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最終章
第2話
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屈強な兵士に引きずられそうになった私は、ドットの腕にしがみつく。
頭上に迫った炎の塊に、彼は瞬時に結界を張った。
パリンと巨大な音をたて、ドットの張った結界が巨大な火炎球を弾き返す。
それは一直線に空を飛ぶドラゴンへ迫った。
「ぐわぁぁっつ!」
赤黒い竜が、自分の放った炎に焼かれ全身を焦がす。
彼は上空で苦しそうに激しく身をよじると、その体から炎を失った。
「うぬぬ。お前が宮廷魔法師か。名は何という」
「ドットだ。ドットとだけ覚えておけ!」
「よかろう」
翼を広げ、ドラゴンはゆっくりと地上へ舞い降りた。
鋭く伸びた爪が、ガシリと大地をえぐり取る。
「ドットよ。このまま城ごと破壊されたくなければ、その娘をこちらへ寄こせ」
「断ると言ったら?」
「ならば対価を用意しろ。お前の命でもかまわんぞ」
彼の鳴らした鼻息が、熱風となり黒煙を上げ頬を照りつける。
「この国と今居る兵士たちの命の値段だ。どうする?」
振り下ろした棘のある尻尾が、勢いよく土塊を巻き上げた。
「いくら必要だ」
「そうだな。ラドゥーヌ王家に伝わる秘宝で許してやろう。15代国王ユースタスが、王妃ヘザーに求婚のために贈った、彼女の目の色と同じエメラルドの首飾りだ」
それを聞いたとたん、ドットはサッと顔色を変えた。
私も彼と目を合わせる。
「そ、それは……」
失われた秘宝だ。
その首飾りを受け継いだ次の16代王妃クロエが、外遊中に海で難破し、海底に沈んだ。
ドラゴンは小刻みに首を左右に傾ける。
「どうした? あの首飾りは、本来は俺がヘザーに贈る予定のものだったのを、ユースタスが奪い取り彼女に贈ったものだ。返してもらいたい」
ドットの背に隠されていた私は、彼を押しのけドラゴンの前に進み出る。
「グレグ。あなたは南の海に出掛けていたと、カイルから聞きました。そのカイルは、今どこに?」
「……。それに答える義理はない」
「ずっと彼は、私と身代金の交渉をしていたのよ。その彼がいない状態で、いきなり現れたあなたがグレグだなんて、どうして信じられるの?」
ドラゴンからの返事はない。
荒れ狂う黒煙が、鼻先からシュウシュウと吹き出している。
「あなたは無くなったひいお祖母さまの首飾りを探しに、海まで出掛けていたの?」
「あの首飾りは、俺のものだった」
そう雄叫びを上げる赤黒く恐ろしいドラゴンの姿からは、私には表情が読み取れない。
「あなたが本物のグレグだという証拠がないわ。ただの乱暴なドラゴンが、グレグの代わりにやって来たのではなくて? あなたがグレグ本人だという証拠を見せて!」
空に舞うドラゴンは、何かを考えているかのように尻尾を揺らした。
次の瞬間、ボンッと白煙が巻き上がる。
風にゆっくりと流された煙の中から見えてきたのは、濃い緑色のマントにすっぽりと全身を覆い、長い杖を手にした一人の男の姿だった。
周囲を取り囲む兵士たちから、「おぉっ!」という声が漏れる。
グレグは頭を覆っていたフードを後ろへ取り払った。
短く切りそろえた淡い栗色の髪に、鮮やかな緑の目をしている。
左の頬から首筋にかけて、グレグの紋章と同じ蛇の入れ墨が入っていた。
見た目は23歳のドットより少し年上の27、8歳のような雰囲気だ。
彼はゆっくりと地上に足を付ける。
「あなたが……。グレグ本人なの?」
「そうだよ、ウィンフレッド。これで満足したか、お姫さま」
彼は杖のてっぺんに両手を重ねると、そこに顎を置きフゥと長いため息をついた。
「さぁ、望みを言え。俺にどうしてほしい?」
「どうしてって……。あなたは私に、どうしてほしかったの?」
自然と足が動いた。
彼に一歩近づく。
物語で読んだ、意地悪でずる賢く、醜悪な姿のグレグとは大違いだ。
「欲しいものなんて何もないさ。お前と過ごした数日は、それなりに楽しかったよ。それが代償だ。呪いは解いてやる。そこでじっとしていろ」
彼は右手をかざした。
何百年も生きているはずなのに、落ち着いた物腰と鋭い眼光は、魔法使いが放つ独特な狡猾さと冷淡さを一つも失っていない。
それどころか、私の知る誰よりもそれは強くまぶしかった。
「呪いを解いてくれるの? 身代金は?」
「俺を毎晩、クッキーでもてなしてくれた礼だ」
その手が青白い光を放つ。
とたんにドレスの下の紋章が、熱を帯び始めた。
「だって、私は何にもしてないわよ」
「そうだよな。お前に罪はなかった」
「なのにどうして印をつけたの?」
「ただの気まぐれだ。気にすんな」
「そんなの酷いじゃない」
「だから消してやる」
「どうして!」
「だから悪かったって」
「そんなの嫌!」
ふらりと体を傾ける。
私は両腕を広げ、グレグに思いっきり抱きついた。
「おい! 何をする放せ!」
「いやよ! ようやくあなた自身に会えたのよ。ずっとずっと会いたかった!」
「は? 何を言っている!」
彼の体をぎゅっと抱きしめ、その胸に頬をすり寄せる。
彼は慌てて両手を空に掲げた。
「呪いを解いている最中に動くな!」
「嫌よ。消さないで」
「消して欲しいんじゃなかったのか?」
「消したら、グレグはどうするの?」
彼を見上げた目には、どうしたって涙が浮かんでしまっている。
それを見た彼は、ギョッとして背を反らした。
両手を高く掲げたまま、おどおどと困惑している。
「ど、どうするも何も、消したら帰る」
「どこへ?」
「自分の家」
「どこにあるの?」
「誰が教えるか」
「もう城には来ない?」
「来ない」
「お城に住んで」
彼の胸に、もう一度ぎゅっと抱きつく。
グレグはドットたちに向かって叫んだ。
「おい、これはどういうことだ! この姫さんを俺から引き離せ!」
「ダメよ! ドットや兵士たちに負けたふりして、昔の物語みたいに永遠にここから消え去ろうなんて、そんなの絶対に許さないんだから!」
「うるさい! そんなのは俺の自由だ。俺はお前の呪いを解く!」
「大魔法使いグレグが、何の代償もなしに呪いを消していいの? そんなことして、恥ずかしくないわけ?」
「はぁ? 誰が誰に対して恥ずかしいんだ!」
「だったらせめて、この紋章くらいは残しておきなさいよ!」
「だから、どうしてそうなる?」
グレグは自分に抱きついたままの私を諦め、ドットを睨みつけた。
ドットは「お手上げです」とばかりにため息をつく。
頭上に迫った炎の塊に、彼は瞬時に結界を張った。
パリンと巨大な音をたて、ドットの張った結界が巨大な火炎球を弾き返す。
それは一直線に空を飛ぶドラゴンへ迫った。
「ぐわぁぁっつ!」
赤黒い竜が、自分の放った炎に焼かれ全身を焦がす。
彼は上空で苦しそうに激しく身をよじると、その体から炎を失った。
「うぬぬ。お前が宮廷魔法師か。名は何という」
「ドットだ。ドットとだけ覚えておけ!」
「よかろう」
翼を広げ、ドラゴンはゆっくりと地上へ舞い降りた。
鋭く伸びた爪が、ガシリと大地をえぐり取る。
「ドットよ。このまま城ごと破壊されたくなければ、その娘をこちらへ寄こせ」
「断ると言ったら?」
「ならば対価を用意しろ。お前の命でもかまわんぞ」
彼の鳴らした鼻息が、熱風となり黒煙を上げ頬を照りつける。
「この国と今居る兵士たちの命の値段だ。どうする?」
振り下ろした棘のある尻尾が、勢いよく土塊を巻き上げた。
「いくら必要だ」
「そうだな。ラドゥーヌ王家に伝わる秘宝で許してやろう。15代国王ユースタスが、王妃ヘザーに求婚のために贈った、彼女の目の色と同じエメラルドの首飾りだ」
それを聞いたとたん、ドットはサッと顔色を変えた。
私も彼と目を合わせる。
「そ、それは……」
失われた秘宝だ。
その首飾りを受け継いだ次の16代王妃クロエが、外遊中に海で難破し、海底に沈んだ。
ドラゴンは小刻みに首を左右に傾ける。
「どうした? あの首飾りは、本来は俺がヘザーに贈る予定のものだったのを、ユースタスが奪い取り彼女に贈ったものだ。返してもらいたい」
ドットの背に隠されていた私は、彼を押しのけドラゴンの前に進み出る。
「グレグ。あなたは南の海に出掛けていたと、カイルから聞きました。そのカイルは、今どこに?」
「……。それに答える義理はない」
「ずっと彼は、私と身代金の交渉をしていたのよ。その彼がいない状態で、いきなり現れたあなたがグレグだなんて、どうして信じられるの?」
ドラゴンからの返事はない。
荒れ狂う黒煙が、鼻先からシュウシュウと吹き出している。
「あなたは無くなったひいお祖母さまの首飾りを探しに、海まで出掛けていたの?」
「あの首飾りは、俺のものだった」
そう雄叫びを上げる赤黒く恐ろしいドラゴンの姿からは、私には表情が読み取れない。
「あなたが本物のグレグだという証拠がないわ。ただの乱暴なドラゴンが、グレグの代わりにやって来たのではなくて? あなたがグレグ本人だという証拠を見せて!」
空に舞うドラゴンは、何かを考えているかのように尻尾を揺らした。
次の瞬間、ボンッと白煙が巻き上がる。
風にゆっくりと流された煙の中から見えてきたのは、濃い緑色のマントにすっぽりと全身を覆い、長い杖を手にした一人の男の姿だった。
周囲を取り囲む兵士たちから、「おぉっ!」という声が漏れる。
グレグは頭を覆っていたフードを後ろへ取り払った。
短く切りそろえた淡い栗色の髪に、鮮やかな緑の目をしている。
左の頬から首筋にかけて、グレグの紋章と同じ蛇の入れ墨が入っていた。
見た目は23歳のドットより少し年上の27、8歳のような雰囲気だ。
彼はゆっくりと地上に足を付ける。
「あなたが……。グレグ本人なの?」
「そうだよ、ウィンフレッド。これで満足したか、お姫さま」
彼は杖のてっぺんに両手を重ねると、そこに顎を置きフゥと長いため息をついた。
「さぁ、望みを言え。俺にどうしてほしい?」
「どうしてって……。あなたは私に、どうしてほしかったの?」
自然と足が動いた。
彼に一歩近づく。
物語で読んだ、意地悪でずる賢く、醜悪な姿のグレグとは大違いだ。
「欲しいものなんて何もないさ。お前と過ごした数日は、それなりに楽しかったよ。それが代償だ。呪いは解いてやる。そこでじっとしていろ」
彼は右手をかざした。
何百年も生きているはずなのに、落ち着いた物腰と鋭い眼光は、魔法使いが放つ独特な狡猾さと冷淡さを一つも失っていない。
それどころか、私の知る誰よりもそれは強くまぶしかった。
「呪いを解いてくれるの? 身代金は?」
「俺を毎晩、クッキーでもてなしてくれた礼だ」
その手が青白い光を放つ。
とたんにドレスの下の紋章が、熱を帯び始めた。
「だって、私は何にもしてないわよ」
「そうだよな。お前に罪はなかった」
「なのにどうして印をつけたの?」
「ただの気まぐれだ。気にすんな」
「そんなの酷いじゃない」
「だから消してやる」
「どうして!」
「だから悪かったって」
「そんなの嫌!」
ふらりと体を傾ける。
私は両腕を広げ、グレグに思いっきり抱きついた。
「おい! 何をする放せ!」
「いやよ! ようやくあなた自身に会えたのよ。ずっとずっと会いたかった!」
「は? 何を言っている!」
彼の体をぎゅっと抱きしめ、その胸に頬をすり寄せる。
彼は慌てて両手を空に掲げた。
「呪いを解いている最中に動くな!」
「嫌よ。消さないで」
「消して欲しいんじゃなかったのか?」
「消したら、グレグはどうするの?」
彼を見上げた目には、どうしたって涙が浮かんでしまっている。
それを見た彼は、ギョッとして背を反らした。
両手を高く掲げたまま、おどおどと困惑している。
「ど、どうするも何も、消したら帰る」
「どこへ?」
「自分の家」
「どこにあるの?」
「誰が教えるか」
「もう城には来ない?」
「来ない」
「お城に住んで」
彼の胸に、もう一度ぎゅっと抱きつく。
グレグはドットたちに向かって叫んだ。
「おい、これはどういうことだ! この姫さんを俺から引き離せ!」
「ダメよ! ドットや兵士たちに負けたふりして、昔の物語みたいに永遠にここから消え去ろうなんて、そんなの絶対に許さないんだから!」
「うるさい! そんなのは俺の自由だ。俺はお前の呪いを解く!」
「大魔法使いグレグが、何の代償もなしに呪いを消していいの? そんなことして、恥ずかしくないわけ?」
「はぁ? 誰が誰に対して恥ずかしいんだ!」
「だったらせめて、この紋章くらいは残しておきなさいよ!」
「だから、どうしてそうなる?」
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