魔法使いになりたいか

岡智 みみか

文字の大きさ
上 下
12 / 37
第2章

§1

しおりを挟む
自分は魂の指導者だと名乗る猫、導師につれられて、俺の修行が始まった。

目指すは魔法使いのなかの魔法使い、大魔王。

やっぱり目指すならトップを目指さなければ、何事もやる意味がない。

猫の導師のお世話は俺がやっている。

うちにお招きして、食事の用意からトイレ、ブラッシングもする。

修行させてもらうのだから、これくらいは当たり前だ。

導師は外猫だから、すっごく嫌がるけど、たまにはお風呂にも入ってもらう。

だけど、その分爪切りはしなくてすむ。

そこは助かった。

本日の修行テーマは

『魔道への基礎講座~基本の材料とその扱い方~』

野外実習がメインだというから、気合いが入る。

「私は魂の指導者」

「はい」

「本日の修行を始める。私についてこい!」

書店のレジ台からぴょんと飛び降りた導師の後を、小走りで追いかけていく。

どんどん走っていくうちに、閑散としたアーケード街を抜け、路地裏の住宅街に迷い込んだ。

修行のために、今日は店を閉めてある。

どうせ客もいない。

導師は軽快な足取りで、道路の隅っこを走っている。

それを見失わないようについて走ってるけど、困るのは突然排水溝の溝に飛び込んだり、他の人の家の庭を横切ろうとすることだ。

「ねぇ導師、そっちには行けないよ」

導師は尻尾をピンと張ったまま、くるりとふりかえった。

「めんどくさい奴だな。目的地は向こうの河原だ。早く来い」

導師はコンクリートの壁を飛び降りて、よそんちの庭に入り込むと、その先の生け垣を抜けて走り去っていった。

まぁ確かに、そこを通った方が直線ルートで行けるから、目的地の河原までは近道なんだろうけど。

さすがに人間の俺が、そんなことをしたら怒られるから、きちんとしたルートを通って、走るのもやめて、普通に歩く。

猫には許されても、人間には許されない道。

そんなことは、山ほどある。

舗装されている道路なら、ここは勝手に歩いてもいいっていう約束。

だから俺は、歩くことを許された道を選んで歩く。

人気のないそんな道をくねくね歩いていると、目的地が分かってないと、すぐに迷いそうになる。

方向を見失うと、へんな所に出ちゃう。

そんな時には、どうやって目的地にたどり着けばいいんだろう。

ぐるぐると歩いているうちに、住宅街の左手に土手が見えた。

コンクリートで固められた護岸壁。

これはうちの近所に流れる、一番大きな川だ。

そこにあった階段を駆け上る。

目の前には、ゆっくりと流れる川と、その両岸に整備された、ただただ広い草原と青い空、吹き抜ける風が気持ちいい。

よかった、たどり着いた。

しかし、たどり着いたはいいけれど、こんなところで猫の導師一匹を見つけるなんて、どうすればいいんだ。

対岸では草野球チームの打った金属バットの音が、空高く響いている。

土手沿いの道には、自転車とマラソンランナー。

部分的に整備されていない草むらに、一本だけぽつりと大きな木が生えていて、とりあえずそこに向かって歩いてみる。

他に、目印らしきものはない。

膝下くらいにまで伸びた草を、踏みしめて歩く。

たぶんここぐらいしか、猫が身を潜めている場所はない。

「遅いじゃないか」

俺が踏み込んだそのすぐ左手の足元に、導師はうずくまっていた。

「わ! そこにいたの?」

「迎えに来てやったんだ」

「そっか、ありがと」

俺が見つけなくても、見つけてくれる人は、見つけてくれる。

俺がそこに来さえすれば、ちゃんと見つけてくれようとしている人には、見つけてもらえる。

なんだかちょっとうれしくなって、俺は導師の隣でしゃがんでみた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完】我が町、ゴダン 〜黒猫ほのぼの短編集〜

丹斗大巴
現代文学
我が町には〚ゴダン』がいる。名前の由来はゴマ団子だとか、ゴーギャンだとか。 なにをするわけでもないけど、ゴダンがいるだけで、この町は今日も少しだけ優しい。 猫のいる心温まるいい暮らし話し。 どこからでも読み始められる1話完結型ほっこり物語。

鬼母(おにばば)日記

歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。 そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?) 鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

大人への門

相良武有
現代文学
 思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。 が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。  

病窓の桜

喜島 塔
現代文学
 花曇りの空の下、薄桃色の桜の花が色付く季節になると、私は、千代子(ちよこ)さんと一緒に病室の窓越しに見た桜の花を思い出す。千代子さんは、もう、此岸には存在しない人だ。私が、潰瘍性大腸炎という難病で入退院を繰り返していた頃、ほんの数週間、同じ病室の隣のベッドに入院していた患者同士というだけで、特段、親しい間柄というわけではない。それでも、あの日、千代子さんが病室の窓越しの桜を眺めながら「綺麗ねえ」と紡いだ凡庸な言葉を忘れることができない。  私は、ベッドのカーテン越しに聞き知った情報を元に、退院後、千代子さんが所属している『ウグイス合唱団』の定期演奏会へと足を運んだ。だが、そこに、千代子さんの姿はなかった。  一年ほどの時が過ぎ、私は、アルバイトを始めた。忙しい日々の中、千代子さんと見た病窓の桜の記憶が薄れていった頃、私は、千代子さんの訃報を知ることになる。

夫の親友〜西本匡臣の日記〜

ゆとり理
現代文学
誰にでももう一度会いたい人と思う人がいるだろう。 俺がもう一度会いたいと思うのは親友の妻だ。 そう気がついてから毎日親友の妻が頭の片隅で微笑んでいる気がする。 仕事も順調で金銭的にも困っていない、信頼できる部下もいる。 妻子にも恵まれているし、近隣住人もいい人たちだ。 傍から見たら絵に描いたような幸せな男なのだろう。 だが、俺は本当に幸せなのだろうか。 日記風のフィクションです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...