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第二話 クラウス視点
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今日こそは、と決意した。孤独な日々は終わりにしたかった。
「従順な奴隷を買いたい。できれば女が良い」
通された客室で話を切り出すと、奴隷商は小さく息を飲んだ。にこやかな顔がそのまま凍りついたように動かない。遅れて、まさかという顔をする。……女奴隷を買うのだ。そういう目的も、もちろん含んでいる。
「そ、それですと……わたくしめの店でお求めになるのは……えーと、その、厳しくなりますね……」
この店がそういうことを禁止している訳ではない。だが、俺がそれを求めることに問題があるのだろう。……この反応からすると、この奴隷商は俺の仮面の下を知っていて、それで渋っているのだな。それならば当然の反応だ。
──仕方ない。今回も、諦めるか?
そう、奴隷を買おうと思ったのも一度では無いのだ。何度も何度もこうして取りやめてきたけれど。
席を立つかと意識を外へ向けた時、俺は小さな気配に気がついた。
「……おい。そこにいるのは誰だ」
幼い頃より好奇の目に晒され、人の気配には敏感だった。
「……そ、そこに誰かいるのか!? 入ってこい!!」
奴隷商は声を張り上げた。
美しい、少女だった。まず目を奪われたのは真っ白な肌。波打つ黒髪と長い睫毛が影を落とし、雪原をうっかり踏んでしまったような気にさせる。けれど、その黒は磨かれた刀身のように鈍く輝いてそれだけで美しくもあった。色付く頬は可愛らしく、視線を下げると瑞々しい唇。彼女の魅力は完成されていた。この世の全てのものに愛されていると言っても過言ではない程の美。こんな少女がいるなんて。
しばらく見とれていたが、俺の耳はいくつかの単語を拾っていた。
ユウレスカ、と少女の名が呼ばれた。どうやら、少女は俺に買われるためにここへ来たらしい。そんなまさか。でも、聞き間違いではないようだ。
「……こちらの奴隷について、紹介してほしいのだが」
少女の夜空のごとく澄んだ瞳に、俺が映るのが分かった。黒髪にも負けず劣らぬ黒だった。さっきは他に気を取られていたが、そこには見つめると吸い込まれてしまうような感動があった。
心臓がドクンと音を立てて、血が熱く燃えている。普通じゃない。この少女も、今の俺も。だって、こんなことを思ってしまっている。
──この少女を、俺が買ってもいいのだろうか。
「それで、俺に買われたいと」
長年の孤独で培った、見栄を張った尊大な口調。この年頃の娘には嫌われるかもしれないと少し怖くなる。しかし、その思いもすぐに消えた。奴隷商の制止を振り切って自らを売り込む少女の姿がひどく滑稽だったのだ。奴隷商は醜い俺の興味をひいた少女の身を案じているというのに、少女は切に俺に買われたいと言う。
「オーナー、こいつを言い値で買おう。本人たっての希望だ。文句は無いな?」
少女が奴隷商をオーナーと呼ぶのもなんとなく愉快だった。こんなにもどうでもいいことを面白く思うなんて。今、俺はとても気分がいいのだ。
奴隷の首輪について説明があった。俺に買われた哀れな少女は命令に逆らえないのだという。どんな命令をしてもすべてが俺の思いのままらしい。俺にとっては願ってもないことだけれど。
支度を終えた少女が俺の元へ歩いてくる。
これで、少女は俺のものだ。少女は俺の所有物となり、俺の言葉に頷いて生きるのだ。
少女を連れて、外で待たせていた馬車へ乗り込んだ。このまま屋敷へ向かってもいいのか。それとも、先に少女の身の回りのものを買い揃えるべきか。
「お前の服の替えや日用品など、買い揃えねばならないな」
独り言のように呟くと、少女は首を横に振った。
「私には出過ぎたことです。最低限のものはオーナーにいただきましたので、クラウス様のお手を煩わせることはありません」
少女の手荷物は決して多くはない。自分で言うように本当に必要最低限なのだろう。
──そんなことを言わないで、ほしいものはなんでも買ってあげるから。
そう言うつもりだったのに。
「そういう訳にもいくまい。君はもう俺の奴隷なのだから、俺がそれらを揃えるべきだろう。それとも、主人でない男の用意したものをいつまでも身に付けると言うのか?」
こんな言い方では怖がらせてしまう。
「……申し訳ありません。私はクラウス様に従います」
俺は少女の怯えた瞳を直視したくなくて、顔を逸らすことしかできなかった。
「従順な奴隷を買いたい。できれば女が良い」
通された客室で話を切り出すと、奴隷商は小さく息を飲んだ。にこやかな顔がそのまま凍りついたように動かない。遅れて、まさかという顔をする。……女奴隷を買うのだ。そういう目的も、もちろん含んでいる。
「そ、それですと……わたくしめの店でお求めになるのは……えーと、その、厳しくなりますね……」
この店がそういうことを禁止している訳ではない。だが、俺がそれを求めることに問題があるのだろう。……この反応からすると、この奴隷商は俺の仮面の下を知っていて、それで渋っているのだな。それならば当然の反応だ。
──仕方ない。今回も、諦めるか?
そう、奴隷を買おうと思ったのも一度では無いのだ。何度も何度もこうして取りやめてきたけれど。
席を立つかと意識を外へ向けた時、俺は小さな気配に気がついた。
「……おい。そこにいるのは誰だ」
幼い頃より好奇の目に晒され、人の気配には敏感だった。
「……そ、そこに誰かいるのか!? 入ってこい!!」
奴隷商は声を張り上げた。
美しい、少女だった。まず目を奪われたのは真っ白な肌。波打つ黒髪と長い睫毛が影を落とし、雪原をうっかり踏んでしまったような気にさせる。けれど、その黒は磨かれた刀身のように鈍く輝いてそれだけで美しくもあった。色付く頬は可愛らしく、視線を下げると瑞々しい唇。彼女の魅力は完成されていた。この世の全てのものに愛されていると言っても過言ではない程の美。こんな少女がいるなんて。
しばらく見とれていたが、俺の耳はいくつかの単語を拾っていた。
ユウレスカ、と少女の名が呼ばれた。どうやら、少女は俺に買われるためにここへ来たらしい。そんなまさか。でも、聞き間違いではないようだ。
「……こちらの奴隷について、紹介してほしいのだが」
少女の夜空のごとく澄んだ瞳に、俺が映るのが分かった。黒髪にも負けず劣らぬ黒だった。さっきは他に気を取られていたが、そこには見つめると吸い込まれてしまうような感動があった。
心臓がドクンと音を立てて、血が熱く燃えている。普通じゃない。この少女も、今の俺も。だって、こんなことを思ってしまっている。
──この少女を、俺が買ってもいいのだろうか。
「それで、俺に買われたいと」
長年の孤独で培った、見栄を張った尊大な口調。この年頃の娘には嫌われるかもしれないと少し怖くなる。しかし、その思いもすぐに消えた。奴隷商の制止を振り切って自らを売り込む少女の姿がひどく滑稽だったのだ。奴隷商は醜い俺の興味をひいた少女の身を案じているというのに、少女は切に俺に買われたいと言う。
「オーナー、こいつを言い値で買おう。本人たっての希望だ。文句は無いな?」
少女が奴隷商をオーナーと呼ぶのもなんとなく愉快だった。こんなにもどうでもいいことを面白く思うなんて。今、俺はとても気分がいいのだ。
奴隷の首輪について説明があった。俺に買われた哀れな少女は命令に逆らえないのだという。どんな命令をしてもすべてが俺の思いのままらしい。俺にとっては願ってもないことだけれど。
支度を終えた少女が俺の元へ歩いてくる。
これで、少女は俺のものだ。少女は俺の所有物となり、俺の言葉に頷いて生きるのだ。
少女を連れて、外で待たせていた馬車へ乗り込んだ。このまま屋敷へ向かってもいいのか。それとも、先に少女の身の回りのものを買い揃えるべきか。
「お前の服の替えや日用品など、買い揃えねばならないな」
独り言のように呟くと、少女は首を横に振った。
「私には出過ぎたことです。最低限のものはオーナーにいただきましたので、クラウス様のお手を煩わせることはありません」
少女の手荷物は決して多くはない。自分で言うように本当に必要最低限なのだろう。
──そんなことを言わないで、ほしいものはなんでも買ってあげるから。
そう言うつもりだったのに。
「そういう訳にもいくまい。君はもう俺の奴隷なのだから、俺がそれらを揃えるべきだろう。それとも、主人でない男の用意したものをいつまでも身に付けると言うのか?」
こんな言い方では怖がらせてしまう。
「……申し訳ありません。私はクラウス様に従います」
俺は少女の怯えた瞳を直視したくなくて、顔を逸らすことしかできなかった。
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