2 / 12
第1章
第2話
しおりを挟む
戦争が終わり平和な時代になったからこそ、軍隊をちらつかせ政治に口出ししようという勢力は邪魔なもの。
王族すら自分たちの意のままに操ろうと試みる文官中心の貴族連中から見れば、厄介のタネは早いうちに摘んでおきたい。
「ごきげんよう。モニカさま。今度はこちらからピクニックにお誘いしますわ」
「それは楽しみですこと。ぜひよろしくお願いします」
そう言った私に、彼女は目を細め勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
私は誰にも気取られぬよう、訓練された仕草でため息をつく。
彼女とその取り巻きたちを相手にするのは、得意分野ではあるが好きではない。
ようやく落ち着いたところで、一組の老夫婦が声をかけてきた。
「ごきげんよう、アドリアナ。今日は一段と綺麗ね」
「あら、ありがとうございます。トニー伯爵、マリア夫人」
私に次々と声をかけて来るのは、年老いた年配の老夫婦がほとんどだった。
中には実の孫のようにかわいがってくれている方もいる。
私はそんな方々になら、心からにっこりと微笑み、敬意をもって振る舞うことが出来る。
彼らは全て、祖父の代から縁の続く方々だ。
私の祖父は、我がルネマイア帝国が大陸一の大国となった戦争で戦った英雄であり、その後外交官を務めた重鎮だ。
その流れを受け継いだ父は、祖父の集めた傭兵たちをまとめ上げ国境に配置し、その警護を任されている。
いわゆる「将軍」と呼ばれる立場だ。
平和になったいま、父が実際に戦闘で戦ったことはないらしいが、今も屋敷には士官を申し出る者が絶えない。
領地には大きな兵舎が建設され、そこでは常に訓練や武術大会が行われていた。
貴族として生まれたからには、地位や家柄によって自分の価値を判断されるのが当たり前。
それがその家に生まれたものの宿命であり、当然のこと。
貴族であればどんな無能でもバカでも、いい暮らしが出来る。
人の上に立てる。
その家柄と血統を覆しのし上がれるのは、個人の努力や才能なんかじゃない。
人脈と交友関係のみだ。
だからモニカの周りには、力を持たない下級貴族たちが群がる。
彼らが群がるのは、モニカ自身の能力や人柄に魅力を感じているのではなく、内務大臣として権勢を誇る人物を父に持っている、伝統ある伯爵家令嬢であればこそだ。
人気があるのは当たり前。
私は唯一、同世代で彼女の境遇に負けない家柄に生まれた。
だからこそ王太子妃という座を手に入れなければならない。
私自身の価値とモルドヴァン家の評価を守るために。
不意に会場の一部がざわつき始めた。
私はもう一度背筋を伸ばし気を引き締める。
皆が注目する視線の先に、本日の主役である王子マリウスが現れた。
彼は真っ白な衣装に身を固め、王太子である第一王子にのみ許された勲章を胸に付けている。
いつもなら王室の公式行事や、重要な外交での式典でしかすることのない格好だ。
今日は普通に誕生日パーティーだと聞いていたのに、なぜ王子が正装を……。
王子の思わぬ正装に会場が動揺するなか、モニカが私を振り返った。
彼女はいつも以上に大きくニンマリと微笑んで軽く膝を折り私に会釈をすると、王子の元へ進み出る。
今夜この会場に集められた大勢の貴族たちの前で、正装をした王子がモニカに手を差し出した。
「今夜、私と踊っていただけますか?」
王子の言葉に、モニカはいじらしく驚き、恥じらってみせる。
大げさな仕草がワザとらしい。
真っ先にこうされると知りながら、演技しているのがバレバレだ。
「まぁ、よろしいのですか? マリウス王子。私なんかが一番に王子のお相手で」
「もちろんです。今夜はぜひあなたと踊りたいと、心に決めておりました」
これは事実上の婚約発表だ。
王子は誕生パーティーで運命の女性と出会い、恋に落ちる。
その数ヶ月後に、彼女の元を訪れプロポーズをするのが「習わし」だ。
「まぁ。とっても光栄ですわ。王子さま」
差し出された王子の手を取り、彼女たちはダンスを始める合図のポーズをとる。
モニカの勝ち誇った顔が、私に向かってもう一度にっこりと微笑んだ。
指揮棒が振られ、この二人のためだけの音楽が奏でられる。
モニカの勝利の舞いが始まった。
どういうこと?
まさか今夜その発表がされるなんて、そんな情報入ってない。
腹の底が煮えくりかえるほど怒りと憎しみにあふれているのに、それを表には一切出さない。
清楚に微笑み、「今日の王子はなんて素敵なのでしょう」と思ってもないことを言ってみせる。
どうして?
先に知っていれば、ここへ来る時から対策を練ってそれに合わせた対応が出来たのに!
王族すら自分たちの意のままに操ろうと試みる文官中心の貴族連中から見れば、厄介のタネは早いうちに摘んでおきたい。
「ごきげんよう。モニカさま。今度はこちらからピクニックにお誘いしますわ」
「それは楽しみですこと。ぜひよろしくお願いします」
そう言った私に、彼女は目を細め勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
私は誰にも気取られぬよう、訓練された仕草でため息をつく。
彼女とその取り巻きたちを相手にするのは、得意分野ではあるが好きではない。
ようやく落ち着いたところで、一組の老夫婦が声をかけてきた。
「ごきげんよう、アドリアナ。今日は一段と綺麗ね」
「あら、ありがとうございます。トニー伯爵、マリア夫人」
私に次々と声をかけて来るのは、年老いた年配の老夫婦がほとんどだった。
中には実の孫のようにかわいがってくれている方もいる。
私はそんな方々になら、心からにっこりと微笑み、敬意をもって振る舞うことが出来る。
彼らは全て、祖父の代から縁の続く方々だ。
私の祖父は、我がルネマイア帝国が大陸一の大国となった戦争で戦った英雄であり、その後外交官を務めた重鎮だ。
その流れを受け継いだ父は、祖父の集めた傭兵たちをまとめ上げ国境に配置し、その警護を任されている。
いわゆる「将軍」と呼ばれる立場だ。
平和になったいま、父が実際に戦闘で戦ったことはないらしいが、今も屋敷には士官を申し出る者が絶えない。
領地には大きな兵舎が建設され、そこでは常に訓練や武術大会が行われていた。
貴族として生まれたからには、地位や家柄によって自分の価値を判断されるのが当たり前。
それがその家に生まれたものの宿命であり、当然のこと。
貴族であればどんな無能でもバカでも、いい暮らしが出来る。
人の上に立てる。
その家柄と血統を覆しのし上がれるのは、個人の努力や才能なんかじゃない。
人脈と交友関係のみだ。
だからモニカの周りには、力を持たない下級貴族たちが群がる。
彼らが群がるのは、モニカ自身の能力や人柄に魅力を感じているのではなく、内務大臣として権勢を誇る人物を父に持っている、伝統ある伯爵家令嬢であればこそだ。
人気があるのは当たり前。
私は唯一、同世代で彼女の境遇に負けない家柄に生まれた。
だからこそ王太子妃という座を手に入れなければならない。
私自身の価値とモルドヴァン家の評価を守るために。
不意に会場の一部がざわつき始めた。
私はもう一度背筋を伸ばし気を引き締める。
皆が注目する視線の先に、本日の主役である王子マリウスが現れた。
彼は真っ白な衣装に身を固め、王太子である第一王子にのみ許された勲章を胸に付けている。
いつもなら王室の公式行事や、重要な外交での式典でしかすることのない格好だ。
今日は普通に誕生日パーティーだと聞いていたのに、なぜ王子が正装を……。
王子の思わぬ正装に会場が動揺するなか、モニカが私を振り返った。
彼女はいつも以上に大きくニンマリと微笑んで軽く膝を折り私に会釈をすると、王子の元へ進み出る。
今夜この会場に集められた大勢の貴族たちの前で、正装をした王子がモニカに手を差し出した。
「今夜、私と踊っていただけますか?」
王子の言葉に、モニカはいじらしく驚き、恥じらってみせる。
大げさな仕草がワザとらしい。
真っ先にこうされると知りながら、演技しているのがバレバレだ。
「まぁ、よろしいのですか? マリウス王子。私なんかが一番に王子のお相手で」
「もちろんです。今夜はぜひあなたと踊りたいと、心に決めておりました」
これは事実上の婚約発表だ。
王子は誕生パーティーで運命の女性と出会い、恋に落ちる。
その数ヶ月後に、彼女の元を訪れプロポーズをするのが「習わし」だ。
「まぁ。とっても光栄ですわ。王子さま」
差し出された王子の手を取り、彼女たちはダンスを始める合図のポーズをとる。
モニカの勝ち誇った顔が、私に向かってもう一度にっこりと微笑んだ。
指揮棒が振られ、この二人のためだけの音楽が奏でられる。
モニカの勝利の舞いが始まった。
どういうこと?
まさか今夜その発表がされるなんて、そんな情報入ってない。
腹の底が煮えくりかえるほど怒りと憎しみにあふれているのに、それを表には一切出さない。
清楚に微笑み、「今日の王子はなんて素敵なのでしょう」と思ってもないことを言ってみせる。
どうして?
先に知っていれば、ここへ来る時から対策を練ってそれに合わせた対応が出来たのに!
8
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・クズ聖女・ざまぁ系・溺愛系・ハピエン】
グルーバー公爵家のリーアンナは王太子の元婚約者。
「元」というのは、いきなり「聖女」が現れて王太子の婚約者が変更になったからだ。
リーアンナは絶望したけれど、しかしすぐに受け入れた。
気になる男性が現れたので。
そんなリーアンナが慎ましやかな日々を送っていたある日、リーアンナの気になる男性が王宮で刺されてしまう。
命は取り留めたものの、どうやらこの傷害事件には「聖女」が関わっているもよう。
できるだけ「聖女」とは関わりたくなかったリーアンナだったが、刺された彼が心配で居ても立っても居られない。
リーアンナは、これまで隠していた能力を使って事件を明らかにしていく。
しかし、事件に首を突っ込んだリーアンナは、事件解決のために幼馴染の公爵令息にむりやり婚約を結ばされてしまい――?
クズ聖女を書きたくて、こんな話になりました(笑)
いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします!
他サイト様にも投稿しています。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?
せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。
※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました
悪女と言われた令嬢は隣国の王妃の座をお金で買う!
naturalsoft
恋愛
隣国のエスタナ帝国では七人の妃を娶る習わしがあった。日月火水木金土の曜日を司る七人の妃を選び、日曜が最上の正室であり月→土の順にランクが下がる。
これは過去に毎日誰の妃の下に向かうのか、熾烈な後宮争いがあり、多くの妃や子供が陰謀により亡くなった事で制定された制度であった。無論、その日に妃の下に向かうかどうかは皇帝が決めるが、溺愛している妃がいても、その曜日以外は訪れる事が禁じられていた。
そして今回、隣の国から妃として連れてこられた一人の悪女によって物語が始まる──
※キャライラストは専用ソフトを使った自作です。
※地図は専用ソフトを使い自作です。
※背景素材は一部有料版の素材を使わせて頂いております。転載禁止
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる