71 / 85
第2章
第1話
しおりを挟む
佐山CMOの迎えが家に来る時には、約束の時間より前に家の戸締まりを全てすませ、門の影に身を潜めて待つようにしている。
車が停まって扉があいた瞬間さっとそこへ乗り込み、パッとドアを閉める。
今日もその行程を難なく終えて、ほっと息をついた。
「ねぇ、毎回送り迎えしてて思うんだけど、どうしてそんなことをするの?」
動き出した車の中で、呆れた表情の佐山CMOが言った。
「CMOと会ってるところを、誰にも見られたくないんですってば」
本当にこの人は分かってない。
ただの事務員が佐山CMOと会ってるなんて知れ渡ったら、会社にいられなくなる。
どんな噂がたって、なんの意地悪されるか分かったもんじゃない。
「意味が分からないね」
「自分で気をつけるので、大丈夫です」
その返事の何が気に入らなかったのか、彼は私の隣の後部座席で、窓の外を眺めながらぶつぶつと何かを言ってる。
流れる車窓を背景に、その人の横顔をちらりと盗み見た。
もしこれで私が、ただの事務員なんかじゃなくって、すっごい美人のモデルとかだったり、例えばバリバリのキャリアウーマンで自分も起業してますよーとか、そんなのだったら、この関係も変わっていたのかな。
何か他の特別な才能みたいなのがあって、それでこの人と知り合っていたのなら。
たとえばそう、卓己みたいに、絵の才能があって……。
違う。
私は心の中で激しく首を横に振る。
危うく勘違いするところだった。
私は普通の人間だった。
天才なんかじゃない。
この人が私を構うのは、単純におじいちゃんの孫として面白がっているだけだ。
私自身を見ているワケじゃない。
正気を取り戻した私は、真っ直ぐ前に向き直る。
あぁ、どっかに都合良く、ちょうどいい普通の人が落ちてないかな。
絵なんて全く興味なくって、三上恭平だなんて聞いたこともなくって、私が高額なオークションに参加してるのを、「バカだな」ってやめさせてくれるような……。
車は坂道を登り始めた。
遠くから見る分には安っぽくみえた洋館も、近づいてみれば石造りの、案外ちゃんとした立派なお城だった。
「ここ、ラブホテルみたいなところかと思ってました」
「あぁ、そっちの方がよかった?」
「結構他にもお客さんが来てる。流行ってるんですね」
「僕の話聞いてる?」
「たまに」
そう答えた私に、なにがツボだったのか彼は堪えきれない笑いを一生懸命抑えながら、くすくす笑っている。
だったら最初っから、そんなこと言わなければいいのに。
思いっきり冷めた視線で見上げたら、この人はまた笑った。
「本当に君は面白いよね。僕の想像していた姿とは大違いだ」
「何ですかそれ」
「さぁ、ついたよ」
車から降りて、隣に並ぶ。
この人はシンプルな淡いグレーのTシャツに合わせた、濃いグレーのカジュアルなスーツを着ていて、いつものようにビシッと決まっている。
私は初秋に合わせて焦げ茶のワンピースで来たけど、釣り合ってるのかどうかも分からない。
こんなお誘いも所詮この人の気まぐれで、いつまで続くか分からないものだし、今は今を楽しむしかない。
難しいことやこの先のことなんて、考えたって無駄なんだ。
ふとそんな風に思えた瞬間、自然と笑顔になれた。
「ま、楽しんで行きましょうか!」
「あはは。それはいいね」
歩き出した彼が、私を見て微笑んだ。
そのゆっくりとした歩調に合わせ、私も先へ進む。
中は本当に本物のお城のようだった。
広いエントランスホールの中央には、映画セットのような幅の広い階段が赤いじゅうたんと共に上の階から流れ下りていて、石を積み上げた壁には、甲冑や旗が飾られている。
天井には大きなシャンデリアがゆらゆらときらめいていた。
車が停まって扉があいた瞬間さっとそこへ乗り込み、パッとドアを閉める。
今日もその行程を難なく終えて、ほっと息をついた。
「ねぇ、毎回送り迎えしてて思うんだけど、どうしてそんなことをするの?」
動き出した車の中で、呆れた表情の佐山CMOが言った。
「CMOと会ってるところを、誰にも見られたくないんですってば」
本当にこの人は分かってない。
ただの事務員が佐山CMOと会ってるなんて知れ渡ったら、会社にいられなくなる。
どんな噂がたって、なんの意地悪されるか分かったもんじゃない。
「意味が分からないね」
「自分で気をつけるので、大丈夫です」
その返事の何が気に入らなかったのか、彼は私の隣の後部座席で、窓の外を眺めながらぶつぶつと何かを言ってる。
流れる車窓を背景に、その人の横顔をちらりと盗み見た。
もしこれで私が、ただの事務員なんかじゃなくって、すっごい美人のモデルとかだったり、例えばバリバリのキャリアウーマンで自分も起業してますよーとか、そんなのだったら、この関係も変わっていたのかな。
何か他の特別な才能みたいなのがあって、それでこの人と知り合っていたのなら。
たとえばそう、卓己みたいに、絵の才能があって……。
違う。
私は心の中で激しく首を横に振る。
危うく勘違いするところだった。
私は普通の人間だった。
天才なんかじゃない。
この人が私を構うのは、単純におじいちゃんの孫として面白がっているだけだ。
私自身を見ているワケじゃない。
正気を取り戻した私は、真っ直ぐ前に向き直る。
あぁ、どっかに都合良く、ちょうどいい普通の人が落ちてないかな。
絵なんて全く興味なくって、三上恭平だなんて聞いたこともなくって、私が高額なオークションに参加してるのを、「バカだな」ってやめさせてくれるような……。
車は坂道を登り始めた。
遠くから見る分には安っぽくみえた洋館も、近づいてみれば石造りの、案外ちゃんとした立派なお城だった。
「ここ、ラブホテルみたいなところかと思ってました」
「あぁ、そっちの方がよかった?」
「結構他にもお客さんが来てる。流行ってるんですね」
「僕の話聞いてる?」
「たまに」
そう答えた私に、なにがツボだったのか彼は堪えきれない笑いを一生懸命抑えながら、くすくす笑っている。
だったら最初っから、そんなこと言わなければいいのに。
思いっきり冷めた視線で見上げたら、この人はまた笑った。
「本当に君は面白いよね。僕の想像していた姿とは大違いだ」
「何ですかそれ」
「さぁ、ついたよ」
車から降りて、隣に並ぶ。
この人はシンプルな淡いグレーのTシャツに合わせた、濃いグレーのカジュアルなスーツを着ていて、いつものようにビシッと決まっている。
私は初秋に合わせて焦げ茶のワンピースで来たけど、釣り合ってるのかどうかも分からない。
こんなお誘いも所詮この人の気まぐれで、いつまで続くか分からないものだし、今は今を楽しむしかない。
難しいことやこの先のことなんて、考えたって無駄なんだ。
ふとそんな風に思えた瞬間、自然と笑顔になれた。
「ま、楽しんで行きましょうか!」
「あはは。それはいいね」
歩き出した彼が、私を見て微笑んだ。
そのゆっくりとした歩調に合わせ、私も先へ進む。
中は本当に本物のお城のようだった。
広いエントランスホールの中央には、映画セットのような幅の広い階段が赤いじゅうたんと共に上の階から流れ下りていて、石を積み上げた壁には、甲冑や旗が飾られている。
天井には大きなシャンデリアがゆらゆらときらめいていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
僕の主治医さん
鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。
【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ
トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!?
自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。
果たして雅は独りで生きていけるのか!?
実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています
婚約者を交換ですか?いいですよ。ただし返品はできませんので悪しからず…
ゆずこしょう
恋愛
「メーティア!私にあなたの婚約者を譲ってちょうだい!!」
国王主催のパーティーの最中、すごい足音で近寄ってきたのはアーテリア・ジュアン侯爵令嬢(20)だ。
皆突然の声に唖然としている。勿論、私もだ。
「アーテリア様には婚約者いらっしゃるじゃないですか…」
20歳を超えて婚約者が居ない方がおかしいものだ…
「ではこうしましょう?私と婚約者を交換してちょうだい!」
「交換ですか…?」
果たしてメーティアはどうするのか…。
助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる?
「年下上司なんてありえない!」
「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」
思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった!
人材業界へと転職した高井綾香。
そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。
綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。
ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……?
「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」
「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」
「はあ!?誘惑!?」
「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」
蟻喜多利奈のありきたりな日常2
あさまる
ライト文芸
※こちらは『蟻喜多利奈のありきたりな日常』の続編となります。
※予約投稿にて最終話まで投稿済です。
この物語は、自称平凡な女子高生蟻喜多利奈の日常の風景を切り取ったものです。
※この作品には女性同士の恋愛描写(GL、百合描写)が含まれます。
苦手な方はご遠慮下さい。
※この話はフィクションであり、実在する団体や人物等とは一切関係ありません。
誤字脱字等ありましたら、お手数かと存じますが、近況ボードの『誤字脱字等について』のページに記載して頂けると幸いです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる