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第2話
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私の勤めるPP局の、一見社屋に見える三階建ての平べったい建物は、全体の極一部であり、この地上部分は実際には、見せかけだけの建物にすぎない。
このちょっとした公園並の、無駄に広い敷地の地下に、実は大切な局の本体部分が収納されている。
膨大なビッグデータを管理する、サーバー群だ。
量子コンピューターが数千万台並ぶ、その驚異的な能力を安全に管理するため、地下五階建ての構造になっていた。
地上1階の入り口ゲートをすり抜けた時点で、出勤報告完了。
受付に座らせている生身の人間は、ただの美男美女なお飾りの秘書なんかじゃない。
あらゆる状況に的確に判断できる知識と訓練を受けた、超エリートSPたちだ。
もちろん、与えられた端末で、末端業務もこなす。
「大変だ、大変だ!」
PP局局長の森部行雄、五十六歳、独身、男性。
背がそんなに高くはなくて、小太りだが持ち前の愛嬌で局員全員から愛されるおじさんだ。
その局長が先に入っていた横田さんを捕まえ、ロビーで騒いでいた。
「どうしよう! 今日の午後、うちのPP局を爆破するって予告状が届いたんだ!」
「今日は一件だけなんですか?」
「午後の二時だって」
「先週は三件の予告が入ってましたよね」
「ハッキング予告も来てるんだよ。もうどうしていいのやら……」
オロオロと、飼い慣らされたハムスターのような動きをくり返すうちの局長は、我が局のマスコット的存在でもある。
「大丈夫ですよ、実際予告通り実行されたことはないし、ここのセキュリティ対策は完璧です」
厳格な審査をうけた優秀な局員たちのみならず、警察との連携はもちろんのこと、地下50mから上空300mまで、この公園のような敷地を中心に、半径1kmが特別警戒区域になっている。
サイバー攻撃はもちろん、物理攻撃にも備えたこの施設は、今の日本でも『最も安全な施設の一つ』と言って過言ではないだろう。
「この世に『完璧』ほど、信用のない言葉なんてないじゃないか」
この心配性の局長に捕まると、とにかく長い。
「おはようございまーす」
やっかいごとには、関わらないのが何よりの得策。
そのまま素で通り抜けようとした私の頭上に、横田さんからの視線をチクリと感じた。
「おい保坂、局長への挨拶がまだだぞ」
横田さんが珍しく私に業務と関係ない話しを振ってくるってことは、助けを求めてるんだよね、これって。
局長の毎朝のお約束である「どうしよう」につき合って、横田さんの貴重な時間を無駄にさせると、その方がこの後の実務に影響する。
機嫌の悪いこの人と一緒に仕事をすることほど、めんどくさいことはない。
「局長! また爆破予告なんですか?」
できるだけ大きな声を張り上げて、思いっきり驚いた顔をする。
「そうなんだよ、保坂くん、どうすればいいんだろう」
「分かりました! 最大限の緊張感を持って、常に臨戦態勢で仕事に挑みます! 局長は、非常事態に備えて、各連携機関との交渉をお願いします!」
局長の顔が、ぱっと輝いた。
「そうだね、分かった! じゃあ、後のことは頼んだよ!」
「はい! 任せてください!」
かわいい局長は、一瞬だけほっとしたような表情を本気で見せる。
それから再び、今現在でも建物のどこかで出火していて、消防車到着待ち状態のような慌てっぷりで、どこかへ走り去っていった。
「毎月、200件を越える爆破予告に対して、毎度毎度今回が初めてみたいな心境でいられるのって、本当に凄い才能ですよね」
「あの人のいいところは、その一点だけともいえる」
横田さんの細長い目が、チクチクと突き刺さる。
この人自身も、クソがつくほどの真面目人間だった。
「常に最大限の緊張感を持って、臨戦態勢で仕事に挑むことが、何よりの防衛手段だ。慣れこそ、最大の危機的状況にあるということを、お前も決して忘れるな」
なんだかんだで、二人とも似たようなタイプなのは間違いない。
局長からの気合い注入で、鼻息粗くオフィスへと向かって行進していくその背中からは、熱い魂の熱量が、迷惑なほどハンパない。
ウザイの一言につきる。
昨晩、夜勤を勤めていたのは、市山晃、二十二歳、独身、男性。
かわいい後輩。
「あぁ、おはようございますー、もうこんな時間かぁ~」
いつ何時起こるか分からない非常事態に備えて、昼夜を問わずマンパワーは欠かせない。
いくら高度にAIが発達した今日でも、何かが起こった時には、責任をとる人間が必要なのだ。
「おはようございます、今日は赤のセーターですか?」
「ビビッドでいいでしょ? コーヒー飲む?」
「いえ、もう飲んじゃいました」
市山くんは、私が両腕で抱えていた、たけるの頭にぽんと手をのせる。
「たけるも、おはよう」
「おはよう! 市山くん! 今日もステキだね!」
たけるからの挨拶に、大きなあくびで、ひらひらと手を振っての返事を返し、彼はくるくるの茶色いくせっ毛頭を、ぽりぽりと掻いた。
「帰ってまた寝ますー」
どうせまた、局のパソコンで一晩中ゲーム三昧だったに違いない。
仮眠室も宿直室もあるこの施設で、徹夜の必要はないのだ。
仕事という盾を武器に、誰にも邪魔されないゲーム環境は、貴重な時間だってこないだも言ってた。
専用コントローラーを片手に、完全に着崩れた格好でオフィスを出て行くのだから、私のその判断に間違いはないだろう。
彼は中性的な顔立ちで、一瞬女の子かと見間違うほどだけど、中身は完全に男の子。
このちょっとした公園並の、無駄に広い敷地の地下に、実は大切な局の本体部分が収納されている。
膨大なビッグデータを管理する、サーバー群だ。
量子コンピューターが数千万台並ぶ、その驚異的な能力を安全に管理するため、地下五階建ての構造になっていた。
地上1階の入り口ゲートをすり抜けた時点で、出勤報告完了。
受付に座らせている生身の人間は、ただの美男美女なお飾りの秘書なんかじゃない。
あらゆる状況に的確に判断できる知識と訓練を受けた、超エリートSPたちだ。
もちろん、与えられた端末で、末端業務もこなす。
「大変だ、大変だ!」
PP局局長の森部行雄、五十六歳、独身、男性。
背がそんなに高くはなくて、小太りだが持ち前の愛嬌で局員全員から愛されるおじさんだ。
その局長が先に入っていた横田さんを捕まえ、ロビーで騒いでいた。
「どうしよう! 今日の午後、うちのPP局を爆破するって予告状が届いたんだ!」
「今日は一件だけなんですか?」
「午後の二時だって」
「先週は三件の予告が入ってましたよね」
「ハッキング予告も来てるんだよ。もうどうしていいのやら……」
オロオロと、飼い慣らされたハムスターのような動きをくり返すうちの局長は、我が局のマスコット的存在でもある。
「大丈夫ですよ、実際予告通り実行されたことはないし、ここのセキュリティ対策は完璧です」
厳格な審査をうけた優秀な局員たちのみならず、警察との連携はもちろんのこと、地下50mから上空300mまで、この公園のような敷地を中心に、半径1kmが特別警戒区域になっている。
サイバー攻撃はもちろん、物理攻撃にも備えたこの施設は、今の日本でも『最も安全な施設の一つ』と言って過言ではないだろう。
「この世に『完璧』ほど、信用のない言葉なんてないじゃないか」
この心配性の局長に捕まると、とにかく長い。
「おはようございまーす」
やっかいごとには、関わらないのが何よりの得策。
そのまま素で通り抜けようとした私の頭上に、横田さんからの視線をチクリと感じた。
「おい保坂、局長への挨拶がまだだぞ」
横田さんが珍しく私に業務と関係ない話しを振ってくるってことは、助けを求めてるんだよね、これって。
局長の毎朝のお約束である「どうしよう」につき合って、横田さんの貴重な時間を無駄にさせると、その方がこの後の実務に影響する。
機嫌の悪いこの人と一緒に仕事をすることほど、めんどくさいことはない。
「局長! また爆破予告なんですか?」
できるだけ大きな声を張り上げて、思いっきり驚いた顔をする。
「そうなんだよ、保坂くん、どうすればいいんだろう」
「分かりました! 最大限の緊張感を持って、常に臨戦態勢で仕事に挑みます! 局長は、非常事態に備えて、各連携機関との交渉をお願いします!」
局長の顔が、ぱっと輝いた。
「そうだね、分かった! じゃあ、後のことは頼んだよ!」
「はい! 任せてください!」
かわいい局長は、一瞬だけほっとしたような表情を本気で見せる。
それから再び、今現在でも建物のどこかで出火していて、消防車到着待ち状態のような慌てっぷりで、どこかへ走り去っていった。
「毎月、200件を越える爆破予告に対して、毎度毎度今回が初めてみたいな心境でいられるのって、本当に凄い才能ですよね」
「あの人のいいところは、その一点だけともいえる」
横田さんの細長い目が、チクチクと突き刺さる。
この人自身も、クソがつくほどの真面目人間だった。
「常に最大限の緊張感を持って、臨戦態勢で仕事に挑むことが、何よりの防衛手段だ。慣れこそ、最大の危機的状況にあるということを、お前も決して忘れるな」
なんだかんだで、二人とも似たようなタイプなのは間違いない。
局長からの気合い注入で、鼻息粗くオフィスへと向かって行進していくその背中からは、熱い魂の熱量が、迷惑なほどハンパない。
ウザイの一言につきる。
昨晩、夜勤を勤めていたのは、市山晃、二十二歳、独身、男性。
かわいい後輩。
「あぁ、おはようございますー、もうこんな時間かぁ~」
いつ何時起こるか分からない非常事態に備えて、昼夜を問わずマンパワーは欠かせない。
いくら高度にAIが発達した今日でも、何かが起こった時には、責任をとる人間が必要なのだ。
「おはようございます、今日は赤のセーターですか?」
「ビビッドでいいでしょ? コーヒー飲む?」
「いえ、もう飲んじゃいました」
市山くんは、私が両腕で抱えていた、たけるの頭にぽんと手をのせる。
「たけるも、おはよう」
「おはよう! 市山くん! 今日もステキだね!」
たけるからの挨拶に、大きなあくびで、ひらひらと手を振っての返事を返し、彼はくるくるの茶色いくせっ毛頭を、ぽりぽりと掻いた。
「帰ってまた寝ますー」
どうせまた、局のパソコンで一晩中ゲーム三昧だったに違いない。
仮眠室も宿直室もあるこの施設で、徹夜の必要はないのだ。
仕事という盾を武器に、誰にも邪魔されないゲーム環境は、貴重な時間だってこないだも言ってた。
専用コントローラーを片手に、完全に着崩れた格好でオフィスを出て行くのだから、私のその判断に間違いはないだろう。
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