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第28話 吉岡の推理
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吉岡は、四月十二日の一日が三十時間くらいに感じられた。
早朝から神楽坂まで出向き、高木邸の周辺で聞き込みを行った。幸い、リポーターたちでごった返していたため、彼も同類と思われ声をかけやすかった。
呼び止めた近隣住民は皆、話が整理されており、インタビュー慣れしているようだった。
あっという間に時間が過ぎたため、午後、研究室に顔を出す時間が遅れそうになった。
昼食を食べる時間を諦めて大学に直行し、研究に没頭した後、休憩時間に優里とLINEで会話した。軽く食べてまた研究。自宅に戻ろうと大学を出たのときは二十三時近くになっていた。
そんな訳で、吉岡が犯人逮捕のニュースを見たのは、帰宅途中の電車の中だった。
吉岡は帰宅後もネットで情報を収集したが、一番気になっていた密室については、つぶやき一つ見つけられなかった。
世間は、女性が殺されて犯人が見つかり、動機は金銭トラブルによるもの、という情報で綺麗に完結したと感じ、満足したらしい。
確かに、単にテレビからこの内容のニュースが流れてきたなら、たいていの人は、「うわあ、殺人事件か。あ、でも、犯人見つかったんだ。よかった」で、あっという間に意識から抜けていくだろう。
だが警察はそうはいかない。侵入経路を特定し、その裏付け捜査を行うはずだ――たとえマスコミに発表しないまでも。
吉岡は、優里から送ってもらった動画ファイルを何度も再生し、その映像を記憶していた。おかげで、今では目を閉じると、三千代の部屋の中を自由自在に歩いて、好きなところを見て回れるようになっていた。
暇さえあれば、吉岡はそうやって、現場となった部屋の中を歩き、その場にいた獣人たちの表情をつぶさに観察していた。
優里から聞いたことだが、三千代の部屋がある二階へは、玄関から入ってロビーを通り抜けて右に曲がり、そのままメインダイニングを通り過ぎたところにある階段を上る必要がある。
メインダイニングに少なくとも三人がいたのだから、その目を盗んで通り過ぎた――しかも、侵入時と逃走時の二回! ――という仮説は、現実的にない。
優里は、裏手に使用人や業者用の勝手口があると言っていたが、そこの鍵がこじ開けられていたのかどうかは不明だ。
だが、もしそこから侵入したとしても、やはり階段がメインダイニングから見えるところにある以上、目撃される可能性が高い。
吉岡は、犯人は窓から侵入したと結論付けていた。一階にいる家族に気づかれずに侵入できるし、何より、庭の大木に下足痕らしきものが残っていた。
あの屋敷の庭に侵入して、ただ木に登っただけで帰っていくという不審者は想像できない。
下足痕らしきものは、逮捕された佐藤のものだと確認できたのだろうか。捜査状況が分からないのがもどかしい。
吉岡の部屋の壁には、カレンダーやポスター、絵画といったものは一切ない。
デスクの上の方の壁に、大きなアナログ時計を掛けているだけだ。部屋に入ったときや、パソコンから目を離したときに、時折目に入るようにしてあるのだ。
だが、もう随分前から、時間はパソコンやスマホの画面でしか見ることがなくなった。
普段からあまり時間は気にしないので、たまに体感時間と実際の時間とがずれることがある。そのため、重要なイベントはアプリで管理し、アラームを鳴らすようにしていた。
今も思考するときの癖で、後頭部に組んだ両手を添えて、椅子に座ったままのけぞると、時計の針が綺麗に一時を指そうとしているのが見えた。
早く寝ないと徹夜してしまう流れだ。
吉岡は歯を磨きシャワーを浴びながら、再度、事件を整理してみた。
頭上から熱いお湯に打たれながら、目を閉じて解明できていない謎を脳内に書き出す。
・部屋の窓は誰が閉めたのか。
(逃走時に佐藤が足や手で押したのか? 風で偶然閉まったのか? だがノブを回してロックすることは不可能だ。部屋の中から誰かが窓を閉めてロックしたとしか考えられない。いったい誰が?)
・ダイイングメッセージは誰が、何のために、どうやって書いたのか。
(まるでミステリーの舞台上の演出みたいに鮮やかにくっきりと書かれている。本物のダイイングメッセージを見たことがないので何とも言えないが、死ぬ間際、息も絶え絶えの獣人が、最後の力を振り絞って書いたにしては、文字が美しく整いすぎている。しかも犯人のことではなく、ただの姉への恨み言では緊迫感にかける。ダイイングメッセージとしては不適切だ)
・遺体の向き。
(ダイイングメッセージを書き終えてから息絶えたのなら、なぜ、指が文字から離れていたのか。それどころか、体自体が逆を向いている。文字を書き終わって向きを変えた?)
・固定電話の子機を持っていたのは何故か。いつ持ったのか。
(ダイイングメッセージを書き終えてから子機を持ったのか? そんな余裕があったのか? 通話履歴が分からないが、さすがに絶命する寸前に、わざわざ電話に出るとは思えない。助けを呼ぼうとしていたのか?)
それともう一つ。この動画の中で気になる人物の行動……。
吉岡はシャワーを止めて目を開けた。兎にも角にも情報が足りない。
ドラマや小説ならば、ひょんなことから捜査中の刑事と一緒に行動することになり、捜査状況を共有できたりするのだけれど――。まあ、現実には無理なので、優里をつついて高木家から情報を入手する他ないだろう。
ドライヤーで髪の毛を乾かしながら、明日の予定を組み立てる。
十三日も午後イチか、せいぜい午後ニくらいに研究室に行けばよいので、午前中から昼過ぎまでは自由に動ける。
(やっぱり行ってみるか……)
ネット上では既に、「犯人の住所特定」などと、嬉々とした口調で、佐藤容疑者の自宅アパートの建物名称まで書き込んでいるものがあった。
すぐに削除すべきだと通報しておきながら、明日その住所に向かう吉岡も同罪なのは言うまでもない。
早朝から神楽坂まで出向き、高木邸の周辺で聞き込みを行った。幸い、リポーターたちでごった返していたため、彼も同類と思われ声をかけやすかった。
呼び止めた近隣住民は皆、話が整理されており、インタビュー慣れしているようだった。
あっという間に時間が過ぎたため、午後、研究室に顔を出す時間が遅れそうになった。
昼食を食べる時間を諦めて大学に直行し、研究に没頭した後、休憩時間に優里とLINEで会話した。軽く食べてまた研究。自宅に戻ろうと大学を出たのときは二十三時近くになっていた。
そんな訳で、吉岡が犯人逮捕のニュースを見たのは、帰宅途中の電車の中だった。
吉岡は帰宅後もネットで情報を収集したが、一番気になっていた密室については、つぶやき一つ見つけられなかった。
世間は、女性が殺されて犯人が見つかり、動機は金銭トラブルによるもの、という情報で綺麗に完結したと感じ、満足したらしい。
確かに、単にテレビからこの内容のニュースが流れてきたなら、たいていの人は、「うわあ、殺人事件か。あ、でも、犯人見つかったんだ。よかった」で、あっという間に意識から抜けていくだろう。
だが警察はそうはいかない。侵入経路を特定し、その裏付け捜査を行うはずだ――たとえマスコミに発表しないまでも。
吉岡は、優里から送ってもらった動画ファイルを何度も再生し、その映像を記憶していた。おかげで、今では目を閉じると、三千代の部屋の中を自由自在に歩いて、好きなところを見て回れるようになっていた。
暇さえあれば、吉岡はそうやって、現場となった部屋の中を歩き、その場にいた獣人たちの表情をつぶさに観察していた。
優里から聞いたことだが、三千代の部屋がある二階へは、玄関から入ってロビーを通り抜けて右に曲がり、そのままメインダイニングを通り過ぎたところにある階段を上る必要がある。
メインダイニングに少なくとも三人がいたのだから、その目を盗んで通り過ぎた――しかも、侵入時と逃走時の二回! ――という仮説は、現実的にない。
優里は、裏手に使用人や業者用の勝手口があると言っていたが、そこの鍵がこじ開けられていたのかどうかは不明だ。
だが、もしそこから侵入したとしても、やはり階段がメインダイニングから見えるところにある以上、目撃される可能性が高い。
吉岡は、犯人は窓から侵入したと結論付けていた。一階にいる家族に気づかれずに侵入できるし、何より、庭の大木に下足痕らしきものが残っていた。
あの屋敷の庭に侵入して、ただ木に登っただけで帰っていくという不審者は想像できない。
下足痕らしきものは、逮捕された佐藤のものだと確認できたのだろうか。捜査状況が分からないのがもどかしい。
吉岡の部屋の壁には、カレンダーやポスター、絵画といったものは一切ない。
デスクの上の方の壁に、大きなアナログ時計を掛けているだけだ。部屋に入ったときや、パソコンから目を離したときに、時折目に入るようにしてあるのだ。
だが、もう随分前から、時間はパソコンやスマホの画面でしか見ることがなくなった。
普段からあまり時間は気にしないので、たまに体感時間と実際の時間とがずれることがある。そのため、重要なイベントはアプリで管理し、アラームを鳴らすようにしていた。
今も思考するときの癖で、後頭部に組んだ両手を添えて、椅子に座ったままのけぞると、時計の針が綺麗に一時を指そうとしているのが見えた。
早く寝ないと徹夜してしまう流れだ。
吉岡は歯を磨きシャワーを浴びながら、再度、事件を整理してみた。
頭上から熱いお湯に打たれながら、目を閉じて解明できていない謎を脳内に書き出す。
・部屋の窓は誰が閉めたのか。
(逃走時に佐藤が足や手で押したのか? 風で偶然閉まったのか? だがノブを回してロックすることは不可能だ。部屋の中から誰かが窓を閉めてロックしたとしか考えられない。いったい誰が?)
・ダイイングメッセージは誰が、何のために、どうやって書いたのか。
(まるでミステリーの舞台上の演出みたいに鮮やかにくっきりと書かれている。本物のダイイングメッセージを見たことがないので何とも言えないが、死ぬ間際、息も絶え絶えの獣人が、最後の力を振り絞って書いたにしては、文字が美しく整いすぎている。しかも犯人のことではなく、ただの姉への恨み言では緊迫感にかける。ダイイングメッセージとしては不適切だ)
・遺体の向き。
(ダイイングメッセージを書き終えてから息絶えたのなら、なぜ、指が文字から離れていたのか。それどころか、体自体が逆を向いている。文字を書き終わって向きを変えた?)
・固定電話の子機を持っていたのは何故か。いつ持ったのか。
(ダイイングメッセージを書き終えてから子機を持ったのか? そんな余裕があったのか? 通話履歴が分からないが、さすがに絶命する寸前に、わざわざ電話に出るとは思えない。助けを呼ぼうとしていたのか?)
それともう一つ。この動画の中で気になる人物の行動……。
吉岡はシャワーを止めて目を開けた。兎にも角にも情報が足りない。
ドラマや小説ならば、ひょんなことから捜査中の刑事と一緒に行動することになり、捜査状況を共有できたりするのだけれど――。まあ、現実には無理なので、優里をつついて高木家から情報を入手する他ないだろう。
ドライヤーで髪の毛を乾かしながら、明日の予定を組み立てる。
十三日も午後イチか、せいぜい午後ニくらいに研究室に行けばよいので、午前中から昼過ぎまでは自由に動ける。
(やっぱり行ってみるか……)
ネット上では既に、「犯人の住所特定」などと、嬉々とした口調で、佐藤容疑者の自宅アパートの建物名称まで書き込んでいるものがあった。
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