人魚な王子

岡智 みみか

文字の大きさ
上 下
17 / 62
第6章

第1話

しおりを挟む
 春休みという授業がない季節がやって来て、僕はそれでも水泳部のために毎日学校へ行った。
いつもの場所の決まった日の決まった時間に、ちゃんと奏たちは来ていて、時計というものは実に便利なものだと知った。
それでも毎日のように、相変わらず走ったり体を曲げたりばっかりだったけど……。

 ある春休みの日には雨が降っていて、それでも部活はあるっていうから、僕はいつものようにプール前の広場でみんなが来るのを待っていた。
そこそこに強い雨が、白いシャツに通して肌まで染みこんでくる。
まだまだ春先というよりも、冬の終わりと言った方が正しい冷たい空の雨だ。
陸に上がってからは、常に皮膚が乾いていることには慣れたけど、やっぱり濡れている方が気持ちいいし落ち着く。
薄曇り空から降りしきる霧のような雨を見上げ、こういう日は一人岩礁の上に座り、ただ雨に打たれていたことを思い出す。
波を打つ雨の音だけが、僕の友達だった。
今はそこに人の住む音が混じる。

 ふと聞いたことのあるような声がして、閉じていた目を開いた。
雨の向こうで、見たことのある顔の奴らが、嫌な笑い方をしながら近づいてくる。

「宮野? お前なにやってんの」

 時間が来てるはずなのに誰も来ないと思ったら、今日の練習場所はここじゃないんだって。

「お前、本当に頭悪いよな。大丈夫かよ」

 傘とかいう雨具を持った、たぶん同じ水泳部の男らが言った。

「うん。平気。今日の練習は別の場所だったってこと?」
「お前はぁ~。だからさ、スマホ持ってんだろ? 今日は視聴覚室でやるって、連絡入っただろ」
「それはあるけど、必要ないから見てない」
「あはは。やっぱバカだろ」
「だよなぁ!」

 少なくとも僕は、自分が海の長老さまや海底に住む魔法使いたちよりも賢くないことを知っているから、それは本当のことなので大丈夫。
雨の滴が前髪を伝って頬に流れるのも、体がわずかに冷えているのも懐かしい。

「つーか、なんでうちの学校来た? 入る学校間違えてない? ほら、特殊とか支援なんとかって名前がつくようなさ」
「お前、かなりキモいぞ。分かってる? 顔だけで生きていくなら、水泳部やめてそっち行けよ。いやむしろさっさと行ってくれ」

 もしかしたら、彼らと何か話しや挨拶くらいはしたことあるかもしれないけど、残念ながら僕は、この2人の顔を何となくくらいしか覚えていない。
きっとここにいて僕に話しかけてきてるから、同じ水泳部員なんだろう。

「それは無理だ。だって奏がいるもん」
「は? 迷惑なんだよ。邪魔だって言ってんの分かんない? あーバカだから分かんないのか。じゃあ俺たちがここで教えてやるよ」

 男の子の一人が、握りこぶしを振り上げる。
僕は冷たい雨に打たれながら、じっと彼らを見ていた。
パシャリと水の跳ねる音が聞こえる。

「何やってんだ!」

 岸田くんだ。
彼は駆け寄ってくると、持っていた傘を僕にかざす。

「お前、なんでそんなずぶ濡れなんだよ! 傘は?」
「持ってない」

 その言葉に舌打ちすると、彼はそこにいた男の子たちを振り返った。

「俺は宮野を探してこいとは言ったけど、シメてこいとは言ってねぇぞ!」
「だけどさぁ! 正直コイツおかしいでしょ。気味が悪いっていうか、なんか変だし」
「岸田だって、最初は嫌がってたし」
「不気味でしょ。なに言ってんのか、話しも通じねぇし。単純に見ててムカつく」

 傘というものの下に入ると、雨音の弾ける音が聞こえる。
これはこれで悪くない。

「……。それでも、水泳部に入ったんだから、もう仲間だろ」
「だいたい、奏の後を追っかけ回してんのが、もうなんかさぁ!」
「そもそも、絶対追い出すとか言ってたの、お前だし」

 僕は傘を持つ岸田くんの横顔を見上げる。

「そうだったの?」

 彼は僕の問いには答えず、その子たちに向かって続けた。

「気が変わったんだよ。今後コイツに手ぇ出したら、俺が許さねぇからな」
「岸田は、そいつが変だと思わないのかよ」
「変だとか何とか、誰基準だよ。何基準で言ってんの? そんなの……。帰国子女とかだと、分かんないだろ」
「いや、そんなレベルじゃないって! お前だって分かってんだろ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」 「はっ?」 突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。 しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。 モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!? 素性がバレる訳にはいかない。絶対に…… 自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。 果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

処理中です...