15 / 31
第4章
第5話
しおりを挟む
「あっ!」
大粒のルビーのブローチが、高い塔のてっぺんから夜の闇の中へ転げ落ちる。
その瞬間、カイルは迷うことなく即座に飛び降りた。
真っ逆さまに、一直線に落ちてゆく黒い影は、すぐに闇に紛れて姿が見えなくなる。
「カイ……ル?」
たとえ今が真昼であったとしても、この窓から落としたブローチを目で確かめることは出来ないだろう。
それほど高い塔の上にある部屋だ。
もしかしたら、もう……。
「ブローチが、割れた?」
ルビーほどの硬い石でも、強い衝撃が加われば簡単に割れてしまう。
もしあの石が壊れてしまったら、ドットやお父さまに叱られるだけでは済まない。
グレグとの交渉にも使えなくなってしまう。
「どうしよう……。探しに行かなきゃ……」
一刻も早く、ブローチを確かめないと。
全身から、一気に血の気が引いた。
ふるえる足で、窓から離れようと一歩踏み出した瞬間、バサリという力強い羽音が背後から聞こえる。
「カイル!」
彼の大きな黒い翼が、窓一杯に広がった。
脚には王族の証であるルビーのブローチが、しっかりと握られていた。
闇夜に深紅の光を放つブローチを掴んだまま、彼は静かに部屋に入ると、テーブルの上にふわりと舞い降りる。
「全く。本気で地面に頭をぶつけて死ぬかと思った」
「カイル! ありがとう!」
私が抱きついたら、彼は初めてそれをそのまま受け入れてくれた。
「だから抱きつくな! 俺がこの脚を放したら、また落っことすだろ!」
「今度は部屋の中だから大丈夫よ」
「そういう問題じゃない!」
「ありがとう、カイル。一生感謝するわ」
「いいから今すぐ離れろ!」
彼がバタバタと暴れるものだから、取れてしまった羽根が数本、ひらひらと部屋に舞った。
それでもまだ感謝を伝えきれなくて、彼をぎゅっと抱きしめる。
「放せ!」
「嫌よ。しばらくこのままでいさせて」
そう言ったのに、ポンッという音がして、腕の中でもくもくと白煙が上がった。
カラスのカイルは、幼い少年王の姿に変わっていた。
彼は細く小さな腕で、私を押しのける。
「それ以上近寄るな!」
「どうしてよ。恥ずかしいの?」
10歳くらいに見える、幼い少年は顔を真っ赤にして横顔を向けた。
「もうバカなことは考えるな」
「バカなことなんかじゃないわ。これはグレグに対する誠意でもあるのよ」
「お前がどれほど思い詰めていたのかは、よく分かった」
そう言うと、彼はテーブルにあったブローチを握りしめ、その手を私に突き出す。
「身代金5,000億ヴェールの話は振り出しだ。白紙に戻そう。今度はちゃんと、俺たち二人で身代金をどうするか考えるんだ」
「私たち二人で?」
その言葉に、何だかちょっと嬉しくなる。
それなのにカイルは、サラサラした金の髪をわずかに傾け、ムッとした表情を見せた。
「なんだ、俺と一緒じゃ不満か?」
「いいえ、そうじゃないわ」
私は椅子に腰掛けると、彼にも席につくよう促す。
「それなら、沢山相談しないと」
「あぁ、そうだな。解決すべきことは多い」
彼は私の言葉に素直に従うと、椅子を引いてちょこんとそこに腰掛けた。
「明日の晩も、ここへ来る?」
「誕生日までに、もう一ヶ月を切っている。早くどうするか決めないと、準備が間に合わない」
「そうね、沢山話し合わないといけないわ」
私がついうっかり、これから毎日カイルに会えるという喜びを隠せず盛大に微笑むと、彼はあからさまに不機嫌になり眉間にシワを寄せた。
「どうしたウィンフレッド。何を考えている」
「カイルが来てくれるなら、ここに閉じ込められているのも悪くないなーって」
「その軟禁状態を解消するために話し合うんだろ」
「あはは。そうだったわね」
それから毎晩、彼は夜になると私の部屋にやって来た。
もうこの際、退屈しのぎの話し相手になってくれるのなら、相手は誰でもよかったのかもしれない。
ほぼ毎晩、決まった時間に窓から呼んでいたら、そのうちに私が呼ばなくても彼の方からやって来てくれるようになった。
高い塔のてっぺんの小さな部屋で、私たちは夜の闇に紛れ秘密の会話を交わす。
カイルはカラスの姿でやって来て、部屋の中に入ると美しい少年王の姿に形を変えた。
身代金の相談の合間にも話す彼の話は、どれもこれも聞いたことのないようなものばかりで、すっかり夢中になった。
山で魔物と遭遇した時の話や、ドラゴンの巣に上った話。
川の水をせき止めていた岩を砕くために、そこに巣くう巨大な水毒蜘蛛と戦った話など、いくらでも話題は尽きない。
彼は彼のために用意したお菓子の中から、種入りの焼き菓子を好んで食べた。
大粒のルビーのブローチが、高い塔のてっぺんから夜の闇の中へ転げ落ちる。
その瞬間、カイルは迷うことなく即座に飛び降りた。
真っ逆さまに、一直線に落ちてゆく黒い影は、すぐに闇に紛れて姿が見えなくなる。
「カイ……ル?」
たとえ今が真昼であったとしても、この窓から落としたブローチを目で確かめることは出来ないだろう。
それほど高い塔の上にある部屋だ。
もしかしたら、もう……。
「ブローチが、割れた?」
ルビーほどの硬い石でも、強い衝撃が加われば簡単に割れてしまう。
もしあの石が壊れてしまったら、ドットやお父さまに叱られるだけでは済まない。
グレグとの交渉にも使えなくなってしまう。
「どうしよう……。探しに行かなきゃ……」
一刻も早く、ブローチを確かめないと。
全身から、一気に血の気が引いた。
ふるえる足で、窓から離れようと一歩踏み出した瞬間、バサリという力強い羽音が背後から聞こえる。
「カイル!」
彼の大きな黒い翼が、窓一杯に広がった。
脚には王族の証であるルビーのブローチが、しっかりと握られていた。
闇夜に深紅の光を放つブローチを掴んだまま、彼は静かに部屋に入ると、テーブルの上にふわりと舞い降りる。
「全く。本気で地面に頭をぶつけて死ぬかと思った」
「カイル! ありがとう!」
私が抱きついたら、彼は初めてそれをそのまま受け入れてくれた。
「だから抱きつくな! 俺がこの脚を放したら、また落っことすだろ!」
「今度は部屋の中だから大丈夫よ」
「そういう問題じゃない!」
「ありがとう、カイル。一生感謝するわ」
「いいから今すぐ離れろ!」
彼がバタバタと暴れるものだから、取れてしまった羽根が数本、ひらひらと部屋に舞った。
それでもまだ感謝を伝えきれなくて、彼をぎゅっと抱きしめる。
「放せ!」
「嫌よ。しばらくこのままでいさせて」
そう言ったのに、ポンッという音がして、腕の中でもくもくと白煙が上がった。
カラスのカイルは、幼い少年王の姿に変わっていた。
彼は細く小さな腕で、私を押しのける。
「それ以上近寄るな!」
「どうしてよ。恥ずかしいの?」
10歳くらいに見える、幼い少年は顔を真っ赤にして横顔を向けた。
「もうバカなことは考えるな」
「バカなことなんかじゃないわ。これはグレグに対する誠意でもあるのよ」
「お前がどれほど思い詰めていたのかは、よく分かった」
そう言うと、彼はテーブルにあったブローチを握りしめ、その手を私に突き出す。
「身代金5,000億ヴェールの話は振り出しだ。白紙に戻そう。今度はちゃんと、俺たち二人で身代金をどうするか考えるんだ」
「私たち二人で?」
その言葉に、何だかちょっと嬉しくなる。
それなのにカイルは、サラサラした金の髪をわずかに傾け、ムッとした表情を見せた。
「なんだ、俺と一緒じゃ不満か?」
「いいえ、そうじゃないわ」
私は椅子に腰掛けると、彼にも席につくよう促す。
「それなら、沢山相談しないと」
「あぁ、そうだな。解決すべきことは多い」
彼は私の言葉に素直に従うと、椅子を引いてちょこんとそこに腰掛けた。
「明日の晩も、ここへ来る?」
「誕生日までに、もう一ヶ月を切っている。早くどうするか決めないと、準備が間に合わない」
「そうね、沢山話し合わないといけないわ」
私がついうっかり、これから毎日カイルに会えるという喜びを隠せず盛大に微笑むと、彼はあからさまに不機嫌になり眉間にシワを寄せた。
「どうしたウィンフレッド。何を考えている」
「カイルが来てくれるなら、ここに閉じ込められているのも悪くないなーって」
「その軟禁状態を解消するために話し合うんだろ」
「あはは。そうだったわね」
それから毎晩、彼は夜になると私の部屋にやって来た。
もうこの際、退屈しのぎの話し相手になってくれるのなら、相手は誰でもよかったのかもしれない。
ほぼ毎晩、決まった時間に窓から呼んでいたら、そのうちに私が呼ばなくても彼の方からやって来てくれるようになった。
高い塔のてっぺんの小さな部屋で、私たちは夜の闇に紛れ秘密の会話を交わす。
カイルはカラスの姿でやって来て、部屋の中に入ると美しい少年王の姿に形を変えた。
身代金の相談の合間にも話す彼の話は、どれもこれも聞いたことのないようなものばかりで、すっかり夢中になった。
山で魔物と遭遇した時の話や、ドラゴンの巣に上った話。
川の水をせき止めていた岩を砕くために、そこに巣くう巨大な水毒蜘蛛と戦った話など、いくらでも話題は尽きない。
彼は彼のために用意したお菓子の中から、種入りの焼き菓子を好んで食べた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる