たとえば僕が死んだら

草野 楓

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第一章:ヤクザの性奴隷

美少年を買う夜

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 風のない穏やかな秋の夜だった。

 

 黒塗りの大きな車が、豪邸の立ち並ぶ閑静な住宅街の坂道を上り、白いマンションの前でとまった。
 リゾート風の円いバルコニーが印象的な、五階建てのマンション。


 はるか昔、バブルの頃作られたその建物はだいぶ老朽化が進み、外壁も一部ひび割れていた。都心にありながら、あまり人が住んでいないのもそのせいだろう。

 だが、そんな人気ひとけのない場所を好むモグラのような連中もいる。
 いわゆる、闇の世界の住人だ。

 車のドアが開き、なかからのっそりと姿を現した男――須長勇吉すながゆうきちも、そのひとりだった。
 年齢は五十ほど。
 オールバックの黒髪、紫のカッターシャツに白のスーツ、黒光りするサングラスという派手ないでたちの須長は、くわえタバコであたりを見渡すと、あとから出てきた若い男に「テツ」と声をかけた。



「はい」

 テツと呼ばれた金髪の若者は、素早く須長に駆け寄る。


「2時間だ。2時間たったら部屋まで迎えに来い。いいな」
「わかりました」


 タバコを投げ捨てた須長は、マンションに入っていった。

 管理人室では、紺の作業着を着た白髪の老人が椅子に腰かけ、居眠りをしている。黒い大理石のエントランスに革靴の音をコツコツと響かせながら、須長はエレベーターに乗りこんだ。

 最上階で降り、ホテルのような赤い絨毯の敷かれた廊下を歩き、突き当たりの部屋に向かう。
 須長はこのマンションで週に1回、少年を買っていた。
 相手は毎回違う。
 須長の好みは色白の美少年だが、そう簡単に美少年がいるわけではない。

 相手が気に入らないとき、須長はかなりハードなプレイで少年を痛めつけた。須長はサディスティックな性癖のある男だった。

 

 スーツの内ポケットから取り出した鍵を差し、ドアをあけ、なかに入る。
 室内はごくありふれたマンションの間取りだ。廊下の両脇に洋間がふたつと、バスにトイレ。LDKは一面、南向きのバルコニーに通じている。
 ただ広いリビングにはテーブルもなく、がらんとしたフローリングの中央にキングサイズの真鍮製のベッドが置かれているだけの――生活感のない部屋。


 須長はリビングの手前で立ち止まると、ドアの小さなガラス窓から、そっと中を覗き見た。
 須長は毎回、ここで必ず、相手の少年をチェックしていた。もっとも最近はハズレばかりで、あまり期待できなかったが。

 半ば諦め半分で見たその瞬間、須長は息を呑んだ。


 ――信じられないほどの美少年だった。



 真綿のように白い肌に、毛先がわずかにカールした薄茶色の髪。
 ハシバミ色の大きな瞳は、濡れた宝石のようにあざやかに澄んで、ほのかに染まった頬と、下唇が少し厚い真っ赤な唇が、何か言いたげな甘い艶を漂わせている。

 白のシャツ姿でベッドに浅く腰かけていた少年は、気配を感じたのか、ふっと顔を上げるとリビングのドアに目を遣った。

 右目の下の泣きボクロが印象的だ。



 須長は、ごくん、と唾を飲んだ。
 からだの中心がじわりと疼く。期待感に胸が高鳴る。
 久しぶりに楽しい夜になりそうだ。





 ――まさかそれが、人生最後の夜になるなど、そのときの須長には知る由もなかった。







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