上 下
4 / 31
第1章

第4話

しおりを挟む
「俺はグレグじゃない。グレグの使いだ!」

「グレグの使い? どういうこと?」

 少年は茶色い皮のブーツにズボンを履き、白いシャツの上に蒼い目と同じ色をした蒼のベストを身につけていた。
それは金の刺繍で縁取られ、まるでどこかで見たことのある王子さまのよう……。

「だ、だから、俺はグレグさまに、ウィンフレッドがどんな王女なのか見てこいと言われ、ここまで寄こされたんだ!」

「ウィンフレッドさま!」

 不意に、背後で重い木の扉をドンドン叩く音が聞こえる。
部屋の騒ぎに気づいた衛兵が、門の外で声を荒げた。

「どうかされましたか? 入ってもよろしいか!」

 そう聞いておきながらも、扉はもうギギギと音を立て開き始めている。
私は慌てて開きかけているその隙間に飛び込むと、少年の姿が彼らから見えないよう隠した。

「あ! ご、ごめんなさい。窓を開けたら大きな羽虫が飛び込んできちゃって。そ、それで、ちょっとびっくりしちゃっただけだから」

「そうなのですか? それは申し訳ございませんでした。ですがいちおう、部屋を改めさせていただきますね」

 兵士は扉を押し開けると、そこから中へ入ることなく周囲を見渡した。
カラスに化けていた少年の姿は、いつの間にか見えなくなっている。

「本当に、大丈夫なのですね」

「え、えぇ。また何かあったら、すぐに呼ぶわ」

「かしこまりました」

 彼は生まれつきであろう勇ましい顔に、グッと眉をよせしかめ面をして気合いを見せる。
兵士はギロリと部屋をもうひと睨みしてから、ようやく扉を閉めた。
完全に扉が閉まった後で、ほっと胸をなで下ろす。
ランプの明かりを掲げ、薄暗い部屋で消えてしまった男の子の姿を探した。

「ねぇ。捕まえたりしないから、もう一度出てきて。お願い。あなたと話がしたいの。名前を教えて」

 赤い絨毯の向こうには石造りの壁が広がり、置かれたテーブルとソファーには、本当に誰の姿も見えなかった。

「全く。とんだお転婆姫だな」

 少年の声が聞こえた。
彼は開け放された窓枠に腰掛け、今にもそこから飛び降りて逃げ出してしまいそうな雰囲気だ。

「待って。逃げないで。もう捕まえたりしないから」

 私より幼いような、まだあどけない顔をした背の低い少年は、用心深くこちらをうかがっている。

「もしまたヘンな動きしたら、俺はこのまま飛び降りて、二度とここへはやって来ないからな!」

「あなたがいたいのなら、ずっとそこにいてもいいわよ。もう絶対ヘンなことしない」

 窓へ一歩近づいた私に、彼はビクリと全身を震わせる。

「だからそこから動くな! これ以上近づいたら、俺は本当に飛び去るぞ!」

「分かった。分かったわよ。もうここから動かない」

 すっかり彼を怖がらせてしまった。
私はあえて彼に背を向けると、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。

「これだけ離れていれば、問題ないでしょう?」

「……。ま、まぁ、それなら悪くないだろう」

 少年はようやく、落ち着いて話をする気になったようだ。
もぞもぞと体を動かすと、石造りの窓枠に座り直す。

「あなたの名前は? 名前はなんていうの?」

「カイル。カイルだ」

 サラサラとした真っ直ぐな肩までの髪が、金色に光る水面のように夜風にふわりと揺れた。
真っ白な肌に目の覚めるような蒼い目は、本当にどこかの物語に出てくる少年王のよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。

かのん
恋愛
 真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。  けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。 「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。  ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...