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次の日の水曜日。メールを送り許可をもらってから、さくらのもとへ向かった。
さくらの部屋をノックすると、返事があった。ドアノブを回してみると、鍵はかかっていなかった。
「先輩、こんにちは」とさくらは言った。
先日と同じようにヘッドセットをつけ、赤いプラスチックのテーブルにはスピーカーとパソコンがあった。
先ほどまでゲームをしていたらしく、テレビの画面はついていた。
俺は言った。「さくら、良ければゲームをしないか?」
「え、いいんですか!」
「ああ、頼むよ」
「ほんとですか。じゃあ、どうしようかなあ、二人でできるものか……。そうだ、レースゲームなんてどうですか?」
「いいね、それをしよう」
「はい!」とさくらは元気よく返事した。どうやら今井のアドバイスは、なかなか効果的らしかった。
さくらはゲームを起動すると、ディスクを入れ替え、コントローラーをこちらに渡してくれた。
だが、やはりとでもいうか、前回と同じようにテーブルより前には侵入させてもらえなかった。俺は、遠目から車のケツを見ていた。
するとさくらは申し訳なさそうに言った。「すいません、またそこからで」
「気にしないでくれ。俺も君のそばにいれば照れてしまうからね」
「え! 本当ですか」
「嘘だよ」
さくらは眉をしかめ頬を膨らました。俺はくすりと笑った。
俺が乗っているポルシェは壁にぶち当たり、そのあいだにさくらのトヨタ車はぐんぐん前に進んで行った。
俺は言った。「気にする必要はないんだが、もう少し手加減してもらえないだろうか?」
「え、嫌です」さくらはきっぱりと言った。性格に似合わず厳しいらしい。
俺は最下位でゴールし、彼女はトップだった。誇らしげな顔を浮かべていた。
さくらはコントローラーを置くと、俺の方を向き、
「洋子さんには、会ったんですよね」
「ああ、昨日会った。俺の手伝いをしてくれるらしい」と俺もコントローラーを置き言った。
「どうでした、洋子さん。可愛かったですか」
「そうだな。それにいい人だった。君のことも随分と心配していた」
さくらは良かったです言い、無邪気な笑みを見せた。上手い言葉は見つからなかったが、いい笑顔だった。
それから何度か対戦し、どのレースも俺は最下位に終わった。慈悲はなかった。
彼女にさよなら言い部屋を出ると、母親に挨拶するためリビングに向かった。
今日は母親だけでなく、父親もいた。線が細く華奢な印象であったが、温厚そうな顔つきをしていた。優しい親父なのだろう。
母親はキッチンに立ち、夕御飯を作っていた。サクサクと気持ちの良い包丁の音が聞こえていた。
どうもお邪魔しましたと言うと、母親が、
「夢野くん、今日もありがとうね。あの子も、喜んでるはずだから」
「いえ、そんな大したことはしていませんから」と俺は言った。
「そんな、謙遜を……」と母親は悲しそうに言った。
すると、父親が言った。「夢野くん、だったけねえ……」
「はい」
「む、むすめとはどういう関係なんだ?」とおどおどしながら父親は言った。やはり、親父というのは娘のことが心配らしい。
「ただの友人ですよ」と俺は笑みを作り言った。
「では、彼氏ではないんだね」
「はい、心配なさらないで下さい」
「あなたはなにを訊いているの」
食器を持った母親が出てくると、父親の頭を軽く叩いた。仲の良い家族だということはすぐに解った。
俺はもう少しこの二人と話してみたい気分になった。
「いとこの今井洋子さんも、さくらさんのことを心配していましたよ」と俺は言った。
「え、洋子ちゃんが?」と母親はびっくりしたように言った。「でも洋子ちゃん、さくらが学校にいってないこと知ってたかなあ」
「さくらさんから訊いたのでしょう」
「ふうん、そうなんだあ。洋子ちゃんも色々忙しいはずなのに……」
どうやら、今井との交流はあまりないようである。さくらとは連絡を取り合っているだけで、この家に遊びに来ているわけではないのだろうか。
父親はごほんと咳払いすると、
「ねえ、夢野くん。君はなんだか、その、大人びているね。しっかりしているというか、おれよりも落ち着いているよ」
俺は首を左右に振った。「いえ、そんなことありませんよ。俺なんてまだまだ子供です。そうおっしゃってもらえるのは光栄ですが、俺は親父さんみたいに家庭のために汗を流していないし、おふくろさんみたいに家事もできやしません。社会の何たるかも知らない、まだまだ甘いガキですよ。親父さんたちと比べたら、俺なんて赤子も同然だ」
「んん~、そういうところが大人というかねぇ……」
俺は笑顔を作った。「お褒めの言葉として、ちょうだいしておきます」
さくらの部屋をノックすると、返事があった。ドアノブを回してみると、鍵はかかっていなかった。
「先輩、こんにちは」とさくらは言った。
先日と同じようにヘッドセットをつけ、赤いプラスチックのテーブルにはスピーカーとパソコンがあった。
先ほどまでゲームをしていたらしく、テレビの画面はついていた。
俺は言った。「さくら、良ければゲームをしないか?」
「え、いいんですか!」
「ああ、頼むよ」
「ほんとですか。じゃあ、どうしようかなあ、二人でできるものか……。そうだ、レースゲームなんてどうですか?」
「いいね、それをしよう」
「はい!」とさくらは元気よく返事した。どうやら今井のアドバイスは、なかなか効果的らしかった。
さくらはゲームを起動すると、ディスクを入れ替え、コントローラーをこちらに渡してくれた。
だが、やはりとでもいうか、前回と同じようにテーブルより前には侵入させてもらえなかった。俺は、遠目から車のケツを見ていた。
するとさくらは申し訳なさそうに言った。「すいません、またそこからで」
「気にしないでくれ。俺も君のそばにいれば照れてしまうからね」
「え! 本当ですか」
「嘘だよ」
さくらは眉をしかめ頬を膨らました。俺はくすりと笑った。
俺が乗っているポルシェは壁にぶち当たり、そのあいだにさくらのトヨタ車はぐんぐん前に進んで行った。
俺は言った。「気にする必要はないんだが、もう少し手加減してもらえないだろうか?」
「え、嫌です」さくらはきっぱりと言った。性格に似合わず厳しいらしい。
俺は最下位でゴールし、彼女はトップだった。誇らしげな顔を浮かべていた。
さくらはコントローラーを置くと、俺の方を向き、
「洋子さんには、会ったんですよね」
「ああ、昨日会った。俺の手伝いをしてくれるらしい」と俺もコントローラーを置き言った。
「どうでした、洋子さん。可愛かったですか」
「そうだな。それにいい人だった。君のことも随分と心配していた」
さくらは良かったです言い、無邪気な笑みを見せた。上手い言葉は見つからなかったが、いい笑顔だった。
それから何度か対戦し、どのレースも俺は最下位に終わった。慈悲はなかった。
彼女にさよなら言い部屋を出ると、母親に挨拶するためリビングに向かった。
今日は母親だけでなく、父親もいた。線が細く華奢な印象であったが、温厚そうな顔つきをしていた。優しい親父なのだろう。
母親はキッチンに立ち、夕御飯を作っていた。サクサクと気持ちの良い包丁の音が聞こえていた。
どうもお邪魔しましたと言うと、母親が、
「夢野くん、今日もありがとうね。あの子も、喜んでるはずだから」
「いえ、そんな大したことはしていませんから」と俺は言った。
「そんな、謙遜を……」と母親は悲しそうに言った。
すると、父親が言った。「夢野くん、だったけねえ……」
「はい」
「む、むすめとはどういう関係なんだ?」とおどおどしながら父親は言った。やはり、親父というのは娘のことが心配らしい。
「ただの友人ですよ」と俺は笑みを作り言った。
「では、彼氏ではないんだね」
「はい、心配なさらないで下さい」
「あなたはなにを訊いているの」
食器を持った母親が出てくると、父親の頭を軽く叩いた。仲の良い家族だということはすぐに解った。
俺はもう少しこの二人と話してみたい気分になった。
「いとこの今井洋子さんも、さくらさんのことを心配していましたよ」と俺は言った。
「え、洋子ちゃんが?」と母親はびっくりしたように言った。「でも洋子ちゃん、さくらが学校にいってないこと知ってたかなあ」
「さくらさんから訊いたのでしょう」
「ふうん、そうなんだあ。洋子ちゃんも色々忙しいはずなのに……」
どうやら、今井との交流はあまりないようである。さくらとは連絡を取り合っているだけで、この家に遊びに来ているわけではないのだろうか。
父親はごほんと咳払いすると、
「ねえ、夢野くん。君はなんだか、その、大人びているね。しっかりしているというか、おれよりも落ち着いているよ」
俺は首を左右に振った。「いえ、そんなことありませんよ。俺なんてまだまだ子供です。そうおっしゃってもらえるのは光栄ですが、俺は親父さんみたいに家庭のために汗を流していないし、おふくろさんみたいに家事もできやしません。社会の何たるかも知らない、まだまだ甘いガキですよ。親父さんたちと比べたら、俺なんて赤子も同然だ」
「んん~、そういうところが大人というかねぇ……」
俺は笑顔を作った。「お褒めの言葉として、ちょうだいしておきます」
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