たとえば僕が死んだら

草野 楓

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第一章:ヤクザの性奴隷

管理人の証言

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須長勇吉すながゆうきち、五十六歳、会田徹次あいだてつじ、二十二歳――若いな……」

「ふたりとも、仙頭せんどう組の組員です。会田は組に入って三年ほど。須長は古株ですが面倒見はあまりよくなかったようで、周囲からはきらわれていたとか――どうやら須長は、丹下たんげ組と竜牙りゅうが会のあいだで、ちょろちょろ動いていたらしいです」

「丹下組?」

「はい。仙頭組はもともと丹下組の傘下だったのですが、ここに来て竜牙会に寝返ろうとする動きが出ています。丹下組の組長の服役中に一気に組を潰そうという動きが竜牙会にありまして。須長はそのためのスパイだったのです」
「ということは……」

「それに気付いた丹下組の制裁――という線が有力ですね」
 
 相棒の鳴門なると刑事の見立てに、捜査一課の草薙くさなぎ警部は腕組みした。

 
 ――午前十時。

 須長と会田の殺されたマンションのバルコニーから差し込んだ日の光が、ふたつの死体を燦々と照らし出している。
 草薙はベッドの上に転がった須長をじっと見た。
 素っ裸で、うつ伏せに倒れ込んだ死体。
 両目は、化け物でも見たように大きく見ひらかれている。

「ここを借りていたのは?」
 隣に来た鳴門刑事に聞く。
「会社のようです。表向きは人材派遣ですが……須長は週に一度ほど、ここを訪れていたそうです」
「ひとりでか?」
「それはまだわかりません。ただ……」
「ただ?」
「管理人によると――あ、ちょうどよかった。――おい、ちょっと――」

 鳴門刑事は管理人を連れてきた警察官を手招きし、呼び寄せた。
 これ以上ないくらいの仏頂面をした、白髪の小さな老人が警察官の後ろからのっそりと姿を現す。

「夜勤明けで疲れてるんだがね」
 
 声をひそめた鳴門が、
「ほとんどいつも寝ているそうですよ」
 草薙に耳打ちする。

 草薙は管理人に向かい、「お疲れのところすみません」とにこやかな笑みを向ける。

「ひとつだけでいいので、教えてくれませんか。あなたは須長たちが殺されたとき、マンションに入ってきた人間はいなかったと証言されたそうですが、では――須長が来る前に誰かこの部屋を訪れたかはご存じでしょうか?」

「警部、それは――」
 管理人が誰も見ていないと証言したのを知っている鳴門は草薙に耳打ちしようとする。
 草薙はそれを制し、

「管理人さん――失礼。お名前は?」
「……桜井さくらいだが――」

「桜井さん。お願いです。いまいちど、よーく思い出していただけませんか。この部屋で須長と会っていたのは誰なのか。桜井さんの証言が、この事件を解決する重要な手がかりになるのです」
 
 きちんと名前で呼ばれたことに気をよくしたのか、桜井は草薙に向かい、

「刑事さん。あんた息子はいるかね」
 と聞いた。

「はい。高校生の息子がいます」
「わしにもそれくらいの孫がいる」
 桜井は言った。
「こいつが来る前に来ていたのは、それくらいの年頃の少年だ。相手は毎回違っていたようだが……ここで何をしていたのかはまったく見当もつかんよ」

 なるほど、草薙は心のなかでつぶやく。

(やっぱり、の人材派遣か。)

「ありがとうございました。お疲れのところ本当に恐縮です。せっかくですから、家まで車で送らせますよ――おい」
 草薙は近くにいた警官に声をかけ、桜井を家まで送るよう指示する。
 
 すると桜井は、
「ついでにもうひとつ。今回の少年はかなりの美少年だった。……目の下に小さな泣きボクロがあって――あそこにあるホクロは美人の証だからな。思わず目を奪われたよ」
 と証言した。

 桜井が去った後、ベッドの下に潜っていた警察官が「あっ」と声を上げ、
「草薙警部。こんなものが落ちてました」
 と飛び出してくる。

 定期入れだった。
 茶色い革に刻まれたイタリア製ブランドのロゴ。
 なかに差し込まれた一枚の交通カード。

「ミウラ ツバキ……十六歳、男。通学定期ですね」
 
 矢印で結ばれたふたつの駅名。草薙の脳みそがめまぐるしく回転する。

「鳴門」
「はい」
「この駅付近にある、すべての高校をあたれ。ミウラツバキという男子高生を探しだすんだ。いいな」
 





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