DR.清白の診察室 Ⅴ~義兄弟

翡翠

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連れて行かれたのはうちのマンションから、そうは離れていない川沿いの廃工場だった。僕は車の中でも降ろされて、廃工場へ連れ込まれる時にも何とか逃げようと必死に抵抗した。その度に僕は彼らに殴る蹴るの暴力を受け、廃工場に連れ込まれる時には半ば引きずられての状態だった。 

 廃工場には何人かの男が待っていた。その内の一人、一番奥で残された機械らしきものに座っていた男が立ち上がった。185cmある那津彦兄さんより、その男は背が高かった。しかも肩幅も大きい。 

「連れて来ました」 

 僕はその男の前に跪かされた。 

「本当に神林兄弟の弟か?あんまり似てないな?」 

「入学式の日に那津彦が連れて帰ったし、時々、幸彦の方と一緒に登校してますから間違いありません」 

 怖かった。こんな人が来ない…他の建物からも遠い場所に連れ込まれて、知らない男たちに囲まれている。目を動かしたら全部で8人いた。先程から暴力を振るわれている事から考えても、僕はとんでもない危機に見舞われているのは確かだ。 

 今日は兄さんたちは帰宅が遅い。だから僕が帰っていないのを知るのは何時間も後になる筈だ。 

「恨むんなら兄貴たちを恨むんだな」 

 リーダーらしい男はそう言うと僕の髪の毛を鷲掴みにして身体を持ち上げた。 

「結構、綺麗な顔をしてるじゃねぇか」 

 男はそう言って僕を引きずってまた機械に座った。彼の左右にいた男が僕の両腕を取って抑え込んだ。腕が引き千切られそうに痛かった。 

 リーダーは痛みに顔を歪めた僕を嘲笑うように見下ろした。おもむろに彼は既に欲望を示しているモノを取り出した。髪の毛を掴まれて顔をそれに押し付けられる。 

「痛い目に合いたくなかったら口を開けろ」 

 僕は必死に首を振って抗う。掴まれた髪の毛が抜ける感じがしたけれど絶対に嫌だった。すると腕をギリギリと締め上げられた。 

「ぁ…くぅ…」 

 腕の骨が軋む。それでも首を振るとリーダーに腹を蹴られた。 

「ぅがあっ!」 

 痛い…痛い…痛い…痛い…痛い!! 

 悲鳴を上げた為に口を開いてしまって、男のモノが口にねじ込まれた。 

「ぅ…ン…」 

 髪の毛を掴まれたままで、男のモノに喉の奥を突かれる。腹が痛くて抵抗出来ない。吐きそうな状態に耐えていると、リーダーのモノが僕の口腔内で膨らんだ。 

「たあっぷり出してやるから、ちゃんと飲めよ?吐き出したらただじゃすませねぇからな?」 

 嫌だ。僕は同性愛者だけどこんな男の出すものなんか飲みたくない。 

「出すぞ!」 

 リーダーは喉を突き刺すかのように腰を使い、僕の口腔内に激しく吐精した。 

「うェ…」 

 僕は咽せながらそれを吐き出した。汚い……気持ち悪い。 

「良い度胸してんじゃねぇか。さすがはあの兄弟の弟だな? 

 おい」 

 リーダーが合図をすると僕の腕を掴んでいた二人に無理やり立たされた。と、次の瞬間、強い衝撃と共に一瞬、僕は意識を失った。けれどもすぐにもう一度殴られて僕の意識は回復した。そのままリーダーが座っていた機械に仰向けに押し倒された。 

「しっかり抑えとけよ?」 

 自分がこれから何をされるのか、わからない程バカじゃない。 

「嫌だ……」 

 必死にもがいて脚を振り上げて暴れる。今度は胸を殴られた。 

「ぐはっ…」 

 強い衝撃に息が詰まる。 

 苦しい……痛い……それでも暴れて抵抗する僕に痺れを切らしたのか、別の二人が両側から脚を掴んだ。制服のシャツが引き裂かれボタンが宙を飛んだ。 

 全員が口笛を吹く。 

「うわっ、その辺の女より白くて綺麗だぜ」 

「見ろよ、乳首がピンクだ」 

 揶揄やゆする声の中で、リーダーの武骨な手が撫で回す。 

「嫌だ……嫌だ……触るな!」 

 恐怖に声が掠れる。 

 制服のズボンのベルトを外され下着ごと脱がされた。暴れた時に靴はどこかへ飛んでしまっている。夏服になったばかりの真新しいシャツは引き裂かれ、かろうじて靴下だけが原型を留めて僕の足に残っていた。 

「やめて…嫌だ…」 

 僕が抗えば抗う程、リーダーの顔は愉しげに笑う。 

「しっかり抑えとけよ? 

 さあ、ロストバージンだぜ」 

 剥き出しになった蕾に彼のモノが押し当てられた。僕の身体は解されてもいない。 

「嫌…嫌…嫌ああああ!!」 

 痛い…痛い…痛い…痛い…焼けた鉄の棒でも体内に突っ込まれたように、灼けるような痛みが全身に広がる。 

「嫌ああああぁぁぁぁ!痛い!痛い!痛い!」 

 声を限りに泣き叫んでもリーダーは笑い声をあげながら腰を使う。彼の呼吸が早くなり抽挿が激しくなる。 

「ひぃ…あぅ…やめて…」 

 僕の悲鳴も懇願も無視されて僕の中に彼が吐精した。彼はしばらく余韻を楽しんでいたが、乱暴に僕から離れた。 

「たまらねえな、初物はよ。痛ぇくらい締まって絶品だぜ」 

 彼は自分のモノを僕のシャツで拭って、そこにいた男たちを見回して告げた。 

「後は好きにしろ」 

 それは更なる苦痛と地獄への宣告だった。 

「嫌…やめて…」 

 泣き叫けぶ僕を男たちが次々と犯して行く。彼らは一度だけではもの足らず、僕が声すら上げられなくなり、ぐったりと四肢を投げ出しても僕を放さなかった。 

 ただ貫かれ揺さぶられ続ける。次第に麻痺していく感覚に僕は静かに涙を流し続けた。 

 これは罰だ…… 許されない恋心を抱いた僕への天罰だ。僕は次第に朦朧とする意識の中でぼんやりとそんな事を考えていた。 




 意識が回復した時には僕だけが裸で機械の上に横たわっていた。僅わずかに身動きしても身体中に激痛が走る。無理やり引き裂かれた場所の痛みだけではなかった。散々殴る蹴るされたから骨が折れたりヒビが入ってるのかもしれない。 

「帰らなきゃ……」 

 僕は痛みに悲鳴をあげながら、制服を拾って身に着けた。 

 月明かりの下では周りがよく見えない。靴は見つからず携帯は壊されていた。 

 僕は鞄を抱えて靴下で家に向かって歩き出した。だけどちゃんとあるけなくて何度も転んでしまった。奴らの出したものが脚を伝って流れ落ちて靴下を濡らす。 

 痛い……気持ち悪い……怖い……やっとの思いで帰り着いたけれど既に日付が変わる時間だった。兄たちは多分、もう眠っている。僕は最後の力を振り絞ってバスルームに入った。 

 ボロボロの衣類を脱いで浴室に入りシャワーを捻った。 

 だがもう立っていられない。見るとシャワーから溢れる湯に、鮮血が混じって排水口へ流れて行く。引き裂かれた部分からかなり出血していた。 

 ああ…僕はこんなにも汚くなってしまった。もう兄さんたちの前には出られない。僕はもう……終わりだ。 

 ふと顔を上げた僕の視線に入ったのは、幸彦兄さんが忘れたらしい剃刀かみそり。普通のナイフより切れるそれを手に取って僕は左手首を切り裂いていた。 

 鮮血が辺りに飛び散った。それを見つめながら僕は目を閉じた。 



 僕が最初に目を覚ましたのは集中治療室の中だった。 

 引き裂かれた傷と自ら切り裂いた傷……双方からの出血で僕は死にかけた。肋骨が2本折れて1本にヒビが入っていた。剃刀で切った左手首は血管と一緒にいろんなものを切断して……もう元のようには動かせない。そしてあちこちの打撲。 

 僕は集中治療室で5日、病棟の個室で3日、眠っていたらしい。神林の母は帰国してくれて、僕が一度集中治療室で目を覚ました時に会った。でも時間が押していて僕が病棟に移された時にまた父の元へ戻ったらしい。 

 学校には一年間の休学届が出され僕は1ヶ月以上入院した。その間、兄さんたちは見舞いに来なかった。僕はずっと個室で過ごした。バストイレ付の病室は外に出る必要がない。食事はトレイを持てないから運んで来てもらえる。僕は看護師さんたちと外科と精神科の医師以外と会わないまま、病室の天井ばかり眺めて過ごした。 

 7月の始め、幸彦兄さんが僕を迎えに来た。兄さんは看護師さんたちに丁寧ていねいにお礼を言って僕は退院した。 

 兄さんは僕と視線を合わそうとしなかった。仕方ないと思う。浴室の僕を見付けたのはどちらかだろうし、二人してボロボロな姿を見ただろうから。 

 でも僕はこれで得心した。やっぱり兄さんたちは元々、僕を鬱陶しく思っていたのだと。あの日、あんな深夜に帰っても僕の事を心配していなかったから。携帯が壊されて連絡が着かなくなっても、それにすら多分…気が付いてはいなかったみたいだ。 

 マンションに戻るとリビングで那津彦兄さんが待っていた。 

「ご迷惑をお掛けしました」 

 僕は二人に頭を下げた。救急車を呼んだりきっと大騒動になった筈だ。マンションの入口で会った近所の人たちの眼差しは、僕に何があったのかを知っていると語っていた。兄さんたちもずっと好奇の眼差しにさらされて来たんだ。 

 結局、僕は迷惑しかかけてない。それなのになんで助かったんだろう? 

「座りなさい、葉月。お茶を淹れよう」 

 幸彦兄さんは僕の言葉に応えずに、キッチンへと行ってしまった。 

 僕は無言で頷いて座った。その僕の前に新しい携帯が差し出された。 

「前のは解約して、これは新しいのだ。俺のと兄さんのは登録してある」 

「はい」 

 長い眠りから目を覚ました僕は笑えなくなっていた。何をどうしても笑えない。笑顔すら作れない。僕は表情というものをなくしてしまっていた。感情がないわけじゃない。でもそれを言葉にも出来ないし表情にも出来ない。きっと兄さんたちから見たら、僕は生きている人形みたいだろう。

 テーブルの上の携帯を手に取ろうとして僕は何気なく左手を出した。未だ包帯に包まれた手で携帯を掴もうとした。でも僕の指、特に最初に剃刀が切った部分にあった神経は親指のものだったから…僕の左手は物を掴む事は出来ない。2~3度失敗してようやく僕はそれを思い出した。

 不便だな……僕は溜息を吐いて右手で携帯を取った。

 お茶を淹れて持って来た幸彦兄さんも、ソファに座っていた那津彦兄さんも、凍り付いたように動かなかった。こんな僕の不様な姿は二人には見苦しく見えただろう。

 僕は携帯を握り締めた。

 僕の前にマグカップが置かれた。中身は麦茶。僕が持ちやすいように容器を選んでくれたのだろう。

「ありがとう」 

 精一杯言ってみたけど僕の言葉には感情が入らない。僕は携帯を膝に置いてマグカップを手にした。よく冷えた麦茶は美味しかった。 

「ごちそうさま」 

 僕はマグカップを置いて立ち上がった。受け取ったばかりの携帯だけを手に、自分の部屋へ入ってベッドに横になった。 

 リビングにいても重苦しい空気が漂うだけ。軽口を言って笑ったりふざけた日々はもう帰っては来ない。幸彦兄さんも那津彦兄さんも僕と視線を合わそうとはしない。兄弟ごっこはもうお終いなんだと思う。 

 元々、みそっかすで兄さんたちとは余りにも違った僕。それだけで兄さんたちは嫌だったんじゃないかと思う。 

 そして………僕はあいつらに穢された。おまけに浴室で自殺未遂。迷惑だった筈だ。 

 なのに何故、僕は死んでしまわなかったのだろう。何故生きて兄さんたちに迷惑をかけ続けているのだろう。 

 多分…僕はここにいてはいけない。そう思う。 

 何も知らなかった子供に帰りたい。兄さんたちと無邪気に遊んだあの頃に。でもそれはもう不可能だ。だから僕はここからいなくならなけりゃいけない。 

 再び兄さんたちとの生活が始まった。 

 僕はまだおとなしくしていなければならないし、片手では料理も掃除も出来ない。完全な役立たずだ。僕がリビングにいるといつの間にか兄さんたちは席を外してしまう。会話もほとんどないまま僕たちはすれ違い生活をしていた。 

 僕の心の中の傷は癒える事なくずっと血を流し続けている。 

 本当は助けて欲しかった。兄さんたちが僕を振り向いてくれたら、傷は少しは軽くなったかもしれない。でもそれは僕のわがままだ。 

 ある日、僕の目はベランダに惹き付けられた。僕はフラフラとリビングの窓を開けて裸足でベランダに立った。右手で手摺てすりを掴んで下を覗き込んだ。この部屋は11階にある。ここから飛び降りたらただ死ぬだけじゃない。身体も打ち砕かれる。穢れて傷だらけになったこの身体をただの肉塊に出来る。僕には甘美な誘惑だった。 

 僕は身を乗り出した。片手だけで手摺を乗り越えるのは難しい。上手く出来なくてもがいていると後ろから声がした。 

 那津彦兄さんが飛び出して来て、僕をベランダから引き剥がした。そのままリビングに戻される。 

「葉月!お前は何を考えてるんだ!?」 

 那津彦兄さんの怒りに僕は自分の間違いに気付いた。 

 ああそうだ。ここから飛び降りたらまた兄さんたちに迷惑をかける。 

「ごめんなさい。そうだね、ここでやったらダメだよね。次は場所を考える」 

「葉月…お前…」 

 絶句する那津彦兄さんを残して僕は自分の部屋に戻った。どこか…誰も知らない遠くへ行かなければ……そうだ、断崖絶壁ならもっと高い。僕が僕だとわからないようにして、僕は自分をこの世から消してしまおう。そうすればきっと兄さんたちに迷惑はかからないと思うから。僕はそう決心して少しずつ身の回りのものを片付け始めた。 

 兄たちの眼差しは更に厳しくなった。僕がこれ以上馬鹿な事をしたら兄さんたちに傷が付く。どちらもご近所さんが羨ましがる優秀な兄弟だ。神林の両親の自慢の息子たちなのだ。 

 僕にも自慢で…大好きな…大好きな兄さんたち。こんなになっても僕の中から恋心は消えない。どんなに冷たく無視されても僕は兄さんたちが好きだ。天罰を受けたばかりなのに僕はまだ二人を諦められない。 

 だから消えてしまわなければならない。 

 この気持ちが溢れ出てしまわないように。 

 二人が好きだからこそ僕はここを出て行かなくてはならない。 

 とめどなく涙が溢れて来る。笑えないのに…涙だけがでるのだ。 

 時間だけが無常に虚しく僕の前を通り過ぎていく。 

 前に増して兄さんたちは僕を監視する。夏休みに入って二人は交代で出掛ける。僕との会話はほとんどない。たまに夕食に食べたいものを訊いて来る。だけど僕はただ食べられたらそれで良い。でも迷惑はかけたくないから思い付いたものを言う。 

 やっと包帯が取れた僕の左手首には、切り裂いた傷がはっきりとある。那津彦兄さんがその傷を隠せるサポーターをくれた。僕はずっとそれを着けている。 

 退院から20日。僕はかなり動けるようになった。荷物も整理出来た。後は兄さんたちがいなくなる時を待つだけだ。 

 そして……待ち侘びた時が来た。 

 那津彦兄さんは試合で朝から幸彦兄さんが家にいた。ところが昼過ぎに学校から電話がかかって来たのだ。生徒会で何かあったらしい。僕は自分の部屋にいたが、こっそりと聞いていた。 

 慌ただしく幸彦兄さんは出て行った。余程の何かがあったらしい。僕の事を忘れて飛んで行った。これで当分は二人は帰っては来ない筈だ。 

 僕は電話の横のメモをリビングテーブルの上に持って来た。備え付けのペンを取って置き手紙を書いた。 

『幸彦兄さん、那津彦兄さん。迷惑ばかりかけてごめんなさい。僕はここを出て行きます。兄さんたちの邪魔にはこれ以上なりたくない。 

 今日までありがとうございました』 

 僕はそのメモに自分の通帳と印鑑を置いた。僕の本当の両親は僕を手放した事がやましいのか、養育費だけは代わる代わる振り込んでくれた。でも神林の両親はこれを使わずに貯金してくれていたのだ。3人の暮らしに入る前にこれを手渡された。振り込まれた金額がある程度まとまると定期預金にしてある。

 僕は普通口座の残高を確認して、財布にキャッシュカードを入れた。幾らか降ろして旅費にするつもりだ。僕を肉塊に変えてくれる断崖絶壁までの片道の切符を買う為に。荷物はいらない。必要なのは僕の身体だけ。お金を降ろしたらカードは封筒に入れて投函する。宛名はここだ。財布にはそれ以外、僕が誰かを証明するものは入ってはいない。 

 僕は兄さんたちの前から消えるのだ、永遠に。普段と変わらない服装に着替えて僕は部屋を出た。このマンションはオートロック式になっている。鍵がなくても扉を開閉すれば自動的にロックがかかる。 

 僕はマンションから外に出た。 

 真夏の炎天下。人通りはない。僕は真っ直ぐに駅へ向かった。駅前のコンビニで現金を降ろす予定だ。あの事件以来、僕が外に出たのは一度だけ。退院の時だけだ。それも病院の玄関からマンションのエントランスまでタクシーに乗って移動した。だからこの炎天下は少し堪える。 

 それでも僕は行かなければならない。駅への道を半分程進んだ時、人影が僕の前に立ち塞がった。 

 あの男だ。廃工場にいた奴らのリーダー。 

 僕は無言で彼を見上げた。恐怖に心が染まるのに僕の表情はきっと変わっていない。 

「よう、元気そうじゃねぇか」 

 粘着質な声が降って来た。 

「何か用ですか?」 

「また、お前を可愛がってやろうと思ってな」 

 僕の傷から警察が捜査してるって聞かされたけど、この男は普通に歩いて僕の前にまた姿を現した。多分また僕は逃げられない。だから僕は答えた。 

「ついでに僕を殺してくれるなら行っても良い」 

「殺す?それは少々惜しい気がする」 

「だったら僕に構わないで」 

「殺しはしねぇが、俺の所で飼ってやろう。裸で首輪を着けて俺のペットとして」 

「それ、誰かに見つからない?」 

「俺一人の部屋だぞ?」 

「じゃそれでも良い。ただこの前みたいな怪我は嫌だ」 

「お前がおとなしくしてりゃ、痛い目より良い目を味合わせてやるさ」 

 僕はこれを承諾して彼の後について歩き出した。少し離れた場所に車を止めてあると言う。少し歩いた時、横道から伸びて来た手に僕は捕らえられた。 

「どこへ行くつもりだ、葉月?」 

 那津彦兄さんだった。 

「その…友だちの家…」 

 咄嗟に僕は嘘を吐いた。だがあの男は既に姿を消していた。 

「友だちだと?何でお前が剛山 雷太ごうやまらいたと知り合いなんだ?」 

 そうか、あいつは剛山って言うんだ。 

「良いか、葉月!あいつには二度と近付くな!」 

 もう少しで僕は僕に相応しい場所へ行けたのに。そこで那津彦兄さんの携帯が鳴った。 

「兄さん、何をしてんだ!葉月が出歩いてるじゃないか!え?」 

 僕は那津彦兄さんにそのままマンションに担いで連れて帰られた。リビングで幸彦兄さんは酷く怒った様子で待っていた。僕は那津彦兄さんに無理やり座らされた。 

 まず幸彦兄さんが那津彦兄さんに僕の書いたメモを差し出した。それを一読して那津彦兄さんは握り潰した。 

「兄さん、剛山 雷太を覚えているか?」 

「剛山?忘れる筈がない。あの男を白鷺から追い出すのに俺がどれくらい苦労したか、協力したお前が一番知っている筈だ」 

 そう言えばあの時、あいつは兄さんたちへの恨みとか言ってた。 

「奴がどうかしたのか?」 

「葉月は奴と一緒だった」 

「それは…本当か、葉月!?」 

 僕は仕方なく頷いた。 

「どこで知り合った!? 

 ………まさか…あれは…奴の仕業なのか?答えろ、葉月!?」 

 僕は答えなかった。あいつを今更どうこうしても元の僕には戻れない。 

「葉月!」 

「葉月!」 

 二人の怒声がリビングに響く。 

「…僕の事は捨て置いて…僕はもういないって思って」 

「何を言ってる!?」 

 那津彦兄さんが僕の肩を掴んだ。 

「僕、わかってるから。穢れた僕と一緒にいるのは嫌でしょう、兄さんたちは?ううん、その前から僕は兄さんたちには邪魔だったよね?わかってる…血の繋がらない、僕みたいにつまんない弟が嫌だっていうのは。 

 ごめんなさい。でも安心して僕は出て行くから。もう兄さんたちの邪魔にはならないから」 

 抑揚のない言葉を吐き出しているのに僕の瞳からは涙が溢れた。大好きな大好きな兄さんたちに嫌われたくはなかった。この想いが報われなくても良いからずっと弟でいたかった。 

「葉月……」 

 幸彦兄さんが僕の頭を抱いた。那津彦兄さんが背中から僕を抱き締めた。 

「お前を嫌ったりしていない」 

「嘘だ……」 

「僕が白鷺を受験するのを嫌がった。ここに越して来てから兄さんたちは僕に触らないようにしてた。病院から帰って来てからは…視線を合わしてくれないし、会話もない。 

 それは僕がいらないって事だろ?他にどんな理由があるって言うんだよ?」 

「それは……」 

 二人とも答えに窮して僕から視線をそらした。きっと義務だけで僕の面倒を見ていたんだ。僕は立ち上がった。兄さんたちの手を振り解いて。 

「さよなら」 

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