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第33話 明らかになる状況
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一階では、妹尾の方でも同じような質問を二人にぶつけていた。
「先ほど、佐藤が訪ねてきた日は、三月二十二日と仰いましたが、この日、佐藤が来る前の三千代さんの様子は、どんなだったのでしょう。普段と変わりなかったですか?」
一夫としずかは、二人揃って気まずい雰囲気を出した。
「何か異変があったのなら、教えていただきたいのですが」
妹尾に睨まれて、二人は話すなら正子のいない今しかないと決心したようだ。
「その日に限らず、姉がうちにいる日は三千代は始終機嫌が悪いのです。顔を合わせると必ず喧嘩をしていましたから。あの日もお彼岸だというのに、二人が激しくやりあうものだから私も両親に申し訳なくて……」
「それでは、佐藤と会ったときも、三千代さんは相当機嫌が悪かったのでしょうか」
「ええ。お客様がお見えになる直前まで、姉と互いに罵り合っていました」
一夫は、あまり思い出したくないようだ。
「ちなみに、事件前日の四月十日の三千代さんの様子はいかがでしたか? 昼前に佐藤と電話で話をしているようなんですが、何か変わったところはありませんでしたか?」
一夫は伏し目がちに話し始めた。
「昼前の電話の件は知りません。三千代は、午前中は部屋から出てきていないと思います。午後になって姉が来てからは、私たち夫婦と姉と三千代の四人で、道長の見合いの話を始めたのですが――。その、三千代がちっとも真剣に考えていないと、姉が三千代を叱ったのです。そこから話が脱線して、いつものように代替わりした後の話になってしまい――」
さすがに言いにくそうで、一夫は口籠ってしまった。
「いつもということは、以前から度々、代替わりの話をされていたのですね?」
今度はしずかが話し始めた。
「ええ。正子さんは、何かとそういう話を持ち出しては、三千代さんに耳の痛い話をされていました。私たち夫婦にとっても――ですけど」
妹尾は、しずかの方が冷たい怒りを抱えていることに気がついた。
「具体的にはどのようなことを仰っていたのですか?」
しずかは吹っ切れたように話し始めた。
「主人が亡くなった後は、この屋敷を長男の道長が継ぐことになるので、そうなったら、三千代さんがこの家にいられるかどうかは道長の妻の機嫌次第だと。正子さんや主人が元気なうちは三千代さんも心配いらないだろうけど、二人が亡くなってしまうと、若い人たちは何をするか分かったものじゃないと。だからこの中で、誰よりも三千代さんが、翌日この家にやって来る道長の見合い相手――まだ結婚すると決まった訳でもありませんが――に、気に入られなければならないと」
しずかの目には怒りが見える。
「正子さんは、三千代さんに面と向かって、いつもの決まり文句を言いました。『あなたには夫も子どももいないのだから、頭を下げて面倒を見てもらうしかないのよ。私だって、いつまであなたの世話を焼けるか分からないんだから』と」
血の繋がっている者同士の方が、ときに互いを傷つけ合うことがあるが、この姉妹は相当だ。一夫も懺悔のつもりか、非力な自分の至らなさを告白した。
「三千代にも、いくつか良い縁談はあったのですが――。両親が認めた間柄でも姉が気に入らないと、相手の男性に対して、それはそれは失礼なことを言っていました。高木家の縁続きになるには、どういった家柄で、どのような職業が相応しいのか、とか。それで逃げ出した男性は一人や二人じゃないんです」
いくら姉とはいえ、それは口の出し過ぎというものだ。両親も兄も、三千代の味方をしてやれなかったのか……。
「三千代が還暦を過ぎてからは、『もうあとは死ぬだけだ』とか、輪をかけてひどいことを言うようになって。私がもう少し取りなせたらよかったんですけど。可哀想なことをしました」
一夫は心から悔いているようだ。しずかも夫の側で、何十年と姉妹の様子を見てきたのだ。同じ女性として、正子に対して思うところもあっただろう。
「三千代さんは、昨年、階段を下りる際に足を挫いてしまって。歩くには支障はないのですが、少しだけ辛いようで杖を使うようになりました。それからというもの、正子さんと喧嘩をして、むしゃくしゃしたときなどは、杖を振り回すようなことが何度かありました。この通り広い室内ですし、住んでいるのも私たち三人だけでしたので、誰かが怪我をするということはなかったのですが――」
そのときのことを思い出したのか、夫婦揃ってため息をついた。しずかは部屋の隅の方を見つめた。
「実は、一度、壁を傷付けてしまったことがあるのです。この家は重要文化財に指定されているため、私たち家族で勝手に改修はできないのです。本当にもう、エアコン一つつけることさえ、ままならないのです。私たちは仕方なく家具を動かして、花瓶を置くことでごまかしていたんですけど――」
妹尾にも言いたいことが分かった。
「正子さんに見つかったのですね」
一夫が一際大きなため息をついた。
「ええ。姉は本当にめざといんです――そういうの。この家は、姉のプライドの拠り所のようなものですから。傷を見つけたときには、それはもう興奮して犯人探しを始めました。私たち夫婦はさすがに気がつかなかったと言い続けましたが、姉が三千代を問い詰めたんです」
正子にとっては、家の方が妹よりも大切だったのだろうか。
しずかが続きを話した。
「三千代さんも、素直に謝るようなことはしませんから。そこでまた言い争いになってしまって。正子さんにとっては、この家は、「華族」として栄華を誇った高木家の象徴なのです。あの方は、今でも華族制度が廃止されたことを嘆いておりますし、奪われてしまった特権が恋しくて仕方がないのです。私は三千代さんが生きていれば、正子さんが元気なうちに、この屋敷に火でもつけたんじゃないかと思っています」
妹尾が初めてしずかを見たときは、植物のようで、まるで生気を感じなかったが、今日、初めて血が通っているところを見た気がした。
「ありがとうございました。貴重なお話を伺えました。そろそろ二階の二人も下りて来るでしょう」
二人は正子が下りて来たところを想像したのか、また貝のように押し黙ってしまった。
数分もしないうちに、佐川の大きな声が聞こえてきた。正子が近づいていることを知らせるために、警報代わりに声を張っているのだ。
そしてラウンジに戻って来るなり、
「二階の部屋の再確認、完了いたしました」
と、わざとらしく報告した。
正子の憮然とした態度からは、一悶着あったように見える。
佐藤の三回目の訪問日と、その日の三千代の機嫌が悪かったことが分かったので、妹尾は引き上げることにした。
「先ほど、佐藤が訪ねてきた日は、三月二十二日と仰いましたが、この日、佐藤が来る前の三千代さんの様子は、どんなだったのでしょう。普段と変わりなかったですか?」
一夫としずかは、二人揃って気まずい雰囲気を出した。
「何か異変があったのなら、教えていただきたいのですが」
妹尾に睨まれて、二人は話すなら正子のいない今しかないと決心したようだ。
「その日に限らず、姉がうちにいる日は三千代は始終機嫌が悪いのです。顔を合わせると必ず喧嘩をしていましたから。あの日もお彼岸だというのに、二人が激しくやりあうものだから私も両親に申し訳なくて……」
「それでは、佐藤と会ったときも、三千代さんは相当機嫌が悪かったのでしょうか」
「ええ。お客様がお見えになる直前まで、姉と互いに罵り合っていました」
一夫は、あまり思い出したくないようだ。
「ちなみに、事件前日の四月十日の三千代さんの様子はいかがでしたか? 昼前に佐藤と電話で話をしているようなんですが、何か変わったところはありませんでしたか?」
一夫は伏し目がちに話し始めた。
「昼前の電話の件は知りません。三千代は、午前中は部屋から出てきていないと思います。午後になって姉が来てからは、私たち夫婦と姉と三千代の四人で、道長の見合いの話を始めたのですが――。その、三千代がちっとも真剣に考えていないと、姉が三千代を叱ったのです。そこから話が脱線して、いつものように代替わりした後の話になってしまい――」
さすがに言いにくそうで、一夫は口籠ってしまった。
「いつもということは、以前から度々、代替わりの話をされていたのですね?」
今度はしずかが話し始めた。
「ええ。正子さんは、何かとそういう話を持ち出しては、三千代さんに耳の痛い話をされていました。私たち夫婦にとっても――ですけど」
妹尾は、しずかの方が冷たい怒りを抱えていることに気がついた。
「具体的にはどのようなことを仰っていたのですか?」
しずかは吹っ切れたように話し始めた。
「主人が亡くなった後は、この屋敷を長男の道長が継ぐことになるので、そうなったら、三千代さんがこの家にいられるかどうかは道長の妻の機嫌次第だと。正子さんや主人が元気なうちは三千代さんも心配いらないだろうけど、二人が亡くなってしまうと、若い人たちは何をするか分かったものじゃないと。だからこの中で、誰よりも三千代さんが、翌日この家にやって来る道長の見合い相手――まだ結婚すると決まった訳でもありませんが――に、気に入られなければならないと」
しずかの目には怒りが見える。
「正子さんは、三千代さんに面と向かって、いつもの決まり文句を言いました。『あなたには夫も子どももいないのだから、頭を下げて面倒を見てもらうしかないのよ。私だって、いつまであなたの世話を焼けるか分からないんだから』と」
血の繋がっている者同士の方が、ときに互いを傷つけ合うことがあるが、この姉妹は相当だ。一夫も懺悔のつもりか、非力な自分の至らなさを告白した。
「三千代にも、いくつか良い縁談はあったのですが――。両親が認めた間柄でも姉が気に入らないと、相手の男性に対して、それはそれは失礼なことを言っていました。高木家の縁続きになるには、どういった家柄で、どのような職業が相応しいのか、とか。それで逃げ出した男性は一人や二人じゃないんです」
いくら姉とはいえ、それは口の出し過ぎというものだ。両親も兄も、三千代の味方をしてやれなかったのか……。
「三千代が還暦を過ぎてからは、『もうあとは死ぬだけだ』とか、輪をかけてひどいことを言うようになって。私がもう少し取りなせたらよかったんですけど。可哀想なことをしました」
一夫は心から悔いているようだ。しずかも夫の側で、何十年と姉妹の様子を見てきたのだ。同じ女性として、正子に対して思うところもあっただろう。
「三千代さんは、昨年、階段を下りる際に足を挫いてしまって。歩くには支障はないのですが、少しだけ辛いようで杖を使うようになりました。それからというもの、正子さんと喧嘩をして、むしゃくしゃしたときなどは、杖を振り回すようなことが何度かありました。この通り広い室内ですし、住んでいるのも私たち三人だけでしたので、誰かが怪我をするということはなかったのですが――」
そのときのことを思い出したのか、夫婦揃ってため息をついた。しずかは部屋の隅の方を見つめた。
「実は、一度、壁を傷付けてしまったことがあるのです。この家は重要文化財に指定されているため、私たち家族で勝手に改修はできないのです。本当にもう、エアコン一つつけることさえ、ままならないのです。私たちは仕方なく家具を動かして、花瓶を置くことでごまかしていたんですけど――」
妹尾にも言いたいことが分かった。
「正子さんに見つかったのですね」
一夫が一際大きなため息をついた。
「ええ。姉は本当にめざといんです――そういうの。この家は、姉のプライドの拠り所のようなものですから。傷を見つけたときには、それはもう興奮して犯人探しを始めました。私たち夫婦はさすがに気がつかなかったと言い続けましたが、姉が三千代を問い詰めたんです」
正子にとっては、家の方が妹よりも大切だったのだろうか。
しずかが続きを話した。
「三千代さんも、素直に謝るようなことはしませんから。そこでまた言い争いになってしまって。正子さんにとっては、この家は、「華族」として栄華を誇った高木家の象徴なのです。あの方は、今でも華族制度が廃止されたことを嘆いておりますし、奪われてしまった特権が恋しくて仕方がないのです。私は三千代さんが生きていれば、正子さんが元気なうちに、この屋敷に火でもつけたんじゃないかと思っています」
妹尾が初めてしずかを見たときは、植物のようで、まるで生気を感じなかったが、今日、初めて血が通っているところを見た気がした。
「ありがとうございました。貴重なお話を伺えました。そろそろ二階の二人も下りて来るでしょう」
二人は正子が下りて来たところを想像したのか、また貝のように押し黙ってしまった。
数分もしないうちに、佐川の大きな声が聞こえてきた。正子が近づいていることを知らせるために、警報代わりに声を張っているのだ。
そしてラウンジに戻って来るなり、
「二階の部屋の再確認、完了いたしました」
と、わざとらしく報告した。
正子の憮然とした態度からは、一悶着あったように見える。
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