ポイントセンサー

岡智 みみか

文字の大きさ
上 下
18 / 62

第18話

しおりを挟む
「だけど、私がこの仕事を選んだことが、自らの自由意志であるのならば、それは偶然なんだと思います」

誘拐犯は、親友の父親だった。

「あぁ、そうだな、確かにそうだ」

彼女は、父親の趣味で一緒に出かけた登山で、滑落して死亡した。

父親も重症を負ったが、自分だけが助かった。

そのことを、彼は激しく後悔していた。

「悪いのは、君じゃない。不運な事故と、悪い偶然が重なった結果だ」

そのお父さんに、事故現場となった山麓にある公園へ、一緒にお参りに来て欲しいと頼まれた。

私の他にも、他に2人の子供が行く予定だった。

「でも、起こってしまったのは、事実ですから」

そのうちの一人は、前日に体調を崩して欠席し、もう一人も、急な用事で来られなくなった。

そのことを我が家に連絡してきた人間はおらず、私は一人で待ち合わせ場所に向かった。

おかしいなとは、欠片も思わなかった。

ただ、他の子は来られなくなったけど、今日は命日だからどうしても一緒に来てほしいと言われて、確かにそうだと納得した私は、その人と一緒に車に乗った。

事前予約された自動運転の車から発信される信号で、私の両親は無事に出発したことを知ったが、それがその父親と二人きりだということまでは、伝わっていなかった。

車を降りた私たちは、枯れ木で見通しのよくなった山道を黙々と歩いていた。

最初に行く予定だと告げられていたふもとの公園は、とっくに通り過ぎていたけれども、子供の私にはそんなことに気づきもしなかった。

秋の終わりの、冷たい風が吹くどんよりとした雲の下を、私たちはただ歩いていた。

それは、突然の出来事だった。

急に振り返った彼女の父親に、自分と一緒にあの子のところへ行ってほしいと言われ、首を絞められた。

抵抗のしようもなく、私は簡単に意識を失った。

驚きの方が大きすぎて、苦しいと思う、そんな瞬間さえなかった。

当時、私の所持していた個人情報アプリから緊急事態を告げる信号が、両親、学校、警察各所に一斉に送信され、私の危機は瞬時に伝えられたはずだった。

しかし、そのことを知っていたその人は、私の持つ発信器の端末を持って逃げた。

彼はそのまま娘の事故現場となった同じ場所から飛び降りて自殺し、私は山中に放置された。

捜索の手がかりとなるはずの端末は、犯人である男の捜索には役にたったが、私を探す目印にはなってくれなかった。

「どうしてこんなことになったのか、なぜ事件が防げなかったのか、それだけが、私の疑問なんです」

この事件は、大きな話題となった。

どれだけ行動を監視していても、それだけでは事件の早期発見と証拠保全になるだけで、未然に防ぐことは不可能だと騒がれた。

政府が集める個人行動ビッグデータの運用のあり方が、転換期を迎えていた。

「PPの導入が、君の事件がきっかけだったなんて、初めてその本人を見たときには、正直驚いたよ」

「普通すぎたでしょ?」

「生ける歴史の伝説が、幻の珍獣に見えた」

「なにそれ、ひどい!」

それ以来、私は一人で見知らぬ場所に行くことと、大人の男の人が怖くなってしまった。

少しずつリハビリと訓練を重ねて、ようやく一人で外を歩けるようになった。

PPの導入と、当時と比べはるかに高性能、多機能化したたけるの存在が、その支えになっている。

今でも、見知らぬ人の群に飛び込むのは苦手だけど、ここなら大丈夫。

みんながそのことを知っていて、みんなが見守っていてくれる。

私が怒ったフリをしたら、横田さんは笑ってくれた。

「あなたが、楚辺山高原誘拐事件の被害者だったの?」

振り返ると、廊下にいたのは芹奈さんだった。

見開いた目が、じっと私を見ている。

「あ、ゴメンなさい。立ち聞きするつもりはなかったんだけど」

彼女は立ち去ろうと、さっと背を向けた。

「いえ、いいんですよ。どうせすぐに分かることですし」

私は駆け寄って、彼女の横に並ぶ。

「だから私は、ここではなんとなく特別扱いされてるんです。だけど、芹奈さんはそんなこと、気にしないで下さいね!」

「特別扱い?」

「特別っていうか、なんというか、腫れ物に触るようなかんじ?」

私の言葉に、芹奈さんは眉をよせた。

私はそんな彼女に対して、どういう返事をしたらいいのかが分からなくて、おろおろしている。

「特別扱いか。そういう何ものにも代えがたい付加価値って、経験か個性のどちらかなのよね。うらやましいわ」

彼女はふーっと大きく息を吐くと、やっぱり背を向けて、もと来た廊下を引き返した。

「大丈夫よ。私の口からその話題が、何も知らない他人に向けて、最初に出てくることはないわ。ただ、ちょっと驚いただけ」

背中でひらひらと手を振って、彼女は立ち去って行った。

それからも彼女はとくに態度を変えることはなく、ごく普通に接してくれていて、私も平穏な日々を送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

Condense Nation

SF
西暦XXXX年、突如としてこの国は天から舞い降りた勢力によって制圧され、 正体不明の蓋世に自衛隊の抵抗も及ばずに封鎖されてしまう。 海外逃亡すら叶わぬ中で資源、優秀な人材を巡り、内戦へ勃発。 軍事行動を中心とした攻防戦が繰り広げられていった。 生存のためならルールも手段も決していとわず。 凌ぎを削って各地方の者達は独自の術をもって命を繋いでゆくが、 決して平坦な道もなくそれぞれの明日を願いゆく。 五感の界隈すら全て内側の央へ。 サイバーとスチームの間を目指して 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

創世樹

mk-2
SF
 それは、生命の在り方。創世の大樹の物語。  はるか遠く、遠くの宇宙にある星。その星に生命をもたらした一本の大樹があった。  冒険者エリーたちが道中で出逢う神秘に満ちた少年、世界制覇を目論む軍事国家、そして世界の何処かにある『大樹』をめぐる壮大な闘争と錯綜する思惑。  この星の生命は何処から来たのか? 星に住む種の存続は?  『鬼』の力を宿す女・エリー一行が果てなき闘いへ身を投じていく冒険活劇!

マイホーム戦国

石崎楢
SF
何故、こんなことになったのだろうか? 我が家が囲まれている!! 戦国時代に家ごとタイムスリップしたごく普通の家族による戦国絵巻?

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~

風見星治
SF
平凡な男と美貌の新兵、救世の英雄が死の運命の次に抗うは邪悪な神の奸計 ※ノベルアップ+で公開中の「G.o.D 神を巡る物語 前章」の続編となります。読まなくても楽しめるように配慮したつもりですが、興味があればご一読頂けると喜びます。 ※一部にイラストAIで作った挿絵を挿入していましたが、全て削除しました。 話自体は全て書き終わっており、週3回程度、奇数日に更新を行います。 ジャンルは現代を舞台としたSFですが、魔法も登場する現代ファンタジー要素もあり  英雄は神か悪魔か? 20XX年12月22日に勃発した地球と宇宙との戦いは伊佐凪竜一とルミナ=AZ1の二人が解析不能の異能に目覚めたことで終息した。それからおよそ半年後。桁違いの戦闘能力を持ち英雄と称賛される伊佐凪竜一は自らの異能を制御すべく奮闘し、同じく英雄となったルミナ=AZ1は神が不在となった旗艦アマテラス復興の為に忙しい日々を送る。  一見すれば平穏に見える日々、しかし二人の元に次の戦いの足音が忍び寄り始める。ソレは二人を分断し、陥れ、騙し、最後には亡き者にしようとする。半年前の戦いはどうして起こったのか、いまだ見えぬ正体不明の敵の狙いは何か、なぜ英雄は狙われるのか。物語は久方ぶりに故郷である地球へと帰還した伊佐凪竜一が謎の少女と出会う事で大きく動き始める。神を巡る物語が進むにつれ、英雄に再び絶望が襲い掛かる。 主要人物 伊佐凪竜一⇒半年前の戦いを経て英雄となった地球人の男。他者とは比較にならない、文字通り桁違いの戦闘能力を持つ反面で戦闘技術は未熟であるためにひたすら訓練の日々を送る。 ルミナ=AZ1⇒同じく半年前の戦いを経て英雄となった旗艦アマテラス出身のアマツ(人類)。その高い能力と美貌故に多くの関心を集める彼女はある日、自らの出生を知る事になる。 謎の少女⇒伊佐凪竜一が地球に帰還した日に出会った謎の少女。一見すればとても品があり、相当高貴な血筋であるように見えるがその正体は不明。二人が出会ったのは偶然か必然か。  ※SEGAのPSO2のEP4をオマージュした物語ですが、固有名詞を含め殆ど面影がありません。世界観をビジュアル的に把握する参考になるかと思います。

処理中です...