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俺はテーブルに置かれているスピーカーを見つめ、彼女の可愛らしい声を待った。しかしスピーカーはうんともすんとも言わなかった。
彼が仕事を放棄したわけではないだろう。俺は顔を上げさくらを見た。
さくらは目を泳がし、なにかを言おうと口を動かしていた。彼女もけっして、彼みたいに放棄したわけではなかった。
「やはり、話辛いか」と俺は言った。
さくらはごくりと唾を飲むと、
「──せ、先輩は、わたしが野良猫殺しだと言われてることは、知らないのですか……」
「野良猫殺し? 殺したのか?」
「いえ、そんなことは!」
「そうだろうな、きみはそんな“たま”じゃない」と俺は首を振りながら言った。
そこで、ふと思い出した。
──猫殺し。確か一月ほど前に、校内で猫が殺されたことがあった。その現場を見たわけでもないし、人が話いているのを聞いただけだったので、今まですっかり忘れていた。
しかし、犯人は誰だという話は聞かなかった。なにかの間違いで、さくらが犯人ということになったのだろうか?
俺は言った。「つまり、その猫殺しが原因なんだな。詳しく話してくれないか」
「わかりました……」さくらはこくりと頷いた。
胸に手を当て深呼吸をすると、さくらは話し出した。
「あれは、今から一月ほど前、曜日は確か火曜日でした。二限目が始まり三十分が経った頃、わたしは体調不良で保健室に向かいました。
風邪かなと思い額に手を当てながら、第二校舎に向かうため渡り廊下に出ました。そこで発見したんです。二メートルほど先に、猫が横たわり死んでいたんです。誰かに殺されたということは容易に想像つきました。薄茶色の毛は、血まみれになっていたんです。刺傷のようなものも無数にありました。よく見てみると、その猫はわたしがなーちゃんと呼んでいた友達でした。なーちゃんはよく校内にやってきては、わたしと遊んでくれたんです。いつしか、なーちゃんと呼んでいるようになっていました。
そのなーちゃんが血まみれで倒れているのを見て、わたしはパニックになりました。心臓はバクバクし、目の前も歪んできました。気がつけばわたしは悲鳴を上げていました。すると気持ち悪いのがこみ上げてきて、吐いてしまいました。涙も止まることはありませんでした。すると悲鳴が聞こえたのか、保健室の先生が慌ててやってきました。わたしの背中をさすってくれて、優しい言葉をかけてくれました。でも、先生もなーちゃんの死体を見たためか、顔は真っ青になっていました。職員室からも三人ほど先生がやってきて、一人はわたしに駆けつけてくれて、残りの先生はなーちゃんの死体を見下ろしていました。むごいな……、と言っていたのを、今でも覚えています。
わたしは先生に連れられ、保健室に行きました。その日は早退させてもらい、家に帰りました。
次の日、なーちゃんがあのあとどうなったか気になったし、まだ辛かったけどわたしは学校に行きました。すると何故か、みんながわたしを奇異な目で見てくるんです。ひそひそと小声でわたしのことを話しているようです。よくよく耳を傾けてみると、どうしてか、わたしがなーちゃんを殺したと噂されていました。誰がそう言い出しのかは、わかりません。
まさか、そんなことになるとは思ってもみませんでした。大好きななーちゃんが殺されたのに、その上犯人がわたしだなんて。でも、弁明したくても、わたしにはそんな勇気はありませんでした。その奇異な目と話し声が、臆病なわたしをもっともっと臆病にしたんです。そんな自分が情けなくて悔しくて、殺されたなーちゃんにも申し訳なくて、泣けてきました。わたしはいたたまれなくなって教室から飛び出しました。それっきり学校に行くのが怖くなって、不登校になってしまったんです」
さくらは語り終えると顔をうつむかせ、ももに置いた拳をぎゅっと握り、歯を食いしばった。
彼が仕事を放棄したわけではないだろう。俺は顔を上げさくらを見た。
さくらは目を泳がし、なにかを言おうと口を動かしていた。彼女もけっして、彼みたいに放棄したわけではなかった。
「やはり、話辛いか」と俺は言った。
さくらはごくりと唾を飲むと、
「──せ、先輩は、わたしが野良猫殺しだと言われてることは、知らないのですか……」
「野良猫殺し? 殺したのか?」
「いえ、そんなことは!」
「そうだろうな、きみはそんな“たま”じゃない」と俺は首を振りながら言った。
そこで、ふと思い出した。
──猫殺し。確か一月ほど前に、校内で猫が殺されたことがあった。その現場を見たわけでもないし、人が話いているのを聞いただけだったので、今まですっかり忘れていた。
しかし、犯人は誰だという話は聞かなかった。なにかの間違いで、さくらが犯人ということになったのだろうか?
俺は言った。「つまり、その猫殺しが原因なんだな。詳しく話してくれないか」
「わかりました……」さくらはこくりと頷いた。
胸に手を当て深呼吸をすると、さくらは話し出した。
「あれは、今から一月ほど前、曜日は確か火曜日でした。二限目が始まり三十分が経った頃、わたしは体調不良で保健室に向かいました。
風邪かなと思い額に手を当てながら、第二校舎に向かうため渡り廊下に出ました。そこで発見したんです。二メートルほど先に、猫が横たわり死んでいたんです。誰かに殺されたということは容易に想像つきました。薄茶色の毛は、血まみれになっていたんです。刺傷のようなものも無数にありました。よく見てみると、その猫はわたしがなーちゃんと呼んでいた友達でした。なーちゃんはよく校内にやってきては、わたしと遊んでくれたんです。いつしか、なーちゃんと呼んでいるようになっていました。
そのなーちゃんが血まみれで倒れているのを見て、わたしはパニックになりました。心臓はバクバクし、目の前も歪んできました。気がつけばわたしは悲鳴を上げていました。すると気持ち悪いのがこみ上げてきて、吐いてしまいました。涙も止まることはありませんでした。すると悲鳴が聞こえたのか、保健室の先生が慌ててやってきました。わたしの背中をさすってくれて、優しい言葉をかけてくれました。でも、先生もなーちゃんの死体を見たためか、顔は真っ青になっていました。職員室からも三人ほど先生がやってきて、一人はわたしに駆けつけてくれて、残りの先生はなーちゃんの死体を見下ろしていました。むごいな……、と言っていたのを、今でも覚えています。
わたしは先生に連れられ、保健室に行きました。その日は早退させてもらい、家に帰りました。
次の日、なーちゃんがあのあとどうなったか気になったし、まだ辛かったけどわたしは学校に行きました。すると何故か、みんながわたしを奇異な目で見てくるんです。ひそひそと小声でわたしのことを話しているようです。よくよく耳を傾けてみると、どうしてか、わたしがなーちゃんを殺したと噂されていました。誰がそう言い出しのかは、わかりません。
まさか、そんなことになるとは思ってもみませんでした。大好きななーちゃんが殺されたのに、その上犯人がわたしだなんて。でも、弁明したくても、わたしにはそんな勇気はありませんでした。その奇異な目と話し声が、臆病なわたしをもっともっと臆病にしたんです。そんな自分が情けなくて悔しくて、殺されたなーちゃんにも申し訳なくて、泣けてきました。わたしはいたたまれなくなって教室から飛び出しました。それっきり学校に行くのが怖くなって、不登校になってしまったんです」
さくらは語り終えると顔をうつむかせ、ももに置いた拳をぎゅっと握り、歯を食いしばった。
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