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第14章
第1話
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一眠りすると、気分は変わらないが気持ちは入れ替わる。
何事もなかったような顔をして夕餉の支度を済ませ、晋太郎さんを呼びに行く。
お義父さまの部屋で碁を打っていた。
夜もさっさと横になる。
いつの間にか眠っていて、朝になればやっぱり何事もなかったかのように、その人は衝立の向こうに寝ていた。
結局そんなもんだ。
こうやって毎日は過ぎてゆく。
晋太郎さんと囲碁の件で揉めて話しをしなくなってから、数日が過ぎていた。
すっかり涼しくなった。
桔梗の庭は花を終え、黄色くしわがれ始めている。
やがてこの庭は枯れ果て、何も残らなくなるのだろう。
洗った髪を日に当てながら乾かしている。
廊下の縁に腰を掛け、足を側庭に投げだし櫛で梳く。
「今日はご機嫌がよろしいのですね」
久しぶりにこの人が声をかけてきたと思えば、こんな時だ。
下ろしていた髪をぎゅっと握りしめる。
「あまり見ないでください。恥ずかしいので」
「そ、それは失礼いたしました」
この人は慌てて廊下の奥に隠れる。
「し、支度が調ったら、父が部屋に来るようにと……」
「お義父さまが? 分かりました」
立ち去る背中を見送る。
そうか。
今日はお勤めの日だったから、もう帰ってきたんだ。
乾ききっていない髪を結うのは苦手だけど、お義父さまの呼び出しなら仕方がない。
濡れた髪から水を吸った肩が、すっかり涼しくなった季節に冷える。
部屋に戻ると襖を閉めた。
ようやく髪を結い終わり、部屋を出る。
お義父さまの普段いらっしゃる奥の部屋へ呼ばれた。
碁盤が用意されている。
その前にお義父さまが、横には晋太郎さんが座っていた。
「志乃さん、ぜひお手合わせいただきたい。未熟でつまらぬ相手かもしれませんが、よろしく頼み申す」
頭を下げるその姿に、私も慌てて頭を下げた。
「そんな! もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」
黒をお義父さまが取った。
後手の白は、先手の黒より不利な立場。
それだけ私の強さを認めてくれているんだ。
置き石はない。
晋太郎さんは腕を組み、静かに見守っている。
何事もなかったような顔をして夕餉の支度を済ませ、晋太郎さんを呼びに行く。
お義父さまの部屋で碁を打っていた。
夜もさっさと横になる。
いつの間にか眠っていて、朝になればやっぱり何事もなかったかのように、その人は衝立の向こうに寝ていた。
結局そんなもんだ。
こうやって毎日は過ぎてゆく。
晋太郎さんと囲碁の件で揉めて話しをしなくなってから、数日が過ぎていた。
すっかり涼しくなった。
桔梗の庭は花を終え、黄色くしわがれ始めている。
やがてこの庭は枯れ果て、何も残らなくなるのだろう。
洗った髪を日に当てながら乾かしている。
廊下の縁に腰を掛け、足を側庭に投げだし櫛で梳く。
「今日はご機嫌がよろしいのですね」
久しぶりにこの人が声をかけてきたと思えば、こんな時だ。
下ろしていた髪をぎゅっと握りしめる。
「あまり見ないでください。恥ずかしいので」
「そ、それは失礼いたしました」
この人は慌てて廊下の奥に隠れる。
「し、支度が調ったら、父が部屋に来るようにと……」
「お義父さまが? 分かりました」
立ち去る背中を見送る。
そうか。
今日はお勤めの日だったから、もう帰ってきたんだ。
乾ききっていない髪を結うのは苦手だけど、お義父さまの呼び出しなら仕方がない。
濡れた髪から水を吸った肩が、すっかり涼しくなった季節に冷える。
部屋に戻ると襖を閉めた。
ようやく髪を結い終わり、部屋を出る。
お義父さまの普段いらっしゃる奥の部屋へ呼ばれた。
碁盤が用意されている。
その前にお義父さまが、横には晋太郎さんが座っていた。
「志乃さん、ぜひお手合わせいただきたい。未熟でつまらぬ相手かもしれませんが、よろしく頼み申す」
頭を下げるその姿に、私も慌てて頭を下げた。
「そんな! もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」
黒をお義父さまが取った。
後手の白は、先手の黒より不利な立場。
それだけ私の強さを認めてくれているんだ。
置き石はない。
晋太郎さんは腕を組み、静かに見守っている。
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