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第2話
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小学校の、少し小さくてかわいらしい廊下を、真っ直ぐに歩く。
俺のやるべきことは、とにかく普段通り、何も変わらない日常を彼らに提供し、落ち着いた学校生活を送らせることだ。
俺はそれを守り通さなくてはならない。
四年二組の教室が近づいてくる。
もう昼休みと掃除も終わり、五時間目の授業の開始を大人しく待っていなければならない時間だ。
廊下まで響く喧噪に、俺は足を速めた。
「何をしているんだ! やめなさい!」
教室の真ん中で、男児二人が殴り合いの喧嘩をしていた。
またいつもの二人か。
俺は内心でそう思いながらも、間に割って入る。
「またお前らかよ、今度はなんだ?」
「クラスで決めたルールを、全然守ろうとしません!」
殴られ、頬に赤いアザの出来た子どもが叫ぶ。
「お前が勝手にそのルールを、ころころ変えるからだろ?」
アザをつけられたこの子は、真面目でしっかりとしているが、少し融通の利かないところがある。
だけど、誠実さだけは人一倍だ。
もう一方の殴った方の子は、スポーツ万能でムードメーカーの、いわゆるクラスのリーダー的存在だ。
ただ時折、自己を過信しすぎて他者への想像力が欠如してしまうのは、まぁこの年代の年頃としては、相応としたところだろう。
俺の目の前でも、二人はまだ激しい言い合いを続けている。
その内容の細かいことは、今は問題ではない。
「先生はがっかりしているよ」
少し声を荒げて、ワザと大きな声を出す。
「君たちは、教室で喧嘩をしないという、大切なルールを破っている。そうじゃないのか? クラス全員が気持ちよく過ごす。それが一番だったろ?」
俺が見下ろすと、二人は急に大人しくなった。
「このクラスの生徒は、みんな聞き分けのいい、いい子たちばかりだと先生は思っている。そうじゃないのか?」
一人は真っ直ぐに俺の顔を見上げ、一人はうつむく。
「先生は、例えどんな理由であれ、このクラスの生徒はみんな、理解し、わかり合える仲間だと思っている。それが出来ない君たちじゃないだろう」
俺は、自分のクラスの子どもたちを見渡した。
「とても簡単な話だ。決して難しいことではない。なのにどうして、それが出来ないんだろう。先生は今とても悲しいし、残念に思っています」
始業を知らせるチャイムが鳴る。
次は社会科の時間だ。
だけど、昔と現在の生活様式の違いを発見するよりも、大切な問題がここにある。
「さぁ、どうしたら仲間同士わかり合えるのか、五時間目はその話し合いの時間にしよう」
また保護者から授業の遅れを指摘されるかもしれないな。
こういうことをして一番大変な思いをしなければならないのは、実は教師の側であるということを、なかなか理解してもらえない。
授業の内容をコンパクトに見直して、宿題を出して遅れをカバーしよう。
先生のクラスは宿題が多いって、また言われるだろうな。
だけど、塾や家庭学習では教えてもらえないことが、学校という集団生活のなかにはあると、俺は信じている。
「さぁ、みんなでどうすればよかったのか、今回の問題点を話しあおう」
俺の合図で、子どもたちはクラスの机を円陣になるように移動させた。
慣れたもんだ。
俺が担任になったクラスの子どもたちは、みんなこの行為にすぐに順応する。
「悪いのは、誰だろう」
俺はその子どもたちの輪の外から、声をかける。
子どもたちは次々に、殴られた方の子どもを責めた。
「掃除の時間が始まったのに、いつまでもふざけていて掃除をしませんでした」
「それを注意した子に向かって、雑巾を投げました」
「やめろっていっても、雑巾を投げてきたり、ほうきで叩いてきました」
またか。
もうこれで何回目だろう、呆れすぎてため息も出ない。
ここ最近の、彼の言動の乱れは目に余る。
本来ならこれで、いつものようにこの子に反省の言葉を述べさせ、クラス全員に謝罪し、許しをもらえればそれでお終いだが、そう何度も同じ手を使っていても、繰り返しばかりで効果がない。
「じゃあ、悪いのは真面目に掃除をしなかった人ってことになるのかな」
俺がそう言うと、子どもたちは一斉にうなずく。
「だとしたら、悪いのはここにいる全員です」
四十人から五人程度を減らしただけで、少人数学級と謳う数の子どもたちの目が、一斉に俺にだけ集中する。
「掃除を真面目にやらなかったのは誰ですか? ここにいる全員です。もちろんふざけた人が悪い。だけど、それを見ていた人も悪いし、止めなかったのも悪い」
「止めようとしました!」
殴った方の子どもが、立ち上がる。
「あぁそうだね、だけど失敗した。それでは君の行動に、意味がないじゃないか」
彼は何も反論出来ずに座り直す。
当たり前だ。
まだ小学四年生の子どもが、俺に勝てるわけがない。
「掃除をしなかったことが悪いことか? だとしたら、止めに入ったその時間は、君は掃除をしていなかったし、見ていた人間も掃除をしていなかった。掃除をしていない奴を注意しないでいることも悪い。してない奴も悪い」
教室の一段高い所から見下ろす風景は、何ものにも代えがたい。
「悪いのは掃除をしていなかった人じゃない。掃除ができなかった全員です。違いますか?」
しばらくの沈黙の後で、子どもたちは次々に自分たちの反省の弁を述べていく。
よく出来た子どもたちだ。
俺の気持ちがちゃんと全員に届いていることが、何よりも喜ばしい。
六時間目まで使って行われた話し合いは、最終的に喧嘩をした二人が握手を交わして仲直りを宣言し、あたたかな拍手に包まれて終了した。
「おまえら、これ以上授業を潰すなよ。明日からはちゃんと授業するからな」
クラスから悲鳴が上がる。
俺は笑って、本日は解散となった。
ランドセルを背負った子どもたちが、ぱらぱらと教室から出て行く。
そう、これがいいんだ。
俺のやるべきことは、とにかく普段通り、何も変わらない日常を彼らに提供し、落ち着いた学校生活を送らせることだ。
俺はそれを守り通さなくてはならない。
四年二組の教室が近づいてくる。
もう昼休みと掃除も終わり、五時間目の授業の開始を大人しく待っていなければならない時間だ。
廊下まで響く喧噪に、俺は足を速めた。
「何をしているんだ! やめなさい!」
教室の真ん中で、男児二人が殴り合いの喧嘩をしていた。
またいつもの二人か。
俺は内心でそう思いながらも、間に割って入る。
「またお前らかよ、今度はなんだ?」
「クラスで決めたルールを、全然守ろうとしません!」
殴られ、頬に赤いアザの出来た子どもが叫ぶ。
「お前が勝手にそのルールを、ころころ変えるからだろ?」
アザをつけられたこの子は、真面目でしっかりとしているが、少し融通の利かないところがある。
だけど、誠実さだけは人一倍だ。
もう一方の殴った方の子は、スポーツ万能でムードメーカーの、いわゆるクラスのリーダー的存在だ。
ただ時折、自己を過信しすぎて他者への想像力が欠如してしまうのは、まぁこの年代の年頃としては、相応としたところだろう。
俺の目の前でも、二人はまだ激しい言い合いを続けている。
その内容の細かいことは、今は問題ではない。
「先生はがっかりしているよ」
少し声を荒げて、ワザと大きな声を出す。
「君たちは、教室で喧嘩をしないという、大切なルールを破っている。そうじゃないのか? クラス全員が気持ちよく過ごす。それが一番だったろ?」
俺が見下ろすと、二人は急に大人しくなった。
「このクラスの生徒は、みんな聞き分けのいい、いい子たちばかりだと先生は思っている。そうじゃないのか?」
一人は真っ直ぐに俺の顔を見上げ、一人はうつむく。
「先生は、例えどんな理由であれ、このクラスの生徒はみんな、理解し、わかり合える仲間だと思っている。それが出来ない君たちじゃないだろう」
俺は、自分のクラスの子どもたちを見渡した。
「とても簡単な話だ。決して難しいことではない。なのにどうして、それが出来ないんだろう。先生は今とても悲しいし、残念に思っています」
始業を知らせるチャイムが鳴る。
次は社会科の時間だ。
だけど、昔と現在の生活様式の違いを発見するよりも、大切な問題がここにある。
「さぁ、どうしたら仲間同士わかり合えるのか、五時間目はその話し合いの時間にしよう」
また保護者から授業の遅れを指摘されるかもしれないな。
こういうことをして一番大変な思いをしなければならないのは、実は教師の側であるということを、なかなか理解してもらえない。
授業の内容をコンパクトに見直して、宿題を出して遅れをカバーしよう。
先生のクラスは宿題が多いって、また言われるだろうな。
だけど、塾や家庭学習では教えてもらえないことが、学校という集団生活のなかにはあると、俺は信じている。
「さぁ、みんなでどうすればよかったのか、今回の問題点を話しあおう」
俺の合図で、子どもたちはクラスの机を円陣になるように移動させた。
慣れたもんだ。
俺が担任になったクラスの子どもたちは、みんなこの行為にすぐに順応する。
「悪いのは、誰だろう」
俺はその子どもたちの輪の外から、声をかける。
子どもたちは次々に、殴られた方の子どもを責めた。
「掃除の時間が始まったのに、いつまでもふざけていて掃除をしませんでした」
「それを注意した子に向かって、雑巾を投げました」
「やめろっていっても、雑巾を投げてきたり、ほうきで叩いてきました」
またか。
もうこれで何回目だろう、呆れすぎてため息も出ない。
ここ最近の、彼の言動の乱れは目に余る。
本来ならこれで、いつものようにこの子に反省の言葉を述べさせ、クラス全員に謝罪し、許しをもらえればそれでお終いだが、そう何度も同じ手を使っていても、繰り返しばかりで効果がない。
「じゃあ、悪いのは真面目に掃除をしなかった人ってことになるのかな」
俺がそう言うと、子どもたちは一斉にうなずく。
「だとしたら、悪いのはここにいる全員です」
四十人から五人程度を減らしただけで、少人数学級と謳う数の子どもたちの目が、一斉に俺にだけ集中する。
「掃除を真面目にやらなかったのは誰ですか? ここにいる全員です。もちろんふざけた人が悪い。だけど、それを見ていた人も悪いし、止めなかったのも悪い」
「止めようとしました!」
殴った方の子どもが、立ち上がる。
「あぁそうだね、だけど失敗した。それでは君の行動に、意味がないじゃないか」
彼は何も反論出来ずに座り直す。
当たり前だ。
まだ小学四年生の子どもが、俺に勝てるわけがない。
「掃除をしなかったことが悪いことか? だとしたら、止めに入ったその時間は、君は掃除をしていなかったし、見ていた人間も掃除をしていなかった。掃除をしていない奴を注意しないでいることも悪い。してない奴も悪い」
教室の一段高い所から見下ろす風景は、何ものにも代えがたい。
「悪いのは掃除をしていなかった人じゃない。掃除ができなかった全員です。違いますか?」
しばらくの沈黙の後で、子どもたちは次々に自分たちの反省の弁を述べていく。
よく出来た子どもたちだ。
俺の気持ちがちゃんと全員に届いていることが、何よりも喜ばしい。
六時間目まで使って行われた話し合いは、最終的に喧嘩をした二人が握手を交わして仲直りを宣言し、あたたかな拍手に包まれて終了した。
「おまえら、これ以上授業を潰すなよ。明日からはちゃんと授業するからな」
クラスから悲鳴が上がる。
俺は笑って、本日は解散となった。
ランドセルを背負った子どもたちが、ぱらぱらと教室から出て行く。
そう、これがいいんだ。
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