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離別
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僕は僕である事を拒絶していた。兄さんたちの裏切りを許せなかった。女に触れた同じ手で触れた。でも…もっと許せなかったのは兄さんたちを追い込んだ僕自身。僕は僕を壊したかった。
そうここへ来る前に思ってた事は僕の中で眠っていたんだ。目覚めた自分への嫌悪感。自分を目茶苦茶に壊してしまいたい願い。錯乱すると顕著に表に出たんだ。
僕のこんな内側の想いはお父さんが繰り返しカウンセリングをしてくれて、自分で受け入れて認める事が出来た。
けれどそれは楽になる方法じゃなかった。僕の表面の意識が、認めたくない事を引きずり出したのだから。あの事件で負った僕の心の傷が今度は僕を苦しめている。
家族や働いているみんなは大丈夫だけど…知らない人が怖い。触れられると目の前が真っ暗になって呼吸が苦しくなる。
PTSDが治ったわけじゃなかったんだ。お父さんもPTSDで苦しんでる。おもうさんの話によると、ストーカーに誘拐されたんだって。その恐怖、僕にはわかる。だからお父さんにも僕がわかる。
会社では仕事をしている部屋から僕は出る事はめったにない。出勤時と退社時は迎えか、会社の誰かが送ってくれる。御園生家の人たち以外は、このマンションに住んでいるからそこは困らない。お昼ご飯は地下の社員食堂へ行くけど、皆さんが取り囲んでくれるから大丈夫だ。街には相変わらず出られない。僕は…こんな状態がいつまで続くのかな。
そして……幸彦兄さんが卒業した。身の回りを片付けて那津彦兄さんと二人で、3月末でマンションを出るそうだ。幸彦兄さんはその後すぐにアメリカへ行くらしい。
本当は何か言わなければならないんだろうけど、今の僕には顔を合わすのは難しい。だから朔耶お兄さまに伝言をお願いした。
『僕の気持ちを受け入れてくれた日々は本当に幸せでした。その事を心から感謝してます。どうか幸彦さんと那津彦さんも、元気で頑張ってください。
ありがとうございました。
さようなら』
そうお願いした。朔耶お兄さまは確かに伝えてくれて、『ありがとう、元気で』という返事をもらった。
……とうとうその日が来た。僕は見送らなかった。明日は入社式だ。
4月。僕は御園生ホールディングスの正式な社員になった。
「お前…童顔だな。どう見ても高校生にしか見えん」
僕の状態を考慮し、最前列の一番端に、座っている僕に隣にいた人が話し掛けて来た。他の人たちはとてもおとなしいのに、この人だけは違和感がある。
そりゃそうだ。他の人は大学を卒業してる。僕は本来ならば高校生だ、まだ。入社式が終わると僕は最上階へ戻ろうと立ち上がった。
「待てよ」
手を伸ばされて、僕はとっさに後ろへ下がった。
「何だ?警戒すんなよ。お前、部署はどこ?仲良くしようぜ。名前は?」
僕は困ってジリジリと後退った。
「葉月、何をしてる?忙しいんだ、行くぞ?」
開いたドアから呼んだのは武さまだ。夕麿さまや影暁さまと秘書の皆さんも一緒だ。
「え…御曹司の集団…」
さっき武さまたちが壇上で挨拶されたから、この人はびっくりしてる。僕は軽く頭を下げて駆け出した。
「大丈夫か?」
「はい…何とか」
触られてないからまだギリギリ大丈夫だ。でも嫌な汗をかいていた。
「通宗、あいつの名前と所属を調べておけ」
「承知しました」
「それと葉月を一人にするな、絶対に」
「御意」
「承知いたしました」
影暁さまに続いて夕麿さまが答えた。
僕は皆さんに囲まれるようにして最上階へと戻った。その間も彼の視線を感じていた。
午後には彼の事が報告された。名前は川田 好季。アメリカの大学を卒業して入社したらしい。
「紫霄の卒業生ではないのですね」
「そのようです」
人事部から持って来た履歴書を手に夕麿さまが言った。
「何も知らない人間がそのまま本社配属は珍しいですね?」
「コネがあったみたいです。それもかなりの立場の方の」
通宗さんが困った顔で答えた。
「武さまを差し置いての僭越をしたのは誰です?」
「調べましょう」
不快さを露わにした夕麿さまに答えたのは、一番の年長者の影暁さまだ。
「兎に角、葉月は清方先生の息子。護院家の子息だ。事情も空気もわからない奴を近付けるな」
武さまの言葉に全員が胸に手を置いて頭を下げた。時々、皆さんは武さまに対して特別な態度をする。お父さんに訊いたら本当は凄く身分が高い人なんだって。
夕方、早く帰宅する武さまの車に乗せてもらって帰る事になった。車が来るまで1階のホールで待つ。すると例の川田って人が来た。
「あれ?もう帰るの?最上階ってそんなに暇なの?
あ……」
言うだけ言ってから武さまに気付いた。
「君、失礼にもほどがありますよ」
そう言ったのはおもうさんの部下で、八代という警察官だ。
「すみません」
決まり悪そうに頭を下げた。でも悪いって本気で思ってない。
「君はどうして葉月さまに付きまとうのですか」
「付きまとうって…さま?」
「この方も含めて、最上階の経営者チームの方には、無闇やたらに近付かないように願います」
「いや、あの…」
「一介の社員とはご身分が違うのです」
「八代、無駄話は良い」
「はっ」
武さまの鋭い声に、八代さんは胸に手を当てて頭を下げた。
そこへおもうさんが入って来た。
「お待たせいたしました」
「ご苦労さま」
武さまが立ち上がる。僕もそれに従う。
「ん?葉月も帰るのか?体調でも悪いか?清方を呼ぶか?」
「大丈夫だよ、おもうさん」
笑顔で答えて車に乗った。ドアが閉まって車が動き出してから武さまが言った。
「側に見慣れない奴がいただろう。入社式の時から葉月にまとわりついてる。紫霄以外からの入社者だ」
「この子に興味を持ちましたか…」
「葉月は可愛いからな。出来るだけ一人にならないように注意するが、一人誰かを派遣してくれ」
「ご配慮を感謝いたします」
「PTSDによる接触恐怖症は夕麿のを見てるからな。原因も似たり寄ったりだし、また錯乱状態になったら葉月が苦しいだろう」
今…何て言った?僕は驚いておもうさんを見た。おもうさんは無言で頷いた。ああ…お父さんが言ってた患者さんって、夕麿さまなのかもしれない。
だから皆さんは僕を気遣ってくれるんだ。そう言えば凄く対処がいつも適切だ。お兄さまが僕のアルバイト先にしてくれたのも、事情や状態がわかるからだったんだ。僕は…ここまで守ってもらってたんだ。
「ありがとう…ございます…」
僕はこんなにも大切にしてもらって、甘やかしてもらってるんだ。
「礼はいい。葉月は良い子だからな」
「ありがとうございます。親として感謝いたします」
おもうさんがそう言うと武さまが笑った。
「清方先生と二人してすっかり父親だなぁ」
「親になるのは楽しいですよ武さま」
「俺は希で手一杯だ。 第一、俺は養子をもらえない」
希っていうのは御園生家の末っ子で、武さまとは血の繋がった本当の兄弟だ。クリスマスに会ったけどまだ小学生。
「俺から見ますと、武さまもまだお子様ですよ」
「悪かったな」
拗ねて横を向く。僕は皆さんのこんなやり取りが大好きだ。兄さんたちを失った傷みからはまだまだ立ち直れはしないけれど僕は前に進んで生きたい。
川田は本当に執拗だった。ちょっとでも僕が護衛に来てくれた警察官から離れると寄って来るんだ。
社員食堂でもたまに皆さんが忙しくて、僕は護衛に来てくれた人と二人になる。食事を運ぶちょっとしたタイミングで護衛と離れてしまう。すると川田さんが来るんだ。
「なあ…名前、教えてくれよ。葉月ってのどっち?姓か、名前か、それくらい教えてくれ」
武から応えてはいけないと言われている。お父さんとおもうさんもそう言った。
「なんだよ…経営チームにいるからってお高くとまんなよ」
「君!葉月さまに近付かないように言った筈です!」
僕の護衛は八代さんが専任してくれてる。でも警察官をガードマンみたいにして良いのかな? おもうさんに訊いたら、武さまが命じたから良いんだって。それに護院家の人間も警護の対象なんだって。
「名前を訊くくらい良いだろ!子供じゃあるまいし、いちいちお供がいるのか?」
「この方のお名前は護院 葉月さま。まだ16歳であらしゃいます。護院家のご子息にあなたの態度は無礼極まりない。控えなさい」
静かな口調だけど何て言うか迫力があった。彼はキャリア警察官だって言ってた。彼も皆さんと同じ学校の卒業生なんだって。
「だから、無礼ってなんだよ?身分なんて関係ないだろうが!」
そう叫んだ川田さんの声に食堂内が静まり返った。
「君、そういうのがわからないなら本社にいる資格はない。即刻、配置転換を申請したまえ」
すぐ近くにいた人がそう言った。
「貴族も庶民も差はないと思っているのは庶民の階級だけだ。上流では血筋や家格などで、しっかりとした線引きが存在する。それを理解しないでは御園生の取引先とは顔を合わせさせるわけにはいかない」
驚いた。食堂にいた皆さんが、それに同意の態度を示したんだ。
「わかりませんか、川田君。我が社は庶民一般では普通に通る事が、通らない部分があります」
凛とした声がして見ると雅久さんがそこにいた。この人は本当に綺麗な人だ。この人の前ではどんな美女も逃げ出してしまうんじゃないか。それくらい綺麗だ。
「!?」
川田さんも言葉を失ってる。
「私は経営チーム秘書室の長、御園生 雅久です。葉月君は私の部下でもあり、護院家からお預かりした大切な方です。彼は未だ病気療養をしながら、社員として出社しています。君の行動は治療の妨げになります。これ以上、葉月君に近付くようならば、君には海外にでも行ってもらう事になります」
「はあ?それって俺の人権無視だろ!?」
「企業には不適切な行動をする社員を解雇する権利があります。私があなたの行状を武さまか夕麿さまに、ご報告するだけであなたの席は社にはなくなるのです。
御園生には御園生のルールがあります。あなたのように事情を知らない入社をした者も、きちんと学んで行っています」
美しく顔で雅久さんはとても厳しい事を口にする。この人を本気で怒らせると、武さまや夕麿さまでも言葉をなくすそうだ。
「あの…雅久さん、僕は大丈夫ですから」
「葉月君?」
そうだ。僕がもっとはっきり言えば良いんだ。年齢は子供でも社会人になったんだから。甘えと離別して責任のある行動をしなきゃ。お兄さまがそう言ってたじゃないか。負けちゃダメだ。 逃げてもダメだ。
「川田さん。僕は他人に近付かれたり、触られたりするのが嫌いです。だからこれ以上、構わないでください」
「ふうん。じゃあ、俺の質問に答えたら考えてやっても良い」
「何?」
「16歳だとこいつが言ったな?一流大学の卒業者でも入社が難しいここに、高校に行ってないお前が何故入社出来た?」
「高校は通信制を取ってるから、一応僕は高校生だよ。去年の秋から上で叔父のあとを引き継いでバイトしてて、雑用専門で入社させてもらったの」
まあ、疑問だよね。僕が逆の立場でもそう思うよ。
「葉月君、もう止めなさい。忘れものですよ?」
雅久さんが僕に差し出したのは携帯電話だった。
「あ、ごめんなさい」
右手でテーブルの角を握っていた為、僕はとっさに左手で受け取ろうとした。当然、掌の上に乗せられた携帯を掴みきれず滑り落ちてしまう。
「あ…」
慌てて近くの人が拾ってくれた。
「ごめんなさい」
時々、左手が十分に動かないのを忘れてしまう。
「いえ、気付かないで渡した私も悪かったのです。痛みとかはありませんか?」
「もう大丈夫です。指が物を掴んだり細かい作業をしたりするのが無理なだけですから」
「無理はしないでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
そう痛みはない。それどころか親指は痛覚が多少鈍い。だから気を付けないと傷が出来てもわからない事がある。
「さて、午後からは私はいませんので、皆さま方のお茶のタイミングを忘れないでくださいね」
雅久さんは何かの教室を持っていて、火曜日と金曜日は午後には帰ってしまう。また時々、どこかから依頼が来て出掛ける時がある。そんな時に僕はお茶の用意を一任されるようになった。お兄さまが繰り返し僕に正しい淹れ方だとか、出し方を教えてくれたお陰だ。実際に正しい淹れ方したお茶は美味しい。
「お疲れさまでした。行ってらっしゃいませ」
食堂を立ち去る雅久に全員が声をかけた。御園生ビルの1階エントランスホールには、雅久さんをモデルにした絵画が4枚飾られている。
『桜麗人』
『紅葉佳人』
『雪月花』
『蝉時雨』
どれも息を呑む程凄い。武さまの話だと今は画家が渡米中とかで、制作が止まっているそうだ。リクエストはしてあると笑っていた。
「八代さん、上に戻ります」
食事はまだ残っていたけど、食欲がなくなってしまった。
「承知いたしました」
僕は定食のトレイを自分で運べない。右手だけで運ぶのは難しい。側にいた人が持って行ってくれた。
まだ川田さんの視線が向けられてる。僕はそれを必死に無視した。左手の事を余り知られたくなかったけど、僕がうっかりしちゃったから。食堂を出てから僕は八代さんに謝罪した。
「ごめんなさい。八代さんはまだ途中でしたよね?」
「私は大丈夫です」
僕はみそっかすのダメな子なのに…お父さんの養子になってからすっかり忘れてしまっていた。今更ながら何も出来ないで、周囲に迷惑ばかりかけている自分に気付いた。
護院 清方の息子になったから、僕は皆さんに優しくしてもらえるんだ。それを忘れちゃダメだ。僕自身の何かが変わったわけじゃない。
エレベーターで最上階へ戻りながら僕は拳を握り締めた。僕は僕だ。身分とか立場で僕の中身が変わるわけがない。
数日後、僕はオフィスに一人だった。
武さまは昨夜から熱を出されてお休み。かなり具合が悪いらしくて、夕麿さまも看病で休まれている。影暁さまはお二人の代わりに商談に出掛けた。雅久さんは教室。通宗さんは榊さんと欧州へ行かれている。
しかも護衛の警察官は不在。おもうさんもお父さんも、一昨日から泊まり込みで仕事をしている。もうすぐおもうさんの片腕って人が、アメリカから帰って来るそうだ。そうするともっと仕事がはかどるって言ってた。おもうさんが指揮する部署が、実際にどんな仕事をしているのかは知らない。武さまや夕麿さまの警護が中心だとは聞いた。
「う~ん…やる事がなくなったよ」
言われた仕事をやって、前から気になっていた書類の整理をして……思い付く事は全部やった。する事がもうない。だがこの部屋から出られない。
ここはセキュリティーカードとパスワードがないと入れない。出入りに手間だけど再三生命を狙われた武さまの為なんだそうだ。僕が入院していたあの病室も武さまと夕麿さまの為のものなんだって。
僕は隣の休憩室に入ってベッドに横になった。ちょっと疲れたかな。夜は三日月さんやお兄さまに勉強を見てもらってる。その後も遅くまで勉強しないと、二人が求めるレベルにならない。英語の勉強もある。だから休める時に休まないと。それでなくても僕は今、疲れやすい。武さまのように熱は出さないけど、僕の疲れは身体じゃないから。心の疲れだから。
無理をするとまた吐いたり、身近な人すら側に来られたくなくなる。お父さんから指示が出ていて、僕はここで休んだり早く帰ったりしてる。今日は迎えが来れないから、夕方に送っていただく約束になってる。
焦っちゃいけないって言われてるけど、迷惑ばっかり掛けているのが辛い。社員にしてもらったけど、普通のアルバイトより酷い勤務状況だ。皆さんは優しいから、僕がいて助かるって言ってくれる。
確かに夕麿さまとかは刃物に絶対に触れない。手を怪我したらピアノが弾けなくなるからだって。他の人たちも極力、刃物は触らない。郵便物は以前は下の秘書室で開封してから、ここへ上げていたらしい。でも今春、僕が正式に秘書室所属になったので、経営スタッフ専門の秘書室を雅久さんが作ったんだ。
経営スタッフルームの秘書は僕を入れて5人いる。武さま、夕麿さま、影暁さま。御園生系列企業を統括経営しているのはこの三人だ。その上に御園生財閥総帥である有人氏がいる。でももうほとんど経営にタッチしてないらしい。その方々にそれぞれ専属の秘書が付いている。その下にいるのが僕の今の会社での立場だ。秘書室を束ねているのが雅久さんというわけ。
雅久さんは全員のスケジュールの調整をしたり、武さまがご病気になられた時に補助に入る。御園生の子息の一人だから。僕には経営の事はまるでわからない。でも大変なのはわかる。責任だけとっても、物凄い重圧なんだろうな。
……なんていろいろ考えているうちに本当に眠くなって来た。
いいや。ちょっとだけ眠らせてもらおう。
僕はそのまま眠りの中へと堕ちていった。
どれくらい時間が過ぎたのだろう?僕を誰かが覗き込んでいる気配に気付いた。ああ、誰かが帰って来たんだ。起きなきゃ。
「!?」
目の前にあったのは、川田さんの顔だった。
ちょっと待て。ここにどうやって入った?
問い掛けようとした次の瞬間、何かが口と鼻を塞いだ。 強い香りを吸い込んでしまって僕の意識は闇に染まった。
目が覚めた場所は知らない場所だった。僕は裸でベッドに寝かされていた。しかも首輪が付けられてる。
頭が痛い……吐き気がする。これ、かがされた薬品か何かの所為? 身体も何だか動かせない。全身に力が入らない。
あ、ペンダントはしてる。ちょっと変わったデザインのペンダントは、おもうさんからのクリスマスプレゼントだ。お守りだからってその場で付けられたんだけど取れないようになってんだ。僕の首に付けて金具を何かしたんだ。頭を通らないから自分でも外せない。ペンチとかでも切れないんだって。でもこれのどこがお守りなんだか、こんな事態になってもわからないままだ。
人の気配はない。僕は仕方なくベッドに横たわったままで部屋を見回した。うち程じゃないけど結構広い部屋だ。家具は多分、それなりにお金が掛かってる。でも趣味が悪い。
ここ川田さんの部屋かな?何か会社の偉いさんに、コネがある話をしてたよね。本当はお金持ちなのかな?お父さんやおもうさんたちとは違う感じがするんだけど。
空調が利いてるから裸でも寒くはないけど。僕……どうすれば良いの?
しばらくしてどこかで鍵が外される音がした。続いてドアの開閉音。多分、玄関からだ。誰かが帰って来た。すぐにこの部屋のドアが乱暴に開けられた。
「ひッ!?」
姿を現したのは、剛山 雷太だった。僕を輪姦した奴らのリーダー。何で今更、こいつが。
「気分はどうだ、葉月?」
怖い……怖い……怖い……怖い…怖い…怖い…怖い……
「嫌だ!来るな!」
力が入らない身体で必死になって逃げようと僕はもがいた。
「おとなしくしてろ。優しくして欲しいならな。じゃないと痛い目に合わせて、言う事を利かすぞ?」
逃げようとする僕に迫って首輪を引っ張られた。そのまま吊り上げられる。首輪が首に食い込んで苦しい。
「お前が望んだんだろうが、ええ!? 痛い事がいやなんだろう?」
どうして……
どうして……
どうして……
これが僕の運命なの? 僕がこいつに捕らえられてるなんて、誰も知らない、わからない。ベッドに眠ってた状態で連れて来られたのなら、携帯はあそこに置かれたままだ。靴や上着も残されたままだろうから、僕が自分の意志でいなくなったとは思わないだろうけど。
川田 好希と剛山 雷太が繋がりあるって誰も知らない筈だ。僕は苦しい中で必死に頷いた。すると剛山は僕を乱暴にベッドに投げ出した。
「そうだ、おとなしく言う事を聞いていれば、天国を見せてやるぜ、葉月」
地獄の底でどうやって天国が見れるんだ。
「このまま可愛がってやりたいんだがな。 野暮用で出掛けなきゃならねえんだ。食い物や飲み物は冷蔵庫から勝手に摂れ。俺がいない時にはな」
僕は無言で頷く。すると彼は僕の顎を乱暴に掴んで言った。
「言い子にして待ってろよ?お前は今日から俺のペットなんだからな」
出て行く姿に思いっきり悪態を吐いてやりたくなって、僕は自分の状態に少し驚いた。
これが僕の運命。そう思う半面で違うという声がする。
『いいですか、葉月。私たちは一般人よりも誘拐されるリスクが高いと思っていなさい。蓬莱皇国は諸外国に比べたら平和な国ですが、それでも気を抜いていてはダメなのです』
朔耶お兄さまの言葉が浮かんで来た。
『怖がらせたい訳ではありませんが、あなたを襲った犯人は未だに逮捕されていないと聞いています。今は極端に外出をしない状態で、しかも護衛が付いているわけですから、リスクはかなり低いとは思いはしますが』
そう言って、こんな時にどうしたら良いのかを、繰り返し僕に教えてくれたんだ。
『成瀬 雫さんが率いる特務室は優秀なキャリア警察官の集団です。どんな事をしても彼らは私たちがいる場所を、突き止めて救出してくれます』
おもうさんを信じる。現在の警察の捜査力を信じる。
まずそれが大切だとお兄さまは言った。
必ず探し出してくれる。お兄さまは次に何て言った?
『一番に大切にしなければならない事は生き延びる事です。どんな目に合わされても生きていれば家族の元へ帰れるのです。辛く悲しい事でも私たちは生きて帰らなくてはいけないのです。葉月、そんな事態に陥った時には、私たち家族を絶対に信じてください』
そうだ。僕がどんな目に遭ってどんな状態かはみんな知っていた。だけどみんなが僕を普通に受け入れて、少しでも良くなるようにとしてくれた。家族を信じよう。
『それに…武さまを信じなさい。あの方はご自分の懐の内に受け入れた相手を見捨てたりはしない方です。あの方がなんとしても探し出せと命じられたら、警察庁の幹部までもが動くのです』
武さま…少しは元気になられただろうか?僕の事を聞いて悪くならないと良いけど。
『犯人を刺激しないようにする事。怒らせて取り返しのつかない事態を招かない為です。飲食物に危険なものを入れられる可能性が低い場合は、食欲がなくても積極的に食べなさい。
それから睡眠は出来る限りとる事。
この二つは体力温存をする為です」
そういえば昼食がまだだ。僕はお兄さまの言葉に従って、食事をする為にベッドから降りた。床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。足にまだ力が入らないから、僕は這ってドアへと向かった。
ドアの向こうは長い廊下。何となくうちと似た感じがするから、どこかのマンションじゃないかと思う。廊下の向こうは玄関だと思う。でも身体を動かせない状態で、首輪だけの姿ではここを逃げ出すのは難しい。
今は食事だ。LDKを探さないと。幾つかあるドアを開けようとしたけど、どれも鍵が掛かっていた。LDKにだけ入れた。結構広い。
キッチンへ行って冷蔵庫を開けた。ハムやチキンといった調理済みの料理が幾つか並べられていた。カウンターの上にはパンが置いてある。僕は料理を選んでレンジに入れ、棚を次々に開けていった。見つけた紅茶をポットで淹れ、パンと料理を手にカウンターに置かれた椅子に座る。裸だから当然、椅子が冷たいけど。
負けるものか。今までいろんな事を諦めて投げ出して生きて来た。僕は自分で自分に負けていたんだ。それに僕が剛山に殺されるような事があったら、幸彦兄さんと那津彦兄さんが一番傷付く。これ以上兄さんたちを苦しめちゃいけない。僕が弱虫で子供だったから、兄さんたちは傷付いたんだって思う。 子供なのは仕方がないけど、弱虫とはさよならしなきゃ。
パンを頬張って食べる。もとより食欲なくなんかない。でもこれは僕の戦いなんだ。助けが来るまでの。
出した食事を全部詰め込んで、食器を片付けてまたもとの部屋に戻った。ベッドに入って目を閉じる。
眠ろう。起きていたって事態は変わらない。剛山が帰って来たら、ゆっくり眠る事なんか出来なくなるかもしれない。何をされるのか…なんてわかりきった事だ。
あれは体力がいる。だから無駄な体力は使わない。こみ上げてくる恐怖を飲み込んで僕は目を閉じた。
「おい…起きろ…!」
頬を叩かれ耳元で叫ばれて僕は飛び起きた。
「!?」
寝起きでいきなり剛山の顔を間近に見て、僕は悲鳴を呑み込むのがやっとだった。
「お、おかえりなさい」
自分をしっかりさせる為に、そんな言葉を言ってみた。お兄さまに「良くできました」って誉めてもらうんだ。僕はちゃんと助けを信じて待つ。お父さんとおもうさんと、お祖父さまとお祖母さまの所へ帰るんだ。
「お前、意外と肝が据わってんな?」
僕の僕を指先で撫で回しながら、剛山が感心したように言う。
「そんな事ないよ…ドキドキしてるもの。でももう痛いのはイヤだってだけ」
嘘は言ってない。本当は逃げ出したい。でも逃げられないのはわかってる。なら、我慢するしかない。
「言っておくけど、兄さんたちには効果ないよ、これ? 幸彦兄さんはアメリカだし、那津彦兄さんはどこに住んでいるのかも知らない。僕は余所へ養子に行ったからもう兄弟じゃない。 元々、血は繋がっていない兄弟だったから」
一気に言う。兄さんたちはもう関わりがない事を、この男に納得させなけりゃならない。
「お前の母親…って、あれも義理か?なかなか酷え奴だよな?」
「あの人も…義理」
「あの女の弁護士な、俺の親父の知り合いだぜ?結局、息子たちを取り返して、厄介払いして清々したって言ってたらしぞ?」
「そうなんだ」
ここで神林のお義母さんの事を聞くとは思わなかった。人の縁とかって不思議だな。
会話をしながら剛山の手が僕の身体を撫で回す。気持ち悪い。肌が粟立つ。僕は唇を噛み締め、拳を握り締めた。
………と、その時だった。
玄関チャイムらしいのが響き渡った。剛山は舌打ちしてドアから出て行った。僕はベッドから降りて、そろそろとドアを僅かに開け、耳を澄まして様子を窺った。
「何だ?」
「申し訳ございません。管理人でございます。上の階で水漏れがございまして、この階の点検に回っております。お手数ではございますが、少し中へ入らせていただけませんでしょうか?」
水漏れ? 助けを求めるチャンスだろうか?
「それ、今じゃねぇとダメなのか?」
「万が一、天井裏の配線が水に浸かりますと、漏電して火災を起こす原因になりますので。バスルームとLDKだけでございますから」
「仕方ねぇな」
チェーンロックを外してドアロックを解除する音がした。するとドアがいきなり乱暴に開かれた音がした。
「な、何だ!?」
「剛山 雷太、未成年者拉致監禁で逮捕する!」
おもうさんの声だ!
「葉月?どこだ?」
「おもうさん!」
僕は裸なのも忘れて飛び出した。ああ、おもうさんだ。お兄さまの言った通りだった。ちゃんと僕がここにいるって、見付けてくれたんだ!
おもうさんは剛山を一緒に来た部下の人に渡して、来ていたスーツの上着を脱いで僕に掛けてくれた。
「大丈夫か?」
心配そうな声がした。僕はおもうさんの顔を見上げて笑った。
「うん。大丈夫」
おもうさんの顔がホッとした表情になった。そりゃ…こんな姿を見たらそう想うよね?
「無事で良かった。間に合ったな」
きっと必死で探して、駆けつけてくれたんだ。そう思ったら一気に気が抜けて、僕の全身が物凄く震え始めた。恐怖が押し寄せて来る。
「葉月?」
助けを求めるように伸ばした手がおもうさんの大きな手に、しっかりと握り締められたのを感じながら、僕の意識はゆっくりと暗闇に包まれた。
「葉月? 気が付きましたか?」
眩しい光と共に聞こえて来たのはお父さんの声だった。
「お父さん…?」
何度か瞬きをすると今度ははっきりと室内が見えた。お父さんもお兄さまもお祖父さまもお祖母さまもいる。僕は帰って来たんだ。
そう想うと目が熱くなった。
そうここへ来る前に思ってた事は僕の中で眠っていたんだ。目覚めた自分への嫌悪感。自分を目茶苦茶に壊してしまいたい願い。錯乱すると顕著に表に出たんだ。
僕のこんな内側の想いはお父さんが繰り返しカウンセリングをしてくれて、自分で受け入れて認める事が出来た。
けれどそれは楽になる方法じゃなかった。僕の表面の意識が、認めたくない事を引きずり出したのだから。あの事件で負った僕の心の傷が今度は僕を苦しめている。
家族や働いているみんなは大丈夫だけど…知らない人が怖い。触れられると目の前が真っ暗になって呼吸が苦しくなる。
PTSDが治ったわけじゃなかったんだ。お父さんもPTSDで苦しんでる。おもうさんの話によると、ストーカーに誘拐されたんだって。その恐怖、僕にはわかる。だからお父さんにも僕がわかる。
会社では仕事をしている部屋から僕は出る事はめったにない。出勤時と退社時は迎えか、会社の誰かが送ってくれる。御園生家の人たち以外は、このマンションに住んでいるからそこは困らない。お昼ご飯は地下の社員食堂へ行くけど、皆さんが取り囲んでくれるから大丈夫だ。街には相変わらず出られない。僕は…こんな状態がいつまで続くのかな。
そして……幸彦兄さんが卒業した。身の回りを片付けて那津彦兄さんと二人で、3月末でマンションを出るそうだ。幸彦兄さんはその後すぐにアメリカへ行くらしい。
本当は何か言わなければならないんだろうけど、今の僕には顔を合わすのは難しい。だから朔耶お兄さまに伝言をお願いした。
『僕の気持ちを受け入れてくれた日々は本当に幸せでした。その事を心から感謝してます。どうか幸彦さんと那津彦さんも、元気で頑張ってください。
ありがとうございました。
さようなら』
そうお願いした。朔耶お兄さまは確かに伝えてくれて、『ありがとう、元気で』という返事をもらった。
……とうとうその日が来た。僕は見送らなかった。明日は入社式だ。
4月。僕は御園生ホールディングスの正式な社員になった。
「お前…童顔だな。どう見ても高校生にしか見えん」
僕の状態を考慮し、最前列の一番端に、座っている僕に隣にいた人が話し掛けて来た。他の人たちはとてもおとなしいのに、この人だけは違和感がある。
そりゃそうだ。他の人は大学を卒業してる。僕は本来ならば高校生だ、まだ。入社式が終わると僕は最上階へ戻ろうと立ち上がった。
「待てよ」
手を伸ばされて、僕はとっさに後ろへ下がった。
「何だ?警戒すんなよ。お前、部署はどこ?仲良くしようぜ。名前は?」
僕は困ってジリジリと後退った。
「葉月、何をしてる?忙しいんだ、行くぞ?」
開いたドアから呼んだのは武さまだ。夕麿さまや影暁さまと秘書の皆さんも一緒だ。
「え…御曹司の集団…」
さっき武さまたちが壇上で挨拶されたから、この人はびっくりしてる。僕は軽く頭を下げて駆け出した。
「大丈夫か?」
「はい…何とか」
触られてないからまだギリギリ大丈夫だ。でも嫌な汗をかいていた。
「通宗、あいつの名前と所属を調べておけ」
「承知しました」
「それと葉月を一人にするな、絶対に」
「御意」
「承知いたしました」
影暁さまに続いて夕麿さまが答えた。
僕は皆さんに囲まれるようにして最上階へと戻った。その間も彼の視線を感じていた。
午後には彼の事が報告された。名前は川田 好季。アメリカの大学を卒業して入社したらしい。
「紫霄の卒業生ではないのですね」
「そのようです」
人事部から持って来た履歴書を手に夕麿さまが言った。
「何も知らない人間がそのまま本社配属は珍しいですね?」
「コネがあったみたいです。それもかなりの立場の方の」
通宗さんが困った顔で答えた。
「武さまを差し置いての僭越をしたのは誰です?」
「調べましょう」
不快さを露わにした夕麿さまに答えたのは、一番の年長者の影暁さまだ。
「兎に角、葉月は清方先生の息子。護院家の子息だ。事情も空気もわからない奴を近付けるな」
武さまの言葉に全員が胸に手を置いて頭を下げた。時々、皆さんは武さまに対して特別な態度をする。お父さんに訊いたら本当は凄く身分が高い人なんだって。
夕方、早く帰宅する武さまの車に乗せてもらって帰る事になった。車が来るまで1階のホールで待つ。すると例の川田って人が来た。
「あれ?もう帰るの?最上階ってそんなに暇なの?
あ……」
言うだけ言ってから武さまに気付いた。
「君、失礼にもほどがありますよ」
そう言ったのはおもうさんの部下で、八代という警察官だ。
「すみません」
決まり悪そうに頭を下げた。でも悪いって本気で思ってない。
「君はどうして葉月さまに付きまとうのですか」
「付きまとうって…さま?」
「この方も含めて、最上階の経営者チームの方には、無闇やたらに近付かないように願います」
「いや、あの…」
「一介の社員とはご身分が違うのです」
「八代、無駄話は良い」
「はっ」
武さまの鋭い声に、八代さんは胸に手を当てて頭を下げた。
そこへおもうさんが入って来た。
「お待たせいたしました」
「ご苦労さま」
武さまが立ち上がる。僕もそれに従う。
「ん?葉月も帰るのか?体調でも悪いか?清方を呼ぶか?」
「大丈夫だよ、おもうさん」
笑顔で答えて車に乗った。ドアが閉まって車が動き出してから武さまが言った。
「側に見慣れない奴がいただろう。入社式の時から葉月にまとわりついてる。紫霄以外からの入社者だ」
「この子に興味を持ちましたか…」
「葉月は可愛いからな。出来るだけ一人にならないように注意するが、一人誰かを派遣してくれ」
「ご配慮を感謝いたします」
「PTSDによる接触恐怖症は夕麿のを見てるからな。原因も似たり寄ったりだし、また錯乱状態になったら葉月が苦しいだろう」
今…何て言った?僕は驚いておもうさんを見た。おもうさんは無言で頷いた。ああ…お父さんが言ってた患者さんって、夕麿さまなのかもしれない。
だから皆さんは僕を気遣ってくれるんだ。そう言えば凄く対処がいつも適切だ。お兄さまが僕のアルバイト先にしてくれたのも、事情や状態がわかるからだったんだ。僕は…ここまで守ってもらってたんだ。
「ありがとう…ございます…」
僕はこんなにも大切にしてもらって、甘やかしてもらってるんだ。
「礼はいい。葉月は良い子だからな」
「ありがとうございます。親として感謝いたします」
おもうさんがそう言うと武さまが笑った。
「清方先生と二人してすっかり父親だなぁ」
「親になるのは楽しいですよ武さま」
「俺は希で手一杯だ。 第一、俺は養子をもらえない」
希っていうのは御園生家の末っ子で、武さまとは血の繋がった本当の兄弟だ。クリスマスに会ったけどまだ小学生。
「俺から見ますと、武さまもまだお子様ですよ」
「悪かったな」
拗ねて横を向く。僕は皆さんのこんなやり取りが大好きだ。兄さんたちを失った傷みからはまだまだ立ち直れはしないけれど僕は前に進んで生きたい。
川田は本当に執拗だった。ちょっとでも僕が護衛に来てくれた警察官から離れると寄って来るんだ。
社員食堂でもたまに皆さんが忙しくて、僕は護衛に来てくれた人と二人になる。食事を運ぶちょっとしたタイミングで護衛と離れてしまう。すると川田さんが来るんだ。
「なあ…名前、教えてくれよ。葉月ってのどっち?姓か、名前か、それくらい教えてくれ」
武から応えてはいけないと言われている。お父さんとおもうさんもそう言った。
「なんだよ…経営チームにいるからってお高くとまんなよ」
「君!葉月さまに近付かないように言った筈です!」
僕の護衛は八代さんが専任してくれてる。でも警察官をガードマンみたいにして良いのかな? おもうさんに訊いたら、武さまが命じたから良いんだって。それに護院家の人間も警護の対象なんだって。
「名前を訊くくらい良いだろ!子供じゃあるまいし、いちいちお供がいるのか?」
「この方のお名前は護院 葉月さま。まだ16歳であらしゃいます。護院家のご子息にあなたの態度は無礼極まりない。控えなさい」
静かな口調だけど何て言うか迫力があった。彼はキャリア警察官だって言ってた。彼も皆さんと同じ学校の卒業生なんだって。
「だから、無礼ってなんだよ?身分なんて関係ないだろうが!」
そう叫んだ川田さんの声に食堂内が静まり返った。
「君、そういうのがわからないなら本社にいる資格はない。即刻、配置転換を申請したまえ」
すぐ近くにいた人がそう言った。
「貴族も庶民も差はないと思っているのは庶民の階級だけだ。上流では血筋や家格などで、しっかりとした線引きが存在する。それを理解しないでは御園生の取引先とは顔を合わせさせるわけにはいかない」
驚いた。食堂にいた皆さんが、それに同意の態度を示したんだ。
「わかりませんか、川田君。我が社は庶民一般では普通に通る事が、通らない部分があります」
凛とした声がして見ると雅久さんがそこにいた。この人は本当に綺麗な人だ。この人の前ではどんな美女も逃げ出してしまうんじゃないか。それくらい綺麗だ。
「!?」
川田さんも言葉を失ってる。
「私は経営チーム秘書室の長、御園生 雅久です。葉月君は私の部下でもあり、護院家からお預かりした大切な方です。彼は未だ病気療養をしながら、社員として出社しています。君の行動は治療の妨げになります。これ以上、葉月君に近付くようならば、君には海外にでも行ってもらう事になります」
「はあ?それって俺の人権無視だろ!?」
「企業には不適切な行動をする社員を解雇する権利があります。私があなたの行状を武さまか夕麿さまに、ご報告するだけであなたの席は社にはなくなるのです。
御園生には御園生のルールがあります。あなたのように事情を知らない入社をした者も、きちんと学んで行っています」
美しく顔で雅久さんはとても厳しい事を口にする。この人を本気で怒らせると、武さまや夕麿さまでも言葉をなくすそうだ。
「あの…雅久さん、僕は大丈夫ですから」
「葉月君?」
そうだ。僕がもっとはっきり言えば良いんだ。年齢は子供でも社会人になったんだから。甘えと離別して責任のある行動をしなきゃ。お兄さまがそう言ってたじゃないか。負けちゃダメだ。 逃げてもダメだ。
「川田さん。僕は他人に近付かれたり、触られたりするのが嫌いです。だからこれ以上、構わないでください」
「ふうん。じゃあ、俺の質問に答えたら考えてやっても良い」
「何?」
「16歳だとこいつが言ったな?一流大学の卒業者でも入社が難しいここに、高校に行ってないお前が何故入社出来た?」
「高校は通信制を取ってるから、一応僕は高校生だよ。去年の秋から上で叔父のあとを引き継いでバイトしてて、雑用専門で入社させてもらったの」
まあ、疑問だよね。僕が逆の立場でもそう思うよ。
「葉月君、もう止めなさい。忘れものですよ?」
雅久さんが僕に差し出したのは携帯電話だった。
「あ、ごめんなさい」
右手でテーブルの角を握っていた為、僕はとっさに左手で受け取ろうとした。当然、掌の上に乗せられた携帯を掴みきれず滑り落ちてしまう。
「あ…」
慌てて近くの人が拾ってくれた。
「ごめんなさい」
時々、左手が十分に動かないのを忘れてしまう。
「いえ、気付かないで渡した私も悪かったのです。痛みとかはありませんか?」
「もう大丈夫です。指が物を掴んだり細かい作業をしたりするのが無理なだけですから」
「無理はしないでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
そう痛みはない。それどころか親指は痛覚が多少鈍い。だから気を付けないと傷が出来てもわからない事がある。
「さて、午後からは私はいませんので、皆さま方のお茶のタイミングを忘れないでくださいね」
雅久さんは何かの教室を持っていて、火曜日と金曜日は午後には帰ってしまう。また時々、どこかから依頼が来て出掛ける時がある。そんな時に僕はお茶の用意を一任されるようになった。お兄さまが繰り返し僕に正しい淹れ方だとか、出し方を教えてくれたお陰だ。実際に正しい淹れ方したお茶は美味しい。
「お疲れさまでした。行ってらっしゃいませ」
食堂を立ち去る雅久に全員が声をかけた。御園生ビルの1階エントランスホールには、雅久さんをモデルにした絵画が4枚飾られている。
『桜麗人』
『紅葉佳人』
『雪月花』
『蝉時雨』
どれも息を呑む程凄い。武さまの話だと今は画家が渡米中とかで、制作が止まっているそうだ。リクエストはしてあると笑っていた。
「八代さん、上に戻ります」
食事はまだ残っていたけど、食欲がなくなってしまった。
「承知いたしました」
僕は定食のトレイを自分で運べない。右手だけで運ぶのは難しい。側にいた人が持って行ってくれた。
まだ川田さんの視線が向けられてる。僕はそれを必死に無視した。左手の事を余り知られたくなかったけど、僕がうっかりしちゃったから。食堂を出てから僕は八代さんに謝罪した。
「ごめんなさい。八代さんはまだ途中でしたよね?」
「私は大丈夫です」
僕はみそっかすのダメな子なのに…お父さんの養子になってからすっかり忘れてしまっていた。今更ながら何も出来ないで、周囲に迷惑ばかりかけている自分に気付いた。
護院 清方の息子になったから、僕は皆さんに優しくしてもらえるんだ。それを忘れちゃダメだ。僕自身の何かが変わったわけじゃない。
エレベーターで最上階へ戻りながら僕は拳を握り締めた。僕は僕だ。身分とか立場で僕の中身が変わるわけがない。
数日後、僕はオフィスに一人だった。
武さまは昨夜から熱を出されてお休み。かなり具合が悪いらしくて、夕麿さまも看病で休まれている。影暁さまはお二人の代わりに商談に出掛けた。雅久さんは教室。通宗さんは榊さんと欧州へ行かれている。
しかも護衛の警察官は不在。おもうさんもお父さんも、一昨日から泊まり込みで仕事をしている。もうすぐおもうさんの片腕って人が、アメリカから帰って来るそうだ。そうするともっと仕事がはかどるって言ってた。おもうさんが指揮する部署が、実際にどんな仕事をしているのかは知らない。武さまや夕麿さまの警護が中心だとは聞いた。
「う~ん…やる事がなくなったよ」
言われた仕事をやって、前から気になっていた書類の整理をして……思い付く事は全部やった。する事がもうない。だがこの部屋から出られない。
ここはセキュリティーカードとパスワードがないと入れない。出入りに手間だけど再三生命を狙われた武さまの為なんだそうだ。僕が入院していたあの病室も武さまと夕麿さまの為のものなんだって。
僕は隣の休憩室に入ってベッドに横になった。ちょっと疲れたかな。夜は三日月さんやお兄さまに勉強を見てもらってる。その後も遅くまで勉強しないと、二人が求めるレベルにならない。英語の勉強もある。だから休める時に休まないと。それでなくても僕は今、疲れやすい。武さまのように熱は出さないけど、僕の疲れは身体じゃないから。心の疲れだから。
無理をするとまた吐いたり、身近な人すら側に来られたくなくなる。お父さんから指示が出ていて、僕はここで休んだり早く帰ったりしてる。今日は迎えが来れないから、夕方に送っていただく約束になってる。
焦っちゃいけないって言われてるけど、迷惑ばっかり掛けているのが辛い。社員にしてもらったけど、普通のアルバイトより酷い勤務状況だ。皆さんは優しいから、僕がいて助かるって言ってくれる。
確かに夕麿さまとかは刃物に絶対に触れない。手を怪我したらピアノが弾けなくなるからだって。他の人たちも極力、刃物は触らない。郵便物は以前は下の秘書室で開封してから、ここへ上げていたらしい。でも今春、僕が正式に秘書室所属になったので、経営スタッフ専門の秘書室を雅久さんが作ったんだ。
経営スタッフルームの秘書は僕を入れて5人いる。武さま、夕麿さま、影暁さま。御園生系列企業を統括経営しているのはこの三人だ。その上に御園生財閥総帥である有人氏がいる。でももうほとんど経営にタッチしてないらしい。その方々にそれぞれ専属の秘書が付いている。その下にいるのが僕の今の会社での立場だ。秘書室を束ねているのが雅久さんというわけ。
雅久さんは全員のスケジュールの調整をしたり、武さまがご病気になられた時に補助に入る。御園生の子息の一人だから。僕には経営の事はまるでわからない。でも大変なのはわかる。責任だけとっても、物凄い重圧なんだろうな。
……なんていろいろ考えているうちに本当に眠くなって来た。
いいや。ちょっとだけ眠らせてもらおう。
僕はそのまま眠りの中へと堕ちていった。
どれくらい時間が過ぎたのだろう?僕を誰かが覗き込んでいる気配に気付いた。ああ、誰かが帰って来たんだ。起きなきゃ。
「!?」
目の前にあったのは、川田さんの顔だった。
ちょっと待て。ここにどうやって入った?
問い掛けようとした次の瞬間、何かが口と鼻を塞いだ。 強い香りを吸い込んでしまって僕の意識は闇に染まった。
目が覚めた場所は知らない場所だった。僕は裸でベッドに寝かされていた。しかも首輪が付けられてる。
頭が痛い……吐き気がする。これ、かがされた薬品か何かの所為? 身体も何だか動かせない。全身に力が入らない。
あ、ペンダントはしてる。ちょっと変わったデザインのペンダントは、おもうさんからのクリスマスプレゼントだ。お守りだからってその場で付けられたんだけど取れないようになってんだ。僕の首に付けて金具を何かしたんだ。頭を通らないから自分でも外せない。ペンチとかでも切れないんだって。でもこれのどこがお守りなんだか、こんな事態になってもわからないままだ。
人の気配はない。僕は仕方なくベッドに横たわったままで部屋を見回した。うち程じゃないけど結構広い部屋だ。家具は多分、それなりにお金が掛かってる。でも趣味が悪い。
ここ川田さんの部屋かな?何か会社の偉いさんに、コネがある話をしてたよね。本当はお金持ちなのかな?お父さんやおもうさんたちとは違う感じがするんだけど。
空調が利いてるから裸でも寒くはないけど。僕……どうすれば良いの?
しばらくしてどこかで鍵が外される音がした。続いてドアの開閉音。多分、玄関からだ。誰かが帰って来た。すぐにこの部屋のドアが乱暴に開けられた。
「ひッ!?」
姿を現したのは、剛山 雷太だった。僕を輪姦した奴らのリーダー。何で今更、こいつが。
「気分はどうだ、葉月?」
怖い……怖い……怖い……怖い…怖い…怖い…怖い……
「嫌だ!来るな!」
力が入らない身体で必死になって逃げようと僕はもがいた。
「おとなしくしてろ。優しくして欲しいならな。じゃないと痛い目に合わせて、言う事を利かすぞ?」
逃げようとする僕に迫って首輪を引っ張られた。そのまま吊り上げられる。首輪が首に食い込んで苦しい。
「お前が望んだんだろうが、ええ!? 痛い事がいやなんだろう?」
どうして……
どうして……
どうして……
これが僕の運命なの? 僕がこいつに捕らえられてるなんて、誰も知らない、わからない。ベッドに眠ってた状態で連れて来られたのなら、携帯はあそこに置かれたままだ。靴や上着も残されたままだろうから、僕が自分の意志でいなくなったとは思わないだろうけど。
川田 好希と剛山 雷太が繋がりあるって誰も知らない筈だ。僕は苦しい中で必死に頷いた。すると剛山は僕を乱暴にベッドに投げ出した。
「そうだ、おとなしく言う事を聞いていれば、天国を見せてやるぜ、葉月」
地獄の底でどうやって天国が見れるんだ。
「このまま可愛がってやりたいんだがな。 野暮用で出掛けなきゃならねえんだ。食い物や飲み物は冷蔵庫から勝手に摂れ。俺がいない時にはな」
僕は無言で頷く。すると彼は僕の顎を乱暴に掴んで言った。
「言い子にして待ってろよ?お前は今日から俺のペットなんだからな」
出て行く姿に思いっきり悪態を吐いてやりたくなって、僕は自分の状態に少し驚いた。
これが僕の運命。そう思う半面で違うという声がする。
『いいですか、葉月。私たちは一般人よりも誘拐されるリスクが高いと思っていなさい。蓬莱皇国は諸外国に比べたら平和な国ですが、それでも気を抜いていてはダメなのです』
朔耶お兄さまの言葉が浮かんで来た。
『怖がらせたい訳ではありませんが、あなたを襲った犯人は未だに逮捕されていないと聞いています。今は極端に外出をしない状態で、しかも護衛が付いているわけですから、リスクはかなり低いとは思いはしますが』
そう言って、こんな時にどうしたら良いのかを、繰り返し僕に教えてくれたんだ。
『成瀬 雫さんが率いる特務室は優秀なキャリア警察官の集団です。どんな事をしても彼らは私たちがいる場所を、突き止めて救出してくれます』
おもうさんを信じる。現在の警察の捜査力を信じる。
まずそれが大切だとお兄さまは言った。
必ず探し出してくれる。お兄さまは次に何て言った?
『一番に大切にしなければならない事は生き延びる事です。どんな目に合わされても生きていれば家族の元へ帰れるのです。辛く悲しい事でも私たちは生きて帰らなくてはいけないのです。葉月、そんな事態に陥った時には、私たち家族を絶対に信じてください』
そうだ。僕がどんな目に遭ってどんな状態かはみんな知っていた。だけどみんなが僕を普通に受け入れて、少しでも良くなるようにとしてくれた。家族を信じよう。
『それに…武さまを信じなさい。あの方はご自分の懐の内に受け入れた相手を見捨てたりはしない方です。あの方がなんとしても探し出せと命じられたら、警察庁の幹部までもが動くのです』
武さま…少しは元気になられただろうか?僕の事を聞いて悪くならないと良いけど。
『犯人を刺激しないようにする事。怒らせて取り返しのつかない事態を招かない為です。飲食物に危険なものを入れられる可能性が低い場合は、食欲がなくても積極的に食べなさい。
それから睡眠は出来る限りとる事。
この二つは体力温存をする為です」
そういえば昼食がまだだ。僕はお兄さまの言葉に従って、食事をする為にベッドから降りた。床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。足にまだ力が入らないから、僕は這ってドアへと向かった。
ドアの向こうは長い廊下。何となくうちと似た感じがするから、どこかのマンションじゃないかと思う。廊下の向こうは玄関だと思う。でも身体を動かせない状態で、首輪だけの姿ではここを逃げ出すのは難しい。
今は食事だ。LDKを探さないと。幾つかあるドアを開けようとしたけど、どれも鍵が掛かっていた。LDKにだけ入れた。結構広い。
キッチンへ行って冷蔵庫を開けた。ハムやチキンといった調理済みの料理が幾つか並べられていた。カウンターの上にはパンが置いてある。僕は料理を選んでレンジに入れ、棚を次々に開けていった。見つけた紅茶をポットで淹れ、パンと料理を手にカウンターに置かれた椅子に座る。裸だから当然、椅子が冷たいけど。
負けるものか。今までいろんな事を諦めて投げ出して生きて来た。僕は自分で自分に負けていたんだ。それに僕が剛山に殺されるような事があったら、幸彦兄さんと那津彦兄さんが一番傷付く。これ以上兄さんたちを苦しめちゃいけない。僕が弱虫で子供だったから、兄さんたちは傷付いたんだって思う。 子供なのは仕方がないけど、弱虫とはさよならしなきゃ。
パンを頬張って食べる。もとより食欲なくなんかない。でもこれは僕の戦いなんだ。助けが来るまでの。
出した食事を全部詰め込んで、食器を片付けてまたもとの部屋に戻った。ベッドに入って目を閉じる。
眠ろう。起きていたって事態は変わらない。剛山が帰って来たら、ゆっくり眠る事なんか出来なくなるかもしれない。何をされるのか…なんてわかりきった事だ。
あれは体力がいる。だから無駄な体力は使わない。こみ上げてくる恐怖を飲み込んで僕は目を閉じた。
「おい…起きろ…!」
頬を叩かれ耳元で叫ばれて僕は飛び起きた。
「!?」
寝起きでいきなり剛山の顔を間近に見て、僕は悲鳴を呑み込むのがやっとだった。
「お、おかえりなさい」
自分をしっかりさせる為に、そんな言葉を言ってみた。お兄さまに「良くできました」って誉めてもらうんだ。僕はちゃんと助けを信じて待つ。お父さんとおもうさんと、お祖父さまとお祖母さまの所へ帰るんだ。
「お前、意外と肝が据わってんな?」
僕の僕を指先で撫で回しながら、剛山が感心したように言う。
「そんな事ないよ…ドキドキしてるもの。でももう痛いのはイヤだってだけ」
嘘は言ってない。本当は逃げ出したい。でも逃げられないのはわかってる。なら、我慢するしかない。
「言っておくけど、兄さんたちには効果ないよ、これ? 幸彦兄さんはアメリカだし、那津彦兄さんはどこに住んでいるのかも知らない。僕は余所へ養子に行ったからもう兄弟じゃない。 元々、血は繋がっていない兄弟だったから」
一気に言う。兄さんたちはもう関わりがない事を、この男に納得させなけりゃならない。
「お前の母親…って、あれも義理か?なかなか酷え奴だよな?」
「あの人も…義理」
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ここで神林のお義母さんの事を聞くとは思わなかった。人の縁とかって不思議だな。
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………と、その時だった。
玄関チャイムらしいのが響き渡った。剛山は舌打ちしてドアから出て行った。僕はベッドから降りて、そろそろとドアを僅かに開け、耳を澄まして様子を窺った。
「何だ?」
「申し訳ございません。管理人でございます。上の階で水漏れがございまして、この階の点検に回っております。お手数ではございますが、少し中へ入らせていただけませんでしょうか?」
水漏れ? 助けを求めるチャンスだろうか?
「それ、今じゃねぇとダメなのか?」
「万が一、天井裏の配線が水に浸かりますと、漏電して火災を起こす原因になりますので。バスルームとLDKだけでございますから」
「仕方ねぇな」
チェーンロックを外してドアロックを解除する音がした。するとドアがいきなり乱暴に開かれた音がした。
「な、何だ!?」
「剛山 雷太、未成年者拉致監禁で逮捕する!」
おもうさんの声だ!
「葉月?どこだ?」
「おもうさん!」
僕は裸なのも忘れて飛び出した。ああ、おもうさんだ。お兄さまの言った通りだった。ちゃんと僕がここにいるって、見付けてくれたんだ!
おもうさんは剛山を一緒に来た部下の人に渡して、来ていたスーツの上着を脱いで僕に掛けてくれた。
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「葉月? 気が付きましたか?」
眩しい光と共に聞こえて来たのはお父さんの声だった。
「お父さん…?」
何度か瞬きをすると今度ははっきりと室内が見えた。お父さんもお兄さまもお祖父さまもお祖母さまもいる。僕は帰って来たんだ。
そう想うと目が熱くなった。
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