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1、この恨み、晴らさでおくべきか(1)

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 ささいなことをきっかけに、私、カメリア・ソーンウェルは同僚のノルン・エスティネに復讐することを決めた。



 昼下がりの騎士団の宿舎の廊下。非番の者しかいない時間帯で、淡い黄色の太陽の光が、ずらりと並んだ窓から差し込んでいる。ポカポカ陽気が心地よい。昼食でくちくなった腹もこなれて、お茶にちょうどの時間帯だ。
 私は、ぐっと伸びをしながら、後ろを振り返った。
 同僚で同期、そして同じ部隊の前衛を統括しているノルンが、あくびを噛み殺して間抜け面を晒していた。

「しかしノルンも懲りないね。よくまあ、砂糖味しかしないもんを好き好んで食べるよ」

 ただ歩くだけでは口が暇だから、世間話をふってみた。

 ノルンが硬そうな短い黒髪をわしわしと手でかきまわした。眠気で涙ぐんだ青い目をしばしばさせながら、またもあくび。左側が傷痕だらけで火傷あともある、ちょっとインパクトのある顔。その右半分の日焼けした肌とは対照的な、真っ白できれいに揃った歯が、唇のむこうにちらりと見えた。

「なあに言ってやがる。これだから味覚のお粗末な北部出身者は。バターにアーモンドにシナモンそのほか数々の香辛料、感じ取れないのか? 菓子職人が何百年とかけて洗練させたレシピの真髄のひとかけらも理解できねえとは、貧しい舌しかもってない証拠だぜ。北部にはろくな菓子屋もないんだって? なあ、北部出身のカメリアさんよ」

 小突かれそうになったのでさっと避けた。身長差がないから、肘打ちされるともろに脇腹に入って痛いのだ。
 ガラス窓に、ノルンの後ろ姿と、向かい合う私の姿が映る。栗色の髪に、若葉の色の目。見慣れた自分の顔は、可もなく不可もなしというところか。非番なので、着慣れた騎士服ではなく、シャツに細身のパンツだ。

 片方の眉毛をあげて、私の調子を窺うような顔をしているノルンに、軽く肩をすくめて言い返した。

「お生憎様、北部は牛と羊の肉料理の種類が豊富で、どれも絶品なんだ。菓子をつまむ腹の余裕を残していられないくらいに、三度の食事が美味しいんだよ。
 南部の人間は家畜を育てる余裕もない土地しかなかったから、しなびた草と鶏ばっかり食べてるんだろう? だから食事が淡白で、舌がしびれるほど甘い糖蜜漬けのなんたらとか、バター臭い焼き菓子とかで、刺激を補っていたとか」

 ノルンは鼻から、ふんす、と小さく息を吐いて、首をぐるりとまわした。

「牛や羊なんか臭くてなにがいいかわからねえなあ。普段から肉ばっかり食べてるから、筋肉女になっちまったのか、カメリア」
「おっと。さらなる筋力増強のために、砂糖の塊は処分しないといけないかなあ」
「いや、栄えある王国騎士団員の端くれだろ、後援者たちからの贈り物はありがたく頂戴するべきだ。物資は粗末にしないこと」

 しょうもない会話をしながら到着した宿舎の東奥には、女性の騎士の部屋が続いている。奥から二番目が私の部屋だ。

 男性の一割に満たないが、騎士団には女性の騎士もいて、そのうちのひとりが私である。騎士の職務中には、魔法が必要とされる場面も多く、魔力が総じて男性より強くなる女性が、近年になって採用される運びになった。私はその初年度の採用枠に滑り込んだ。
 女性騎士も、ほとんどの任務を男性騎士と同じだけこなすのだが、さすがに部屋の区画は分かれている。部屋の主の承認があれば、男性騎士も訪問は可能。人によっては非番の日に必ずと言っていい頻度で、仲の良い男性騎士を呼んで部屋で乱痴気騒ぎのパーティーをしたりしているから、そのへんの規則はゆるい。今の所、それで不祥事もない。

 私の部屋の前にたどり着くと、許可してないのにノルンがドアを開けた。一枚板の向こうには、即、ダイニングルームがあり、その一角にキッチン、奥に寝室がある。男性は、バスは共用なのだが、女性は部屋ごとにあるので、いろいろと便利である。

「おじゃましま~す。相変わらず殺風景な部屋だこと。俺の高貴なお尻を預けるに足る高級ソファを導入しては?」
「居着かれないように置いてないんだよ。部屋に帰るとあんたがいる生活なんて、ぞっとする」

 勝手知ったるなんとやらで、ノルンはさっさと長椅子にだらしなく座った。ブーツの右足を左の太ももに乗せて。足をテーブルに乗せないところだけは褒めてやれる。
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