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パルティータの調べに合わせて 第2話

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 裕一と修はいつも二人で食べに行くラーメン店の、4人がけ用のテーブル席についていた。
「本当にラーメンと餃子だけでいいのか?普段あまり食べに行けない鰻屋とか高級寿司店でもよかったのに」
左手でメニューを持って、右手で水の入ったコップを握りながら修が言った。
「今日はいつものこの店で、いつも食べているラーメンと餃子が食べたいんだよ」
裕一はメニューを両手で開きながら言った。
修が手で合図すると、20代くらいの女の子が彼らのところに来た。
「何になさいますか?」
「野菜ラーメンとチャーシュー麺と餃子二枚、お願いします」
修は左手で持ったメニューを閉じたままで言った。
「野菜ラーメン1つと、チャーシュー麺1つに餃子二枚ですね。ありがとうございます」
店員の女の子は厨房の方に注文を告げたあと、すぐに他の客のところへ注文を受けに足早に行った。
「今注文取りに来てくれた娘、よく見かけるよね」
客の対応をしている先程の女の子を一瞥した後、裕一は言った。
「僕が始めてこの店で食べた時、あの娘が注文を受けたことを覚えているけれど、あの時もニコニコして注文に応じてくれて、その時のことがとても印象に残っているよ」
女の子が客に応対している方に少しの間体を向けた後、すぐに裕一の方を向いて修は言った。修は席から立ち上がりレジの方に向かって歩いていった。レジの近くにあった二種類の新聞をもってテーブル席に戻ってきた。
「飲食店というのは、味はもちろん良くなければいけないけど、ホールスタッフの印象もあるよね。」
修が両手で差し出した二種類の新聞のうち、左手で持っていた新聞を取りながら裕一は言った。
「この店が繁盛しているのも分かるような気がするよ」
右手で持っていた新聞を、椅子に座ると同時に広げながら修が言った。
二人が新聞をめくる音が他の客の話し声に交じって響いた。裕一が新聞をめくる音が止んだ。修が新聞をあるページまできたところでめくるのをやめると、他の客の話し声とラーメンを食べる音が店の中で響いていた。
さっきとは別の女の子が、ラーメンと餃子を持ってやって来た。
「チャーシュー麺と野菜ラーメンと餃子二枚です」
ラーメンと餃子をテーブルに置きながら、無表情にその女の子は言った。
「今の女の子は見たことがない娘だよね」
新聞をたたんでテーブルに置いた後、ケースから箸を取り出しながら裕一が言った。
「おそらく最近入ったばかりの娘かも知れないね。ちょっと声の調子が緊張した感じだったね」
テーブルに置いた自分の読んでいた新聞をわきに寄せた後、餃子用のさらにスト醤油トラー油をおとしながら修が言った。
「四六時中頬笑んでいるのもおかしいしね」
ラーメンの麺をすすりながら裕一が言った。
「こうやって女の子の店員さんを話題にしている自分たちって、おかしいかね?」
餃子を頬張りながら修が言った。
「まあ男だけで来ている客のグループなんか、時々そういうことを話題にするかもね」
ラーメンをすすりながら話していた裕一は、突然箸を丼の端に横に置いて、修をじっと見つめながら話し始めた。
「昨日はどうしたんだい?やっと君たちが二人だけでデートをすることになったのかと思ってホッとしていたのに。横川さん、楽しみにしていたんだろうな。最近とてもうれしそうだったもんな」
修が答えるのに少し間があった。
「いつかきっとその理由が言える日が来たら必ず話すから。今のところは本当に許してくれない?頼むから聞かないで」
「しかし横川さんが修への気持ちを僕に打ち明けた時、内心羨ましかったよ。だってあんなにすべて揃った娘ってなかなかいないよ。でもなぜ付き合う条件が、デートは僕たち3人で、ということを言ったんだい?でも僕もその理由をその時なぜ聞かなかったのか、今考えても自分ながら不思議なんだけど」
「自分で言うのもおかしいけれど、きっと僕はとても純情だったんだろうな。横川さんと二人だけでデートをするなんて。考えただけでもいろんな妄想が渦巻いて、気が変になりそうな気分だったのかも知れない。裕一と僕は親友の関係だったし、君は横川さんから音楽のことでよく相談を受けていたし・・・何か3人で会っていれば自然でいられるような気がしたのかも知れない」
「このことに修はもう気づいていたかも知れないけれど、僕はある意味ずるい考え方をしていたのかもしれない。横川さんの心の中にあるのは修だけれど、修が横川さんと会う時にいつも僕も横川さんと会うことが出来る、横川さんと話すことが出来る、近くにいることが出来る、そんなことを僕自身喜んでいて、楽しみにしていたのかも知れない。でも、こんなに長く続くとは思わなかった」
「ほんとにそうだね。中学を卒業して、高校、大学、そして社会人なった今も続いている・・・裕一、自分を責めることはないよ。これはずっと僕が望んでいたことなんだから。そして今僕はこのことを全く後悔していないんだから。確かに君が横川さんに思いを寄せていたことは知っていたよ」
「中学の時クラスのほとんどの男子は、横川さんに思いを寄せていたよ。」
「でも、なんでこんな僕みたいのが横川さんの好みのタイプなんだろう」
「当然だろう。修はクラスで一番頭が良かったんだから」
「確かに僕は学校の成績だけは良かったかも知れない。でもそれだけだよ。学校の成績以外良いところは何もないんだから。横川さんが何で僕みたいのを好きになるのかいまひとつ分からないよ」
「修の人柄だよ。修の人格だよ。横川さんの男を見る目が違うんだよ。まあそれが横川さんの素晴らしいところだと僕は思っているんだ。実を言うと少し期待を持っていたんだ。いつかそのうち心変わりして、僕の方へ思いを寄せるようにならないかなって。でも全然だめだった。横川さんの修に対する思いというものは、微動たりとも変わらなかった様子だったよ」
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