16 / 31
第5章
第1話
しおりを挟む
そうやって幾日が過ぎただろう。
夜更かしが過ぎる私は、すっかり朝が苦手になってしまっていた。
帰国したドットと朝食がてら報告を受けている最中にも、つい大きな欠伸をしてしまう。
「ウィンフレッドさま。カイルとは本当に、真面目に身代金の交渉を行っているのでしょうね」
ドットは大きなため息をつくと、食事をしていたフォークを皿に置き額に手を当てる。
その表情は完全に怒っていた。
「もちろんよドット。だけどいくら話しても平行線のまま、どうにもならないのよ」
そんな言いわけをしながらも、眠くてたまらない目をこする。
「あのですね、我々はあなたのために真剣に戦っているのです。これは遊びじゃない」
「それはちゃんと心得ています!」
「そのカイルとかいう使者も、何を考えているのやら。ウィンフレッドさまがこの調子では、いずれ上手く行きそうな交渉でも行き詰まることでしょう」
不意に、ドットは言葉を飲み込んだ。
そうかと思うと、冷たく光るブルーグレーの眼をじっと私に向ける。
「どうかした?」
「いえ。私も私なりに策を練らねばと、決意を新たにしたということです」
頼りにならないと言われたことに、ちょっと傷つく。
私はフォークに突き刺した野菜のテリーヌを口に運んだ。
「とにかく。一国の姫ともあろう方が、夜更かしばかりで朝も起きられないというのは困ります。今夜は早く寝て、明日の朝は私と気持ちよく食事がとれるよう、昼寝はお控えなさってください」
「仕方ないじゃない。眠いものは眠いもの」
「寝不足では、せっかくの可愛いお顔もやつれてしまいますよ」
ドットはツンとすましたまま、指先で私の頬を撫でた。
食事を終えた彼は、そのまま部屋を出て行く。
そんなこと言われたって、この部屋に閉じ込められていては、昼寝以外他にしたいことなんて何もない。
このままふかふかのベッドへ倒れ込んでしまいたいけど、倒れた途端寝てしまうのは目に見えている。
私はそこへ向かいたい誘惑を押さえ、窓に向かって叫んだ。
「カイル! カイル、ちょっと来て!」
彼がここへ来るのは、いつも夜が更けてから。
誰かに姿を見られることを、恐れているのだと思う。
一度昼間に外へ出たことがあったけど、その時ドットは城を留守にしていた。
今思えば、だからこそカイルは私を試すように外に連れ出したのだと思う。
呼んだら必ず来てくれるという約束が、石造りの壁にはね返り空しく虚空に消えた。
一日は始まったばかりだ。
こんな時間に彼を呼んだところで、来てくれるはずもないのに。
高い窓から見上げる外の世界は、どこまでも青い空しか広がっていない。
このまま退屈な日々に押しつぶされてしまいそう。
そもそも、どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの?
それが未だに納得できない。
ここで待っていても、どうせ彼は来ない。
そんなの当たり前だよね。
カイルだって、同じように夜更かしをしている。
きっと今ごろはぐっすり眠っていて、私の声なんて……。
強い眠気と寂しさに耐えられず、窓枠からずるりと重たい体を離す。
ベッドに倒れ込もうとした瞬間、背後で力強い羽音が聞こえた。
「こんな時間に俺を呼びだすとは、いい度胸だな」
カイルだ。
真っ黒なカラスの姿で、バサリと窓枠に舞い降りた。
「本当に来てくれたの? うれしい!」
彼に飛びつき、いつものように抱きしめる。
彼はカラスのままバタバタと羽を広げ暴れた。
「だから俺に抱きつくな!」
抵抗する彼を抱きしめたまま、部屋の中へ引き入れる。
私はカラスのままの頭をそっと撫でた。
「ねぇ、どうして今日はカラスのままなの? 早く人間の姿になって」
「人間がこんな高い塔の窓から飛び込んでくるなんて、そっちの方が不自然だろ。誰に見られるか分からないんだ。昼間俺を呼ぶなら、カラスのままだぞ」
「そうなんだ。ちょっと残念ね。まぁ私は、カイルがカラスでも人でも、どっちでも構わないけど」
彼は私の腕から逃れると、ピョンとテーブルの上に飛び乗った。
いつもなら小さな男の子の姿に戻るのに、今日はカラスのままだ。
「で、無駄に俺を呼ぶのはこれで何度目だ。いつものようにおしゃべりしたいだけなら、もう帰るぞ」
そう言いながらも、彼はカラスのままキョロキョロと警戒するように部屋を見渡す。
夜更かしが過ぎる私は、すっかり朝が苦手になってしまっていた。
帰国したドットと朝食がてら報告を受けている最中にも、つい大きな欠伸をしてしまう。
「ウィンフレッドさま。カイルとは本当に、真面目に身代金の交渉を行っているのでしょうね」
ドットは大きなため息をつくと、食事をしていたフォークを皿に置き額に手を当てる。
その表情は完全に怒っていた。
「もちろんよドット。だけどいくら話しても平行線のまま、どうにもならないのよ」
そんな言いわけをしながらも、眠くてたまらない目をこする。
「あのですね、我々はあなたのために真剣に戦っているのです。これは遊びじゃない」
「それはちゃんと心得ています!」
「そのカイルとかいう使者も、何を考えているのやら。ウィンフレッドさまがこの調子では、いずれ上手く行きそうな交渉でも行き詰まることでしょう」
不意に、ドットは言葉を飲み込んだ。
そうかと思うと、冷たく光るブルーグレーの眼をじっと私に向ける。
「どうかした?」
「いえ。私も私なりに策を練らねばと、決意を新たにしたということです」
頼りにならないと言われたことに、ちょっと傷つく。
私はフォークに突き刺した野菜のテリーヌを口に運んだ。
「とにかく。一国の姫ともあろう方が、夜更かしばかりで朝も起きられないというのは困ります。今夜は早く寝て、明日の朝は私と気持ちよく食事がとれるよう、昼寝はお控えなさってください」
「仕方ないじゃない。眠いものは眠いもの」
「寝不足では、せっかくの可愛いお顔もやつれてしまいますよ」
ドットはツンとすましたまま、指先で私の頬を撫でた。
食事を終えた彼は、そのまま部屋を出て行く。
そんなこと言われたって、この部屋に閉じ込められていては、昼寝以外他にしたいことなんて何もない。
このままふかふかのベッドへ倒れ込んでしまいたいけど、倒れた途端寝てしまうのは目に見えている。
私はそこへ向かいたい誘惑を押さえ、窓に向かって叫んだ。
「カイル! カイル、ちょっと来て!」
彼がここへ来るのは、いつも夜が更けてから。
誰かに姿を見られることを、恐れているのだと思う。
一度昼間に外へ出たことがあったけど、その時ドットは城を留守にしていた。
今思えば、だからこそカイルは私を試すように外に連れ出したのだと思う。
呼んだら必ず来てくれるという約束が、石造りの壁にはね返り空しく虚空に消えた。
一日は始まったばかりだ。
こんな時間に彼を呼んだところで、来てくれるはずもないのに。
高い窓から見上げる外の世界は、どこまでも青い空しか広がっていない。
このまま退屈な日々に押しつぶされてしまいそう。
そもそも、どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの?
それが未だに納得できない。
ここで待っていても、どうせ彼は来ない。
そんなの当たり前だよね。
カイルだって、同じように夜更かしをしている。
きっと今ごろはぐっすり眠っていて、私の声なんて……。
強い眠気と寂しさに耐えられず、窓枠からずるりと重たい体を離す。
ベッドに倒れ込もうとした瞬間、背後で力強い羽音が聞こえた。
「こんな時間に俺を呼びだすとは、いい度胸だな」
カイルだ。
真っ黒なカラスの姿で、バサリと窓枠に舞い降りた。
「本当に来てくれたの? うれしい!」
彼に飛びつき、いつものように抱きしめる。
彼はカラスのままバタバタと羽を広げ暴れた。
「だから俺に抱きつくな!」
抵抗する彼を抱きしめたまま、部屋の中へ引き入れる。
私はカラスのままの頭をそっと撫でた。
「ねぇ、どうして今日はカラスのままなの? 早く人間の姿になって」
「人間がこんな高い塔の窓から飛び込んでくるなんて、そっちの方が不自然だろ。誰に見られるか分からないんだ。昼間俺を呼ぶなら、カラスのままだぞ」
「そうなんだ。ちょっと残念ね。まぁ私は、カイルがカラスでも人でも、どっちでも構わないけど」
彼は私の腕から逃れると、ピョンとテーブルの上に飛び乗った。
いつもなら小さな男の子の姿に戻るのに、今日はカラスのままだ。
「で、無駄に俺を呼ぶのはこれで何度目だ。いつものようにおしゃべりしたいだけなら、もう帰るぞ」
そう言いながらも、彼はカラスのままキョロキョロと警戒するように部屋を見渡す。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄を成立させた侯爵令嬢~自己陶酔の勘違い~
鷲原ほの
ファンタジー
侯爵令嬢マリアベル・フロージニス主催のお茶会に咲いた婚約破棄騒動。
浅慮な婚約者が婚約破棄を突き付けるところから喜劇の物語は動き出す。
『完結』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる