上 下
38 / 40
第11章

第2話

しおりを挟む
「なんかよかった」
「なにが?」
「館山さんが、私と一緒で」
「一緒じゃないよ! 持田さんはずっとクールな感じで、他には流されませんよって感じで、なに言われても自分を貫いてる感じが、カッコいいなって……」
「なにそのイメージ! 全然そんなんじゃないよ!」
「私も他の人から、よく真面目だねって言われるけど、引きこもりっていうかコミュ障っていうか、『合わないよね』ってよく言われて……」

 彼女は、ぎゅっと唇をかみしめた。

「だから快斗からも、うっとうしいって思われてるのかなって……」
「ちゃんとしゃべってみないと、お互いのことなんて分かんないもんだね」

 夏はまだもう少し先とはいえ、校内をずっと歩いていると、少しは汗ばんでくる。
彼女はキュッと顔を引き締めると、前を向いた。

「私ね、ずっと持田さんは坂下くんのことが好きなのかと思ってた」
「なんで?」
「だって、そんな感じしてたから」

 突然の彼女からの告白に、動揺が隠せない。
どうして分かったんだろう、そんなに私の行動はバレバレだった? 
だけど、ここで折れるわけにはいかない。

「私は……。坂下くんは、館山さんが好きなのかと思ってた。仲いいし、よく一緒にいるし」
「うそ? そんなこと全然ないって」
「私も快斗となんて、全然ないから!」

 互いに顔の前で横に手を振りまくって否定する。

「いや、ないし!」
「私だってないない!」
「ホントにないから」
「私だってないよー」

 なんて、そんなやりとりを永遠に続けていたら、互いに急に可笑しくなって、声を揃えて笑った。

「なんだ。よかった。安心した」

 館山さんがそう言って笑ってくれると、私も安心する。

「快斗のどこが好きなの」
「え!」

 校庭前の、自販機が並んだピロティに出た。
彼女の顔は、真っ赤に塗られた自販機より赤くなる。

「どこって……」
「いつから好きなの?」

 ようやく見つけた空きベンチに並んで腰掛ける。
私は桃のジュースを、彼女はミルクティーをゴトリと自販機から取りだした。

「えぇっと……。あのね……」

 彼女は爆発しそうなほど照れながらも、ぽつりぽつりと丁寧に話してくれる。

「小学校の時から一緒で、中学も同じで……」

 小学二年生の下校時、彼女が転んで怪我したのを、快斗が助けてくれた。
集団下校で、他のみんなは彼女を置いて走り去るなか、彼は館山さんのランドセルを代わりに持ち、手を引いて家まで連れ帰ってくれた。
他の子に意地悪されそうになった時もかばってくれたし、運動会の全員リレーの練習にも、集まり悪くて誰も来ない日だって、ずっと付き合ってくれた。

「優しくて、かっこよくて……。もうずっとずっと好きなの」
「告白はしないの? したらすぐOKもらえると思うんだけど」

 彼女はその白く儚げな美しい顔に、静かな笑みを浮かべた。

「中学を卒業する時にね、一回告白してるの。それで振られちゃった」
「なんで!?」

 え? バカなの? なんでこんないい子を! 
もしかして快斗ってバカ? 
アイツはとんでもないバカだったの?

「好きじゃないんだって。私のこと。正直なことを言うとね、自信あったんだ。ずっと仲良かったし、周りもみんな、ずっと小さい頃からの知り合いで、ほとんど公認カップルみたいな感じだったの。だから私の方から告白すれば、ちゃんと付き合うことになるんだろうなって。周りからは、なんで快斗から告白しないのってずっと言われてて。付き合って当然、当たり前みたいな雰囲気が、彼にとっては逆に嫌だったみたい」

 どこの高校を受験するのか、快斗は頑なに教えてくれなかったらしい。
それでもお互いの母親同士が仲良ければ、自然と情報は耳に入ってくる。

「同じ高校を受験してるって知った時は、すっごいびっくりした顔してて。合格して環境変わったら、快斗も私も変わるかなって思ったけど、気持ちは変わらなかったみたい」

 私が男だったら、こんな可愛い子絶対放っとかないとか、快斗は見る目がないとか、そんな言葉をどれだけ並べたって、彼女には今さら響かないだろう。

「ふふ。だからね、持田さんのことが、凄くうらやましい。昼休みにみんなの前で、堂々とぬいぐるみあげちゃったりして。私ね、快斗のそういうところが好きなんだ。持田さんからはすぐに返されちゃったみたいだけど。それでも揺るがない強いところも」

 ゴメンって謝るのも筋違いな気がして、何も言えなくなる。
何かを言わなくちゃいけないのは分かってるけど、下手くそな言い訳じみたことしか浮かばない。

「もう一回告白してみるとか? そしたら今度はきっと快斗も……」

 私からのそんな答えを予測していたかのように、彼女は静かに首を横に振った。

「フラれるの分かってて、そんなこと出来ないよ。一回ちゃんと告白してフラれてるのに、またそんなことになったら、耐えられる自信ないし」

 快斗の気持ちは快斗のもので、誰が悪いとか間違ってるなんて話じゃない。
館山さんに諦めろとかいうのも違うと思うから、余計に難しい。
人の気持ちはその人自身のものだから、自分の努力やガンバリだけでは、どうにもならない。
相手の気持ちまで、自分の思うようにコントロールは出来ない。

「今も好きなんだね」
「もうずっとこのままかもしれない」

 そう言って笑った彼女の今にも泣き出しそうな顔は、誰よりも綺麗だと思った。

「持田さんには、本当に好きな人いないの?」
「私は……。よく分かんないけど、多分いないんだと思う」
「そっか」

 自分の悩みなんて、館山さんみたいな本物の前では、転げ落ちた空のペットボトルほどの価値もない。
自販機横に設置されたゴミ箱が、あふれそうなほど一杯になっている。
そこから誰かの捨てたものが、コロンとこぼれ落ちた。
私はそれを拾うと、ぎゅっと奥へ押し込む。
本当に好きな人の、その本当って、なに?

「教室戻ろっか」
「うん」

 予鈴が鳴った。
急ぎ足で廊下を進みながら、彼女とクスクス笑って次の授業の話をする。

「古文のひとみちゃんも、もふかわ好きらしいよ」
「そうなんだ」
「職員室の先生の机の上に、新しく追加されてるの見た」

 私と館山さんは、友達になった。
もう彼女の長くて綺麗な黒髪に、嫉妬することもないだろう。
うらやましくなったり悔しくなったりも、一生しない。
彼女も私と変わらないんだって、分かったから。

 午後の授業が全部終わって、帰宅時間になった。
教室の出入り口で館山さんとすれ違うことになった私に、彼女はバイバイと手を振る。

「あ、ちょっと待って」
「なに?」
「鞄に何か付いてるよ」
「え、本当?」

 私は彼女のサブバックに突き刺さったままだった、ハートのスティックを抜き取る。

「うん。取れた」
「ありがとう。また明日ね」

 にっこりと微笑み合い、手を振って別れる。
私は抜き取ったそれを、ぎゅっと握りしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

愛する人とは結ばれましたが。

ララ
恋愛
心から愛する人との婚約。 しかしそれは残酷に終わりを告げる……

処理中です...