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第7章
第4話
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「あぁ! それ、どうしたの! どうやって手に入れたの!」
「……。秘密」
くそ。やっぱり卓己なんて嫌いだ。
「あっそ、じゃあいいですよ。私ももう聞かないから、卓己も聞かないでね」
「聞かないよ! 聞きたくもないし!」
「じゃあもういいでしょ、帰って」
私は卓己の背中をぐいと押す。
「ま、待って紗和ちゃん! こ、これも、ここに置いてくれる、んじゃ、ないの?」
「だって、これは私のじゃないもん。あんたのでしょ。自分ちに持って帰ればいいじゃない」
「いやだ!」
「なんでよ」
「さ、紗和ちゃんにあげるために、も、もらってきたのに!」
「いらない」
しつこくふんばる卓己の背中を、負けずに押し返す。
「だ、あ。あげるから!」
彼は私をふわりと交わすと、そのウェイトを差し出した。
「あ、あげる。あげるよ、紗和ちゃんに。ぼ、僕はそのため、に、もらってきたんだ、から……」
卓己を見上げる。
彼はいつものように頭のなかで一生懸命言葉を注意深く選びながら、少しずつゆっくり話す。
「か、会場で、これを持っている女の子……を、見つけて。それで、譲ってもらったんだ。僕がお金出して買った、わけじゃないし。オークションとか、そんなんでもないから……」
「本当に、ただでもらったの?」
あの紅が、無条件でこれを手放すとは思えない。
「め、名刺と、交換した。僕の。恭平さんのウェイトと名刺を交換した女の子って言えば、覚えていてくれる、だろうからって」
なんだそれ。
紅は卓己を卓己と知ったうえで、お近づきになりたかっただけか。
そんな話を聞かされると、ますます気分が悪くなる。
「そう。じゃあやっぱり、あんたが持ってないとダメじゃない」
再び彼の背を押そうとした私に、卓己は声を上げた。
「お、俺は紗和ちゃんにあげるためにもらってきたの!」
「いらない!」
「どうして!」
「いらないものは、いらないって言ってんの!」
「その青いのは置いてあるのに、どうして?」
「いいからあんたは、それを持って帰りなさいよ」
「あ、は、颯斗さんからのプレゼントは、受け取るくせに!」
私は卓己を押す手を、そこから離した。
卓己はおどおどと振り返る。
「は? なに言ってんの?」
「颯斗さんから、の、プレゼントは、ちゃんと受け取ってる……のに。なんで?」
卓己はきっと、私を傷つけるためにワザとこんなこと言ってるんだ。
「あんた、私をバカにしてんの?」
「い、いいじゃないか、これくらい! だって、だって今日は紗和ちゃんのお誕生日なんだよ? さ、紗和ちゃんは、自分のお誕生日にも、お、俺からのプレゼントは、絶対に何にも受け取らないって、決めたの?」
卓己は自分の身を守るように、両腕を顔の前で交差させた。
その声は震えていて、まるで泣いているみたいだ。
「だ、だって、紗和ちゃんはいつも、お、俺からはなんにも受け取ろうとしないじゃないか。そんなの、ずるくない?」
卓己が傷つけようとしているのは私のはずなのに、それに傷ついているのは卓己自身みたいだ。
何を言っているんだろう。
やっぱり私には、彼が何をしたいのか全然分からない。
卓己のやることなすこと全てが、私の何かに引っかかる。
だけど小さな頃からずっと意地悪をしてきたせいか、彼に泣かれると私はとても弱い。
「ず、ずるい、よ。どうして俺には、何にもさせてくれないの? 俺は、そ、そんなに、役た、たず、なの?」
彼はその目からあふれ出す滴をこぼれさせていた。
「俺は、もう紗和ちゃんに、な、なんにも、して、あげられな……いの?」
「あぁもう。分かった、分かったから」
卓己にすっかり弱くなってしまったのは、きっと自分にも責任があるんだ。
「じゃあ、今日は特別ね。誕生日だから」
彼から差し出されたそれを、私は受け取る。
卓己は自分の目をこすりながら、二つになったペーパーウェイトを丁寧に並べた。
「今朝、こ、ここに来たら……さ。誰もいなくて。紗和ちゃんに、悪いとは思ったけど、あ、合い鍵、使って、中に入った」
「うん」
卓己が自由にこの家に出入りすることは、とっくの昔に許されている。
だから本当は、断る必要なんてない。
「で、さ。……。お。お誕生日のケーキ……と、ワインを冷蔵庫に入れ、て、おいたんだけど。……一緒に、食べる?」
いつか卓己にも、きちんと謝ろう。
私が悪かったって。
それがいつになるのか、分からないけど。
「いいよ」
「あ、あと……ね。サラダとか、つまみもいれておいた。紗和ちゃんは、食べ物のプレゼントしか、う、受け取ってくれない……から」
「当たり前じゃない。食べ物を粗末にするヤツなんて、許さないよ」
「そ、そうだよね。紗和ちゃんは、そういう人だから」
「ちゃんと今年は、卓己からのプレゼントも受け取ったじゃない」
「う、うん。そ、そうだった」
卓己がようやく笑顔を見せたことに、私自身が一番ほっとしている。
「じゃあ行こっか」
「うん」
アトリエの電気を消し、二人で階段を降りる。
冷蔵庫から取り出した小さなホールケーキを、半分こして食べた。
ワインもサラダも、全部卓己と半分こ。
今日は私の、誕生日だ。
「……。秘密」
くそ。やっぱり卓己なんて嫌いだ。
「あっそ、じゃあいいですよ。私ももう聞かないから、卓己も聞かないでね」
「聞かないよ! 聞きたくもないし!」
「じゃあもういいでしょ、帰って」
私は卓己の背中をぐいと押す。
「ま、待って紗和ちゃん! こ、これも、ここに置いてくれる、んじゃ、ないの?」
「だって、これは私のじゃないもん。あんたのでしょ。自分ちに持って帰ればいいじゃない」
「いやだ!」
「なんでよ」
「さ、紗和ちゃんにあげるために、も、もらってきたのに!」
「いらない」
しつこくふんばる卓己の背中を、負けずに押し返す。
「だ、あ。あげるから!」
彼は私をふわりと交わすと、そのウェイトを差し出した。
「あ、あげる。あげるよ、紗和ちゃんに。ぼ、僕はそのため、に、もらってきたんだ、から……」
卓己を見上げる。
彼はいつものように頭のなかで一生懸命言葉を注意深く選びながら、少しずつゆっくり話す。
「か、会場で、これを持っている女の子……を、見つけて。それで、譲ってもらったんだ。僕がお金出して買った、わけじゃないし。オークションとか、そんなんでもないから……」
「本当に、ただでもらったの?」
あの紅が、無条件でこれを手放すとは思えない。
「め、名刺と、交換した。僕の。恭平さんのウェイトと名刺を交換した女の子って言えば、覚えていてくれる、だろうからって」
なんだそれ。
紅は卓己を卓己と知ったうえで、お近づきになりたかっただけか。
そんな話を聞かされると、ますます気分が悪くなる。
「そう。じゃあやっぱり、あんたが持ってないとダメじゃない」
再び彼の背を押そうとした私に、卓己は声を上げた。
「お、俺は紗和ちゃんにあげるためにもらってきたの!」
「いらない!」
「どうして!」
「いらないものは、いらないって言ってんの!」
「その青いのは置いてあるのに、どうして?」
「いいからあんたは、それを持って帰りなさいよ」
「あ、は、颯斗さんからのプレゼントは、受け取るくせに!」
私は卓己を押す手を、そこから離した。
卓己はおどおどと振り返る。
「は? なに言ってんの?」
「颯斗さんから、の、プレゼントは、ちゃんと受け取ってる……のに。なんで?」
卓己はきっと、私を傷つけるためにワザとこんなこと言ってるんだ。
「あんた、私をバカにしてんの?」
「い、いいじゃないか、これくらい! だって、だって今日は紗和ちゃんのお誕生日なんだよ? さ、紗和ちゃんは、自分のお誕生日にも、お、俺からのプレゼントは、絶対に何にも受け取らないって、決めたの?」
卓己は自分の身を守るように、両腕を顔の前で交差させた。
その声は震えていて、まるで泣いているみたいだ。
「だ、だって、紗和ちゃんはいつも、お、俺からはなんにも受け取ろうとしないじゃないか。そんなの、ずるくない?」
卓己が傷つけようとしているのは私のはずなのに、それに傷ついているのは卓己自身みたいだ。
何を言っているんだろう。
やっぱり私には、彼が何をしたいのか全然分からない。
卓己のやることなすこと全てが、私の何かに引っかかる。
だけど小さな頃からずっと意地悪をしてきたせいか、彼に泣かれると私はとても弱い。
「ず、ずるい、よ。どうして俺には、何にもさせてくれないの? 俺は、そ、そんなに、役た、たず、なの?」
彼はその目からあふれ出す滴をこぼれさせていた。
「俺は、もう紗和ちゃんに、な、なんにも、して、あげられな……いの?」
「あぁもう。分かった、分かったから」
卓己にすっかり弱くなってしまったのは、きっと自分にも責任があるんだ。
「じゃあ、今日は特別ね。誕生日だから」
彼から差し出されたそれを、私は受け取る。
卓己は自分の目をこすりながら、二つになったペーパーウェイトを丁寧に並べた。
「今朝、こ、ここに来たら……さ。誰もいなくて。紗和ちゃんに、悪いとは思ったけど、あ、合い鍵、使って、中に入った」
「うん」
卓己が自由にこの家に出入りすることは、とっくの昔に許されている。
だから本当は、断る必要なんてない。
「で、さ。……。お。お誕生日のケーキ……と、ワインを冷蔵庫に入れ、て、おいたんだけど。……一緒に、食べる?」
いつか卓己にも、きちんと謝ろう。
私が悪かったって。
それがいつになるのか、分からないけど。
「いいよ」
「あ、あと……ね。サラダとか、つまみもいれておいた。紗和ちゃんは、食べ物のプレゼントしか、う、受け取ってくれない……から」
「当たり前じゃない。食べ物を粗末にするヤツなんて、許さないよ」
「そ、そうだよね。紗和ちゃんは、そういう人だから」
「ちゃんと今年は、卓己からのプレゼントも受け取ったじゃない」
「う、うん。そ、そうだった」
卓己がようやく笑顔を見せたことに、私自身が一番ほっとしている。
「じゃあ行こっか」
「うん」
アトリエの電気を消し、二人で階段を降りる。
冷蔵庫から取り出した小さなホールケーキを、半分こして食べた。
ワインもサラダも、全部卓己と半分こ。
今日は私の、誕生日だ。
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