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第10章
第4話
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坂下くんはまだ学校に来ていなかった。
あんまりキョロキョロすると怪しまれるから、さりげなく教室を見渡す。
スマホを取り出すと、彼とのトークルームを開いた。
アイコンだけはいつも眺めている。
動かなくなったタイムラインも。
文字を打ち込んでは消し、打っては消しを繰り返していた送信ボタンを、確定で押すのも数週間ぶり。
『大丈夫? なんか変わったことなかった?』
送信したとたん、すぐに既読がつく。
まさかこんなに早く見てくれるとは、思っていなかった。
速攻で返事が返ってくる。
『なにが?』
『昨日のスティック』
『だからなんもねーよw』
『今どこ?』
『電車降りた。もうすぐ学校』
誰かを好きになったりしてない? なんて、打ちかけてその文字を消す。
そんなこと、聞けるワケない。
『よかった。館山さんの鞄、チェックしようと思ったけど、ロッカーにしまわれたから見れなかった』
『なにチェックすんの?』
『まだスティックが鞄に残ってるかどうか』
送信した瞬間、既読はついたけど返事はない。
彼にとっては、本気でどうでもいいことなんだ。
私にとっては、こんなに大事なことなのに。
あの恐ろしさを分かってないから、こんなにのんびりしてられるんだ。
自分の席について、もぞもぞと教科書をしまう。
すっかりやる気を削がれてしまった。
昨晩は一人ベッドであれこれと作戦を考え、ほとんど眠れなかった上に、その作戦も朝イチで無惨に消えてしまった。
眠気と疲労感でなんとなくダルい私と比べ、朝の教室は全員が生き生きと動いているように見える。
今日という一日を迎え撃つために、出撃の準備をしているようだ。
夏が近づき、エアコンの入り始めた教室の扉が、ガラリと開く。
坂下くんが入ってきた。
さっきまでのスマホのやりとりがあったから、こっちを見てくれるかと思っていたのに、見てはくれない。
いつものように自分の席につくと、すぐに隣の席の男子と話し始める。仕方ないか。あの人にはもう頼れない。彼が気にしているのは、私じゃない。
一時間目の数学の授業が終わった。そのままノートを見返したり、教科書の次の宿題範囲をチェックしたりなんかしていたら、ふと視界に館山さんを捕らえた。
気づけば彼女は教科書を抱え、教室の後ろに移動をしている。
何してるんだろうと思ったら、彼女のロッカー付近でしゃがみ込んだ。
「しまった!」
教科ごとに、教科書をロッカーから出し入れするタイプの真面目だったのか!
慌てて飛び上がっても、もう遅い。
駆けつけたいけど、猛ダッシュすることも許されない。
現場にたどり着いた時には、無情にも彼女の手によってロッカーが閉められた瞬間だった。
それでも一番下の段に詰め込まれた、濃紺のサブバックの一端は見えた。
やはりスティックはこの中にあるはず。
落としてなければ。
「……。持田さん? どうかした?」
「ううん。トイレ。急にお腹痛くなっちゃったから……」
「あ。お大事に」
館山さんは、そう言って道を譲ってくれた。
ありがとう。
彼女がいい人で本当によかった。
自分が挙動不審気味なのは、前からよく知ってる。
だからおかしな目で周りから見られるのは、全然平気。
だけどスティックの存在の有無すらはっきりしないことに、苛立ちは隠せない。
『お腹痛いの?』
トイレから戻って来たら、坂下くんからメッセージが入っていた。
彼の席の斜め前に座る館山さんまで、一緒になってこっちをチラチラ心配そうに見ている。
もしかしなくても、彼女から聞いた?
『だから、スティックの刺さった鞄がロッカーにあるか見に行ったの! 鞄は入ってたけど、スティックまでは見えなかった』
『まだやってたんだ』
ワンテンポ遅れて届いたその文字列に、カチンと血が上る。
私が誰のためにこんなに必死になってるか、本当に分かってない。
『そんなことで、俺は誰かを好きになったりしないから』
『それはもう分かった』
やっぱりほら、また再確認してしまった。
彼は私を好きじゃない。
今さらそんなこと言われても、向こうも迷惑。
だから私も好きって言わない。
一生言わない。
そう決めてる。
次の休み時間。
今度こそはとじっと様子をうかがっていたのに、彼女はロッカーへ移動をしなかった。
席から動かずずっと机に座っている。
何をしてるのか廊下に出て行くフリして覗いたら、二時間目の現代表現の授業のノートを熱心に見返していた。
復習ってやつなのかな?
成績のイイ子は、この辺りからもう違う。
三、四時間目は英語によるコミュニケーションの授業で、外部講師を招いての二時間連続での英会話になるから、余計な動きなんて出来ない。
グループごとに机をくっつけて、英会話といいながらも、ほとんどがテキストの棒読みだ。
合間の単語をちょろっと変えるくらい。
雑談なんて、日本語でもいきなり授業でやれなんて言われたって難しいのに、英語でそれをやろうってのも、かなり無茶な話だよね。
常に視界の隅で館山さんの動きを捕らえながらも、授業の終わりがくるのを待っていた。
昼休み、必ず館山さんはロッカーに行く。
そしてサブバックを取り出す。
その時がチャンスだ。
あんまりキョロキョロすると怪しまれるから、さりげなく教室を見渡す。
スマホを取り出すと、彼とのトークルームを開いた。
アイコンだけはいつも眺めている。
動かなくなったタイムラインも。
文字を打ち込んでは消し、打っては消しを繰り返していた送信ボタンを、確定で押すのも数週間ぶり。
『大丈夫? なんか変わったことなかった?』
送信したとたん、すぐに既読がつく。
まさかこんなに早く見てくれるとは、思っていなかった。
速攻で返事が返ってくる。
『なにが?』
『昨日のスティック』
『だからなんもねーよw』
『今どこ?』
『電車降りた。もうすぐ学校』
誰かを好きになったりしてない? なんて、打ちかけてその文字を消す。
そんなこと、聞けるワケない。
『よかった。館山さんの鞄、チェックしようと思ったけど、ロッカーにしまわれたから見れなかった』
『なにチェックすんの?』
『まだスティックが鞄に残ってるかどうか』
送信した瞬間、既読はついたけど返事はない。
彼にとっては、本気でどうでもいいことなんだ。
私にとっては、こんなに大事なことなのに。
あの恐ろしさを分かってないから、こんなにのんびりしてられるんだ。
自分の席について、もぞもぞと教科書をしまう。
すっかりやる気を削がれてしまった。
昨晩は一人ベッドであれこれと作戦を考え、ほとんど眠れなかった上に、その作戦も朝イチで無惨に消えてしまった。
眠気と疲労感でなんとなくダルい私と比べ、朝の教室は全員が生き生きと動いているように見える。
今日という一日を迎え撃つために、出撃の準備をしているようだ。
夏が近づき、エアコンの入り始めた教室の扉が、ガラリと開く。
坂下くんが入ってきた。
さっきまでのスマホのやりとりがあったから、こっちを見てくれるかと思っていたのに、見てはくれない。
いつものように自分の席につくと、すぐに隣の席の男子と話し始める。仕方ないか。あの人にはもう頼れない。彼が気にしているのは、私じゃない。
一時間目の数学の授業が終わった。そのままノートを見返したり、教科書の次の宿題範囲をチェックしたりなんかしていたら、ふと視界に館山さんを捕らえた。
気づけば彼女は教科書を抱え、教室の後ろに移動をしている。
何してるんだろうと思ったら、彼女のロッカー付近でしゃがみ込んだ。
「しまった!」
教科ごとに、教科書をロッカーから出し入れするタイプの真面目だったのか!
慌てて飛び上がっても、もう遅い。
駆けつけたいけど、猛ダッシュすることも許されない。
現場にたどり着いた時には、無情にも彼女の手によってロッカーが閉められた瞬間だった。
それでも一番下の段に詰め込まれた、濃紺のサブバックの一端は見えた。
やはりスティックはこの中にあるはず。
落としてなければ。
「……。持田さん? どうかした?」
「ううん。トイレ。急にお腹痛くなっちゃったから……」
「あ。お大事に」
館山さんは、そう言って道を譲ってくれた。
ありがとう。
彼女がいい人で本当によかった。
自分が挙動不審気味なのは、前からよく知ってる。
だからおかしな目で周りから見られるのは、全然平気。
だけどスティックの存在の有無すらはっきりしないことに、苛立ちは隠せない。
『お腹痛いの?』
トイレから戻って来たら、坂下くんからメッセージが入っていた。
彼の席の斜め前に座る館山さんまで、一緒になってこっちをチラチラ心配そうに見ている。
もしかしなくても、彼女から聞いた?
『だから、スティックの刺さった鞄がロッカーにあるか見に行ったの! 鞄は入ってたけど、スティックまでは見えなかった』
『まだやってたんだ』
ワンテンポ遅れて届いたその文字列に、カチンと血が上る。
私が誰のためにこんなに必死になってるか、本当に分かってない。
『そんなことで、俺は誰かを好きになったりしないから』
『それはもう分かった』
やっぱりほら、また再確認してしまった。
彼は私を好きじゃない。
今さらそんなこと言われても、向こうも迷惑。
だから私も好きって言わない。
一生言わない。
そう決めてる。
次の休み時間。
今度こそはとじっと様子をうかがっていたのに、彼女はロッカーへ移動をしなかった。
席から動かずずっと机に座っている。
何をしてるのか廊下に出て行くフリして覗いたら、二時間目の現代表現の授業のノートを熱心に見返していた。
復習ってやつなのかな?
成績のイイ子は、この辺りからもう違う。
三、四時間目は英語によるコミュニケーションの授業で、外部講師を招いての二時間連続での英会話になるから、余計な動きなんて出来ない。
グループごとに机をくっつけて、英会話といいながらも、ほとんどがテキストの棒読みだ。
合間の単語をちょろっと変えるくらい。
雑談なんて、日本語でもいきなり授業でやれなんて言われたって難しいのに、英語でそれをやろうってのも、かなり無茶な話だよね。
常に視界の隅で館山さんの動きを捕らえながらも、授業の終わりがくるのを待っていた。
昼休み、必ず館山さんはロッカーに行く。
そしてサブバックを取り出す。
その時がチャンスだ。
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