴った。番号からすると国外からだ。しかし知り合いがいるアメリカの番号ではない。武は恐る恐る電話に出た。
「Hello?」
〔タケル、元気そうだな〕
「え? ハキム?」
〔YES!今、良いか?〕
「あ、うん」
昼食の後、奥で横になっていた所だ。武はベッドから身を起こした。
ハキムは現在の自分の事を話した。彼は紫霄を卒業した後、母国サマルカンド首長国に帰国したと下河辺 行長に聞いていた。帰国後に王太子の座を弟に譲り起業したのだと言う。侍者であったカリムを秘書にして、サマルカンドを発展させる為に世界中を飛び回っているらしい。
〔明後日に日本へ到着する。タケル、お前は蓬莱皇国の財閥の企業にいると聞いた。是非、お願いしたい事がある〕
告げた声は真剣そのものだった。武は執務室へ戻りそこにいた全員に合図した。スマホをスピーカーに繋いだ。
「ビジネスの話?それとも国際協力?」
〔両方だ。 そちらに損はさせない。私は蓬莱皇国で様々な事を学ばせてもらった。そこで思うんだ、サマルカンドをもっと発展させたいと。それには関わった国を大切にする蓬莱皇国に是非にお願いしたい〕
「ご無沙汰しております。夕麿です、ハキム殿下」
〔ユウマ?タケルのパートナーの?〕
「そうです。今、CEOを呼びに行かせましたので、少しお待ちいただけますか?」
〔それは構わないが…タケルとユウマにも頼みがある〕
「俺たちに?」
〔アフリカの小国のように来年になったら皇家として正式に訪問してもらえないか〕
「それは俺たちだけでは決められないんだ」
「然るべき方面へ話をしてみましょう」
戸惑う武に代わって夕麿が答えた。雅久がしっかりと頷く。そこへ有人が来た。
「ハキム殿下、はじめまして。御園生ホールディングスのCEO 御園生 有人でございます」
有人が加わって始められた話は、興味深いが驚くべきものだった。
ハキムは蓬莱皇国の建設業に大変感銘を受けたと前置きして、サマルカンドでもプロの建築士を育成したいと言うのだ。実は建設のプロフェッショナルである『建築士》という職業も、それが国家資格であるというのも日本と蓬莱の独自のシステムであるのだ。海外には設計士は存在する。だが彼らは設計のプロフェッショナルであっても、建設のプロフェッショナルではない。海外の建築現場では単なる作業員が集まって作業するだけ。経験者はいるが彼らは建築のノウハウを知っている訳ではない。故に早く災害復興しても耐震性や免震が出来るビルを正確には造れないのだ。
寺社を修復する宮大工のような、特別な建築に従事する専門家はいない。資格として存在していないからだ。ところが日本と蓬莱ではそういうプロフェッショナルがいる為、公共事業を含めたあらゆる建設に於いて、他国の追従を許さぬ程高度な技術を有している。
ハキムはそれを見てサマルカンドにも建築士を育成したいと言うのだ。小国ながらサマルカンドは石油産出国である。ただ原油を掘るのではなく、加工をしたいと望んでいると言う。その為の技術協力や資金援助を、御園生に依頼して来たのだ。出来上がった製品は、御園生を通じて蓬莱皇国へ輸出するのを条件に。
サマルカンドではキリスト教徒が国内で我が物顔にする事を、良しとして来なかった為に近代化が遅れている。国益の為にも海外に技術提携や資金援助を請いたい。しかし昨今進出している新興国は、自国の利益しか考えずに搾取するばかりの噂がある。宗教に引っかからず搾取をしない国で高い技術を持ち、信頼が出来る企業を派遣してくれる国。条件を適うのは蓬莱皇国しかないと言うのだ。
武の立場も身分もハキムは理解している。人柄も信用している。だから非公式ながら皇国へ来て、武の訪問と御園生の協力を話し合いたいと言うのだ。知らせがギリギリになったのは、王である父を説得するのに時間がかかったからだ。王は同性婚の皇家、しかも非公開の存在など信用出来なかったのだろう。
だがハキムは挫けなかった。国を想う事と特権階級にいる意味。双方を身を以て示してくれたのは、武と夕麿であり彼らの周囲の人々の在り方だった。紫霄の生徒たちが武や夕麿を信頼し、その意を汲む為に心を尽くす姿。
武を平然と叱咤激励する生徒会の者。命令するだけ威張るだけが上に立つ者ではないのだと、ハキムは思い知ったのだ。同時に仕えるとはどのような事かを侍者であるカリムも学んだ。ハキムが帰国した時、王はわがまま放題だった息子の成長ぶりを驚きを以て迎えた。彼が王太子を辞すると言い出した時、王は本気で息子を止めたのだ。
だがハキムは笑って答えた。王になるよりなりたいものがあると。それが国家事業を推進する企業だった。息子を変え、成長させるきっかけになった人間。王は最終的に紫霞宮夫妻に会ってみたくなったのだ。ハキムが全ての手配の為に、来蓬する許可を与えたのもそういう理由だった。
「それにしても詳しいな、ハキム。俺たちがアフリカへ公務に行った事なんて、限られた人間しか知らないぞ?」
〔横合いから申し訳ございません。カリムでございます、ご無沙汰致しております。タケルさま、ご公務についてはユキナガさんから伺いました〕
「ユキナガ…ああ、下河辺か?そう言えばいつの間にか、お前たちは仲良くなっていたな」
行長とカリムは気が付くと長年の友人同士のようになっていた。武が卒業したあとも彼らは紫霄に残っていたのだ。
「そうか、今でも交流があるのか」
〔はい〕
カリムはハキムの側近として口が固く頭も良い。ハキムの変化はある意味、カリムの変化から始まったと言える。
現在、紫霄の高等部の教諭になっている行長とは、武はなかなか会う機会が持てない。代わりに敦紀が彼と細々とした連絡を取り合っているらしい。行長と敦紀は夕麿たち卒業後、特別室の隣室の住人であったのと同時に、周囲に心を閉ざした武の為に一緒に奔走した。云わば戦友のような間柄だった。
しかも内部進学した行長は、武の後任の生徒会長となった敦紀には心強い先輩だった。敦紀の跡を継いだ通宗も、行長に助けられた経験があった。そのような繋がりから、武の現状がカリムに伝わっているらしい。
蓬莱皇国や自分たちを二人が忘れないでいてくれる。
武はそれだけで嬉しかった。
ハキムの来蓬は一応、ビジネスマンとしてのプライベート。しかし紫霞宮夫妻をサマルカンドへ招待する事、国際協力として御園生と契約する事は、外務省へ打診が必要な為に連絡は入れてあると言う。
〔もう一つ頼みがある〕
カリムと武がしばらく言葉を交わした後、再びハキムが切り出した。
「何?」
〔宿泊するホテルを手配して欲しい〕
とっさにいつものホテルの夕麿が押さえている部屋を回そうとして有人が手でそれを制した。
「殿下、もしお差し支えございませんでしたら、拙宅にご宿泊いただけませんか?ご学友の皆さま方もご招待いたします。旧交を温められます、良い機会かと存じ上げます」
行長も紫霄から呼べは良い。同級生である敦紀は御園生邸の住人だ。智恭たち同級生は呼べば良い。懐かしい顔は揃う。
「そうだな。うちで同窓会するか、ハキム、カリム?」
武の言葉にハキムの嬉しそうな声が上がった。
「警護の件はこちらに一任いただけますか?」
武が動くならば特務室の仕事になる。ハキムの警護も一括した方が良い筈だ。
〔わかった、任せよう〕
細かい話は来蓬後に詰める事になり、久し振りの友人との電話を終えた。
武と夕麿は空港へ出迎えには行けない。そこで冬休みで御園生邸に滞在中の行長と、制作を終えたばかりの敦紀が出迎えに向かった。ハキムの警護として貴之と成美も同行した。
「ユキナガ、アツキ!」
一般人が入る事が出来ないVIP用の部屋で待っていると、簡単なイミグレを通過してハキムとカリムが姿を現した。ビジネススーツに身を包んだ褐色の肌の二人は、行長と敦紀の姿を見て笑顔で駆け寄って来た。
「ようこそ、ハキム殿下、カリムさん」
敦紀は普段は絵画制作用のつなぎが中心で、それ以外はラフな服装で在る事が多い。しかし今日はきちんとスーツを着ていた。ハキムには行長が、カリムには敦紀が向き合って再会の握手を交わした。この間、貴之と成美はダークスーツで、周囲を窺いながら壁際に無言で立っていた。
「積もる話は御園生邸に到着してからに」
行長の言葉に二人が頷いたのを見て、貴之が車の用意を無線で命じた。
「先に紹介しますね。お二人が皇国に滞在されている間、彼らが警護に就きます」
敦紀の言葉にまず貴之が進み出た。
「良岑 貴之警部です。よろしく御願い致します」
貴之は数日前に警部昇進の辞令を受け取ったばかりだった。
次に成美が進み出た。当然ながら武や行長の同級生の彼に二人は目を見開いた。
「久留島 成美警部補です。よろしく御願いします」
御園生邸に無事に到着するまではSPとして振舞うのが決まりである。ハキムとカリムもその辺りは心得ている。鷹揚に頷いて先を歩く成美に従って歩き出した。最後尾を貴之が歩いて迎えの車に乗った。
空港から御園生邸まで車で1時間ちょっと。何事もなく無事に到着した。
「お待ち致しておりました」
有人と小夜子、武と夕麿たち御園生邸の全員が玄関で出迎えた。
「ハキム!」
「タケル!」
しっかりとハグして再会を喜んだ。そのまま彼を居間に案内した。居間には雫と伊佐 隆基が待っていた。二人はハキムとカリム、武と夕麿の警護についての相談をしていたのだ。
雫とは面識があるが隆基とは初めてだ。自己紹介をしてソファに全員が落ち着いた。ただ一人、敦紀だけが立っていた。
「雫さん、貴之をそろそろ解放していただけませんか?」
昨日の朝、急にプロファイリングの依頼が舞い込んだ。貴之はそのまま昨夜帰宅せず、特務室で仮眠を取っただけで空港に迎えに向かったのだ。
貴之は仕事や忠義の為ならば自分の身を顧みない。誰かが止めなければ倒れるまで仕事をする。敦紀は恋人として、彼のそのような部分をよく理解していた。今日のハキムの出迎えも1年先輩で、顔見知りである成美が動くのは理解出来る。だが何故、貴之でなければならなかったのかがわからない。
「ん?ああ、貴之、ご苦労さま」
睨まれた上に畳み込むように言われて雫は貴之に声を掛けた。本当は警護計画を聞いてから、休んで欲しかったのだが確かに顔色がかなり悪い。
プロファイリングはデータが生命だといえる。今のところ情報収集力に於いて、貴之に勝る者は警察内部にすら少ない。特に今回は警察庁のデータバンクにもほとんど情報が存在しないもので、貴之の情報収集力だけが頼みの綱であった。おかげで無理を承知で空港に向かうギリギリまで、データの収集を行っていたのだ。
さすがに雫は代わりを出すと言ったのだが、敦紀が出迎えに向かう為にそれを断って向かった。
「では室長、離任させていただきます」
貴之がそう言ったのを確認して、敦紀は彼と共に奥へと行ってしまった。
その敦紀の行動をそっと目で追った者がいた。カリムである。いち早く気付いた夕麿は行長に視線を向けた。彼はこれに小さく頷いて応えた。
敦紀が貴之に告白して付き合い始めたのは、夕麿たちが早期卒業して渡米した年のクリスマス前だった。貴之が応えるかどうかは相談された夕麿にもそれはわからない事だった。当時の貴之は恋愛に夢を抱いていなかった。誰かに心を動かされるのを恐れているように見えた。思い詰めた結果、貴之は忠義の為に自分を餌にしてまで、ロサンゼルスでの夕麿の仕事に役立とうとした。
そして…… 清方との完全なセフレ関係。貴之は大切な友人の一人、幸せになって欲しかった。家を継ぐ為に適当な女性と結婚すると言う姿が痛々しかった。だから敦紀に賭けてみようと思ったのだ。
クールビューティーとかアイスドールと呼ばれた敦紀。2年後に留学をして来た時には、二人はすっかり仲睦まじいカップルになっていた。皇国と離れ離れで束の間の逢瀬が辛いのは、夕麿自身が経験した事でもあったので心配はした。だがそれは杞憂に終わった。 武への強い忠義の気持ちなどの様々な要因が、二人の気持ちを深めて頑なだった貴之の心を動かしていた。武や夕麿に尽くすのとは別の意味で、貴之は誠実で懸命な恋人になって行った。
その結果、敦紀は貴之の自己犠牲的な在り方に気付いたのだ。貴之が自分でそれを制御出来ず、周囲も止められないならば自分が何をしても止める。貴之が特務室に引き抜かれた時、敦紀は密かに雫に会いに行った。 貴之の暴走に近い自己犠牲を止め、無理をするようならば敦紀が強制的にでも休ませると交渉したのだ。
雫も貴之の状態には気付いていた為、ストッパーとしての敦紀の言葉を受け入れた。 片腕になるだろう部下を早々に潰してしまう訳には行かない。多忙で身動きが取れない場合以外は、貴之の状況を把握する敦紀の申し出を受け入れる事にしていた。
貴之を部屋に連れ帰って敦紀はホッと息を吐いた。御園生邸の住人という事もあって彼は毎朝、出社する武と夕麿の警護に就いている。二人が休みの日には一緒に非番になる事が多いが、その間にプロファイリングの依頼が舞い込めば、まだ特務室全体で当たる為に貴之の情報網が必要とされるのだ。そうなると泊り込みは普通で非番など存在しないのも同じだった。貴之が選んだ仕事だとはいえ、代休がないままに自分に課せられた任務を果たそうとしてしまう。
敦紀も制作中は不眠不休になるが描き上がれば幾らでも休む事が出来る。文月が心配して見に来るまで、丸一日眠っていた事もある。
特務室である程度仮眠をとっても本当の意味で、休んだと言える状態でないのは帰宅した貴之の状態を見ればわかる。如何に彼が日頃の鍛錬を怠らないといってもどんな人間にも限界はあるのだ。しかも貴之は自分のそういった状態を口にするのは、良くない事のように思っているふしがある。
夕麿のように自分の体調を自覚出来ないのならばまだわかる。けれども貴之は自覚しているのに他者に感じさせるのを厭うのだ。故に雫もつい貴之に無理をさせてしまう。敦紀の行動は貴之の健康管理の一環として、上司である雫は暗黙の了解をしている状態だった。
「早く着替えて眠ってください、貴之」
一刻も早く眠って疲れを癒して欲しい。そう思って言葉を掛けた次の瞬間、敦紀はベッドに組み敷かれていた。
「あの…貴之?」
居間には大切な客がいる。御園生にとって利益を与え、蓬莱皇国の国益を左右する客が。だが自分を見下ろしている貴之の顔はどこか苦しそうに歪んでいた。
「貴之…?」
何故こんな顔をするのだろう?敦紀は咄嗟に記憶を手繰ってみた。自分にはそんな覚えはない。ならば…何故…?思わず首を捻ってしまった。自分自身の言動に原因がないなら、周囲の何かにあるのかもしれない。
「あ……」
たった一つだけ原因になる事がある。寝不足の状態でもさすがは警察官と警護官を兼任するだけの事はある。 些細な事にも気付いていたらしい。 何と愛しい人だろう。
「貴之、愛してます」
両手を差し伸べて満面の笑みで告げた。すると貴之は眉間にシワを寄せて不機嫌な声で言った。
「知ってたのか…?」
旧友
敦紀がカリムの自分に対する想いを、何となく感じたのは早期卒業が近付いた頃だった。彼の主であるハキムは本人が自覚しない状態で、武に片思いしているのには気付いてはいた。 武が卒業後にカリムはハキムの為に、行長や敦紀と懸命に親しくなろうとした。二人ともそれがわかっていたので渡米した武や夕麿に、何某かの害を及ぼす可能性が低いものに限定して情報を与えた。
敦紀自身は卒業して渡米した為に、季節の挨拶を交わすだけになっている。しかし紫霄で内部進学して、そのまま高等部教諭となった行長は、メールや電話での交流が続いているらしい。 彼はいつもは年末年始は帰郷するのに今年は残って、御園生邸に滞在していたのはハキムの来日をもっと早く知っての事らしい。
「誰の事を考えているんだ?」
「ふふ」
組み敷かれたままでうっかり考え込んでいたのを指摘され艶やかな笑みで誤魔化す。
「…そんな顔をしても、今日は誤魔化されないぞ、敦紀」
最初はどこか夕麿に面影が似ている、敦紀の優しげな美しさに魅了されていた。しかし付き合う内に意外と、自分の恋人が計算高く腹黒い部分があるのに気付いた。普通なら失望したかもしれないそれは、敦紀の場合は逆にミステリアスな魅力として現れた。まさに眩惑されたと貴之は思っていた。もしも敦紀が同性を手玉に取る人間だったとしても、自分の身体にも心にも絡み付いた彼の魅惑の糸を切って、その手の届かない場所へ逃げ出す事など出来ないだろう。
だが敦紀は自分のそういった部分を自覚しながらも、貴之に対する気持ちは一途で直向きだった。敦紀の愛情は貴之に義勝への長い片想いや周と清方に教え込まされた愛撫を、信じられない程の短時間で払拭させてしまったのだ。気が付けば敦紀の事を考えている自分がいた。
2年遅れて渡米して来た彼を出迎えた喜びは、貴之自身が驚いた程強く、甘く、熱かった。まだ誰かをこんなにも想える。ずっと恋愛には不向きで、誰かを想っていても報われないのが運命なのだと考えていた。自分の全てを塗り替えてしまった、敦紀が。だからこそ誰にも渡したくない。
画家としてデビューして、極力避けてはいてもビジュアルは漏れる。賞を取ればマスメディアが注目した。武がそっち方面のマネージメントを雇ってくれているから、敦紀はまだ守られてはいる。それでも美しい恋人をアトリエに閉じ込めておきたくなる。
自分の独占欲に正直、貴之は驚いていた。いつも諦めて見詰めるだけだった自分にこんな熱情があったとは。
いや…そうではない。相手が敦紀だからだ。その気になれば選びたい放題の彼が、自分だけを愛してくれる歓びが同時に、失う恐怖も呼ぶ。誰にも渡したくないと叫ぶ。
告白したのは敦紀で、すぐに壊れると思いながら承諾したのは貴之。だが気が付けば魅了されて夢中になっていた。
独占欲をむき出しにして体温が低い恋人の唇を貪る。貴之にとって恋人の唇は、どんなスイーツよりも甘美に感じていた。口付けながら互いの服を脱がしていく。ここのところ敦紀がアトリエに篭っていたので、口付けはおろかわずかな触れ合いすらない状態だった。
互いの吐息が熱を帯びて乱れていく。衣を脱ぎ捨てながら、二人は普段まとっている仮面も脱ぎ捨てる。
どこまでもストイックに自分を律している貴之。
純度の高い水が凍りついたような、透明で美しくはあるがクールそのものの敦紀。
特に敦紀は情熱は絵を描く時と、貴之と愛し合う時にしか表には出さない。
紫霄に在校していた時には、まだ武の為に激高する様子を見せた。しかし今は優しく穏やかな笑みを浮かべてはいるが、マスメディアの取材で礼を欠いた質問をされても、鮮やかな言葉と笑顔ですり抜けてしまう。答えているのに本質が掴めない。浮かべた笑顔以外は、感情の片鱗も見せない。マスメディアは敦紀に『氷の貴公子』のニックネームを付けている程だ。
御園生邸の団欒ではそこまでではないが、今や敦紀が感情を一切隠さずに見せるのは、恋人の貴之の前だけになってしまっていた。
シミ一つない真っ白な身体は衣類を着けている時にはわからないが、それなりに筋肉が付いている。絵を描くのには意外と力を使うのだ。
対する貴之は武道で鍛え上げられた無駄のない筋肉が、バランス良く引き締まった肉体を形作っていた。ボディビルダーのようなアンバランスなマッチョではなく、戦闘的に無駄なく鍛え上げられた筋肉は美しかった。彼も衣類を着ていると細身に見える。だから武と歩いている時に襲って来た暴漢たちは、貴之が武道の達人とはわからなかったのである。鋼のように強くしなやかな筋肉は、極限まで鍛え抜かれていると言っても過言ではない。故に貴之は見た目の印象よりも体重がある。鍛えられた筋肉は重いのだ。
「貴之…貴之…」
まるで獣に喰らわれているような激しい愛撫は、身も心も揺さぶる嵐のようだ。
「ああッ…貴之…はあッ…」
仰け反り戦慄く身体も、更なる快楽を求めて揺れる腰も、妖艶な色香で貴之を誘う。
「ン…お願…もう…挿れて…欲しい…」
耐えきれずに片足を彼の引き締まった腰に絡ませ、欲望に張り詰めて蜜液を垂らすモノを擦り付けた。濡れた音が扇情的に室内に響く。それが更に貴之の激情をかき立てた。
蕾にジェルを慌ただしく解して、自分のモノにもジェルを塗って一気に貫いた。
「はあああぁぁぁッ…!」
仰け反った白い喉が衝撃に震える。その喉にまるで野生の獣のように貴之が喰らい付いた。痛みに肉壁が収縮して、中のモノを絞るように締め付ける。寝不足で充血した目が、欲望の炎に見開かれている。
カリムの事はわざと黙っていたのだ。同級生として顔を合わさないわけには行かない。だが余計な事を言ってしまえば、貴之の仕事に影響が出るかもしれない。如何に彼が自分を律する努力をしても、そのような先入観を持ってしまっては困るだろう。
それにしても……貴之と付き合い始めたのはまだ高等部の1年の時だ。貴之は紫霄に戻って来た事もある。表向きは武に学院の現状を視察するように依頼されたから。もちろん本当は敦紀に会いに戻れと、理事資格と航空券を渡されたからだ。夏休みは武と夕麿の騒動に巻き込まれて、貴之は帰国を断念するしかなかった。
あれは二人からのお詫びだったと思う。貴之は特待生寮では生徒会長である敦紀の部屋に滞在していた。それはカリムも知っていた筈だ。なのに空港で再会したカリムは、熱を帯びた眼差しで敦紀を見て来た。後ろに貴之が立っていたと言うのに。
在学中にカリムに会った夕麿は、彼は主に仕える者としては感情を表面に出し過ぎると言った。無論、カリム自身はそれを知らない。 あれから歳月が流れたと言うのに、側近であり秘書も務める彼があれでは、いずれハキムに何だかの影響を及ぼし兼ねない。サマルカンドが今後、武を通じて御園生と関わって行くのならば、武にも影響があるかもしれない。夕麿に相談してみるべきなのかもしれない。
貴之との熱い抱擁の余韻の中で、敦紀はぼんやりとそんな事を考えていた。
次の日からは目が回るようなスケジュールだった。武と夕麿はハキムたちだけに関わっていられない。もっと前から来蓬が知らされていれば、調整も完全に出来ていただろう。しかしハキムにも事情が存在して、ギリギリの連絡しか出来なかったらしい。
武たちが対応出来ない時には行長と敦紀が対応した。警護は貴之と成美が就く。
敦紀はカリムの態度について行長と話し合った。行長も以前、夕麿が口にした事を記憶していた。
「ハキム殿下にそれとなく話を振ってみましょう。それと…夕麿さまに雅久先輩を常に御同道くださいとお願いしましょう」
仕えるとは如何なる事か。雅久や貴之、自分たちの姿からカリムが学ばないならば、ハキムに正直に話さなければならないだろう。
他国の事に本来は口出しをするべきではない。しかしハキムは武に関わりたがる一面がある。御園生との国際的協力も、武との繋がりで進めて行くつもりの筈だ。ハキムは王位継承権を放棄したとはいえ、王族である事実までは消えない。首長国とは部族の長の間で、血や信頼の結び付きで王を決めるのだ。ハキムの家が代々の王になるのは、周囲の部族の長の娘を妻に迎えている事実がある。
イスラム教徒は4人まで妻を迎える事が出来る。第一夫人は若い頃の苦楽を共にした女性。第二夫人は自らが欲した女性。第三夫人は見目麗しい女性。権力者は第三夫人までは固定で、第四夫人はフリーにしておくとも言われている。政略的な結び付きの為に自由に入れ替えが出来るように。むろん、後宮には数多の愛妾がひしめく。それら全ての女性が産んだ王子の間で地位や身分を争っている。妾の子供は一応、王子ではあっても王位継承権は与えられない。それでも娶った妻の出自次第で、政府や国営企業での地位が得られるのだ。腹違いの兄の側近に昇り、策略と陰謀の汚れ仕事に手を染める者もいる。
ハキムが継承権を放棄しても、父である現国王の信任が篤いのは周知の事実だ。現王太子がハキムを好く思っていない事実がある。彼がハキムを排除しようと企み皇国内で実行しようとした場合、武と夕麿が巻き込まれる可能性は高いのだ。
カリムが自らの責務をきちんと果たし、周囲の状態をきちんと把握しているのであれば、確かな協力体制が出来る。前以ての対策もしておける。これから協力をするのだから、御園生側からの働きかけでハキムの地盤を固める手助けも可能だ。だからこそカリムは周囲に気を配り、しかも自らの腹の内を悟らせない姿勢が要求されるのだ。
「やれやれ…他国の人間まで教育しなければなりませんか…」
行長は少々うんざりしていた。紫霄に留学して来た時のハキムを思い出しても、王家やその周辺の教育の在り方が、グローバル的な視点から鑑みてズレているように思えた。国内はそれで良いだろう。しかしハキムは国際社会に打って出ようとしている。イスラム教圏に対するキリスト教圏の眼差しが厳しい今、小国の王族という肩書きだけでは取引や契約は、足元を見られて不利に運ばれる可能性が強いのだ。いやハキム自身それをわかっているのではないか。だから皇国へ来て御園生に援助と取引を望んだのではないか。
「下河辺先輩。 カリムをハキム殿下からしばらく離して、然るべき教育を受けさせると言うのは?」
「心当たりがあると?」
敦紀の言葉に行長が問い返した。
「イギリスに秘書と執事の教育機関があります。ビバリーヒルズの御園生邸の執事が、そのような話をしていました」
「文月さんに訊いてみよう」
ハキムとカリムが今後も武と友人として交流すると言うのであれば、やはり害が及ばないような状態になって欲しい。それは最終的にはサマルカンド首長国の為にもなる筈だ。
行長と敦紀はこれをそのまま夕麿へ伝える事にした。
本当は武の側近として行長と敦紀が欲しかった。夕麿の想いはまたそこを巡る。彼らは状況を客観的に見た上で、武に及ぼす影響を的確に見極める事が出来る。二人が有している知識や分析力、判断力はビジネスの世界では必要不可欠な才能だ。敦紀は無理だったとしても、行長に誘いを掛けておくべきだったと夕麿は後悔していた。
どこかの企業人になったのであれば、天羽 榊のようにヘッドハンティングをすれば良い。しかし…彼が選択したのは紫霄の高等部教諭だ。内部から武を支える。その気持ちも理解出来るし有り難いとも思う。だからこそ夕麿は下河辺 行長を喉から手が出る程欲していても、彼の選んだ道を歩いて行けるように助力を惜しまないでいるのだ。
決して相良 通宗が不足なのではない。彼は細やかな気遣いが出来る優しい青年だ。身体の弱い武の秘書としての不満は夕麿も持ってはいない。ただ行長と敦紀がずば抜けて優秀なだけなのだ。武の為にだけでなく御園生の為にも、彼らのような優秀な人材がもっと必要だった。
ハキムは夕麿に出された課題を真剣に受け止めた。
グローバル企業としての御園生の規模がどれくらいか。ハキムだってきちんと調べた上で、国際協力を頼みに来たのだ。しかも夕麿はハキムが驚く程、サマルカンド首長国の内情に通じていた。
御園生の経営は徐々に彼に移譲されつつある。
国許で手に入れた情報が間違いではないのだと、夕麿の言葉に確信を持った。最初、この話を手にした時には御園生は武をトップの飾り物にして、夕麿が実権を握る形で進むのだと思った。しかし…武は武でちゃんと経営に参加して、確かな実績を上げているのが見えた。
ただ彼は身体が弱い。その為に夕麿を中心に動かす体制が良いだけで武も受け入れている。夕麿は言わば軍師か参謀のような立場なのだ。優秀なトップの条件の一つとして、その意向を汲んで実質的に動く人材を多数持っている事がある。如何なる賢君も補助する側近が無能であれば、十分に持てる才能を駆使する事は出来ないのだ。
ハキムは次第に自分に何が足らないのかを理解し始めた。側近であるカリムの足らない部分も。このままではいつか国内で足を掬われる。気付いた事実に愕然となった。
行長と敦紀の報告を受けた夕麿は、取り立てて何かをハキムに言った訳ではない。彼を自分たちの執務室に呼んで、企業の経営の実像を見せただけなのだ。そこで働く自分たちと過ごして、彼が何も学ばなかったとしたら……御園生は如何に請われても協力を拒否するつもりだった。橋架けであるハキムが失脚すれば、現地に派遣している御園生の社員に類が及ぶ。友情や利益だけではダメなのだ。社員の安全や生活を守るのも企業経営者の使命なのだから。
この事については武が夕麿や有人に先に断言していた。自分の友人という枠でのみ、ハキムの要請に応えないで欲しいと。そこで夕麿はハキムの資質を見る事にしたのだ。
ハキムの資質は認められる。しかしカリムにはやはり問題があった。夕麿はそれについてハキムにきっぱりと問い質した。企業経営に個人の情を絡め過ぎてはならないと。もしこのまま今の状態のカリムに固執するならば、御園生は大変な冒険を強いられる事になると。
ハキムは自らの周囲の人材を整えるべきであると告げられてハキムは戸惑いを見せた。
夕麿ははっきりと企業としての御園生の見解を告げた。
今の状態では全面的な協力は難しい。建築部門と建築士の育成は協力する。それ以外は今後の状態を見てから徐々に。その上で紫霞宮の訪問要請に応える。これが結論だった。
ハキムは夕麿の言葉の意味をきちんと理解していた。御園生の国際的協力は、ゆっくりと時間をかけて、サマルカンドの実情に合わせて進めていく。
紫霞宮夫妻は今のところはスケジュールの調整が難しいので、調整がつき次第、サマルカンド首長国の招待に応じさせてもらう。
そういう事で話がまとめられた。
取り敢えず自分の役目は終わった。敦紀はそう判断してアトリエに戻った。非番の貴之を呼んで、彼をモデルにクロッキーに手を動かす。
「貴之、上だけ脱いでくださいませんか」
「わかった」
貴之は言われたままにシャツを脱ぎ捨てた。鍛えられた上半身がむき出しになる。敦紀は手を伸ばして、なめし革のような手触りの肌を撫でた。貴之の身体がピクリと反応する。
パステルの音が響き、スケッチブックにラフが形付けられる。手を止めて貴之の頬に触れ、鼻筋をなぞり唇に触れた。顎のラインを撫で、首筋を辿る。その感覚をそのまま、紙の上へ再現していく。
肩のライン
上腕の筋肉
繰り返してデッサンをしているが、それでも貴之の身体の魅力は、描ききれてはいないと感じていた。
「少し動いてもらえますか?」
敦紀が要求する動きは、武道的なものを指している。全身に気を溜めて筋肉を膨らませる。空手の型をその場でやってみる。忽ち肌に汗が浮き出て来る。その汗を飛び散らせながら、気合いを込めて腕や脚を繰り出す。
普段はこうなると完全に忘我状態になる。しかし敦紀のモデルをしている時は違う。没頭していても彼の視線だけは全身に感じてしまう。衣服を身に付けていれば、その眼差しに裸にされる感覚を味わう。
敦紀の画家としての眼差しの前には、何もかもが白日の下にあばかれてしまう気がするのだ。
彼には何も隠せない。
そんな気持ちになる。けれども敦紀はわかった事を口にはしない。貴之が悩んでいる時以外は。
「貴之」
パステルを置いて敦紀が立ち上がった。動きを止めた貴之の頬が染まる。敦紀の眼差しを気にしていたら、いつの間にか身体が反応していた。
敦紀が笑みを浮かべた。
「やっぱり貴之は敏感ですね。私の眼差しにちゃんと感じて反応してくださる。嬉しいです」
その言葉に貴之が困って視線を伏せた。
「私はデッサンの為にあなたを視姦してるのですから、感じてもらえて嬉しいですよ」
言葉と共に指先がジーンズのその部分をなぞる。
「敦紀ッ…!!」
熱い吐息と共に名前を呼ばれて、躊躇いもせずに膝を床に着いた。布地の上から口付けながら、ファスナーをおろしてしっかりと欲望のカタチを示しているモノを取り出した。見下ろす眼差しに妖艶に笑いかけて、見せ付けるように舌で舐めた。
貴之が息を呑む。
「言っておきますけれど、視姦するのはあなただけですよ?」
「ッ…当たり前だッ…」
押し寄せてくる快感に半ば呻くように行った。上から貴之が見詰めている。それを意識してゆっくりと見せ付けるように口淫して見せた。
「敦紀…くッ…ぁあッ…」
噛み締めても声が漏れる。応えるように敦紀の眼差しが妖艶に輝く。その眼差しだけでイってしまいそうだった。
彼のそんな気持ちを察したように敦紀がスッと離れた。立ち上がって貴之の手を引いて、仮眠用のマットレスに誘う。されるままにマットレスに組み敷かれた貴之から残った衣類を剥ぎ取り、敦紀も着ていたつなぎを脱いだ。
「私の視線で欲情するあなたが好きです」
真っ直ぐに見下ろすと貴之は頬を染める。その瞳は欲情に潤んでいた。
朝食の後、敦紀は貴之と一緒にアトリエに消えた。そのまま二人共に出て来る気配もない。昼になって文月が昼食を運ぶと言うので、カリムは自らそれを引き受けた。
鍵はかかってはいない。ただ制作中の敦紀を邪魔しないように、ドアの前の台に置いてノックを2回。そのように教えられた。
カリムは途中から御園生邸で、執事の文月に従って学ぶようにとハキムに命じられた。カリムが素直に従ったのは、企業レベルの話が始まった時点で敦紀は身を引いたからだ。彼は企業経営には一切関わってはいない。カリムの問い掛けに彼はそう答えた。自分の仕事は絵を描く事だと。
蓬莱皇国の貴族や皇家は、外国人との婚姻を許されてはいない。しかも敦紀には既に貴之という恋人がいる。実家である{御厨《みくりや》家を感動されても共に寄り添う相手が。貴之も同じ立場なのだと行長から聞いていた。
カリムは食事を台に置いてノックの為にドアに近付いた。硝子張りのドアの向こう側へ視線をやった。敦紀が貴之を組み敷いて、口付けをしている姿が目に飛び込んだ。普段は衝立があって中が見えなくなっているのだが、間もなくアトリエを移動する為の片付けをしたばかりだった。二人は時間の経過をすっかり失念していた。最も文月ならば中を覗かない距離から、ドアをノックして立ち去る。執事である彼がわざわざ食事を運ぶのは、敦紀の集中を妨げないようにという気遣いなのだ。
食事を台に置き、ドアをノックする。
それだけを命じたにもかかわらず、カリムは中を気にして覗き込んでしまった。恋人を組み敷く敦紀の美しい裸体。想う相手のそんな姿に、息を呑んで立ち竦んだ。
敦紀の口付けに酔いしれている時だった。はっきりと人の気配がした。アトリエに近付くのは文月くらいだが、彼ならば合図だけして立ち去る。その行為は見事で彼が卒業したイギリスの執事の学校は、武道も教えるのだと聞いて納得した程だ。
足音をさせず気配さえも立つ。影のように控え、行わなければならない事は速やかに実行する。しかも広い御園生邸の隅々まで目を行き渡らせ、使用人全ての状態を把握している。仕えるべき住人にも細やかな心遣いをする。様々な事のタイミングも常に見事で、疲れて帰宅した時などにはどれだけ助けられているか。
そういう事を踏まえて今、ドアの向こうにいるのは文月ではないと判断した。ドアから一定の距離を持っていると、こちらからは暗くて相手が見えない。しかし向こう側からは、太陽光をふんだんに取り入れたアトリエ内ははっきりと見える筈だ。
貴之は敦紀を抱き締めて起き上がった。側のシーツを手に取って敦紀に掛けた。それから下着だけを身に付けてドアに歩み寄った。
誰かが逃げて行く足音だけが薄暗い廊下に残った。台の上には食事がある。誰かがいたのは間違いなかった。食事のトレイを手にアトリエ内へと戻った。
「食事?」
「ああ。だが持って来たのは文月じゃない」
抱き合っているのを覗かれた。自分はまだ良い。だが敦紀の美しい身体を覗いた者がいる。それが腹立たしい。
「覗かれたのでしょうか?」
「ああ。ドアから離れていたようで、姿の確認は出来てはいないが…気配は間違いない」
不快だった。犯人を見付けて吊し上げてやりたい。怒りが沸々とわく。興が覚めてしまった形で、二人は食事を済ませた。そのままデッサンは止めて居間へと戻った。
文月は貴之の問い掛けにこう答えた。
「申し訳ございません。私は少々手が放せませんでしたので、代わりの者に言い付けたのでごさいますが…何か不備がございましたか?」
「アトリエにいる時に邪魔をされるのは困るのは知っているな?気持ちはわからない事はないが、中を覗かないように注意してくれ」
「それは…申し訳ございません。二度とないように徹底いたしますので、お許しくださいませ」
誰が運んだのか。文月はそれを口にしない。使用人との間に立ち、クッションになるのも執事の仕事なのだ。貴之もわかっているから敢えて追及はしない。
「画家の仕事はデリケートだ。そこをわかってやってくれ」
「はい、申し訳ございませんでした」
文月の采配に任せる。貴之は踵を返して部屋へ戻った。
主に仕える。
カリムは決してその心に欠けている訳ではない。だが自分の感情を制御出来ないのだ。貴之も自分の感情を制御するのに苦労した。武と出会うまではもう少し、自分は制御していると思っていた。
少なくとも片想いを相手には悟らせてない。そう思っていた。しかし今になって振り返ってみると、真実は違うような気がする。相手が単に自分の恋愛に夢中で、周囲に気を回す余裕がなかっただけだと。
貴之が制御を覚えるきっかけを与えてくれたのは、ロサンゼルスでの清方との関係を通じてだった。そして…敦紀と付き合うようになって、ほぼ折り合いが付けられるようになった。
嫉妬心さえ何とか人前ではギリギリ抑えられている。敦紀が細やかに貴之の気持ちを解して来たからだ。それがわかるからこそ貴之は敦紀が、創作に打ち込めるようにどんな犠牲も惜しくはなかった。これは武と夕麿への忠義とは違う意味のものだった。
愛する人への献身。
敦紀は恐らく貴之のそのような性格を、深く理解しているからこそ出来るのだろう。恋人同士としての愛情、理解、尊敬。 臣としての主への忠義も、言わば色違いの同じ気持ちである。自分の感情に振り回されるのは、愛情としても忠義としても正しい姿ではない。
蓬莱皇国人は特に姿勢や矜持を大切にして来た。相手に自分の気持ちを全て明らかにしない。相手も敢えて探らずに、想いを察する事を良しとされて来た。全てを顕著にしないで匂わすだけ。その在り方を『奥床しい』と呼んで来たのだ。特に仕える者は主たる者に全てを語らせてはならない。常にその想いを悟って一歩前を整える。
文月はこの事に於いては、プロフェッショナル中のプロフェッショナルだった。『仕える』という事に対しての考えは皇国とイギリスは似ている部分がある。故に代々どこかの家に仕える者は、イギリスの執事などを養成する専門学校に学ぶ事が多い。そこを良い成績で卒業した者が、良い使用人が人手不足な現代では引く手数多なのだ。
文月の一族は元々、江戸時代に御園生家が商人だった時に、番頭を務めていたという。
夕麿の憂いを痛感してしまった。
ハキムは彼に代わって王太子になった、異母弟である第二王子とは不仲だ。現国王が死んだ場合、王太子はハキムを排除する可能性がある。それまでにしっかりとした足場や後ろ盾を、ハキムがどれだけ掌握しているかが左右する。血統と縁故が身分や立場を左右する国。確かな実力があれば後ろ盾も自然に集まって来る。だが今の状態ではカリムがハキムの足を引っ張り兼ねないのだ。
自分の感情を隠す事が出来ない。それは隠し事が出来ないという事だ。ハキムの要請で御園生家と紫霞宮家が、サマルカンド首長国に関わって行く。そうなれば政変が起こった場合には、巻き込まれる可能性がある。特に武の生命に危険が及ぶ可能性がある。夕麿の懸念はここにあった。
ハキムは武に気がある。国には妻や愛妾が何人もいて既に、子供も複数いる彼が同性である武を想う。もちろん彼は武の立場を理解している。
武はハキムを自分に懐いた犬のような感覚でしかない。他国の王族だが紫霄在学中はまさにそのような間柄だったのだ。
武もハキムの要請に応えるリスクは理解している。御園生の次期総帥としても、紫霞宮としても、他国の政変に巻き込まれる訳にはいかない。
夕麿の判断を武も認めていた。
ハキムも納得した。
しかし…サマルカンド首長国への皇家としての訪問は、現在、様々な関係機関で検討に入っている。すぐには実現しないにしても、数年以内には予定が組まれるだろう。貴之は自分が研修で渡米する前であって欲しいと願っていた。
夕麿は接待の席で多少口にするが、今のところは酩酊する程に呑んだ事がない。ただ護衛に着く貴之や雫からは、幾ら呑んでも顔色一つ変わらない事から、相当強いのではないかと言われた。 ちなみに周はそこそこ程度らしいが、清方はかなり強いらしい。高子が酒豪だという話もあるので、本当に夕麿が酒に強いならば、近衛家の血筋という事になる。
武は夕麿に呑んでも良いと言うが、別に好きだという訳でもないので普段は口にしない事にしている。
ジビエにナイフを入れて頬張る。
ジビエとは本来はハンターが捕獲した完全に野生のものを指す。皇国ではそれ程狩猟が盛んではない為、安定しないか入手困難で高価になってしまう。そこで飼育してから一定期間野に放ったり、また生きたまま捕獲して餌付けしたものも半野生と呼んで、ジビエとして流通させているのが普通だ。
しかし武たちの前にあるジビエは、狩猟によって獲られた鹿肉だ。最近、天敵がいない動物が繁殖し過ぎて、農作物を荒らす事態になっている。欧州では人間が適切に決められたルールで間引きをしているが、まだまだ感情に振り回されているのが蓬莱皇国の実情だった。その種が異常に増え過ぎれば山野の荒廃を招き、食料を失った彼らは結局、絶滅するしかないのに事実を受け入れない人間が余りにも多い。その結果、人間と保護動物との軋轢が生まれる。子供たちが肉は樹木に生る木の実と同じと考えてしまう。
今夜出された鹿肉は御園生家が所有する山で狩られたものだ。麓の田畑を荒らすので山の手入れの一貫として、許可を得てプロのハンターを入れて狩った。無駄にしない為にハンターたちに分けた以外を系列のレストランやホテルに回したのだ。
「武」
ナイフとフォークを置いて、真っ直ぐ見詰めた。
「なんだ、改まって?」
武も手を止め、ナイフとフォークを置いた。
「相談したい事があります」
「相談?」
「紫霄に在学中、私のピアノ指導をしてくれていた、明石准教授を覚えていますか?」
「ああ」
「来年度から教授になられるそうです。それで私に講師の依頼が来ているのです。その…週に一度で良いから非常勤の講師をと」
「やりたいんなら、やれば良いじゃないか。何を躊躇う必要がある?」
不思議そうに首を傾げる。
「仕事は俺と雅久兄さんがやれば良いし相良や持明院もいる。週一くらい大丈夫だ」
「そう言っていただけると、私も嬉しく思います」
話があったのは夏頃だった。精神的な余裕がなくて、それでもやりたい気持ちもあって、答えを保留にしたままだった。
「…ちょっと待て。女子学生もいるんだよな?」
「化粧品と香水が苦手な事は准教授もご存知です。学内で徹底していただけますし、既婚者である事も伝えていただきます」
その辺りはきちんと対処すると、前以って約束してくれている。
「無報酬ですが、私には今以上は必要ではないので」
「わかった。来年の春からだな?それに合わせて予定を組む事にしよう」
「お願いします」
武の笑顔を見て夕麿は自分が気付いた事が間違いでなかったと感じた。
「そう言えば武、反物の売れ行きは如何です?」
「まだ少ししか出していないが、幸いにもすぐに売れるらしい」
「それは良かったですね」
「肩凝りが激しいのが悩みだけどな」
「同じ姿勢をずっとしていますから、仕方がありませんけれど…」
「マッサージでも頼もうかな…?」
「義勝か貴之に頼んでみれば如何です?周さんや保さんも出来るでしょう?」
何故頼まないのか。夕麿には理由がわからなかった。
「お願いしても良いのかな…?みんなだって疲れてるだろう?」
「あなたも疲れていても、私にマッサージをしてくださるでしょう?」
「あれは…夕麿が辛そうだから」
「みんなも同じだと思いますよ?私が出来れば良いのですが…そっちの才能はなさそうですから」
ピアノ奏者として夕麿は握力が非常に強い。おかげで加減がわからずに、武の肩を痣だらけにしてしまう。もっとも悲鳴を噛み殺す武も武なのだが。
「仕事はいつから復帰する?」
「それなのですが…お義父さんに少しわがままを言いました」
この休暇自体が清方が指示した、療養である事を武は知らない。
「わがまま?」
「夏休みも半分しか取っていません。ですからあと3日ほどここにいる事にしました」
「はあ?大丈夫なのか?」
「年末にかけてはまた忙しくなります。クリスマス・イブにも予定はしていますが、今年は確定していません。大きなプロジェクトを始動させたのですから、休みくらい欲しいとは思いませんか?」
ここにいる事自体は清方の指示だが、夕麿は実際に休みを欲しいと望んでいた。
ON/OFFをきっちりとする。トップからそういう姿勢を持たなければ下の人間が休めなくなる。『勤勉》という言葉に忠実過ぎて、まるで働く機械になってしまっている。家族や家庭の為と言いながら、仕事で平然と犠牲にした時代があった。
現代でも女性が産休を取ると、元の場所に戻れなくなるケースが多々ある。それが出生率低下を呼んでいるのだ。
武と夕麿は女性社員のそんな要請を耳にした。
御園生ホールディングスにも数多くの女性が従事している。系列にもたくさんいる。二人は欧州のケースを調べて、御園生全体に適用する事にした。年配の幹部社員を中心に反対意見が相次いだ。しかし武と夕麿はそれらを全て論破した。女性が出産の為に一定期間抜ける。それをカバー出来ない男性社員が無能なのだと。彼女たちが復帰して来た時に、迎え入れて仕事を再開出来ないのは、やろうとしないチームが無能だと。
仕事は一人でするものではない。営業などの競争があっても、最終的には企業全体が協力する事で成り立っているのを忘れて不在者のカバーが出来ないと言うのであれば、それぞれの職場に於いてチームとして機能出来ていない証明である。
女性の社会進出が進み、多才な女性たちが男性社会の軋轢に苦しんでいる。一番悪い部分は何でも平らに同じ枠の中に並べるのが、平等にする事だと思っている事である。社会進出した女性を男性とイコールに扱う。その意味を履き違えているのだ。
男性に出来て、女性に出来ない事。
女性に出来て、男性に出来ない事。
双方が協力しないと出来ない事。
双方共に出来る事。
この4つの区分けが出来ないのが現在の企業の在り方だ。働き続ける事が良いのではない。自らの健康や家族関係、男性や女性の日常に於ける幸せを、蔑ろにして成り立つ企業がおかしいのだ。人の生活があっての社会であり、企業である事を企業を経営する人々が忘れているのだ。 人間が機械のように動く事を望んでいるだけだ。
御園生では前以て申請すれば、有給休暇を自由に取れる。もちろん急病などの場合は、有給休暇扱いの申請をすれば良い。社員が有給休暇の申請をして嫌がる管理職がいた場合には速やかに勧告が行われる。もちろん今回のようなプロジェクトの最中の場合は本人との話し合いになるが、武と夕麿がこのシステムを導入してから未だそのような事を言い出す者はいない。
欧州並みのシステムで従来の皇国企業よりも高い業績を上げる。古びた企業体制は最早、グローバルな展開には合わない。そう思うからこそ、土日は休みが潰れても、代休や休暇はきちんと取る。一度に無理であれば分けてでも取る。
そういう姿勢を徹底する事によって、社員たちにも徹底させる事を目指している。その代わりにビルなどの光熱費を中心に職場でのコストダウンを徹底している。本社ビルは屋上にソーラーを敷き詰め、窓は全てUVカットの二重ガラスだ。照明はブルーライトをなるべく出さない色のLEDを使用している。そういった配慮が収益率を下げない原動力にもなっていた。
「本当にそんなにいられるのか?」
「ええ」
「そっか」
武が嬉しそうに笑う。夕麿も笑い返しながらふと窓を見た。
「あ…」
「ん?」
いつの間に降り出したのだろう。嵌め殺しの窓に水滴が着いて流れ落ちていた。
「雨だ…」
武が立ち上がって窓に近付いた。濡れた窓硝子の向こうに、街の明かりが滲んだように見える。
「かなり降っていますね」
夕麿が横に並んで、同じように硝子越しの夜景を見た。
「昔…いつかは二人で雨を見ようと、あなたは言ってくださいましたね」
「ああ、そんな事もあった。本当にもう何ともないみたいだな?」
「好き…にはなれてはいませんが」
雨を見ると錯乱していたのが遠い昔のようだった。
「無理に好きにならなくても良いと思うけど?俺も余り好きじゃない」
雨は好きではない。そう言いながらも二人は、窓を叩く雨を見詰めていた。
「夕麿、いつもありがとう」
手に手を添えて窓硝子に映った姿を見詰めて言った。
「私の方こそ、あなたに感謝しています。こうしてあなたと雨を見詰められる。武、私は今、とても幸せな気分です」
「俺も…幸せ」
硝子に映った互いを見詰めどちらともなく向き合った。穏やかで満ち足りた笑みを浮かべてそっと唇を重ねた。指と指が絡み合い、握り締められた。唇が離れ銀の糸が互いに橋を架ける。
「ああ…武…我が君…愛しています」
酔ったような眼差しで夕麿が言った。
「愛している夕麿…俺の妃…」
ホテルでの療養を終えて帰宅した二人は、その間に整えられた離れへと自室を移した。離れはそれだけで一戸建ての広さを持っていた。母屋とは渡り廊下で繋がれてはいたが、完全に独立した建物だった。渡り廊下側に玄関もある。
一階には対面式のキッチンとカウンターダイニング、20畳はあるリビング。シャワーブースとジャグジーがついた大きなバスタブのバスルーム。パウダールームもゆったりと広い。
二階は階段を上がって左、母屋から最も離れた側に寝室が広く取られていた。東側には大きく窓があり、程良く目隠しされたテラスがある。寝室のすぐ隣は夕麿の部屋。壁の片側は書棚を天井まで造り付けてある。その反対側は寝室側からもこの部屋からも、衣類が取れるようになっているウォークインクローゼット。
夕麿の部屋の隣には武の作業場がある。別に書斎をと言われて武はリビングに、簡単なスペースがあれば良いと答えて、二階の自室を全て作業場にした。絹糸を並べておく場所や機織りの道具を入れておく場所として、夕麿の部屋に面した壁が造り付けの棚になっていた。機織もここへ運び込まれている。組み紐を創る時の作業場も、きちんと整えられていた。
同時に二人がこれまで過ごしていた部屋に周が移動していた。夕麿の為に造られていた書棚を周が欲したからだった。周の本は医学書だけでも相当の数になる。その上に毎月送られて来る、国内外の医学雑誌等が増え続けていた。仕方なく床に積んであった程だ。そこで武たちの離れの近くに、土蔵造りの書庫が造られた。周もここの一部に本を置く事になった。
また渡り廊下の母屋側に、多治見 絹子の部屋が改装されて造られた。
義勝と雅久の部屋は演舞場になっている建物に一番近い場所だったが、ここをさらに広げた上で演舞場への渡り廊下が架けられた。
年明けには今度は、敦紀のアトリエを新築する事になっている。今、貴之と二人で住んでいる部屋からは離れるが、高さは二階だが吹き抜けの広さが計画されている。明かりを取る意味もあるが、開口部を大きくしないと絵をアトリエから出せない場合があるのだ。今までのアトリエは彼らの部屋のすぐ隣だった。そこでこちらも改装する事になった。
御園生邸は元々、戦後に建築された洋風屋敷である。しかし以前の建物の一部が、離れ屋として幾つもの存在し、増改築を幾度か繰り返した為、廊下や小さな部屋が点在している状態だった。 玄関ホールを右に行けばリビングや武たちのそれぞれの部屋へ行く。左側は来客用応接室が数室あり、さらにその奥は使用人たちの住居になっている。ホールの奥にある階段は御園生夫妻の寝室やそれぞれの自室があり、二人の血を受け継ぐ希の部屋もここにある。つまり御園生邸は玄関ホールで三つのブロックに別れている事になる。武たち養子や周たちは奥の庭側に広がる場所に住んでいるのだ。
帝都から車で30分程のこの場所は、御園生家が購入した時には何もない森林だったという。屋敷の裏側の山まで入れると、御園生家が所有する土地は三万坪を超える。御園生家がここに屋敷を構える事で、周辺に街が出来るきっかけになった。周辺を全て購入して戦争で家を失った人々に安価で譲ったり貸し与えた。屋敷の周辺が賑やかになる事は望ましい事だったのだ。やがて近くに鉄道が通りベッドタウンとしての開発も進んだ。 それでも街はどこか人情の溢れた、下町の色合いを持っていた。
武はこの街が好きだった。御園生の前々代がここを選んだらしいが、六条家や久我家がある帝都口外のかつての屋敷町よりも風情がある。余り歩き回れないが商店街の肉屋のコロッケやメンチカツなどは大好きで、時々誰かに買って来てもらう。
最初は屋敷の大きさに戸惑い困った事も良い思い出だった。
離れのリビングにゆったり目のソファを置いて夕麿とまったりと過ごす。社から遅く帰宅しても、ここに入るとホッとした気持ちになった。
クリスマスまで1週間となった日、武のスマホが鳴った。番号からすると国外からだ。しかし知り合いがいるアメリカの番号ではない。武は恐る恐る電話に出た。
「Hello?」
〔タケル、元気そうだな〕
「え? ハキム?」
〔YES!今、良いか?〕
「あ、うん」
昼食の後、奥で横になっていた所だ。武はベッドから身を起こした。
ハキムは現在の自分の事を話した。彼は紫霄を卒業した後、母国サマルカンド首長国に帰国したと下河辺 行長に聞いていた。帰国後に王太子の座を弟に譲り起業したのだと言う。侍者であったカリムを秘書にして、サマルカンドを発展させる為に世界中を飛び回っているらしい。
〔明後日に日本へ到着する。タケル、お前は蓬莱皇国の財閥の企業にいると聞いた。是非、お願いしたい事がある〕
告げた声は真剣そのものだった。武は執務室へ戻りそこにいた全員に合図した。スマホをスピーカーに繋いだ。
「ビジネスの話?それとも国際協力?」
〔両方だ。 そちらに損はさせない。私は蓬莱皇国で様々な事を学ばせてもらった。そこで思うんだ、サマルカンドをもっと発展させたいと。それには関わった国を大切にする蓬莱皇国に是非にお願いしたい〕
「ご無沙汰しております。夕麿です、ハキム殿下」
〔ユウマ?タケルのパートナーの?〕
「そうです。今、CEOを呼びに行かせましたので、少しお待ちいただけますか?」
〔それは構わないが…タケルとユウマにも頼みがある〕
「俺たちに?」
〔アフリカの小国のように来年になったら皇家として正式に訪問してもらえないか〕
「それは俺たちだけでは決められないんだ」
「然るべき方面へ話をしてみましょう」
戸惑う武に代わって夕麿が答えた。雅久がしっかりと頷く。そこへ有人が来た。
「ハキム殿下、はじめまして。御園生ホールディングスのCEO 御園生 有人でございます」
有人が加わって始められた話は、興味深いが驚くべきものだった。
ハキムは蓬莱皇国の建設業に大変感銘を受けたと前置きして、サマルカンドでもプロの建築士を育成したいと言うのだ。実は建設のプロフェッショナルである『建築士》という職業も、それが国家資格であるというのも日本と蓬莱の独自のシステムであるのだ。海外には設計士は存在する。だが彼らは設計のプロフェッショナルであっても、建設のプロフェッショナルではない。海外の建築現場では単なる作業員が集まって作業するだけ。経験者はいるが彼らは建築のノウハウを知っている訳ではない。故に早く災害復興しても耐震性や免震が出来るビルを正確には造れないのだ。
寺社を修復する宮大工のような、特別な建築に従事する専門家はいない。資格として存在していないからだ。ところが日本と蓬莱ではそういうプロフェッショナルがいる為、公共事業を含めたあらゆる建設に於いて、他国の追従を許さぬ程高度な技術を有している。
ハキムはそれを見てサマルカンドにも建築士を育成したいと言うのだ。小国ながらサマルカンドは石油産出国である。ただ原油を掘るのではなく、加工をしたいと望んでいると言う。その為の技術協力や資金援助を、御園生に依頼して来たのだ。出来上がった製品は、御園生を通じて蓬莱皇国へ輸出するのを条件に。
サマルカンドではキリスト教徒が国内で我が物顔にする事を、良しとして来なかった為に近代化が遅れている。国益の為にも海外に技術提携や資金援助を請いたい。しかし昨今進出している新興国は、自国の利益しか考えずに搾取するばかりの噂がある。宗教に引っかからず搾取をしない国で高い技術を持ち、信頼が出来る企業を派遣してくれる国。条件を適うのは蓬莱皇国しかないと言うのだ。
武の立場も身分もハキムは理解している。人柄も信用している。だから非公式ながら皇国へ来て、武の訪問と御園生の協力を話し合いたいと言うのだ。知らせがギリギリになったのは、王である父を説得するのに時間がかかったからだ。王は同性婚の皇家、しかも非公開の存在など信用出来なかったのだろう。
だがハキムは挫けなかった。国を想う事と特権階級にいる意味。双方を身を以て示してくれたのは、武と夕麿であり彼らの周囲の人々の在り方だった。紫霄の生徒たちが武や夕麿を信頼し、その意を汲む為に心を尽くす姿。
武を平然と叱咤激励する生徒会の者。命令するだけ威張るだけが上に立つ者ではないのだと、ハキムは思い知ったのだ。同時に仕えるとはどのような事かを侍者であるカリムも学んだ。ハキムが帰国した時、王はわがまま放題だった息子の成長ぶりを驚きを以て迎えた。彼が王太子を辞すると言い出した時、王は本気で息子を止めたのだ。
だがハキムは笑って答えた。王になるよりなりたいものがあると。それが国家事業を推進する企業だった。息子を変え、成長させるきっかけになった人間。王は最終的に紫霞宮夫妻に会ってみたくなったのだ。ハキムが全ての手配の為に、来蓬する許可を与えたのもそういう理由だった。
「それにしても詳しいな、ハキム。俺たちがアフリカへ公務に行った事なんて、限られた人間しか知らないぞ?」
〔横合いから申し訳ございません。カリムでございます、ご無沙汰致しております。タケルさま、ご公務についてはユキナガさんから伺いました〕
「ユキナガ…ああ、下河辺か?そう言えばいつの間にか、お前たちは仲良くなっていたな」
行長とカリムは気が付くと長年の友人同士のようになっていた。武が卒業したあとも彼らは紫霄に残っていたのだ。
「そうか、今でも交流があるのか」
〔はい〕
カリムはハキムの側近として口が固く頭も良い。ハキムの変化はある意味、カリムの変化から始まったと言える。
現在、紫霄の高等部の教諭になっている行長とは、武はなかなか会う機会が持てない。代わりに敦紀が彼と細々とした連絡を取り合っているらしい。行長と敦紀は夕麿たち卒業後、特別室の隣室の住人であったのと同時に、周囲に心を閉ざした武の為に一緒に奔走した。云わば戦友のような間柄だった。
しかも内部進学した行長は、武の後任の生徒会長となった敦紀には心強い先輩だった。敦紀の跡を継いだ通宗も、行長に助けられた経験があった。そのような繋がりから、武の現状がカリムに伝わっているらしい。
蓬莱皇国や自分たちを二人が忘れないでいてくれる。
武はそれだけで嬉しかった。
ハキムの来蓬は一応、ビジネスマンとしてのプライベート。しかし紫霞宮夫妻をサマルカンドへ招待する事、国際協力として御園生と契約する事は、外務省へ打診が必要な為に連絡は入れてあると言う。
〔もう一つ頼みがある〕
カリムと武がしばらく言葉を交わした後、再びハキムが切り出した。
「何?」
〔宿泊するホテルを手配して欲しい〕
とっさにいつものホテルの夕麿が押さえている部屋を回そうとして有人が手でそれを制した。
「殿下、もしお差し支えございませんでしたら、拙宅にご宿泊いただけませんか?ご学友の皆さま方もご招待いたします。旧交を温められます、良い機会かと存じ上げます」
行長も紫霄から呼べは良い。同級生である敦紀は御園生邸の住人だ。智恭たち同級生は呼べば良い。懐かしい顔は揃う。
「そうだな。うちで同窓会するか、ハキム、カリム?」
武の言葉にハキムの嬉しそうな声が上がった。
「警護の件はこちらに一任いただけますか?」
武が動くならば特務室の仕事になる。ハキムの警護も一括した方が良い筈だ。
〔わかった、任せよう〕
細かい話は来蓬後に詰める事になり、久し振りの友人との電話を終えた。
武と夕麿は空港へ出迎えには行けない。そこで冬休みで御園生邸に滞在中の行長と、制作を終えたばかりの敦紀が出迎えに向かった。ハキムの警護として貴之と成美も同行した。
「ユキナガ、アツキ!」
一般人が入る事が出来ないVIP用の部屋で待っていると、簡単なイミグレを通過してハキムとカリムが姿を現した。ビジネススーツに身を包んだ褐色の肌の二人は、行長と敦紀の姿を見て笑顔で駆け寄って来た。
「ようこそ、ハキム殿下、カリムさん」
敦紀は普段は絵画制作用のつなぎが中心で、それ以外はラフな服装で在る事が多い。しかし今日はきちんとスーツを着ていた。ハキムには行長が、カリムには敦紀が向き合って再会の握手を交わした。この間、貴之と成美はダークスーツで、周囲を窺いながら壁際に無言で立っていた。
「積もる話は御園生邸に到着してからに」
行長の言葉に二人が頷いたのを見て、貴之が車の用意を無線で命じた。
「先に紹介しますね。お二人が皇国に滞在されている間、彼らが警護に就きます」
敦紀の言葉にまず貴之が進み出た。
「良岑 貴之警部です。よろしく御願い致します」
貴之は数日前に警部昇進の辞令を受け取ったばかりだった。
次に成美が進み出た。当然ながら武や行長の同級生の彼に二人は目を見開いた。
「久留島 成美警部補です。よろしく御願いします」
御園生邸に無事に到着するまではSPとして振舞うのが決まりである。ハキムとカリムもその辺りは心得ている。鷹揚に頷いて先を歩く成美に従って歩き出した。最後尾を貴之が歩いて迎えの車に乗った。
空港から御園生邸まで車で1時間ちょっと。何事もなく無事に到着した。
「お待ち致しておりました」
有人と小夜子、武と夕麿たち御園生邸の全員が玄関で出迎えた。
「ハキム!」
「タケル!」
しっかりとハグして再会を喜んだ。そのまま彼を居間に案内した。居間には雫と伊佐 隆基が待っていた。二人はハキムとカリム、武と夕麿の警護についての相談をしていたのだ。
雫とは面識があるが隆基とは初めてだ。自己紹介をしてソファに全員が落ち着いた。ただ一人、敦紀だけが立っていた。
「雫さん、貴之をそろそろ解放していただけませんか?」
昨日の朝、急にプロファイリングの依頼が舞い込んだ。貴之はそのまま昨夜帰宅せず、特務室で仮眠を取っただけで空港に迎えに向かったのだ。
貴之は仕事や忠義の為ならば自分の身を顧みない。誰かが止めなければ倒れるまで仕事をする。敦紀は恋人として、彼のそのような部分をよく理解していた。今日のハキムの出迎えも1年先輩で、顔見知りである成美が動くのは理解出来る。だが何故、貴之でなければならなかったのかがわからない。
「ん?ああ、貴之、ご苦労さま」
睨まれた上に畳み込むように言われて雫は貴之に声を掛けた。本当は警護計画を聞いてから、休んで欲しかったのだが確かに顔色がかなり悪い。
プロファイリングはデータが生命だといえる。今のところ情報収集力に於いて、貴之に勝る者は警察内部にすら少ない。特に今回は警察庁のデータバンクにもほとんど情報が存在しないもので、貴之の情報収集力だけが頼みの綱であった。おかげで無理を承知で空港に向かうギリギリまで、データの収集を行っていたのだ。
さすがに雫は代わりを出すと言ったのだが、敦紀が出迎えに向かう為にそれを断って向かった。
「では室長、離任させていただきます」
貴之がそう言ったのを確認して、敦紀は彼と共に奥へと行ってしまった。
その敦紀の行動をそっと目で追った者がいた。カリムである。いち早く気付いた夕麿は行長に視線を向けた。彼はこれに小さく頷いて応えた。
敦紀が貴之に告白して付き合い始めたのは、夕麿たちが早期卒業して渡米した年のクリスマス前だった。貴之が応えるかどうかは相談された夕麿にもそれはわからない事だった。当時の貴之は恋愛に夢を抱いていなかった。誰かに心を動かされるのを恐れているように見えた。思い詰めた結果、貴之は忠義の為に自分を餌にしてまで、ロサンゼルスでの夕麿の仕事に役立とうとした。
そして…… 清方との完全なセフレ関係。貴之は大切な友人の一人、幸せになって欲しかった。家を継ぐ為に適当な女性と結婚すると言う姿が痛々しかった。だから敦紀に賭けてみようと思ったのだ。
クールビューティーとかアイスドールと呼ばれた敦紀。2年後に留学をして来た時には、二人はすっかり仲睦まじいカップルになっていた。皇国と離れ離れで束の間の逢瀬が辛いのは、夕麿自身が経験した事でもあったので心配はした。だがそれは杞憂に終わった。 武への強い忠義の気持ちなどの様々な要因が、二人の気持ちを深めて頑なだった貴之の心を動かしていた。武や夕麿に尽くすのとは別の意味で、貴之は誠実で懸命な恋人になって行った。
その結果、敦紀は貴之の自己犠牲的な在り方に気付いたのだ。貴之が自分でそれを制御出来ず、周囲も止められないならば自分が何をしても止める。貴之が特務室に引き抜かれた時、敦紀は密かに雫に会いに行った。 貴之の暴走に近い自己犠牲を止め、無理をするようならば敦紀が強制的にでも休ませると交渉したのだ。
雫も貴之の状態には気付いていた為、ストッパーとしての敦紀の言葉を受け入れた。 片腕になるだろう部下を早々に潰してしまう訳には行かない。多忙で身動きが取れない場合以外は、貴之の状況を把握する敦紀の申し出を受け入れる事にしていた。
貴之を部屋に連れ帰って敦紀はホッと息を吐いた。御園生邸の住人という事もあって彼は毎朝、出社する武と夕麿の警護に就いている。二人が休みの日には一緒に非番になる事が多いが、その間にプロファイリングの依頼が舞い込めば、まだ特務室全体で当たる為に貴之の情報網が必要とされるのだ。そうなると泊り込みは普通で非番など存在しないのも同じだった。貴之が選んだ仕事だとはいえ、代休がないままに自分に課せられた任務を果たそうとしてしまう。
敦紀も制作中は不眠不休になるが描き上がれば幾らでも休む事が出来る。文月が心配して見に来るまで、丸一日眠っていた事もある。
特務室である程度仮眠をとっても本当の意味で、休んだと言える状態でないのは帰宅した貴之の状態を見ればわかる。如何に彼が日頃の鍛錬を怠らないといってもどんな人間にも限界はあるのだ。しかも貴之は自分のそういった状態を口にするのは、良くない事のように思っているふしがある。
夕麿のように自分の体調を自覚出来ないのならばまだわかる。けれども貴之は自覚しているのに他者に感じさせるのを厭うのだ。故に雫もつい貴之に無理をさせてしまう。敦紀の行動は貴之の健康管理の一環として、上司である雫は暗黙の了解をしている状態だった。
「早く着替えて眠ってください、貴之」
一刻も早く眠って疲れを癒して欲しい。そう思って言葉を掛けた次の瞬間、敦紀はベッドに組み敷かれていた。
「あの…貴之?」
居間には大切な客がいる。御園生にとって利益を与え、蓬莱皇国の国益を左右する客が。だが自分を見下ろしている貴之の顔はどこか苦しそうに歪んでいた。
「貴之…?」
何故こんな顔をするのだろう?敦紀は咄嗟に記憶を手繰ってみた。自分にはそんな覚えはない。ならば…何故…?思わず首を捻ってしまった。自分自身の言動に原因がないなら、周囲の何かにあるのかもしれない。
「あ……」
たった一つだけ原因になる事がある。寝不足の状態でもさすがは警察官と警護官を兼任するだけの事はある。 些細な事にも気付いていたらしい。 何と愛しい人だろう。
「貴之、愛してます」
両手を差し伸べて満面の笑みで告げた。すると貴之は眉間にシワを寄せて不機嫌な声で言った。
「知ってたのか…?」
旧友
敦紀がカリムの自分に対する想いを、何となく感じたのは早期卒業が近付いた頃だった。彼の主であるハキムは本人が自覚しない状態で、武に片思いしているのには気付いてはいた。 武が卒業後にカリムはハキムの為に、行長や敦紀と懸命に親しくなろうとした。二人ともそれがわかっていたので渡米した武や夕麿に、何某かの害を及ぼす可能性が低いものに限定して情報を与えた。
敦紀自身は卒業して渡米した為に、季節の挨拶を交わすだけになっている。しかし紫霄で内部進学して、そのまま高等部教諭となった行長は、メールや電話での交流が続いているらしい。 彼はいつもは年末年始は帰郷するのに今年は残って、御園生邸に滞在していたのはハキムの来日をもっと早く知っての事らしい。
「誰の事を考えているんだ?」
「ふふ」
組み敷かれたままでうっかり考え込んでいたのを指摘され艶やかな笑みで誤魔化す。
「…そんな顔をしても、今日は誤魔化されないぞ、敦紀」
最初はどこか夕麿に面影が似ている、敦紀の優しげな美しさに魅了されていた。しかし付き合う内に意外と、自分の恋人が計算高く腹黒い部分があるのに気付いた。普通なら失望したかもしれないそれは、敦紀の場合は逆にミステリアスな魅力として現れた。まさに眩惑されたと貴之は思っていた。もしも敦紀が同性を手玉に取る人間だったとしても、自分の身体にも心にも絡み付いた彼の魅惑の糸を切って、その手の届かない場所へ逃げ出す事など出来ないだろう。
だが敦紀は自分のそういった部分を自覚しながらも、貴之に対する気持ちは一途で直向きだった。敦紀の愛情は貴之に義勝への長い片想いや周と清方に教え込まされた愛撫を、信じられない程の短時間で払拭させてしまったのだ。気が付けば敦紀の事を考えている自分がいた。
2年遅れて渡米して来た彼を出迎えた喜びは、貴之自身が驚いた程強く、甘く、熱かった。まだ誰かをこんなにも想える。ずっと恋愛には不向きで、誰かを想っていても報われないのが運命なのだと考えていた。自分の全てを塗り替えてしまった、敦紀が。だからこそ誰にも渡したくない。
画家としてデビューして、極力避けてはいてもビジュアルは漏れる。賞を取ればマスメディアが注目した。武がそっち方面のマネージメントを雇ってくれているから、敦紀はまだ守られてはいる。それでも美しい恋人をアトリエに閉じ込めておきたくなる。
自分の独占欲に正直、貴之は驚いていた。いつも諦めて見詰めるだけだった自分にこんな熱情があったとは。
いや…そうではない。相手が敦紀だからだ。その気になれば選びたい放題の彼が、自分だけを愛してくれる歓びが同時に、失う恐怖も呼ぶ。誰にも渡したくないと叫ぶ。
告白したのは敦紀で、すぐに壊れると思いながら承諾したのは貴之。だが気が付けば魅了されて夢中になっていた。
独占欲をむき出しにして体温が低い恋人の唇を貪る。貴之にとって恋人の唇は、どんなスイーツよりも甘美に感じていた。口付けながら互いの服を脱がしていく。ここのところ敦紀がアトリエに篭っていたので、口付けはおろかわずかな触れ合いすらない状態だった。
互いの吐息が熱を帯びて乱れていく。衣を脱ぎ捨てながら、二人は普段まとっている仮面も脱ぎ捨てる。
どこまでもストイックに自分を律している貴之。
純度の高い水が凍りついたような、透明で美しくはあるがクールそのものの敦紀。
特に敦紀は情熱は絵を描く時と、貴之と愛し合う時にしか表には出さない。
紫霄に在校していた時には、まだ武の為に激高する様子を見せた。しかし今は優しく穏やかな笑みを浮かべてはいるが、マスメディアの取材で礼を欠いた質問をされても、鮮やかな言葉と笑顔ですり抜けてしまう。答えているのに本質が掴めない。浮かべた笑顔以外は、感情の片鱗も見せない。マスメディアは敦紀に『氷の貴公子』のニックネームを付けている程だ。
御園生邸の団欒ではそこまでではないが、今や敦紀が感情を一切隠さずに見せるのは、恋人の貴之の前だけになってしまっていた。
シミ一つない真っ白な身体は衣類を着けている時にはわからないが、それなりに筋肉が付いている。絵を描くのには意外と力を使うのだ。
対する貴之は武道で鍛え上げられた無駄のない筋肉が、バランス良く引き締まった肉体を形作っていた。ボディビルダーのようなアンバランスなマッチョではなく、戦闘的に無駄なく鍛え上げられた筋肉は美しかった。彼も衣類を着ていると細身に見える。だから武と歩いている時に襲って来た暴漢たちは、貴之が武道の達人とはわからなかったのである。鋼のように強くしなやかな筋肉は、極限まで鍛え抜かれていると言っても過言ではない。故に貴之は見た目の印象よりも体重がある。鍛えられた筋肉は重いのだ。
「貴之…貴之…」
まるで獣に喰らわれているような激しい愛撫は、身も心も揺さぶる嵐のようだ。
「ああッ…貴之…はあッ…」
仰け反り戦慄く身体も、更なる快楽を求めて揺れる腰も、妖艶な色香で貴之を誘う。
「ン…お願…もう…挿れて…欲しい…」
耐えきれずに片足を彼の引き締まった腰に絡ませ、欲望に張り詰めて蜜液を垂らすモノを擦り付けた。濡れた音が扇情的に室内に響く。それが更に貴之の激情をかき立てた。
蕾にジェルを慌ただしく解して、自分のモノにもジェルを塗って一気に貫いた。
「はあああぁぁぁッ…!」
仰け反った白い喉が衝撃に震える。その喉にまるで野生の獣のように貴之が喰らい付いた。痛みに肉壁が収縮して、中のモノを絞るように締め付ける。寝不足で充血した目が、欲望の炎に見開かれている。
カリムの事はわざと黙っていたのだ。同級生として顔を合わさないわけには行かない。だが余計な事を言ってしまえば、貴之の仕事に影響が出るかもしれない。如何に彼が自分を律する努力をしても、そのような先入観を持ってしまっては困るだろう。
それにしても……貴之と付き合い始めたのはまだ高等部の1年の時だ。貴之は紫霄に戻って来た事もある。表向きは武に学院の現状を視察するように依頼されたから。もちろん本当は敦紀に会いに戻れと、理事資格と航空券を渡されたからだ。夏休みは武と夕麿の騒動に巻き込まれて、貴之は帰国を断念するしかなかった。
あれは二人からのお詫びだったと思う。貴之は特待生寮では生徒会長である敦紀の部屋に滞在していた。それはカリムも知っていた筈だ。なのに空港で再会したカリムは、熱を帯びた眼差しで敦紀を見て来た。後ろに貴之が立っていたと言うのに。
在学中にカリムに会った夕麿は、彼は主に仕える者としては感情を表面に出し過ぎると言った。無論、カリム自身はそれを知らない。 あれから歳月が流れたと言うのに、側近であり秘書も務める彼があれでは、いずれハキムに何だかの影響を及ぼし兼ねない。サマルカンドが今後、武を通じて御園生と関わって行くのならば、武にも影響があるかもしれない。夕麿に相談してみるべきなのかもしれない。
貴之との熱い抱擁の余韻の中で、敦紀はぼんやりとそんな事を考えていた。
次の日からは目が回るようなスケジュールだった。武と夕麿はハキムたちだけに関わっていられない。もっと前から来蓬が知らされていれば、調整も完全に出来ていただろう。しかしハキムにも事情が存在して、ギリギリの連絡しか出来なかったらしい。
武たちが対応出来ない時には行長と敦紀が対応した。警護は貴之と成美が就く。
敦紀はカリムの態度について行長と話し合った。行長も以前、夕麿が口にした事を記憶していた。
「ハキム殿下にそれとなく話を振ってみましょう。それと…夕麿さまに雅久先輩を常に御同道くださいとお願いしましょう」
仕えるとは如何なる事か。雅久や貴之、自分たちの姿からカリムが学ばないならば、ハキムに正直に話さなければならないだろう。
他国の事に本来は口出しをするべきではない。しかしハキムは武に関わりたがる一面がある。御園生との国際的協力も、武との繋がりで進めて行くつもりの筈だ。ハキムは王位継承権を放棄したとはいえ、王族である事実までは消えない。首長国とは部族の長の間で、血や信頼の結び付きで王を決めるのだ。ハキムの家が代々の王になるのは、周囲の部族の長の娘を妻に迎えている事実がある。
イスラム教徒は4人まで妻を迎える事が出来る。第一夫人は若い頃の苦楽を共にした女性。第二夫人は自らが欲した女性。第三夫人は見目麗しい女性。権力者は第三夫人までは固定で、第四夫人はフリーにしておくとも言われている。政略的な結び付きの為に自由に入れ替えが出来るように。むろん、後宮には数多の愛妾がひしめく。それら全ての女性が産んだ王子の間で地位や身分を争っている。妾の子供は一応、王子ではあっても王位継承権は与えられない。それでも娶った妻の出自次第で、政府や国営企業での地位が得られるのだ。腹違いの兄の側近に昇り、策略と陰謀の汚れ仕事に手を染める者もいる。
ハキムが継承権を放棄しても、父である現国王の信任が篤いのは周知の事実だ。現王太子がハキムを好く思っていない事実がある。彼がハキムを排除しようと企み皇国内で実行しようとした場合、武と夕麿が巻き込まれる可能性は高いのだ。
カリムが自らの責務をきちんと果たし、周囲の状態をきちんと把握しているのであれば、確かな協力体制が出来る。前以ての対策もしておける。これから協力をするのだから、御園生側からの働きかけでハキムの地盤を固める手助けも可能だ。だからこそカリムは周囲に気を配り、しかも自らの腹の内を悟らせない姿勢が要求されるのだ。
「やれやれ…他国の人間まで教育しなければなりませんか…」
行長は少々うんざりしていた。紫霄に留学して来た時のハキムを思い出しても、王家やその周辺の教育の在り方が、グローバル的な視点から鑑みてズレているように思えた。国内はそれで良いだろう。しかしハキムは国際社会に打って出ようとしている。イスラム教圏に対するキリスト教圏の眼差しが厳しい今、小国の王族という肩書きだけでは取引や契約は、足元を見られて不利に運ばれる可能性が強いのだ。いやハキム自身それをわかっているのではないか。だから皇国へ来て御園生に援助と取引を望んだのではないか。
「下河辺先輩。 カリムをハキム殿下からしばらく離して、然るべき教育を受けさせると言うのは?」
「心当たりがあると?」
敦紀の言葉に行長が問い返した。
「イギリスに秘書と執事の教育機関があります。ビバリーヒルズの御園生邸の執事が、そのような話をしていました」
「文月さんに訊いてみよう」
ハキムとカリムが今後も武と友人として交流すると言うのであれば、やはり害が及ばないような状態になって欲しい。それは最終的にはサマルカンド首長国の為にもなる筈だ。
行長と敦紀はこれをそのまま夕麿へ伝える事にした。
本当は武の側近として行長と敦紀が欲しかった。夕麿の想いはまたそこを巡る。彼らは状況を客観的に見た上で、武に及ぼす影響を的確に見極める事が出来る。二人が有している知識や分析力、判断力はビジネスの世界では必要不可欠な才能だ。敦紀は無理だったとしても、行長に誘いを掛けておくべきだったと夕麿は後悔していた。
どこかの企業人になったのであれば、天羽 榊のようにヘッドハンティングをすれば良い。しかし…彼が選択したのは紫霄の高等部教諭だ。内部から武を支える。その気持ちも理解出来るし有り難いとも思う。だからこそ夕麿は下河辺 行長を喉から手が出る程欲していても、彼の選んだ道を歩いて行けるように助力を惜しまないでいるのだ。
決して相良 通宗が不足なのではない。彼は細やかな気遣いが出来る優しい青年だ。身体の弱い武の秘書としての不満は夕麿も持ってはいない。ただ行長と敦紀がずば抜けて優秀なだけなのだ。武の為にだけでなく御園生の為にも、彼らのような優秀な人材がもっと必要だった。
ハキムは夕麿に出された課題を真剣に受け止めた。
グローバル企業としての御園生の規模がどれくらいか。ハキムだってきちんと調べた上で、国際協力を頼みに来たのだ。しかも夕麿はハキムが驚く程、サマルカンド首長国の内情に通じていた。
御園生の経営は徐々に彼に移譲されつつある。
国許で手に入れた情報が間違いではないのだと、夕麿の言葉に確信を持った。最初、この話を手にした時には御園生は武をトップの飾り物にして、夕麿が実権を握る形で進むのだと思った。しかし…武は武でちゃんと経営に参加して、確かな実績を上げているのが見えた。
ただ彼は身体が弱い。その為に夕麿を中心に動かす体制が良いだけで武も受け入れている。夕麿は言わば軍師か参謀のような立場なのだ。優秀なトップの条件の一つとして、その意向を汲んで実質的に動く人材を多数持っている事がある。如何なる賢君も補助する側近が無能であれば、十分に持てる才能を駆使する事は出来ないのだ。
ハキムは次第に自分に何が足らないのかを理解し始めた。側近であるカリムの足らない部分も。このままではいつか国内で足を掬われる。気付いた事実に愕然となった。
行長と敦紀の報告を受けた夕麿は、取り立てて何かをハキムに言った訳ではない。彼を自分たちの執務室に呼んで、企業の経営の実像を見せただけなのだ。そこで働く自分たちと過ごして、彼が何も学ばなかったとしたら……御園生は如何に請われても協力を拒否するつもりだった。橋架けであるハキムが失脚すれば、現地に派遣している御園生の社員に類が及ぶ。友情や利益だけではダメなのだ。社員の安全や生活を守るのも企業経営者の使命なのだから。
この事については武が夕麿や有人に先に断言していた。自分の友人という枠でのみ、ハキムの要請に応えないで欲しいと。そこで夕麿はハキムの資質を見る事にしたのだ。
ハキムの資質は認められる。しかしカリムにはやはり問題があった。夕麿はそれについてハキムにきっぱりと問い質した。企業経営に個人の情を絡め過ぎてはならないと。もしこのまま今の状態のカリムに固執するならば、御園生は大変な冒険を強いられる事になると。
ハキムは自らの周囲の人材を整えるべきであると告げられてハキムは戸惑いを見せた。
夕麿ははっきりと企業としての御園生の見解を告げた。
今の状態では全面的な協力は難しい。建築部門と建築士の育成は協力する。それ以外は今後の状態を見てから徐々に。その上で紫霞宮の訪問要請に応える。これが結論だった。
ハキムは夕麿の言葉の意味をきちんと理解していた。御園生の国際的協力は、ゆっくりと時間をかけて、サマルカンドの実情に合わせて進めていく。
紫霞宮夫妻は今のところはスケジュールの調整が難しいので、調整がつき次第、サマルカンド首長国の招待に応じさせてもらう。
そういう事で話がまとめられた。
取り敢えず自分の役目は終わった。敦紀はそう判断してアトリエに戻った。非番の貴之を呼んで、彼をモデルにクロッキーに手を動かす。
「貴之、上だけ脱いでくださいませんか」
「わかった」
貴之は言われたままにシャツを脱ぎ捨てた。鍛えられた上半身がむき出しになる。敦紀は手を伸ばして、なめし革のような手触りの肌を撫でた。貴之の身体がピクリと反応する。
パステルの音が響き、スケッチブックにラフが形付けられる。手を止めて貴之の頬に触れ、鼻筋をなぞり唇に触れた。顎のラインを撫で、首筋を辿る。その感覚をそのまま、紙の上へ再現していく。
肩のライン
上腕の筋肉
繰り返してデッサンをしているが、それでも貴之の身体の魅力は、描ききれてはいないと感じていた。
「少し動いてもらえますか?」
敦紀が要求する動きは、武道的なものを指している。全身に気を溜めて筋肉を膨らませる。空手の型をその場でやってみる。忽ち肌に汗が浮き出て来る。その汗を飛び散らせながら、気合いを込めて腕や脚を繰り出す。
普段はこうなると完全に忘我状態になる。しかし敦紀のモデルをしている時は違う。没頭していても彼の視線だけは全身に感じてしまう。衣服を身に付けていれば、その眼差しに裸にされる感覚を味わう。
敦紀の画家としての眼差しの前には、何もかもが白日の下にあばかれてしまう気がするのだ。
彼には何も隠せない。
そんな気持ちになる。けれども敦紀はわかった事を口にはしない。貴之が悩んでいる時以外は。
「貴之」
パステルを置いて敦紀が立ち上がった。動きを止めた貴之の頬が染まる。敦紀の眼差しを気にしていたら、いつの間にか身体が反応していた。
敦紀が笑みを浮かべた。
「やっぱり貴之は敏感ですね。私の眼差しにちゃんと感じて反応してくださる。嬉しいです」
その言葉に貴之が困って視線を伏せた。
「私はデッサンの為にあなたを視姦してるのですから、感じてもらえて嬉しいですよ」
言葉と共に指先がジーンズのその部分をなぞる。
「敦紀ッ…!!」
熱い吐息と共に名前を呼ばれて、躊躇いもせずに膝を床に着いた。布地の上から口付けながら、ファスナーをおろしてしっかりと欲望のカタチを示しているモノを取り出した。見下ろす眼差しに妖艶に笑いかけて、見せ付けるように舌で舐めた。
貴之が息を呑む。
「言っておきますけれど、視姦するのはあなただけですよ?」
「ッ…当たり前だッ…」
押し寄せてくる快感に半ば呻くように行った。上から貴之が見詰めている。それを意識してゆっくりと見せ付けるように口淫して見せた。
「敦紀…くッ…ぁあッ…」
噛み締めても声が漏れる。応えるように敦紀の眼差しが妖艶に輝く。その眼差しだけでイってしまいそうだった。
彼のそんな気持ちを察したように敦紀がスッと離れた。立ち上がって貴之の手を引いて、仮眠用のマットレスに誘う。されるままにマットレスに組み敷かれた貴之から残った衣類を剥ぎ取り、敦紀も着ていたつなぎを脱いだ。
「私の視線で欲情するあなたが好きです」
真っ直ぐに見下ろすと貴之は頬を染める。その瞳は欲情に潤んでいた。
朝食の後、敦紀は貴之と一緒にアトリエに消えた。そのまま二人共に出て来る気配もない。昼になって文月が昼食を運ぶと言うので、カリムは自らそれを引き受けた。
鍵はかかってはいない。ただ制作中の敦紀を邪魔しないように、ドアの前の台に置いてノックを2回。そのように教えられた。
カリムは途中から御園生邸で、執事の文月に従って学ぶようにとハキムに命じられた。カリムが素直に従ったのは、企業レベルの話が始まった時点で敦紀は身を引いたからだ。彼は企業経営には一切関わってはいない。カリムの問い掛けに彼はそう答えた。自分の仕事は絵を描く事だと。
蓬莱皇国の貴族や皇家は、外国人との婚姻を許されてはいない。しかも敦紀には既に貴之という恋人がいる。実家である{御厨《みくりや》家を感動されても共に寄り添う相手が。貴之も同じ立場なのだと行長から聞いていた。
カリムは食事を台に置いてノックの為にドアに近付いた。硝子張りのドアの向こう側へ視線をやった。敦紀が貴之を組み敷いて、口付けをしている姿が目に飛び込んだ。普段は衝立があって中が見えなくなっているのだが、間もなくアトリエを移動する為の片付けをしたばかりだった。二人は時間の経過をすっかり失念していた。最も文月ならば中を覗かない距離から、ドアをノックして立ち去る。執事である彼がわざわざ食事を運ぶのは、敦紀の集中を妨げないようにという気遣いなのだ。
食事を台に置き、ドアをノックする。
それだけを命じたにもかかわらず、カリムは中を気にして覗き込んでしまった。恋人を組み敷く敦紀の美しい裸体。想う相手のそんな姿に、息を呑んで立ち竦んだ。
敦紀の口付けに酔いしれている時だった。はっきりと人の気配がした。アトリエに近付くのは文月くらいだが、彼ならば合図だけして立ち去る。その行為は見事で彼が卒業したイギリスの執事の学校は、武道も教えるのだと聞いて納得した程だ。
足音をさせず気配さえも立つ。影のように控え、行わなければならない事は速やかに実行する。しかも広い御園生邸の隅々まで目を行き渡らせ、使用人全ての状態を把握している。仕えるべき住人にも細やかな心遣いをする。様々な事のタイミングも常に見事で、疲れて帰宅した時などにはどれだけ助けられているか。
そういう事を踏まえて今、ドアの向こうにいるのは文月ではないと判断した。ドアから一定の距離を持っていると、こちらからは暗くて相手が見えない。しかし向こう側からは、太陽光をふんだんに取り入れたアトリエ内ははっきりと見える筈だ。
貴之は敦紀を抱き締めて起き上がった。側のシーツを手に取って敦紀に掛けた。それから下着だけを身に付けてドアに歩み寄った。
誰かが逃げて行く足音だけが薄暗い廊下に残った。台の上には食事がある。誰かがいたのは間違いなかった。食事のトレイを手にアトリエ内へと戻った。
「食事?」
「ああ。だが持って来たのは文月じゃない」
抱き合っているのを覗かれた。自分はまだ良い。だが敦紀の美しい身体を覗いた者がいる。それが腹立たしい。
「覗かれたのでしょうか?」
「ああ。ドアから離れていたようで、姿の確認は出来てはいないが…気配は間違いない」
不快だった。犯人を見付けて吊し上げてやりたい。怒りが沸々とわく。興が覚めてしまった形で、二人は食事を済ませた。そのままデッサンは止めて居間へと戻った。
文月は貴之の問い掛けにこう答えた。
「申し訳ございません。私は少々手が放せませんでしたので、代わりの者に言い付けたのでごさいますが…何か不備がございましたか?」
「アトリエにいる時に邪魔をされるのは困るのは知っているな?気持ちはわからない事はないが、中を覗かないように注意してくれ」
「それは…申し訳ございません。二度とないように徹底いたしますので、お許しくださいませ」
誰が運んだのか。文月はそれを口にしない。使用人との間に立ち、クッションになるのも執事の仕事なのだ。貴之もわかっているから敢えて追及はしない。
「画家の仕事はデリケートだ。そこをわかってやってくれ」
「はい、申し訳ございませんでした」
文月の采配に任せる。貴之は踵を返して部屋へ戻った。
主に仕える。
カリムは決してその心に欠けている訳ではない。だが自分の感情を制御出来ないのだ。貴之も自分の感情を制御するのに苦労した。武と出会うまではもう少し、自分は制御していると思っていた。
少なくとも片想いを相手には悟らせてない。そう思っていた。しかし今になって振り返ってみると、真実は違うような気がする。相手が単に自分の恋愛に夢中で、周囲に気を回す余裕がなかっただけだと。
貴之が制御を覚えるきっかけを与えてくれたのは、ロサンゼルスでの清方との関係を通じてだった。そして…敦紀と付き合うようになって、ほぼ折り合いが付けられるようになった。
嫉妬心さえ何とか人前ではギリギリ抑えられている。敦紀が細やかに貴之の気持ちを解して来たからだ。それがわかるからこそ貴之は敦紀が、創作に打ち込めるようにどんな犠牲も惜しくはなかった。これは武と夕麿への忠義とは違う意味のものだった。
愛する人への献身。
敦紀は恐らく貴之のそのような性格を、深く理解しているからこそ出来るのだろう。恋人同士としての愛情、理解、尊敬。 臣としての主への忠義も、言わば色違いの同じ気持ちである。自分の感情に振り回されるのは、愛情としても忠義としても正しい姿ではない。
蓬莱皇国人は特に姿勢や矜持を大切にして来た。相手に自分の気持ちを全て明らかにしない。相手も敢えて探らずに、想いを察する事を良しとされて来た。全てを顕著にしないで匂わすだけ。その在り方を『奥床しい』と呼んで来たのだ。特に仕える者は主たる者に全てを語らせてはならない。常にその想いを悟って一歩前を整える。
文月はこの事に於いては、プロフェッショナル中のプロフェッショナルだった。『仕える』という事に対しての考えは皇国とイギリスは似ている部分がある。故に代々どこかの家に仕える者は、イギリスの執事などを養成する専門学校に学ぶ事が多い。そこを良い成績で卒業した者が、良い使用人が人手不足な現代では引く手数多なのだ。
文月の一族は元々、江戸時代に御園生家が商人だった時に、番頭を務めていたという。
夕麿の憂いを痛感してしまった。
ハキムは彼に代わって王太子になった、異母弟である第二王子とは不仲だ。現国王が死んだ場合、王太子はハキムを排除する可能性がある。それまでにしっかりとした足場や後ろ盾を、ハキムがどれだけ掌握しているかが左右する。血統と縁故が身分や立場を左右する国。確かな実力があれば後ろ盾も自然に集まって来る。だが今の状態ではカリムがハキムの足を引っ張り兼ねないのだ。
自分の感情を隠す事が出来ない。それは隠し事が出来ないという事だ。ハキムの要請で御園生家と紫霞宮家が、サマルカンド首長国に関わって行く。そうなれば政変が起こった場合には、巻き込まれる可能性がある。特に武の生命に危険が及ぶ可能性がある。夕麿の懸念はここにあった。
ハキムは武に気がある。国には妻や愛妾が何人もいて既に、子供も複数いる彼が同性である武を想う。もちろん彼は武の立場を理解している。
武はハキムを自分に懐いた犬のような感覚でしかない。他国の王族だが紫霄在学中はまさにそのような間柄だったのだ。
武もハキムの要請に応えるリスクは理解している。御園生の次期総帥としても、紫霞宮としても、他国の政変に巻き込まれる訳にはいかない。
夕麿の判断を武も認めていた。
ハキムも納得した。
しかし…サマルカンド首長国への皇家としての訪問は、現在、様々な関係機関で検討に入っている。すぐには実現しないにしても、数年以内には予定が組まれるだろう。貴之は自分が研修で渡米する前であって欲しいと願っていた。
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