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第47話 優里と吉岡と刑事たち①
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四月十七日。土曜日。
優里は姿見の前で、ノースリーブの白いチュニックにクリーム色のパンツを合わせて、やっぱりトップスはもう少し甘めにしようかと悩んでいた。
珍しく吉岡が誘ってきたのだ。銀座で待ち合わせとは意外だった。ただランチではなく、午後のお茶というのがいただけないが。
とはいえ、久しぶりに誰かと待ち合わせをするというだけで、自然とテンションが上がる。
メイクをしながらテレビを見ていると、女性リポーターが原宿から中継をする様子が映った。
「はい。私は今、竹下通りに来ています。手元の温度計では、二十五、三度です。現在、十三時二十分ですが、この後十四時くらいまでは気温が上がり続け、最高気温は二十六度という予想が出ています、もうすっかり初夏という雰囲気で、道行く方たちは半袖の方が多いですね」
やはり暑くなるのか。優里は帽子を被るかどうか迷った。一人ならともかく、隣を吉岡が歩くのだからと、やめておくことにした。
日焼け止め下地を塗っておけば、まだ大丈夫なくらいの紫外線量だろう。
リポーターとスタジオとの掛け合いは、最早、優里には届いていなかった。
吉岡からのLINEを開いて、待ち合わせ場所と時間を確認する。三越のライオン像の前に十四時半。これで何度目の確認なんだと、自分にツッコミを入れる。
メイクが終わるとヘアアイロンで髪を巻いた。全身を姿見に写しチェックする。吉岡に、優里は美しい女性なのだということを、今日こそは認めさせてやりたい。そう思うとメイクとファッションに力が入った。
(やっぱりトップスは、五分丈のテロッとしたサテンのブラウスにしよう)
優里は銀座駅のA七出口から三越に入り、一階に上がって正面出口を出た。ライオン像の横には既に吉岡が来ていた。まだ十四時二十二分だった。
(お! 早めに来て待っていたんだな。感心。感心)
吉岡が優里に気づいて話し掛けてきた。
「ああ、早かったね」
「電車の乗り換えがうまくいったんだ」
「ホテルのラウンジとはいかないけれど、洒落たカフェの個室を予約してあるんだ。まあ、君向きだと思ってね」
「へえ――」
吉岡は、目的のカフェに向かう途中、モバイル環境が整っているカフェがどれほどあるかとか、メタバース上で何が出来るようになるかとか、優里が全く興味を持っていない話題をずっと喋り続けた。
優里は歩きながら、吉岡を、対女性スキルがあり得ないくらい低い男と認定して、心を閉じることにした。
「あ、ここだよ」
吉岡はそう言った後、ペコリとお辞儀をした。
吉岡が頭を下げた先にスーツ姿の男性が二人立っていた。優里が二度と会いたくなかった堤と立川だった。
「あ、お待たせしちゃいました?」
「いやいや。こっちが早く着いちゃったんで」
立川が親しげに吉岡に返事をした。
吉岡と立川は既知の仲だったのか? どうして?
黙ったまま挨拶もしない優里に、吉岡が謝った。
「ああ、悪い。言ってなかったね」
「堤と立川です。しつこくてすみません」
堤が申し訳なさそうに挨拶をする。
(――白々しい)
優里は下唇を、出血しそうなほど強く噛み締めていた。
一言も口を聞かない優里を諭すでもなく、吉岡は店内へと誘った。
「とにかく、入ろう」
空気を読めない振りをするつもりなのか。さすがに人が多いところで立ち尽くすのは恥ずかしい。
優里は仕方なく吉岡に続いて入店した。
吉岡の予約したカフェは並木通りにあり、ホテルのラウンジにも劣らない優雅な店だった。銀座マダム御用達のサロンのようだ。
刑事たちは、ふかふかの絨毯の上を、おっかなびっくりしながら歩いている。
個室に通された四人は、ひとまず注文をしようとメニューを開いたが、立川が「うわっ」とのけぞってから、隣の堤に何やら耳打ちをしている。
優里は腹いせに、一人だけでもアフタヌーンティーセットを注文してやろうかと思ったが、さすがに店側に奇異に思われるだろうと自重した。
案の定、刑事二人は一番安いブレンドを注文した。それでも一杯千五百円だ。
吉岡はカプチーノを、優里はカフェオレを注文した。
優里は改めて目の前の二人組を見た。
堤は渋めの四十代、いや五十代に突入しているかもしれない。目元や口元に皺が刻まれているが、醜い刻まれ方ではない。苦労はしたのだろうが、どこか優しさが滲んでいる。
立川は優里や吉岡と同年代だろう。職場で優里の隣に座っていても、何ら違和感を感じないと思う。
ピシッとスーツを着こなしていて、刑事というよりは省庁で働く国家公務員のように見える。
こんな風に二人を観察する余裕は今までなかった。
「お二人は、いつもこういうところでデートしているんですか?」
立川は明らかに仕事とは関係のない、興味本意の質問をしてきた。
「デート? この人は彼氏じゃありません。中学時代の同級生です」
優里の返事に、堤が意外だという顔をした。吉岡が誤解されるようなことを言ったのだろうか。
「だいたい、どういう接点で、今日、ここにいらっしゃるんですか?」
優里が質問する前に、吉岡から説明してほしかった。
「ははは。すまないね。本当に君には謝ってばかりだな。この前も申し訳なかったね。仕事から帰ったばかりのところをお邪魔して。そういえば、お見合いはどうなったんですか?」
堤という人も、結構、不躾な質問をするものだ。刑事という職業柄なのだろうか。
「それはまだ――。だいたい、初七日も終わっていないのに連絡などできませんから」
「ああ、そうですね。なるほど」
死亡当日から連日のように押しかけている堤たちには、耳の痛い言葉だったようだ。
優里は姿見の前で、ノースリーブの白いチュニックにクリーム色のパンツを合わせて、やっぱりトップスはもう少し甘めにしようかと悩んでいた。
珍しく吉岡が誘ってきたのだ。銀座で待ち合わせとは意外だった。ただランチではなく、午後のお茶というのがいただけないが。
とはいえ、久しぶりに誰かと待ち合わせをするというだけで、自然とテンションが上がる。
メイクをしながらテレビを見ていると、女性リポーターが原宿から中継をする様子が映った。
「はい。私は今、竹下通りに来ています。手元の温度計では、二十五、三度です。現在、十三時二十分ですが、この後十四時くらいまでは気温が上がり続け、最高気温は二十六度という予想が出ています、もうすっかり初夏という雰囲気で、道行く方たちは半袖の方が多いですね」
やはり暑くなるのか。優里は帽子を被るかどうか迷った。一人ならともかく、隣を吉岡が歩くのだからと、やめておくことにした。
日焼け止め下地を塗っておけば、まだ大丈夫なくらいの紫外線量だろう。
リポーターとスタジオとの掛け合いは、最早、優里には届いていなかった。
吉岡からのLINEを開いて、待ち合わせ場所と時間を確認する。三越のライオン像の前に十四時半。これで何度目の確認なんだと、自分にツッコミを入れる。
メイクが終わるとヘアアイロンで髪を巻いた。全身を姿見に写しチェックする。吉岡に、優里は美しい女性なのだということを、今日こそは認めさせてやりたい。そう思うとメイクとファッションに力が入った。
(やっぱりトップスは、五分丈のテロッとしたサテンのブラウスにしよう)
優里は銀座駅のA七出口から三越に入り、一階に上がって正面出口を出た。ライオン像の横には既に吉岡が来ていた。まだ十四時二十二分だった。
(お! 早めに来て待っていたんだな。感心。感心)
吉岡が優里に気づいて話し掛けてきた。
「ああ、早かったね」
「電車の乗り換えがうまくいったんだ」
「ホテルのラウンジとはいかないけれど、洒落たカフェの個室を予約してあるんだ。まあ、君向きだと思ってね」
「へえ――」
吉岡は、目的のカフェに向かう途中、モバイル環境が整っているカフェがどれほどあるかとか、メタバース上で何が出来るようになるかとか、優里が全く興味を持っていない話題をずっと喋り続けた。
優里は歩きながら、吉岡を、対女性スキルがあり得ないくらい低い男と認定して、心を閉じることにした。
「あ、ここだよ」
吉岡はそう言った後、ペコリとお辞儀をした。
吉岡が頭を下げた先にスーツ姿の男性が二人立っていた。優里が二度と会いたくなかった堤と立川だった。
「あ、お待たせしちゃいました?」
「いやいや。こっちが早く着いちゃったんで」
立川が親しげに吉岡に返事をした。
吉岡と立川は既知の仲だったのか? どうして?
黙ったまま挨拶もしない優里に、吉岡が謝った。
「ああ、悪い。言ってなかったね」
「堤と立川です。しつこくてすみません」
堤が申し訳なさそうに挨拶をする。
(――白々しい)
優里は下唇を、出血しそうなほど強く噛み締めていた。
一言も口を聞かない優里を諭すでもなく、吉岡は店内へと誘った。
「とにかく、入ろう」
空気を読めない振りをするつもりなのか。さすがに人が多いところで立ち尽くすのは恥ずかしい。
優里は仕方なく吉岡に続いて入店した。
吉岡の予約したカフェは並木通りにあり、ホテルのラウンジにも劣らない優雅な店だった。銀座マダム御用達のサロンのようだ。
刑事たちは、ふかふかの絨毯の上を、おっかなびっくりしながら歩いている。
個室に通された四人は、ひとまず注文をしようとメニューを開いたが、立川が「うわっ」とのけぞってから、隣の堤に何やら耳打ちをしている。
優里は腹いせに、一人だけでもアフタヌーンティーセットを注文してやろうかと思ったが、さすがに店側に奇異に思われるだろうと自重した。
案の定、刑事二人は一番安いブレンドを注文した。それでも一杯千五百円だ。
吉岡はカプチーノを、優里はカフェオレを注文した。
優里は改めて目の前の二人組を見た。
堤は渋めの四十代、いや五十代に突入しているかもしれない。目元や口元に皺が刻まれているが、醜い刻まれ方ではない。苦労はしたのだろうが、どこか優しさが滲んでいる。
立川は優里や吉岡と同年代だろう。職場で優里の隣に座っていても、何ら違和感を感じないと思う。
ピシッとスーツを着こなしていて、刑事というよりは省庁で働く国家公務員のように見える。
こんな風に二人を観察する余裕は今までなかった。
「お二人は、いつもこういうところでデートしているんですか?」
立川は明らかに仕事とは関係のない、興味本意の質問をしてきた。
「デート? この人は彼氏じゃありません。中学時代の同級生です」
優里の返事に、堤が意外だという顔をした。吉岡が誤解されるようなことを言ったのだろうか。
「だいたい、どういう接点で、今日、ここにいらっしゃるんですか?」
優里が質問する前に、吉岡から説明してほしかった。
「ははは。すまないね。本当に君には謝ってばかりだな。この前も申し訳なかったね。仕事から帰ったばかりのところをお邪魔して。そういえば、お見合いはどうなったんですか?」
堤という人も、結構、不躾な質問をするものだ。刑事という職業柄なのだろうか。
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