21 / 31
第5章
第6話
しおりを挟む
翌朝には、塔から見下ろす城下街で、祭りの準備が始まっていた。
見渡す限りの通りにパンタニウムの花街道が出来上がりつつあるのに、それをカイルは一緒に見てくれない。
重い扉をノックする音が聞こえた。
毎朝のルーティン。
この部屋に入ってくるのは、私が閉じ込められて以来ドットとカイルだけだ。
真っ白な法衣を身に纏ったドットは、部屋に入ったとたんギュッと眉をしかめる。
「魔法の臭いがしますね。例の少年が、昨夜来ていたのですか?」
「カイルよ。彼は私が呼べば、必ず来てくれるわ。だって、グレグからそう命令されてるんだもの。当然よ」
「……。そうですか。ここには、そう簡単に破られないよう、新しい術式で結界を張っていたのですが、それに私が気づかないとは……」
ドットは運んで来た新しいお茶とパンやビスケットの入った籠を、古いものと取り替えた。
「それで、彼からグレグの新しい情報は引き出せましたか」
「いいえ。相変わらず、『もうすぐ南の海から戻ってくる』の一点張りよ」
彼はいつものように朝の食事の支度を調えると、テーブルにつく。
「その件に関しては、こちらも情報を集めております。ですが、なにせ遙か遠い遠方の国のこと。彼らと直接的な国交もなく、正確なことは何も掴めていません」
「お願いドット。カイルのことも助けてあげて」
「それは承知しておりますが、彼の協力と同意が得られないことには、話は進みませんよ、ウィンフレッドさま。彼は謎に包まれたグレグの現在を知る貴重な情報源です。こちらとしても、ぜひ味方に引き込みたいところ。そうすれば、先に手を打つことも出来ます」
「身代金の額は、もう決まっているのでしょう?」
「もちろんです。ですがまだ、誕生日まで時間が残されています。決してこちらの手の内を見せぬよう、あえて姫さまにもお知らせしないでいるのですよ」
「カイルを助けるためにも」
食事を終えたドットは、手に付いたパンくずを払い落とした。
「えぇ。魔法庁も人手不足ですからね。優秀な人材は、喉から手が出るほど欲しいです」
彼は払ったパンくずを魔法で一カ所に集めると、それを宙に浮かべパチンと指をならし火を付けた。
綺麗になったテーブルで、新しいお茶をカップに注ぐ。
「花祭り、カイルは来ないって」
「残念ですね。今後とも彼を刺激しないよう、十分に注意しながら接触を続けてください」
ドットはまだカイルの残した魔法の臭いが気になるのか、用心深く部屋の中を見渡す。
「まずは一度、本気で私自身が、直接彼にお目にかかりたいものです」
「ドットの話は、何もしてないわ」
「とても上手く事は運んでいますよ、ウィンフレッドさま。この調子でいきましょう。私も彼には、期待しています」
季節の変わり目を知らせる黒い雲が、先ほどまで青かった空を覆い尽くした。
突然降り始めた大粒の雨に、ドットは開け放されたままになっていた、窓の扉を閉めた。
見渡す限りの通りにパンタニウムの花街道が出来上がりつつあるのに、それをカイルは一緒に見てくれない。
重い扉をノックする音が聞こえた。
毎朝のルーティン。
この部屋に入ってくるのは、私が閉じ込められて以来ドットとカイルだけだ。
真っ白な法衣を身に纏ったドットは、部屋に入ったとたんギュッと眉をしかめる。
「魔法の臭いがしますね。例の少年が、昨夜来ていたのですか?」
「カイルよ。彼は私が呼べば、必ず来てくれるわ。だって、グレグからそう命令されてるんだもの。当然よ」
「……。そうですか。ここには、そう簡単に破られないよう、新しい術式で結界を張っていたのですが、それに私が気づかないとは……」
ドットは運んで来た新しいお茶とパンやビスケットの入った籠を、古いものと取り替えた。
「それで、彼からグレグの新しい情報は引き出せましたか」
「いいえ。相変わらず、『もうすぐ南の海から戻ってくる』の一点張りよ」
彼はいつものように朝の食事の支度を調えると、テーブルにつく。
「その件に関しては、こちらも情報を集めております。ですが、なにせ遙か遠い遠方の国のこと。彼らと直接的な国交もなく、正確なことは何も掴めていません」
「お願いドット。カイルのことも助けてあげて」
「それは承知しておりますが、彼の協力と同意が得られないことには、話は進みませんよ、ウィンフレッドさま。彼は謎に包まれたグレグの現在を知る貴重な情報源です。こちらとしても、ぜひ味方に引き込みたいところ。そうすれば、先に手を打つことも出来ます」
「身代金の額は、もう決まっているのでしょう?」
「もちろんです。ですがまだ、誕生日まで時間が残されています。決してこちらの手の内を見せぬよう、あえて姫さまにもお知らせしないでいるのですよ」
「カイルを助けるためにも」
食事を終えたドットは、手に付いたパンくずを払い落とした。
「えぇ。魔法庁も人手不足ですからね。優秀な人材は、喉から手が出るほど欲しいです」
彼は払ったパンくずを魔法で一カ所に集めると、それを宙に浮かべパチンと指をならし火を付けた。
綺麗になったテーブルで、新しいお茶をカップに注ぐ。
「花祭り、カイルは来ないって」
「残念ですね。今後とも彼を刺激しないよう、十分に注意しながら接触を続けてください」
ドットはまだカイルの残した魔法の臭いが気になるのか、用心深く部屋の中を見渡す。
「まずは一度、本気で私自身が、直接彼にお目にかかりたいものです」
「ドットの話は、何もしてないわ」
「とても上手く事は運んでいますよ、ウィンフレッドさま。この調子でいきましょう。私も彼には、期待しています」
季節の変わり目を知らせる黒い雲が、先ほどまで青かった空を覆い尽くした。
突然降り始めた大粒の雨に、ドットは開け放されたままになっていた、窓の扉を閉めた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる