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夢の中 第1話
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時夫は最近朝起きるとき、いつも頭痛を感じるようになった。その頭痛は奇妙な夢から覚めた瞬間になるのであった。その奇妙な夢とは幻想の世界を飛び交うような夢であった。その夢の中で時夫は背中に白い羽が生えている生き物であった。時夫は自分が天使ではないかと一瞬思ってはみたのであったが、天使にしては自分があまりにも俗物的に思えたのであった。彼が考えることは天使にしては神聖さとあまりにも矛盾するような思いであった。彼は自分が男性であることを間違いなく夢の中では意識していたのである。彼は夢の中で町の上空を飛び交っていた。ピーターパンさながら夜の町明かりの上を自由に飛んでいるのはしばらくの間は気持ちのよいものであったが、やがて、自分がそこにいる理由を考え始めるのであった。家々の窓明かりに吸い寄せられる自分に気がつくのであるが、その時には、すでにもう、窓の中を覗いている自分を発見して愕然とするのであった。窓越しには食卓についている家族の姿が見えた。母親と娘三人の女だけの家族が楽しそうに食事をしている。時夫は自分の顔を窓に押しつけた。彼女たちの誰も彼に気がつく様子はない。テーブル越しには大きな鏡が壁に掛けてあった。その鏡にはなにかしら映っていた。時夫はその映っているものに目を凝らした。それが、生き物で、よく見ると悪魔のようないでたちであることが分かった。その生き物は時夫の動きに呼応して動いていることが分かった。その生き物が時夫自身であることが分かるのにさほど時間がかからなかった。やがて食卓の方に目を移すと四人の女たちの姿が鏡に映っている時夫と同じ容貌になって全員が時夫を見つめていた。言いようもない恐怖心が時夫を圧倒した。その時いつも時夫は目覚めるのであった。そのような夢を見た後いつも手の平にはびっしょりと汗が付いているのであった。このような夢が幾日も続いた後のある日から決まって頭痛が伴うようになった。その頭痛は数分間続くだけで、その日はもう一切出てこないのであった。そのような状態がもう数週間も続いたのであった。その間何度かかかりつけの医者に診てもらったが、その医者の勧めがあって、専門医に診てもらうことにした。大学病院での2日間にわたる精密検査の結果、何も異常がないことが分かった。時夫を診察した医師は精神科に診てもらうことを勧めた。時夫の担当医となった精神科の医師は時夫が毎晩見る夢を詳しく聴いて分析した。その医師は時夫が物心ついたときから覚えている記憶から現在までの記憶の思い出せるすべてについて聴いた。もちろんその医師は内容について一切他言しないという契約書を書いて弁護士の立ち会いのもとサインした。数週間後診断の結果が出た。彼の精神的面においても何も問題はなかったのである。結局かい摘んで言ってしまえば、彼が毎晩見る夢と彼の今までの生い立ちとには何も関連性が見いだされなかったのであった。事をもっと単純化して言ってしまえば、彼を診断した精神科医は自分の患者を自分にはもう手に負えない患者と断定したのである。患者の夢と患者の頭痛と患者の生い立ちを関連づけることは、彼の精神医学の知識からは不可能なことであった。それゆえ、この医師はこの患者が自分の生い立ちについて嘘をついているとして問題を解決し、自分の患者を見放したのである。
検査の結果を聞いてから、時夫が病院から出たときには、夕日が沈みかけていた。町全体が真っ赤に染めかかっていた。歩道を歩く時夫にとって車道を走る車はいやに静かなエンジン音を奏でていた。時々時夫と行き交う歩行者は誰もが忙しげであった。母親に手を引かれていく子供たち。肩を寄せ合う恋人たち。会社帰りのOL。学校帰り寄り道したらしき学生たち。誰もが自分の家へ、暖かいだんらんの夕食の食卓へと向かっているようであった。町は程なく暗くなり、ウインドウからの光が歩道を照らした。時夫は、今日は家には帰りたくはない気分であった。誰もいない真っ暗な一軒家に入り、明かりをつけるまでの数分間の長さがとても辛いのであった。彼が今住んでいる家は彼の家ではない。彼の友人が海外へ長期出張に行っている間だけ管理を任されているのである。時夫が家にたどり着いたとき、家全体の明かりが燦々と点いていた。夜暗くなってから着いたときの寂しさにもう耐えられなくなった時夫は、家を留守にしている間も明かりを点けっぱなしにしておくことを、その日の朝決めたのであった。
検査の結果を聞いてから、時夫が病院から出たときには、夕日が沈みかけていた。町全体が真っ赤に染めかかっていた。歩道を歩く時夫にとって車道を走る車はいやに静かなエンジン音を奏でていた。時々時夫と行き交う歩行者は誰もが忙しげであった。母親に手を引かれていく子供たち。肩を寄せ合う恋人たち。会社帰りのOL。学校帰り寄り道したらしき学生たち。誰もが自分の家へ、暖かいだんらんの夕食の食卓へと向かっているようであった。町は程なく暗くなり、ウインドウからの光が歩道を照らした。時夫は、今日は家には帰りたくはない気分であった。誰もいない真っ暗な一軒家に入り、明かりをつけるまでの数分間の長さがとても辛いのであった。彼が今住んでいる家は彼の家ではない。彼の友人が海外へ長期出張に行っている間だけ管理を任されているのである。時夫が家にたどり着いたとき、家全体の明かりが燦々と点いていた。夜暗くなってから着いたときの寂しさにもう耐えられなくなった時夫は、家を留守にしている間も明かりを点けっぱなしにしておくことを、その日の朝決めたのであった。
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