40 / 62
第13章
第1話
しおりを挟む
好きですって告白する時は、「付き合おう」って言うんだってのは、何となく知っていた。
岸田くんたちが、教室のその周辺で男同士しゃべっているのを聞いていたし、前に奏が岸田くんにもそう言っていたのも覚えていた。
それはお互いに「好き同士」ってこと。
「おはよう」
教室に入ってきた奏は、一番に僕のところへ来るようになった。
机に伏して寝ていた僕の隣に、同じようにして覆いかぶさる。
肘と肘がコツリとぶつかった。
「ね、おはようって言ったのに、おはようの返事はなし?」
「ん。おはよう」
それを聞いた彼女は、満足したように微笑む。
ふわりと立ち上がった。
そのままいつも一緒にいる女の子たちのところへ行ってしまう。
少し離れた教室から、彼女たちの声が聞こえてきた。
「ね、宮野くん。水泳の大会で優勝したって本当?」
「大会新記録だってよ。ダントツの一位。ネットニュースにもなってた」
「凄いね。やっぱ、タダモノじゃなかったんだよ」
そうやって言われた奏が、うれしそうにしている。
奏がうれしいのなら、僕もうれしい。
昼休みには、みんなとご飯を食べ終わった後に、二人で校内を散歩する約束もした。
奏が僕のことを好きになってくれたのなら、それはそれでうれしい。
僕も奏が好きだから。
だからきっと奏はキスをしても怒らなかったし、ようやく彼女の好きな学校の場所も、僕に教えてくれる気になった。
僕は銀色のパックに入った栄養ゼリーの、空になったのを口にくわえたまま、彼女のお弁当とおしゃべりが終わるのを待っている。
「お前、昼飯はずっとソレばっかだな」
岸田くんは、僕の口元でぶらぶら揺れているパックを見ながら言った。
「ちゃんと飯食ってんのか。次の大会が本番なんだ。夏バテとかしてんじゃねぇぞ」
「夏バテ?」
「体力付けろってこと」
「体力はなくても、ちゃんと泳ぐから大丈夫だよ」
「飯はちゃんと食え」
「食欲がないんだ」
「それを夏バテっていうんだよ」
奏がやっと箸をおいた。弁当を片付け始める。
彼女はチラリとこっちを見た。
それを合図に、僕は立ち上がる。
「コイツ、女が出来て浮かれてんだよ」
「ようやく愛しのカナデチャンに振り向いてもらえたから」
教室でいつも岸田くんと囲む仲間から、ガハハと笑いを受けた。
どんなに笑われても、自分のことならどうだっていい。
「なぁ、宮野!」
それでも、まだ岸田くんは怒っていた。
だけどそんなことよりも、僕にはもっと気になることがあるんだ。
「僕は平気だから」
奏が待っている。
岸田くんの心配を無視し、立ち上がった。
空になったパックをゴミ箱に放り込むと、彼女の後ろに立つ。
奏のお友達たちが、僕に向かってキャアキャアなにか言ってるけど、そんなことだってどうでもいい。
適当に「うん」とか「そう」とか「あぁ」とか返事をしておく。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「いってらっしゃ~い!」
元気に見送ってくれるお友達に手を振って、上機嫌な奏と教室を出る。
やっと二人きりになれた。
昼休みの賑やかな廊下を、並んで歩く。
「どこ行こっか」
「奏の好きなところじゃないの?」
「はは。それはそうだけど、なんかゆっくり出来るところがいいな」
だけど昼休みの校内は、どこも人だらけで、二人きりになれるところなんてない。
僕は奏と並んで、ゆっくりと歩きながら校内を回る。
「水泳部のみんなからも、お祝いされちゃった。最高のタイミングですねって」
「タイミング?」
「宮野くんのこと。みんな凄いって褒めてたよ」
「奏は、僕が泳ぐの速いから、僕のこと好きなの?」
「あのさぁ!」
奏が怒った。
「そりゃ、私も水泳やってるから、上手な人のことは好きだよ。だけど……」
「だけど?」
「もう! これ以上は言わない」
なんだそれ。
もっと話を聞きたいけど、なんだか聞けないような雰囲気だから、黙っておく。
彼女は自販機の前に止まると、ガコンと紙パックのフルーツミックスジュースを買った。
それにストローをさすと、ちゅっと口を付ける。
「もうここに座っちゃおうか」
自販機のすぐ向かいにある植え込みの、その縁石に腰掛ける。
真夏の日差しもコンクリートの屋根に遮られ、ここだけは日陰になっていた。
僕も彼女の隣に腰を下ろす。
「そういえば宮野くんて、いつもスポーツゼリーばっかりだね。ちゃんと食べてるの?」
「さっきも、岸田くんに同じこと言われた」
「心配してんだよ。岸田くんは部長だから。うちのエースの心配」
「エース?」
「一番大事な人ってこと」
「僕は岸田くんのエースじゃないよ」
「じゃあ誰のエースなの?」
「誰だろう」
岸田くんたちが、教室のその周辺で男同士しゃべっているのを聞いていたし、前に奏が岸田くんにもそう言っていたのも覚えていた。
それはお互いに「好き同士」ってこと。
「おはよう」
教室に入ってきた奏は、一番に僕のところへ来るようになった。
机に伏して寝ていた僕の隣に、同じようにして覆いかぶさる。
肘と肘がコツリとぶつかった。
「ね、おはようって言ったのに、おはようの返事はなし?」
「ん。おはよう」
それを聞いた彼女は、満足したように微笑む。
ふわりと立ち上がった。
そのままいつも一緒にいる女の子たちのところへ行ってしまう。
少し離れた教室から、彼女たちの声が聞こえてきた。
「ね、宮野くん。水泳の大会で優勝したって本当?」
「大会新記録だってよ。ダントツの一位。ネットニュースにもなってた」
「凄いね。やっぱ、タダモノじゃなかったんだよ」
そうやって言われた奏が、うれしそうにしている。
奏がうれしいのなら、僕もうれしい。
昼休みには、みんなとご飯を食べ終わった後に、二人で校内を散歩する約束もした。
奏が僕のことを好きになってくれたのなら、それはそれでうれしい。
僕も奏が好きだから。
だからきっと奏はキスをしても怒らなかったし、ようやく彼女の好きな学校の場所も、僕に教えてくれる気になった。
僕は銀色のパックに入った栄養ゼリーの、空になったのを口にくわえたまま、彼女のお弁当とおしゃべりが終わるのを待っている。
「お前、昼飯はずっとソレばっかだな」
岸田くんは、僕の口元でぶらぶら揺れているパックを見ながら言った。
「ちゃんと飯食ってんのか。次の大会が本番なんだ。夏バテとかしてんじゃねぇぞ」
「夏バテ?」
「体力付けろってこと」
「体力はなくても、ちゃんと泳ぐから大丈夫だよ」
「飯はちゃんと食え」
「食欲がないんだ」
「それを夏バテっていうんだよ」
奏がやっと箸をおいた。弁当を片付け始める。
彼女はチラリとこっちを見た。
それを合図に、僕は立ち上がる。
「コイツ、女が出来て浮かれてんだよ」
「ようやく愛しのカナデチャンに振り向いてもらえたから」
教室でいつも岸田くんと囲む仲間から、ガハハと笑いを受けた。
どんなに笑われても、自分のことならどうだっていい。
「なぁ、宮野!」
それでも、まだ岸田くんは怒っていた。
だけどそんなことよりも、僕にはもっと気になることがあるんだ。
「僕は平気だから」
奏が待っている。
岸田くんの心配を無視し、立ち上がった。
空になったパックをゴミ箱に放り込むと、彼女の後ろに立つ。
奏のお友達たちが、僕に向かってキャアキャアなにか言ってるけど、そんなことだってどうでもいい。
適当に「うん」とか「そう」とか「あぁ」とか返事をしておく。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「いってらっしゃ~い!」
元気に見送ってくれるお友達に手を振って、上機嫌な奏と教室を出る。
やっと二人きりになれた。
昼休みの賑やかな廊下を、並んで歩く。
「どこ行こっか」
「奏の好きなところじゃないの?」
「はは。それはそうだけど、なんかゆっくり出来るところがいいな」
だけど昼休みの校内は、どこも人だらけで、二人きりになれるところなんてない。
僕は奏と並んで、ゆっくりと歩きながら校内を回る。
「水泳部のみんなからも、お祝いされちゃった。最高のタイミングですねって」
「タイミング?」
「宮野くんのこと。みんな凄いって褒めてたよ」
「奏は、僕が泳ぐの速いから、僕のこと好きなの?」
「あのさぁ!」
奏が怒った。
「そりゃ、私も水泳やってるから、上手な人のことは好きだよ。だけど……」
「だけど?」
「もう! これ以上は言わない」
なんだそれ。
もっと話を聞きたいけど、なんだか聞けないような雰囲気だから、黙っておく。
彼女は自販機の前に止まると、ガコンと紙パックのフルーツミックスジュースを買った。
それにストローをさすと、ちゅっと口を付ける。
「もうここに座っちゃおうか」
自販機のすぐ向かいにある植え込みの、その縁石に腰掛ける。
真夏の日差しもコンクリートの屋根に遮られ、ここだけは日陰になっていた。
僕も彼女の隣に腰を下ろす。
「そういえば宮野くんて、いつもスポーツゼリーばっかりだね。ちゃんと食べてるの?」
「さっきも、岸田くんに同じこと言われた」
「心配してんだよ。岸田くんは部長だから。うちのエースの心配」
「エース?」
「一番大事な人ってこと」
「僕は岸田くんのエースじゃないよ」
「じゃあ誰のエースなの?」
「誰だろう」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
アクセサリー
真麻一花
恋愛
キスは挨拶、セックスは遊び……。
そんな男の行動一つに、泣いて浮かれて、バカみたい。
実咲は付き合っている彼の浮気を見てしまった。
もう別れるしかない、そう覚悟を決めるが、雅貴を好きな気持ちが実咲の決心を揺るがせる。
こんな男に振り回されたくない。
別れを切り出した実咲に、雅貴の返した反応は、意外な物だった。
小説家になろうにも投稿してあります。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる