呪われ姫と悪い魔法使い

岡智 みみか

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第3章

第2話

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 窓から身を起こすと、カラスは開いた隙間から部屋へ飛び移る。
呼べばって、さっきの悪口で? 
彼はそんなことを気にする様子はなく、キョロキョロと部屋を見渡した。

「魔法の気配はしないな。どうやら、やっとまともに交渉するつもりになったらしい」

「と、当然でしょ。私だって本気なんだから」

「条件を聞こう。何なら出せる?」

 カラスはテーブルの上から、本棚へ飛び移った。
首を高く掲げ、本の背表紙を順番に見ている。

「条件なんて、なにもないわ」

「何もないとは?」

 カラスは背を向けたまま言った。
ランプの灯りが揺れる。

「諦めたのか。賢い選択だ。グレグの元へ顔さえ出せば、すぐに帰してやる」

「違う。そうじゃない」

 カラスはようやく、その首をこちらに向けた。

「無条件で呪いを解きなさい。私は何も悪いことしてない。グレグに何一つ関わりなんてないのに、どうしてこんな勝手なことが出来るの? 余計なことしたのは、アンタたちの方でしょ。代償なんてものは、何もない。私はなにも、彼に負うべきものなんてないわ」

「なるほど。お前の言い分ももっともだ。確かに何も悪くない」

 カラスは再びテーブルに飛び乗った。
真っ黒で丸く小さな目が、じっと私を見つめる。

「だがこれは、先代からの約束だ。お前たちは、昔自分たちの祖先が交わした約束を、なかったことにするのか?」

「あんたたちの時代のことは、あんたたちで解決してよ! 私は私よ。昔のことなんて知らない。だからなに? 私は私のしたいようにするから」

「そうか」

 カラスは全身の羽根を膨らますと、ブルッと体を振るわせた。

「だったら、こちらも好きにさせてもらう。お前がそう言うのなら、文句はないだろう?」

「私をここから連れて行って、どうするつもりなの」

「そんなこと、俺が知るわけないだろう。全てはグレグさまの思いのままだ」

「卑怯者。そんなことで、私が怯むとでも思った?」

「あはは。どの口がそんなことを言う?」

 カラスは黒く大きな翼を、部屋一杯に広げた。

「グレグが恐ろしくないというのなら、どうしてこんな所に閉じこもっている? 好きに動けばいいじゃないか。なぜお前たちは守りを固める? どんな脅しがあろうとも、屈せずいつものように過ごしていればいい。好きなように歩き、好きな場所で眠ればいい。そうしないのは、なぜだ」

 白煙が上がる。
カラスはその姿を少年王カイルへと変えた。
細い金色の髪をサラリとなびかせ、彼は細い腕を真っ直ぐに私に差し出す。

「自由になりたいのなら、ここから抜け出せばいい。お前が望むなら、どこへでも連れて行ってやろう。グレグの目の届かない所に、俺なら連れて行ける。どうだ、ウィンフレッド。一緒に来ないか」

 ランプの灯りに、彼の作る影が伸びる。
私が力一杯握りしめれば、すぐに潰れてしまいそうなほどとても小さく白い手だ。
だけどこの手を掴んでしまえば、今すぐにでもここから抜けだし、自由になれる気がした。

「本当に、どこへでも連れて行ってくれるの?」

「約束しよう。お前の望むままだ」

 彼に一歩近づく。
自由になるための鍵は、もう目の前だ。
そっと腕を差し出す。
ここから抜けだし、どこに隠れよう。
カイルとなら、きっと何だって出来る。
ドットも手伝ってくれるだろう。
私は国を逃れ、王女という立場も捨て去り、本当に自由に……。

「なんてね! そんな手に乗ると思った?」

 私は彼の手を、パンと弾き返す。

「あはははは! バカね。それで私が同意したら、そのままグレグの所へ連れて行くって魂胆でしょ。そんな見え透いたウソに、誰が騙されるもんですか!」

「何だと? 本当にここから逃がしてやろうと思ったのに! 何だお前。もういい。絶対にお前のことなんか、信用しないからな!」

「上等よ。それでこそグレグとの仲介役に相応しい態度だわ。無条件降伏。それ以外こっちに選択肢はないから!」

「だったら全面戦争だ。それで文句ないんだな」

「あんたこそ何のために、ここまでグレグに使わされてきたの? こっちから引き出せるのが無条件降伏だけだなんて、無能もいいところだわ」

「わざわざ俺を使いにださせた、グレグさまの善意をないがしろにする気か?」

「そっちこそ、本当はラドゥーヌ王家が怖いんじゃないの? 一度は戦いに敗れ、撤退させられているのよ。あれから100年たって、こちらはさらに軍事力を増強し、経済的にも国は豊かになり、抱える兵も魔法師も増えてるわ。そこへずっと姿を隠していた過去の遺物が現れて、今さらどうしようって言うの?」

 カイルはピタリと動きを止めた。
かと思った瞬間、お腹を抱えて笑いだす。

「あはは! ホントお前は面白いな。そっか。グレグはずっと隠遁生活をしてたからな。確かに当時を知る者は少ない。彼自身もすっかり世間知らずになった。俺も……。そろそろ潮時なのかな」

「グレグのところから、逃げる気になった?」

 私はパッと身を乗り出すと、彼の手をしっかりと握りしめた。

「カイルがそう言うなら、私はあなたを助けるわ。この紋章を消してもらえるよう、カイルの分までお願いしてみましょうよ」

 彼は幼くあどけない表情にフッと諦めたような笑みを浮かべると、私の手をそっと振り解いた。

「俺はグレグからは逃げられない。逃れるなんてことは、絶対にあり得ないんだ」

「どうして? あなたは一体、何をしたの?」

「俺のことは、俺のことだ。余計な口を挟むな」

 彼はそう言うと、窓枠にひょいと乗り移る。

「今夜はここまでだ。グレグが呼んでいる。俺の方も、彼から条件を聞き出しておこう。どこまで譲歩すれば、呪いを解く気になるのか。何とか聞き出してみるよ」

「あ、ありがとう……」

 カイルは窓から飛び降りた。
その瞬間翼を広げ、夜空へとふわりと浮き上がる。

「ねぇカイル! また来てね。絶対に約束よ!」

 カラスに姿を変えた彼は、返事の代わりに空で大きく円を描くと、そのまま夜空へ飛び去って行った。
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