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第34話
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ロビーで待っていた愛菜は、かごいっぱいのクッキーを局内に持ち込んでいた。
「久しぶりー、元気だった?」
彼女はまっすぐな黒髪を、わずかに揺らして微笑む。
向かいに座ろうとした私に、ふるふると手を振っている。
「明穂の職場の、みんなで食べて」
にこにこと笑顔で差し出されるそれは、多分きっと全くの純粋な、あたたかい善意の塊なんだろうと思う。
「あれ? どうした? なんかちょっと元気ない?」
彼女は下からのぞき込むようにして、私を見上げた。
「ううん、そんなことはないんだけど」
「あ、もしかして、お邪魔だったとか……」
愛菜の顔が、急激にに曇り始める。
「そんなこと、ないって」
落ち込んでるのは、愛菜のせいじゃない。
「ここの仕事って、そんなに辛いの? いや、ほら明穂って、守秘義務とかあるのは分かるけど、あんまり日記とかにも、仕事のこととか書かないじゃない? どっちかっていうと、秘密にしてる感じだし」
それは確かに本当のこと。
だから、心を許して何でも話せる相手が、どうしても限られてしまう。
「結構、大変っていうか、キツイのかなーと思って。無理してるとか」
クッキーの、甘い香りが鼻先をくすぐる。
ネット上では嫌になるほどつき合わされているけど、こうやって実際に会うと、また別の感情が湧いてくる。
「で、いつ私は、ここの職員に採用されるの?」
この二言目がなければ、私たちは本当の友達になれるかもしれないのに。
「だから、それは無理だって」
「ねぇ、なんで明穂はここに入ったの? どうやって?」
彼女は丸テーブルの上に身を乗り出した。
「なにか特別な条件とか、能力があったとか」
「それは、AIの職業マッチングが決めることだから」
それ以外に、答えられる返事はない。
「でも、その条件を管理してるPPの個人情報は、ここが管理してるんでしょ? やりたい放題じゃない」
「多分そんなことを言ってる人は、一生入れないよ」
適当に言葉を濁す。
どうして彼女は、そんなにもこの仕事にこだわりがあるのだろう。
爆破予告を出したかと思えば、今度は入局したいと言う。
構って欲しいだけにしても、この行動力は普通じゃない。
「あぁ、そうね、ちょっと言い過ぎたわ」
彼女は組んだ足を、ぶらぶらと揺らす。
「だけど、人の思想までは、AIで測れないのよ」
彼女の視線は私には見えない何かを、確実に見据えながら話していた。
「そのPPがはじき出す数字だって、結局は統計上の推定値であって、一種の指標でしかないのよ。個人の実体を表すものではないって、あんたたちが一番よく知ってることじゃない」
「だけど、それを実体に近づける研究はされているわ」
「それ! それがやりたい!」
彼女は得意げに腕を組みなおした。
「だってさ、私個人のIT技術関連の能力は充分なはずよ、それは証明済みよね。PP1300の最低就労条件も満たしているし、他に何が問題なわけ? なんにもないじゃない」
そのPP1300という条件は、一種の建前のような条件であって、実際に働いている局員全員のPP平均値は、1700を越えている。
「AIのマッチングが……」
「だから、それは意味ないって言ってるじゃない!」
彼女の拳が激しくテーブルを打ち付けた。
「マッチング以外で、どうやって入社できるの? ルートはないの? 誰かの紹介とか。AIの判断が全てではないって、そんなの常識じゃない、当たり前よ。PPの数値に全てがゆだねられているなんて、それこそ危険思想で、差別的だわ」
普通の一般企業なら、そんな主張も受け入れられるかもしれないけど、一応ここは政府の管轄機関で、入局には一定の審査基準がある。
私なんかに詰めよられても、答えようがない。
「私には、何とも……」
うつむいた私の頭の向こうに、愛菜の視線が移った。
「明穂さん」
市山くんの声だった。
「どうかしましたか?」
彼は笑っていない表情で、私を見下ろした。
「ううん、なんでもない。大丈夫よ」
きっと、助けに来てくれたんだ。
愛菜をどう扱っていいのか、私にはまだ、その判断がつかない。
ロビーの様子は局内のどこからでも観察出来る。
ちゃんとフォローはされているんだ。
「久しぶりー、元気だった?」
彼女はまっすぐな黒髪を、わずかに揺らして微笑む。
向かいに座ろうとした私に、ふるふると手を振っている。
「明穂の職場の、みんなで食べて」
にこにこと笑顔で差し出されるそれは、多分きっと全くの純粋な、あたたかい善意の塊なんだろうと思う。
「あれ? どうした? なんかちょっと元気ない?」
彼女は下からのぞき込むようにして、私を見上げた。
「ううん、そんなことはないんだけど」
「あ、もしかして、お邪魔だったとか……」
愛菜の顔が、急激にに曇り始める。
「そんなこと、ないって」
落ち込んでるのは、愛菜のせいじゃない。
「ここの仕事って、そんなに辛いの? いや、ほら明穂って、守秘義務とかあるのは分かるけど、あんまり日記とかにも、仕事のこととか書かないじゃない? どっちかっていうと、秘密にしてる感じだし」
それは確かに本当のこと。
だから、心を許して何でも話せる相手が、どうしても限られてしまう。
「結構、大変っていうか、キツイのかなーと思って。無理してるとか」
クッキーの、甘い香りが鼻先をくすぐる。
ネット上では嫌になるほどつき合わされているけど、こうやって実際に会うと、また別の感情が湧いてくる。
「で、いつ私は、ここの職員に採用されるの?」
この二言目がなければ、私たちは本当の友達になれるかもしれないのに。
「だから、それは無理だって」
「ねぇ、なんで明穂はここに入ったの? どうやって?」
彼女は丸テーブルの上に身を乗り出した。
「なにか特別な条件とか、能力があったとか」
「それは、AIの職業マッチングが決めることだから」
それ以外に、答えられる返事はない。
「でも、その条件を管理してるPPの個人情報は、ここが管理してるんでしょ? やりたい放題じゃない」
「多分そんなことを言ってる人は、一生入れないよ」
適当に言葉を濁す。
どうして彼女は、そんなにもこの仕事にこだわりがあるのだろう。
爆破予告を出したかと思えば、今度は入局したいと言う。
構って欲しいだけにしても、この行動力は普通じゃない。
「あぁ、そうね、ちょっと言い過ぎたわ」
彼女は組んだ足を、ぶらぶらと揺らす。
「だけど、人の思想までは、AIで測れないのよ」
彼女の視線は私には見えない何かを、確実に見据えながら話していた。
「そのPPがはじき出す数字だって、結局は統計上の推定値であって、一種の指標でしかないのよ。個人の実体を表すものではないって、あんたたちが一番よく知ってることじゃない」
「だけど、それを実体に近づける研究はされているわ」
「それ! それがやりたい!」
彼女は得意げに腕を組みなおした。
「だってさ、私個人のIT技術関連の能力は充分なはずよ、それは証明済みよね。PP1300の最低就労条件も満たしているし、他に何が問題なわけ? なんにもないじゃない」
そのPP1300という条件は、一種の建前のような条件であって、実際に働いている局員全員のPP平均値は、1700を越えている。
「AIのマッチングが……」
「だから、それは意味ないって言ってるじゃない!」
彼女の拳が激しくテーブルを打ち付けた。
「マッチング以外で、どうやって入社できるの? ルートはないの? 誰かの紹介とか。AIの判断が全てではないって、そんなの常識じゃない、当たり前よ。PPの数値に全てがゆだねられているなんて、それこそ危険思想で、差別的だわ」
普通の一般企業なら、そんな主張も受け入れられるかもしれないけど、一応ここは政府の管轄機関で、入局には一定の審査基準がある。
私なんかに詰めよられても、答えようがない。
「私には、何とも……」
うつむいた私の頭の向こうに、愛菜の視線が移った。
「明穂さん」
市山くんの声だった。
「どうかしましたか?」
彼は笑っていない表情で、私を見下ろした。
「ううん、なんでもない。大丈夫よ」
きっと、助けに来てくれたんだ。
愛菜をどう扱っていいのか、私にはまだ、その判断がつかない。
ロビーの様子は局内のどこからでも観察出来る。
ちゃんとフォローはされているんだ。
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