輝く樹木

振矢 留以洲

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第1章

第20話

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 萌子は階段の近くまで来て大声で言った。
「輝夫、早く起きて、下に降りてきて。朝ご飯食べないと幼稚園バスに乗り遅れるよ」
輝夫はベッドから出るとすぐに階段を降りていった。
「テーブルに朝ご飯の用意がしてあるから、早く食べて。それからお弁当もテーブルの上に置いといたから鞄の中に入れてね」
「お父さんはどうしたの」
「お父さんは今日は出張で早く出掛けたのよ」

 幼稚園バスから見る景色はいつも見ている景色と同じはずなのに、今日はいつもと違って見えた。商店街、街路樹、銀行、公民館、幼稚園の入り口の門、すべてが同じものなのに違って見えた。5歳の輝夫の内にある14年間の経験が、輝夫の視覚に影響を与えているのかも知れない。
 輝夫のクラスの園児は家族の絵を描いていた。両親を描いても、父親だけを描いても、母親だけを描いても、自分を含めた家族全員を描いてもよかった。輝夫は両親の絵を描くことに決めた。家の前に両親が立っている絵を描こうと思った。いざ描こうとしたとき、輝夫の脳裏に今輝夫が住んでいる家と違った家が浮かんできた。輝夫は脳裏に浮かんだ絵を描かずにはいられないような衝動に駆られていた。

「今日もやっと終わったわね」
「子どもたちをバスに乗せるとホッとするわね」
「ほんとに、そう。お互いご苦労さん」
「今日家族の絵を子どもたちに描かせたの。それで一人とても上手な子がいたの。とても5才児とは思えない絵なの、見て」
「ほんと上手だわね。5歳児でこんな絵描けるなんて。始めて見たわ」
「それがね、この子が描いた家、住んでいる家とは違う家みたいなの」
「それはもっといい家に住みたい・・・というような願望を絵で表す場合もあるんじゃないの」
「そういうんじゃなくて。このあたりの家はすぐ近くに隣の家があるよね。金持ちの豪邸があったとしても見えるところに近所の家があるよね。そうじゃなく、見渡す限り他の家がないという一軒家の感じなの」
「ほんとうだわ。こんなに上手に描けるんだから、隣の家も描いているはずだよね」
「でも、背景として自分の家が画面いっぱい描いてある場合は、近所の家は描いてないよね」
「そう、たとえばこの別の子の絵のように背景の家が画面一杯に描いてあるのなら分かるの。でもこの子の絵は意図的に周りの広大な風景を描いているのよ」
「あら本当だわ。それにこの背景の自然の風景、本当にとても5歳児 の絵とは思えないわ」

「輝夫は今日遅れないでバスに乗れたかい?」
「ええ、無事幼稚園に行って帰ってきました。最近絵を描くのに夢中よ。今日も帰ってきてからずっとスケッチブックに何か描いてるわよ」
 輝夫はリビングルームのソファーに座って、膝の上にスケッチブックを置いて懸命に何かを描いている。テレビのスイッチを入れようと、テーブルの上にあるリモコンを取りに行った時、真樹夫はそのことに気がついた。真樹夫がテレビをつけるとテレビには宇宙の映像が映し出された。

「『はやぶさ』が7年ぶりに帰還したみたいだね。『イトカワ』の微粒子の回収に成功ということだけれど、小惑星の微粒子回収成功というのは世界初みたいだね」
「地球と『イトカワ』はどれくらい離れているのかしら」
「天文学は詳しくないからよくわからないけど、今『はやぶさ』が騒がれているから、僕も調べてみたんだけど・・・まあだいたい自分でおおよそのことがわかればと思っていたけどね。『イトカワ』は地球のように太陽の周りを回っているけれど、太陽の周りを一周するのに1年半かかるんだ。地球が太陽の周りを回る間、地球と太陽との距離はあまり大きな変化はない。でも『イトカワ』は1・6倍くらいの違いがある。だから、これぜんぜん正確でない数字だけど近くて500万キロメートル位で、遠くて9000万キロメートルといったような感じで・・・時期によって随分距離が違うんだ。」
「でもあなたよく調べたわね」
「僕は、天文学は全くの素人だから、その関係の本を読んでもどれだけ理解できているかあやしいものだけど、だいたいこんな感じかなという理解で終わってしまうけど」
「今、テレビで映っていた『イトカワ』の映像・・・ラッコが横になっているような形なのね。小惑星って球に近いような形だと思っていたわ。それに大きさも数百メートルというような感じなのね」
「まあ、日本語でいう小惑星、つまり小さい惑星というようなイメージとは違っていたと僕は感じたけどね」

  輝夫の脳裏にはテレビに映っていた『イトカワ』の映像が焼き付いていた。そして時々太陽系の映像が浮かんでくるのであった。スケッチブックの一枚目に脳裏に焼き付いたままの絵を描いた。ラッコが上向きに寝ているような形、スムーズ地域とラフ地域、地球の回転とは逆回転している様子。それらのイメージが素直に反映された絵を描いているのである。その絵を書き終えて、一枚目をめくると二枚目の真っ白な面になぜか時々、脳裏に浮かんできた太陽系のイメージが映ってきたのである。輝夫はその映像をなぞるように鉛筆を動かした。体中が心地よい暖かさに包まれるのを感じた。瞼を閉じずにはいられないような心地よい暖かさだった。暗闇が体全体を覆っていく感じがした。少しずつ体が浮かんでいく感じがした。時々桃色の光の線が横切っていくのを感じた。
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