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更なる悪意の影
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年中行事最大の学祭が終わり、学院は普段の静けさを取り戻した。期末試験も無事に終了して、生徒会業務も再開された。武もギプスが取れて、日常生活に支障がないくらいには回復した。
間もなく冬休みに入る。
御園生では義勝の望みに武が賛成して、雅久が養子縁組みされる事になった。 義勝は彼にそのまま、戸次姓を名乗らせるのを危惧していたのだ。 いずれ記憶が戻ったとしても、忌まわしい身内ときっぱりと切り離した状態にしてやりたかった。武は兄が出来たと喜んでいる。 夕麿も雅久が武を構う事には、嫉妬しない。
「次は義勝先輩がうちに婿入りすれば4人とも同じになるね」
無邪気に笑う武に全員が苦笑する。 武ははっきりとした身分こそ未だに秘されているが、高等部では学祭執行委員たちから広まった噂で、もう誰も彼に嫌がらせしなくなった。
1-Aのクラスメートとも仲良く過ごしている。
そして……
夕麿は武に自分の暴走について、高辻医師に同席して貰った上で話し合う時間を持った。
「武さま、夕麿さまは恐らく、本来はもっと激情家な性格でいらっしゃると思います」
「そう…なの?」
「今現在の御気性は、成長過程で教育を受けられ、本来のものを抑圧された状態で形成されたものでしょう」
「私にも自覚がなかったのです」
「じゃあ、どうすれば良いの、俺は?」
「今まで通り受け止められる事が第一ですが、感情の制御が失われて暴走した場合、お二方共に傷付く事を良く考えて、その前兆があった時には、双方が素直になられて話し合いをされる事です」
「う~ん、俺が意固地になんなきゃ良いわけだ」
武が渋い顔をする。 夕麿が吹き出し高辻医師は苦笑した。
「武さまにもご自分のお考えやご意見があられるのは当たり前です。良くお考え下さい。 それぞれにお生まれになった環境が違われるわけですから、違いが存在するのはごく自然な事なのです。 従って擦れ違いや衝突はどなたにも有り得る事です。
大切なのはお互いの違いを理解し、受け入れて楽しまれる事。
そしてお互いの違いを尊重される事。
安易な事ではございませんが、お二方のこれからには大切な時間をもたらすと私は思います」
違いを溝や壁として見てもそこに解決はない。 人間が複数いれば、在り方も複数存在する。困った事に人間は自分の経験や教育で得た物差しでしか、他者や環境を判断出来ない。 先入観や既成概念が、真実を覆い隠し歪めてしまう。そこへ様々な恐怖が関与し、複雑にしてしまう。誰しも好きな相手、大切な相手に嫌われるのは怖い。 傷付く事も傷付けてしまう事も怖い。 目を背ければ歪んでしまうのが人間。 けれど正面からぶつかるのも怖い。 そんな感情に身分の上下や出自の違いはない。
得られなかったもの。
失ったもの。
人間はその空虚感を埋めようとする。 誰だって他者の気持ちがそっくりそのまま、全て理解出来るわけではないのだから。 違う事を当たり前として受け入れて、個性として尊重すればまた見えて来るものがある。
二人はまだ10代。生涯かけて夕麿の曲の音色のように、響き合って行けば良いのだと高辻医師は語った。
「ねぇ、貴之。近頃、いつにも増して無口だけど、何かあったの? 悪い事なら早く言って、対策が必要なら何とかするべきでしょ?」
ずっと思い悩んでいる様子の貴之を見かねて、麗がみんなの前で切り出した。それは全員が感じていた事でもあった。 個人的な悩みには見えず、気にはしていたのだ。 麗に話を振られても、まだ戸惑う様子に、余程の事だっ不安にかられる。
「貴之先輩、話して下さい」
武の言葉にもっと迷いを見せた挙げ句、ようやく彼は重い口を開いた。
「例の家の…契約者が判明しました」
「板倉 正己が武を監禁した家か?」
都市は全て賃貸契約で成り立っている。 個人が不動産を所有出来ないのだ。 また、学院の生徒には寮が与えられている為に、都市部の住居の賃貸は出来ない。 従って板倉 正巳は借りる事は不可能だった。ではあの家の契約者は誰がというのが、謎として残ったままだったのだ。
それは同時にあの事件に、後ろで糸を引いていた人間が存在したという意味でもあった。
武には気にかかっている事がある。 もちろん都市警察にも夕麿たちにも話したが、あの時、閉じ込められた箱から武を出した人間。 逆光と闇から出された眩しさで、顔はわからなかった作業着の人物の事である。 あれが誰で、板倉 正己とどう関わっていたのか。 それはわからないままなのだ。
「契約者は…多々良、多々良 正恒です」
貴之の口からその名が出た瞬間、夕麿の手からティーカップが滑り落ちた。 蒼白になり微かに震え出す。
同時に義勝の手の中のカップが砕けた。
「今になって、何で奴が出て来る!」
訪れた安穏は、まだ闇の翳りの中にいた。
……第二部に続く
間もなく冬休みに入る。
御園生では義勝の望みに武が賛成して、雅久が養子縁組みされる事になった。 義勝は彼にそのまま、戸次姓を名乗らせるのを危惧していたのだ。 いずれ記憶が戻ったとしても、忌まわしい身内ときっぱりと切り離した状態にしてやりたかった。武は兄が出来たと喜んでいる。 夕麿も雅久が武を構う事には、嫉妬しない。
「次は義勝先輩がうちに婿入りすれば4人とも同じになるね」
無邪気に笑う武に全員が苦笑する。 武ははっきりとした身分こそ未だに秘されているが、高等部では学祭執行委員たちから広まった噂で、もう誰も彼に嫌がらせしなくなった。
1-Aのクラスメートとも仲良く過ごしている。
そして……
夕麿は武に自分の暴走について、高辻医師に同席して貰った上で話し合う時間を持った。
「武さま、夕麿さまは恐らく、本来はもっと激情家な性格でいらっしゃると思います」
「そう…なの?」
「今現在の御気性は、成長過程で教育を受けられ、本来のものを抑圧された状態で形成されたものでしょう」
「私にも自覚がなかったのです」
「じゃあ、どうすれば良いの、俺は?」
「今まで通り受け止められる事が第一ですが、感情の制御が失われて暴走した場合、お二方共に傷付く事を良く考えて、その前兆があった時には、双方が素直になられて話し合いをされる事です」
「う~ん、俺が意固地になんなきゃ良いわけだ」
武が渋い顔をする。 夕麿が吹き出し高辻医師は苦笑した。
「武さまにもご自分のお考えやご意見があられるのは当たり前です。良くお考え下さい。 それぞれにお生まれになった環境が違われるわけですから、違いが存在するのはごく自然な事なのです。 従って擦れ違いや衝突はどなたにも有り得る事です。
大切なのはお互いの違いを理解し、受け入れて楽しまれる事。
そしてお互いの違いを尊重される事。
安易な事ではございませんが、お二方のこれからには大切な時間をもたらすと私は思います」
違いを溝や壁として見てもそこに解決はない。 人間が複数いれば、在り方も複数存在する。困った事に人間は自分の経験や教育で得た物差しでしか、他者や環境を判断出来ない。 先入観や既成概念が、真実を覆い隠し歪めてしまう。そこへ様々な恐怖が関与し、複雑にしてしまう。誰しも好きな相手、大切な相手に嫌われるのは怖い。 傷付く事も傷付けてしまう事も怖い。 目を背ければ歪んでしまうのが人間。 けれど正面からぶつかるのも怖い。 そんな感情に身分の上下や出自の違いはない。
得られなかったもの。
失ったもの。
人間はその空虚感を埋めようとする。 誰だって他者の気持ちがそっくりそのまま、全て理解出来るわけではないのだから。 違う事を当たり前として受け入れて、個性として尊重すればまた見えて来るものがある。
二人はまだ10代。生涯かけて夕麿の曲の音色のように、響き合って行けば良いのだと高辻医師は語った。
「ねぇ、貴之。近頃、いつにも増して無口だけど、何かあったの? 悪い事なら早く言って、対策が必要なら何とかするべきでしょ?」
ずっと思い悩んでいる様子の貴之を見かねて、麗がみんなの前で切り出した。それは全員が感じていた事でもあった。 個人的な悩みには見えず、気にはしていたのだ。 麗に話を振られても、まだ戸惑う様子に、余程の事だっ不安にかられる。
「貴之先輩、話して下さい」
武の言葉にもっと迷いを見せた挙げ句、ようやく彼は重い口を開いた。
「例の家の…契約者が判明しました」
「板倉 正己が武を監禁した家か?」
都市は全て賃貸契約で成り立っている。 個人が不動産を所有出来ないのだ。 また、学院の生徒には寮が与えられている為に、都市部の住居の賃貸は出来ない。 従って板倉 正巳は借りる事は不可能だった。ではあの家の契約者は誰がというのが、謎として残ったままだったのだ。
それは同時にあの事件に、後ろで糸を引いていた人間が存在したという意味でもあった。
武には気にかかっている事がある。 もちろん都市警察にも夕麿たちにも話したが、あの時、閉じ込められた箱から武を出した人間。 逆光と闇から出された眩しさで、顔はわからなかった作業着の人物の事である。 あれが誰で、板倉 正己とどう関わっていたのか。 それはわからないままなのだ。
「契約者は…多々良、多々良 正恒です」
貴之の口からその名が出た瞬間、夕麿の手からティーカップが滑り落ちた。 蒼白になり微かに震え出す。
同時に義勝の手の中のカップが砕けた。
「今になって、何で奴が出て来る!」
訪れた安穏は、まだ闇の翳りの中にいた。
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