上 下
23 / 31
第6章

第2話

しおりを挟む
「だ、大丈夫よ、みんな。グレグの狙いは私だけだもの。他の人を傷つけたりなんか、決してしないわ」

「保証はございますの?」

 エレナは青白い顔をしたまま、ブルブルと体を小刻みに震わせている。

「そ、それは……」

「ドットさまはどこ? あの方がいなければ、とてもじゃないけど、こんなところでじっとなんかしていられませんわ。ドットさまでないと、グレグに太刀打ち出来ないのでしょう? ドットさまもいらっしゃるからと、今回の話を渋々お受けしたのに……」

 エレナがさっきから落ち着きなく周囲を見渡していたのは、そういうことだったのか。
ローラは手袋をした手がどうしても震えてしまうのを誤魔化すように、拳を強くぎゅっと握りしめている。

「恐ろしいことですわ。ウィンフレッドさまはご存じないかも知れませんが、お誕生日が過ぎるまで、城から遠く離れ避難する方も増えておりますのよ」

「そんな!」

 いつもは自信たっぷりで、そのおごり高ぶった様子がたまに鼻につくようなヘイドンまで、イライラしていた。

「もういい。さっさと終わらせて、早く帰ろうぜ。見ろよ。今日ここに集められた踊り子たちだって、可哀想にみんな怖がってるじゃないか」

「ご、ごめんなさい。私の我が儘に付き合わせて……」

 いつも悠然と落ち着き払っている騎士のロッティまで、飲み干したカップを乱暴にソーサーの上に落とした。

「ほら。これさえ終われば、俺たちは自由なんだ。さっさと踊れ」

 彼の言葉を合図に、ヘイドンは急かすようにパンパンと手を叩いた。
用意されていた簡単な舞台の上に、ガタガタと震えながらパンタニウムの花を持った踊り子たちがぎこちなく登場する。
楽団員は、いつもなら二十人はいるはずなのに、たった二人のバイオリニストだけだ。
パレードで優秀賞に選ばれたチームからの選抜者とはとても思えないほど、彼女たちの動きは固い。
出来の悪いカラクリ人形を見ているようだ。
4人の踊り子のうち、一人は足をもつらせて転び、もう一人は両手に持っていた花束まで落としてしまった。
彼女たちの笑顔は、とてつもなく引きつっている。

「も、もういいわ。風も出てきたし、今日は少し肌寒いわね」

 よく晴れたパンタニウムの花祭りの晴天の下で、風もないお茶会日よりのテーブルには、暖かな日の光があふれていた。

「私も久しぶりの外出で、少し疲れたみたい。ずっと籠もっていたので、体力が落ちてしまったのかもね。もういいわ。今日はお開きにしましょう」

 そう言ったとたん、テーブルに座る3人だけでなく、周囲をズラリと取り囲む過剰過ぎる護衛たちからも、ほっと安堵のため息が漏れる。
エレナは広げた扇をせわしなく小刻みに煽いだ。

「そ、そうですわよ、ウィンフレッドさま。今は我慢なさるのが、あなたのためにも一番大切なこと。グレグなどに負けてなるものですか」

 普段はあまり仲のよくないヘイドンとロッティまで、口を揃える。

「大切な王女さまを守るのが、我々の勤めです。そうだよな、ロッティ」

「あぁ。珍しくヘイドンの言う通りだ。今は敵を知り、備える時です」

 ローラは冷えているはずのない肩をぎゅっと抱きしめた。

「なんだか私も、体が冷たくなってきましたわ。そろそろお暇させていただきます」

 そこからの動きは速かった。
誰もが一言も口を利かぬまま、あっという間に片付けが終わってしまった。
いつもは名残惜しそうに話を長引かせたり、彼らがまだ入ったことのない王宮の客間を案内してほしいなどと言って、こちらがうんざりするほど長く居座っていたのに……。

 私はまっすぐ顔を上げ、毅然とテーブルから立ち上がる。
それを見た一同は、慌てて立ち上がり姿勢を正した。

「本日は私のためにお集まりくださり、大変感謝しております。今後とも、よき縁が我々にありますよう」

「ウィンフレッド・ソラレシア・ユール・ド・ベール・ラドゥーヌさまの名の元に」

 皆の声が一つになって響き渡る。
私はニコッと微笑んで見せてから、前を向いて歩く。
私の姿が見えなくなったとたん、彼らは逃げるように王宮から出てゆくのだろう。

 侍女たちを引き連れ、塔に戻るため宮殿の中を歩く。
私の後ろに付き従うこの兵士や侍女たちも、本当は私に仕えたいとは思っていないのだろうか。
今すぐにでも、安全な場所に避難したいと思ってる? 
私だって、彼らに危害を加えるようなことはしたくないし、させようとも思わない。

「おや。ウィンフレッドさま。お茶会はどうしたのですか?」

 塔への入り口で、ドットと鉢合わせた。
彼は胸に手を当て小さくうつむき、王女である私に丁寧な礼節を示す。

「仕事で少し遅れましたが、これからお茶会に顔を出そうと思っておりましたのに」

「いいのよドット。ずっと閉じこもっていたから、私の体力が落ちてしまったみたい。体も冷えるし、早めにお開きにしてもらったの」

「体調が悪いのですか? それではすぐに薬師を……」

 真剣な顔をして、本当に心配してくれる白銀の魔法使いに、にっこりと微笑む。
私はここに居る誰も傷つけたくない。

「ウソ。実は昨日の夜、ドットの持って来てくれた本がとっても面白くて、つい夜更かしをしてしまったの。眠くて仕方ないから、さっさと戻って来ちゃったわ」

「ですが、今日のお茶会をあれほど楽しみに……」

「来てくれたみんなには、とても申し訳ないことをしてしまったわね。後でお詫びの品を贈っておいてちょうだい」

「それはかまいませんが……」

 鍛え上げられた微笑みを浮かべ、その場を後にする。
立ち去ろうとした私を、すぐに彼は呼び止めた。

「ウィンフレッドさま。少しいいですか」

「なあに?」

 振り返ると、彼は白い法衣を翻しサッと跪く。
後ろに控える魔法師たちも、同じように跪いた。
彼は私の手を取ると、そこにそっと口づけをする。

「ウィンフレッドさまが、元気になられるよう魔法をおかけました。どうか今夜は、心穏やかにゆっくりとお休みください。きっとよい夢が見られます」

「ありがとう」

 高い高い塔の先端に続く、長い長い階段を上る。
今日をどれだけ楽しみにしていたのか、ドットは知っている。
やっと外に出られたのに、すぐに戻らなくてはならないのか。
あの小さくて狭い部屋は、どれだけ快適に過ごせるよう整えてもらっても、誰もいない。
一人孤独に耐える時間がこんなにも長くて辛くて、外に出れば一瞬でもそれを忘れられると思っていたのに、いざ部屋の外に出てみれば孤独は深まるばかりだった。
こんなことなら、出て行かなければよかった。
ずっとここに居れば、誰も私を邪魔にしない。
誰にも嫌われず、疎まれずにいられるのなら、もう一生ここにいたっていい! 

 私を閉じ込める高い塔のてっぺんにたどり着くと、重い木の扉が開かれた。
いつの間にかこの場所が、私の唯一の居場所になってしまっている。

「もう下がっていいわ。明日の朝まで、一人にしてちょうだい」

 扉が閉まった瞬間、抑えていた涙があふれ出した。
自分のどこに、こんなにも流れる涙があったのかと思うほど、後から後から湧き出してくる。
こんなところに、閉じ込められたくなかった。
だけど、一度閉じこもってしまった以上、もう外には出られない。
このままグレグのものになってしまうのなら、いっそ身を投げてしまえば……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。

かのん
恋愛
 真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。  けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。 「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。  ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!

処理中です...