49 / 86
第11章
第1話
しおりを挟む
蝉の鳴く声がやかましい。
土から這い出した幼虫のぬけ殻が、あちこちに転がる。
寝所からの景色は変わらない。
私は衝立の向こうの、主のいなくなった布団を片付ける。
「お盆の支度をしないとね。志乃さんも手伝ってちょうだい」
お義母さまと二人、仏間の位牌を拭き、床の間を整える。
鮮やかな提灯にろうそくをさした。
「実家に帰る?」
義母はふと聞いた。
「私はどっちでもいいけど」
「いえ。岡田の家とは頻繁に文のやりとりもしておりますし、特に用事もないので……」
「いいの?」
「はい」
塩漬けにしたキュウリとお茶を運ぶ。
最奥の庭はいつもきれいに手入れがされ、涼しげな青い花がそよいでいた。
吹く風までもが心地よく感じる。
お盆には、死者がこの世に帰ってくる。
坂本の家は珠代さまの生家ではないけれど、もしかしたらひょっこり顔くらいは出しに来るかもしれない。
虫除けの香が焚かれた部屋に、その人は座っていた。
「虫干しですか?」
「えぇ」
庭に面した縁側に書物がならぶ。
その合間合間に、独楽や人形、カラクリ仕掛けの不思議なおもちゃがならぶ。
「これは?」
小さな木彫りの人形を手に取った。
「それは、私がまだ赤ん坊のころに、大層気に入っていた品だそうです」
よく見れば古びたカルタや小石、小さな枝なんかまである。
「これは……」
「私の宝物です」
晋太郎さんの顔は真っ赤だ。
私は吹き出しそうになるのを必死で堪えている。
「奥の箪笥にしまってあるものです。こうして年に一度は風を通すのです」
続きの奥の間に目をやる。
開け放した襖の奥で、箪笥の引き出しは全て抜き出されていた。
「天気のよい日に、順番にやるのです」
「……。かわ……」
『かわいい』って、言いそうになるのを飲み込む。
「わ、私も、お手伝いしましょうか?」
「結構です。内心では、どうせ笑っておいででしょう? この折り紙は、私が初めて上手く折れた兜です」
そう言って、古びた小さな兜を手に取った。
「どうですか、この出来。幼子の作品にしては、上出来でしょう? 捨ててしまうなんて、私には出来ません」
「それで私に、箪笥の中を見られたくなかったのですか?」
晋太郎さんは真っ赤になってうつむいた。
「それでも虫干しはしないといけないので、覚悟を決めました」
それは喜んでいいことなのかな?
衣桁に目をやる。
一枚の艶やかな小袖が掛けられていた。
「これは……?」
男物とも女物とも言えない柄だが、晋太郎さんが着るには小さすぎる。
あぁ、これはきっと、珠代さまの形見分けだ。
土から這い出した幼虫のぬけ殻が、あちこちに転がる。
寝所からの景色は変わらない。
私は衝立の向こうの、主のいなくなった布団を片付ける。
「お盆の支度をしないとね。志乃さんも手伝ってちょうだい」
お義母さまと二人、仏間の位牌を拭き、床の間を整える。
鮮やかな提灯にろうそくをさした。
「実家に帰る?」
義母はふと聞いた。
「私はどっちでもいいけど」
「いえ。岡田の家とは頻繁に文のやりとりもしておりますし、特に用事もないので……」
「いいの?」
「はい」
塩漬けにしたキュウリとお茶を運ぶ。
最奥の庭はいつもきれいに手入れがされ、涼しげな青い花がそよいでいた。
吹く風までもが心地よく感じる。
お盆には、死者がこの世に帰ってくる。
坂本の家は珠代さまの生家ではないけれど、もしかしたらひょっこり顔くらいは出しに来るかもしれない。
虫除けの香が焚かれた部屋に、その人は座っていた。
「虫干しですか?」
「えぇ」
庭に面した縁側に書物がならぶ。
その合間合間に、独楽や人形、カラクリ仕掛けの不思議なおもちゃがならぶ。
「これは?」
小さな木彫りの人形を手に取った。
「それは、私がまだ赤ん坊のころに、大層気に入っていた品だそうです」
よく見れば古びたカルタや小石、小さな枝なんかまである。
「これは……」
「私の宝物です」
晋太郎さんの顔は真っ赤だ。
私は吹き出しそうになるのを必死で堪えている。
「奥の箪笥にしまってあるものです。こうして年に一度は風を通すのです」
続きの奥の間に目をやる。
開け放した襖の奥で、箪笥の引き出しは全て抜き出されていた。
「天気のよい日に、順番にやるのです」
「……。かわ……」
『かわいい』って、言いそうになるのを飲み込む。
「わ、私も、お手伝いしましょうか?」
「結構です。内心では、どうせ笑っておいででしょう? この折り紙は、私が初めて上手く折れた兜です」
そう言って、古びた小さな兜を手に取った。
「どうですか、この出来。幼子の作品にしては、上出来でしょう? 捨ててしまうなんて、私には出来ません」
「それで私に、箪笥の中を見られたくなかったのですか?」
晋太郎さんは真っ赤になってうつむいた。
「それでも虫干しはしないといけないので、覚悟を決めました」
それは喜んでいいことなのかな?
衣桁に目をやる。
一枚の艶やかな小袖が掛けられていた。
「これは……?」
男物とも女物とも言えない柄だが、晋太郎さんが着るには小さすぎる。
あぁ、これはきっと、珠代さまの形見分けだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
紀伊国屋文左衛門の白い玉
家紋武範
歴史・時代
紀州に文吉という少年がいた。彼は拾われっ子で、農家の下男だった。死ぬまで農家のどれいとなる運命の子だ。
そんな文吉は近所にすむ、同じく下女の“みつ”に恋をした。二人は将来を誓い合い、金を得て農地を買って共に暮らすことを約束した。それを糧に生きたのだ。
しかし“みつ”は人買いに買われていった。将来は遊女になるのであろう。文吉はそれを悔しがって見つめることしか出来ない。
金さえあれば──。それが文吉を突き動かす。
下男を辞め、醤油問屋に奉公に出て使いに出される。その帰り、稲荷神社のお社で休憩していると不思議な白い玉に“出会った”。
超貧乏奴隷が日本一の大金持ちになる成り上がりストーリー!!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる