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第十九話 シヴァン視点

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 ついこの間まで奴隷だった少女を、養子として貴族家に迎え入れる。

 傍から見たら馬鹿だと思われるかもしれない。だが、そうするだけの価値が彼女にはあるのだ。


 目の前の少女は恋をしている。その相手は公爵家の長子。結ばれるには、彼女の身分が問題だ。だから、資金難の家に養子としてとらせよう。そして、あいつが資金援助をすることを条件に彼女を娶ればいい。私は友人のために、その場を整えておこうじゃないか。準備ができた頃にはあいつの心も決まっているだろう。……初めはそう思っていた。

 彼女に簡単なテストを行った。騎士団の入団時に課される筆記試験だ。その内容は、この国や周辺国の基礎知識を中心に様々な分野から構成されている。剣しか振れない脳筋でも、とりあえず答えられるような優しい仕様。下級であっても我が国の貴族の仲間入りをするのだ。これくらいのことは知っていてほしいし、知らないのなら教師をつけてでも学ばせなければならない。

 ……だというのに。結果は私の予想を遥かに超えるものだった。

 騎士団では、他国の人間が入団試験を受けることを想定し、七ヶ国語で様々な内容の問題を作成している。つまり、そのどれを解くかで彼らの出身地が自然と知れるというわけだ。

 しかし、彼女はその七枚の問題用紙すべてに記入した。回答欄の虫が這ったようなそれは適当にペンを動かしただけのようにも見える。彼女に意図を尋ねて、私は驚愕した。すべての問題を理解して、意味ある言葉をそこに記していたのだから驚かずにはいられない。何かの記号に見えたペンの跡も、言われて見れば文章としてかろうじて読める。

 続いて、出身地、希望する職種、収入額を聞いた。私が習得したばかりの帝国語、森林語、星座語で。彼女はそのどれもにそれぞれの言語で流暢に返した。
  
 おかしい。こんな少女が、十ヶ国語もの言語を習得しているなんて普通じゃない。もしや彼女はどこかのスパイなのだろうか。いや、それ以外考えられない。……けれど、騎士として逮捕するべきだと思いながらも、それをしたくない気持ちがあった。外交官を多く輩出する貴族家の長男として、彼女の能力が魅力的でならなかったのだ。

「君に一つ仕事を頼みたい。その結果で君の今後が決まるだろう」

 私の立てた推測はこうだ。彼女はその傾国の美貌を武器にしたスパイで、潜入調査中に奴隷となった。厳しい訓練を積んできたためにクラウスの顔にも耐えられる。屋敷での生活でやつに情がわいたが、屋敷を追い出されてしまった。帰国できない事情があり、この国で就職しようとしている。……大きく間違ってはいないはずだ。それならば。

「病弱な妹のフリをして、私と共に社交界に行ってくれ」

 本当は妹などいないが。

「次のパーティーは1ヶ月後だ。それまでに最低限のマナーを覚えてほしい」

 直ぐにマナー講師を呼ばなければ。両親に手紙も書こう。当初の予定と違うから、他にもいろいろとやるべきことが増えた。

「それまでここに住んでくれ。共に屋敷を出た使用人がいるだろう。彼女はうちで雇おう」

 彼女がどこの国のスパイであっても構わない。多言語習得者である事実を私に明かし、この能力で就活すると言うならば、私が提案できる最高の就職先を斡旋するまで。

 そういうわけで、私は彼女を全力で我が家に引き入れることにしたのだ。
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