上 下
43 / 51
第11章

第4話

しおりを挟む
「アデルさまの……。ここでの苦労は、私は存じ上げません」


 彼はそう言うと、私の隣に立ち手を取った。


「ですがゆっくりと、これからのあなたと共にあることは可能です」


「それは、どういう意味でしょう」


「そのままの意味ですよ」


 深く黒く、穏やかに微笑む彼の目は、今なら何でも叶えてくれそうな気がする。


「あ、あの、実は、お願いがあるのですが……」


「なんでしょう?」


 やっぱり、帰るのをもう少し延期してもらいたい。


せめてノアと、ちゃんとお別れをしたい。


彼の誕生日を、一緒に祝いたい。


オランドには両親に伝言を頼んで、私は後から遅れて帰るから、だから……。


「あの……、ですね……」


 だけど、アカデミーでちゃんとお別れを済ませ、館の荷物のほとんどを運び出し、セリーヌと侍女たちは、ようやく帰れると毎日のように浮かれていて、私は、私のわがままだけで……。


「ち、父と母への、お土産はなにがよろしいでしょうか」


「お土産ですか? それは、あなたがいれば十分ですよ」


「あ、あぁ。……そうですね」


 自分で自分がイヤになる。


私は彼を、にっこりと微笑んで見上げる。


どうしてこんなにも、言いたいことが言えなくなってしまうのだろう。


オランドは、コホンと咳払いをした。


「実は、私からもお願いしたいことがあるのですが……」


 そう言う彼の顔は、真っ赤になっていた。


「なんでしょう?」


「ダ、ダンスを、教えていただきたいのです。その……歓迎会では、ダンスを踊らなければならないと聞いて……。私も少しは心得ておりますが、なにせ国では戦闘に立つことばかりで、そのような華やかな場には慣れていないのです」


「セリーヌはなんと?」


「お怒りです」


「ふふ」


 その困り果てた顔に、つい笑ってしまう。


彼もその精悍な顔に笑みを浮かべた。


「あぁ、やっと笑ってくださいました。あなたの笑顔が見られて、ようやくほっとできました」


 彼の目は、じっと私を捕らえて放さない。


思わずうつむくと、そのまま部屋を出て行こうとしている。


「では今宵、夕食のあとで」


 パタリと扉が閉まった。


私は一人になった部屋で、自分の胸をぎゅっと抱きしめる。


オランドのことは、信頼していいのか、疑っていいのか、まだ自分の中ではっきりと決まっていない。


彼が私に尽くしてくれるのは、義務か権利か。


仕事として尽くしてくれているだけなら、構わない。


だけど、彼がそうしたいと思ってやってくれているのだとしたら? 


ノア以外の男性から向けられる視線に、意味など感じたことはなかったのに……。


 食事のあとは、約束通りオランドのダンスレッスンに付き合った。


セリーヌの厳しい指導に、戦歴の猛者である彼すらビクビクしている。


「目線は前!」


「はい! あの、て、手は、この位置でよろしいでしょうか?」


「もう少し高く! 角度を上げて!」


 そういえば、誰かのダンスレッスンにこんな風に付き合うのは、初めてだな。


ぎこちないステップ、オランドからのリードなんて、もちろんない。


触れただけで分かる筋肉質な腕に手を添え、体の大きな彼に身を寄せている。


「背筋が曲がっています。あなたは背が高いのですから、相手の女性に合わせてもう少し……。あぁ、もう!」


 あれこれ言いかけたのをやめ、セリーヌは盛大なため息をつく。


「全く! これでは、帰ってからが思いやられます。あなたがこんな様子なら、城の中は一体どうなっていることでしょう」


「アデルさまには、文化、教養面で貢献していただけたらと。これほど頼もしいことはありません」


「それはいいアイデアね。アデルさまはこの国でサロンを開き、数々の著名な方々との交流を……」


 不意に私の頬を、大粒の涙が伝う。


「アデルさま?」


 それに気づいたオランドが、のぞき込んだ。


「どうかされましたか? 私が何か、失礼でもいたしましたか」


「あ、いえ。別にそういうわけじゃなくて……」


 この人は悪くない。


この人たちは、誰も悪くない。


オランドもセリーヌもお父さまも、お父さまの兄王さえも。


だけど涙が流れてしまうのは、こんなにも胸が苦しいのは、私が見てはいけない幻を、ここで見てしまったせい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。 ※完結まで毎日更新です。

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...