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第6章
第4話
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小さなパンの欠片を、二人で分け合う。
小人になった私には、それは抱えきれないほど大きなパンだった。
「こんなに大きなパンを食べるのって、生まれて初めてよ」
自分の背丈ほどの大きさのパンにかぶりつく。
ほんのりと塩の味がする香りのよいパンは、口の中ですぐに溶けた。
「この家の屋根からは、お前の城がよく見えるんだ」
屋根瓦の上を、彼はぴょんぴょんと跳びはねながら移動する。
私もマネをして、飛びはねながら彼のあとを追いかけた。
高台に建てられた三階建ての家の屋根からは、遠くまでよく見渡せる。
「本当ね。ここからみれば、大きなお城も私のいる高い塔も、とてもちっぽけに見えるわ」
夕陽が街を照らし始めている。
赤く染まった街並みは、終わりを迎えた祭りに店じまいを始めていた。
「そろそろ城に戻るぞ」
「嫌よ。私、まだ花冠をもらってないもの」
「は? そんなもの、いくらでも城で作ってもらえるだろ」
「お祭りの日の冠じゃないとイヤなの!」
「もう祭りは終わりだ」
「まだあそこに残ってるわ」
指を指す方向に、花売りの引く荷車が夕暮れの石畳をゆっくりと進んでいた。
荷台には売れ残った花と、いくつかの花冠が見える。
「あれが欲しい。ねぇカイル。私、あの花冠がどうしても欲しいの」
「ならそれを手に入れたら、もう帰るぞ」
カイルの首にしがみつく。
高い家同士の壁に挟まれた狭い路地に舞い降りると、彼は私の魔法を解いた。
夕暮れの薄闇の中、人の姿に戻ったカイルは、私に全身を覆うマントをかぶせる。
「もらって来てやるから、ここで待ってろ」
「嫌よ。私も一緒に行く」
彼の腕にしがみつき、花売りの前に並んで立った。
「こんばんは。パンタニウムの花冠を、この子に分けてくださいませんか」
金髪のおかっぱ頭の少年は、蒼い目でおとぎ話に出てくるような王子さまの格好をしている。
私は頭からすっぽりマントをかぶって、姿を隠したまま彼の背にくっついていた。
花売りのおじさんは不思議なものでも見るように、マジマジと私たちを見下ろす。
「昔から、祭りの日の日没前には不思議なことが起こるって、よく言われたもんだ。どうせ売れ残った花冠だ。お前さんたちにあげるよ」
彼は残っていた冠を手に取ると、私とカイルの頭にそれを乗せた。
「じゃあな。よい夢を」
手を繋いだ私たちは、彼が見えなくなるまで手を振ると、一緒に駆けだした。
太陽はあっという間に西の空に沈み、オレンジと青のグラデーションのかかった空には、一番星が輝く。
「ねぇ、カイル。昼間見たダンス、覚えてる?」
街外れの原っぱに出たところで、彼は私の手を取った。
広い広い草原のステージに、観客は誰もいない。
「もちろん覚えてるさ。お前の方こそ、俺の足を踏むなよ」
スカートの裾を持ち上げ、見よう見まねでステップを踏む。
偉そうなことを言っておいて、私もカイルもダンスはめちゃくちゃだ。
体はぶつけるし、足も踏みあってる。
散々文句を言いあいながらも笑い転げ、疲れきるまで踊り終わったあとで、一緒に草むらに倒れ込んだ。
「あはは。カイルって、思ったよりダンスはへたっぴなのね。驚いたわ」
「はは。お前に言われる筋合いはねーよ」
「だって、本当にヘタクソなんだもん」
寝転がったまま、首を傾けカイルを振り返る。
彼は私の隣で、同じように寝転がったまま互いに目を合わせた。
手を伸ばし、そっと彼の唇に触れる。
「ねぇ、このまま朝まで、一緒にここにいない?」
「それは無理だ」
彼は上半身を起こすと、草の上に流れる私の赤い琥珀色の髪を撫でた。
「約束の時間だ。城に戻ろう」
「もっとこのままでいたいっていうお願いは、聞いてもらえないの?」
「日が落ちた。城を抜け出していることが見つかって、困るのはお前じゃないのか?」
返事の出来ない私の代わりに、彼は姿をカラスに変えた。
その頭に、小さくなった花冠がまだ残っているのを見て、私は立ち上がる。
「いい子だ」
白煙と共に、彼の魔法で私の体はまた小さくなった。
無言のまま彼の背に乗ると、カイルはそのままふわりと飛び上がる。
「もうすぐ誕生日だな」
「カイルはそれしか聞かないのね。誕生日の日、カイルはグレグと一緒に私の所へ来るの?」
「身代金の額は決まったのか?」
「私の質問に答えて」
「俺の質問の方が先だった」
「……。私には、教えてもらえないの。きっと知ったら、安すぎてガッカリすると思ってるんじゃない?」
「安くても嫌なのか。それも難しいな」
私を乗せたカイルが、夜空に舞う。
夕飯の時間を迎えた街の家々には、温かな明かりが灯っていた。
すっかり静かになった通りを、一気に飛び越えてゆく。
遠くにあった王城が近づく。
塔はもう目の前だ。
「ねぇ、本当に帰らなきゃダメ?」
思わず涙声になった私の頬を、カイルの運ぶ夜風が吹き付ける。
「ダメだ。子供はもう寝る時間だ」
あっという間に塔へ戻ってきてしまった。
開け放されたままになっている窓から、灯りが漏れている。
そのゆらめく光の奥に、人影が見えた。
「フッ。さすがに気づいたか。そこまで間抜けではなかったようだ」
「なに? どういうこと?」
「ウィンフレッド、塔の中へ突っ込むぞ。身構えろ!」
「えぇ?」
小人になった私には、それは抱えきれないほど大きなパンだった。
「こんなに大きなパンを食べるのって、生まれて初めてよ」
自分の背丈ほどの大きさのパンにかぶりつく。
ほんのりと塩の味がする香りのよいパンは、口の中ですぐに溶けた。
「この家の屋根からは、お前の城がよく見えるんだ」
屋根瓦の上を、彼はぴょんぴょんと跳びはねながら移動する。
私もマネをして、飛びはねながら彼のあとを追いかけた。
高台に建てられた三階建ての家の屋根からは、遠くまでよく見渡せる。
「本当ね。ここからみれば、大きなお城も私のいる高い塔も、とてもちっぽけに見えるわ」
夕陽が街を照らし始めている。
赤く染まった街並みは、終わりを迎えた祭りに店じまいを始めていた。
「そろそろ城に戻るぞ」
「嫌よ。私、まだ花冠をもらってないもの」
「は? そんなもの、いくらでも城で作ってもらえるだろ」
「お祭りの日の冠じゃないとイヤなの!」
「もう祭りは終わりだ」
「まだあそこに残ってるわ」
指を指す方向に、花売りの引く荷車が夕暮れの石畳をゆっくりと進んでいた。
荷台には売れ残った花と、いくつかの花冠が見える。
「あれが欲しい。ねぇカイル。私、あの花冠がどうしても欲しいの」
「ならそれを手に入れたら、もう帰るぞ」
カイルの首にしがみつく。
高い家同士の壁に挟まれた狭い路地に舞い降りると、彼は私の魔法を解いた。
夕暮れの薄闇の中、人の姿に戻ったカイルは、私に全身を覆うマントをかぶせる。
「もらって来てやるから、ここで待ってろ」
「嫌よ。私も一緒に行く」
彼の腕にしがみつき、花売りの前に並んで立った。
「こんばんは。パンタニウムの花冠を、この子に分けてくださいませんか」
金髪のおかっぱ頭の少年は、蒼い目でおとぎ話に出てくるような王子さまの格好をしている。
私は頭からすっぽりマントをかぶって、姿を隠したまま彼の背にくっついていた。
花売りのおじさんは不思議なものでも見るように、マジマジと私たちを見下ろす。
「昔から、祭りの日の日没前には不思議なことが起こるって、よく言われたもんだ。どうせ売れ残った花冠だ。お前さんたちにあげるよ」
彼は残っていた冠を手に取ると、私とカイルの頭にそれを乗せた。
「じゃあな。よい夢を」
手を繋いだ私たちは、彼が見えなくなるまで手を振ると、一緒に駆けだした。
太陽はあっという間に西の空に沈み、オレンジと青のグラデーションのかかった空には、一番星が輝く。
「ねぇ、カイル。昼間見たダンス、覚えてる?」
街外れの原っぱに出たところで、彼は私の手を取った。
広い広い草原のステージに、観客は誰もいない。
「もちろん覚えてるさ。お前の方こそ、俺の足を踏むなよ」
スカートの裾を持ち上げ、見よう見まねでステップを踏む。
偉そうなことを言っておいて、私もカイルもダンスはめちゃくちゃだ。
体はぶつけるし、足も踏みあってる。
散々文句を言いあいながらも笑い転げ、疲れきるまで踊り終わったあとで、一緒に草むらに倒れ込んだ。
「あはは。カイルって、思ったよりダンスはへたっぴなのね。驚いたわ」
「はは。お前に言われる筋合いはねーよ」
「だって、本当にヘタクソなんだもん」
寝転がったまま、首を傾けカイルを振り返る。
彼は私の隣で、同じように寝転がったまま互いに目を合わせた。
手を伸ばし、そっと彼の唇に触れる。
「ねぇ、このまま朝まで、一緒にここにいない?」
「それは無理だ」
彼は上半身を起こすと、草の上に流れる私の赤い琥珀色の髪を撫でた。
「約束の時間だ。城に戻ろう」
「もっとこのままでいたいっていうお願いは、聞いてもらえないの?」
「日が落ちた。城を抜け出していることが見つかって、困るのはお前じゃないのか?」
返事の出来ない私の代わりに、彼は姿をカラスに変えた。
その頭に、小さくなった花冠がまだ残っているのを見て、私は立ち上がる。
「いい子だ」
白煙と共に、彼の魔法で私の体はまた小さくなった。
無言のまま彼の背に乗ると、カイルはそのままふわりと飛び上がる。
「もうすぐ誕生日だな」
「カイルはそれしか聞かないのね。誕生日の日、カイルはグレグと一緒に私の所へ来るの?」
「身代金の額は決まったのか?」
「私の質問に答えて」
「俺の質問の方が先だった」
「……。私には、教えてもらえないの。きっと知ったら、安すぎてガッカリすると思ってるんじゃない?」
「安くても嫌なのか。それも難しいな」
私を乗せたカイルが、夜空に舞う。
夕飯の時間を迎えた街の家々には、温かな明かりが灯っていた。
すっかり静かになった通りを、一気に飛び越えてゆく。
遠くにあった王城が近づく。
塔はもう目の前だ。
「ねぇ、本当に帰らなきゃダメ?」
思わず涙声になった私の頬を、カイルの運ぶ夜風が吹き付ける。
「ダメだ。子供はもう寝る時間だ」
あっという間に塔へ戻ってきてしまった。
開け放されたままになっている窓から、灯りが漏れている。
そのゆらめく光の奥に、人影が見えた。
「フッ。さすがに気づいたか。そこまで間抜けではなかったようだ」
「なに? どういうこと?」
「ウィンフレッド、塔の中へ突っ込むぞ。身構えろ!」
「えぇ?」
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