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第1章
第4話
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「俺はグレグじゃない。グレグの使いだ!」
「グレグの使い? どういうこと?」
少年は茶色い皮のブーツにズボンを履き、白いシャツの上に蒼い目と同じ色をした蒼のベストを身につけていた。
それは金の刺繍で縁取られ、まるでどこかで見たことのある王子さまのよう……。
「だ、だから、俺はグレグさまに、ウィンフレッドがどんな王女なのか見てこいと言われ、ここまで寄こされたんだ!」
「ウィンフレッドさま!」
不意に、背後で重い木の扉をドンドン叩く音が聞こえる。
部屋の騒ぎに気づいた衛兵が、門の外で声を荒げた。
「どうかされましたか? 入ってもよろしいか!」
そう聞いておきながらも、扉はもうギギギと音を立て開き始めている。
私は慌てて開きかけているその隙間に飛び込むと、少年の姿が彼らから見えないよう隠した。
「あ! ご、ごめんなさい。窓を開けたら大きな羽虫が飛び込んできちゃって。そ、それで、ちょっとびっくりしちゃっただけだから」
「そうなのですか? それは申し訳ございませんでした。ですがいちおう、部屋を改めさせていただきますね」
兵士は扉を押し開けると、そこから中へ入ることなく周囲を見渡した。
カラスに化けていた少年の姿は、いつの間にか見えなくなっている。
「本当に、大丈夫なのですね」
「え、えぇ。また何かあったら、すぐに呼ぶわ」
「かしこまりました」
彼は生まれつきであろう勇ましい顔に、グッと眉をよせしかめ面をして気合いを見せる。
兵士はギロリと部屋をもうひと睨みしてから、ようやく扉を閉めた。
完全に扉が閉まった後で、ほっと胸をなで下ろす。
ランプの明かりを掲げ、薄暗い部屋で消えてしまった男の子の姿を探した。
「ねぇ。捕まえたりしないから、もう一度出てきて。お願い。あなたと話がしたいの。名前を教えて」
赤い絨毯の向こうには石造りの壁が広がり、置かれたテーブルとソファーには、本当に誰の姿も見えなかった。
「全く。とんだお転婆姫だな」
少年の声が聞こえた。
彼は開け放された窓枠に腰掛け、今にもそこから飛び降りて逃げ出してしまいそうな雰囲気だ。
「待って。逃げないで。もう捕まえたりしないから」
私より幼いような、まだあどけない顔をした背の低い少年は、用心深くこちらをうかがっている。
「もしまたヘンな動きしたら、俺はこのまま飛び降りて、二度とここへはやって来ないからな!」
「あなたがいたいのなら、ずっとそこにいてもいいわよ。もう絶対ヘンなことしない」
窓へ一歩近づいた私に、彼はビクリと全身を震わせる。
「だからそこから動くな! これ以上近づいたら、俺は本当に飛び去るぞ!」
「分かった。分かったわよ。もうここから動かない」
すっかり彼を怖がらせてしまった。
私はあえて彼に背を向けると、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。
「これだけ離れていれば、問題ないでしょう?」
「……。ま、まぁ、それなら悪くないだろう」
少年はようやく、落ち着いて話をする気になったようだ。
もぞもぞと体を動かすと、石造りの窓枠に座り直す。
「あなたの名前は? 名前はなんていうの?」
「カイル。カイルだ」
サラサラとした真っ直ぐな肩までの髪が、金色に光る水面のように夜風にふわりと揺れた。
真っ白な肌に目の覚めるような蒼い目は、本当にどこかの物語に出てくる少年王のよう。
「グレグの使い? どういうこと?」
少年は茶色い皮のブーツにズボンを履き、白いシャツの上に蒼い目と同じ色をした蒼のベストを身につけていた。
それは金の刺繍で縁取られ、まるでどこかで見たことのある王子さまのよう……。
「だ、だから、俺はグレグさまに、ウィンフレッドがどんな王女なのか見てこいと言われ、ここまで寄こされたんだ!」
「ウィンフレッドさま!」
不意に、背後で重い木の扉をドンドン叩く音が聞こえる。
部屋の騒ぎに気づいた衛兵が、門の外で声を荒げた。
「どうかされましたか? 入ってもよろしいか!」
そう聞いておきながらも、扉はもうギギギと音を立て開き始めている。
私は慌てて開きかけているその隙間に飛び込むと、少年の姿が彼らから見えないよう隠した。
「あ! ご、ごめんなさい。窓を開けたら大きな羽虫が飛び込んできちゃって。そ、それで、ちょっとびっくりしちゃっただけだから」
「そうなのですか? それは申し訳ございませんでした。ですがいちおう、部屋を改めさせていただきますね」
兵士は扉を押し開けると、そこから中へ入ることなく周囲を見渡した。
カラスに化けていた少年の姿は、いつの間にか見えなくなっている。
「本当に、大丈夫なのですね」
「え、えぇ。また何かあったら、すぐに呼ぶわ」
「かしこまりました」
彼は生まれつきであろう勇ましい顔に、グッと眉をよせしかめ面をして気合いを見せる。
兵士はギロリと部屋をもうひと睨みしてから、ようやく扉を閉めた。
完全に扉が閉まった後で、ほっと胸をなで下ろす。
ランプの明かりを掲げ、薄暗い部屋で消えてしまった男の子の姿を探した。
「ねぇ。捕まえたりしないから、もう一度出てきて。お願い。あなたと話がしたいの。名前を教えて」
赤い絨毯の向こうには石造りの壁が広がり、置かれたテーブルとソファーには、本当に誰の姿も見えなかった。
「全く。とんだお転婆姫だな」
少年の声が聞こえた。
彼は開け放された窓枠に腰掛け、今にもそこから飛び降りて逃げ出してしまいそうな雰囲気だ。
「待って。逃げないで。もう捕まえたりしないから」
私より幼いような、まだあどけない顔をした背の低い少年は、用心深くこちらをうかがっている。
「もしまたヘンな動きしたら、俺はこのまま飛び降りて、二度とここへはやって来ないからな!」
「あなたがいたいのなら、ずっとそこにいてもいいわよ。もう絶対ヘンなことしない」
窓へ一歩近づいた私に、彼はビクリと全身を震わせる。
「だからそこから動くな! これ以上近づいたら、俺は本当に飛び去るぞ!」
「分かった。分かったわよ。もうここから動かない」
すっかり彼を怖がらせてしまった。
私はあえて彼に背を向けると、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。
「これだけ離れていれば、問題ないでしょう?」
「……。ま、まぁ、それなら悪くないだろう」
少年はようやく、落ち着いて話をする気になったようだ。
もぞもぞと体を動かすと、石造りの窓枠に座り直す。
「あなたの名前は? 名前はなんていうの?」
「カイル。カイルだ」
サラサラとした真っ直ぐな肩までの髪が、金色に光る水面のように夜風にふわりと揺れた。
真っ白な肌に目の覚めるような蒼い目は、本当にどこかの物語に出てくる少年王のよう。
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