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 唇に柔らかいものが触れた。最前、セルチェがいたずらに重ねたときより長く、互いの熱を共有するくらいのあいだ。そして離れた。
 息をつくために開いた唇に、また同じ感触が降ってきた。だが今度は熱いものがぬるりと唇の隙間から入り込み、歯列をなぞりだす。彼の舌だ。奥に入りたそうに何度もそれを繰り返すので、噛み締めていた歯をそっと緩めた。
 
「ん……っ」

 奥に進んできたバハラットの舌に、舌の付け根をくすぐられ、上顎の内側を舌先でそっとなぞられると、ぞくぞくと何かが首の後からせり上がってくる。むず痒いような、しびれるような。
 バハラットの舌は徐々に図々しくなって、くぼみひとつ逃さないように執拗に口中を探りだした。予想外のところに彼の舌が触れるたび、勝手に声が漏れてしまう。それが恥ずかしい。呼吸が乱れ、頭がぼうっとしてくる。
 
 頬と首筋を支えていたバハラットの手は、ゆっくりと襟元に降り、凹凸を確認するように鎖骨に触れてきた。服の中にそれが侵入してきたとき、冷たくもないのに、セルチェの背は震えた。
 もう片方の手が、服の前ボタンを外していく。すべて外し終え、バハラットがようやく唇を解放してくれた。

 恐る恐る目を開けると、険しい顔をしたバハラットがじっと見つめていた。
 
「あっ」

 胸を手で優しく包まれて、いたたまれなさでセルチェは顔を背けた。心臓が破裂しそうなほどどくどく鳴っている。きっとこの鼓動は、伝わってしまっているだろう。彼に触れられていると思うと、みぞおちや背中がそわそわした。なぜかお腹の下の方まで。
 下着にバハラットの手がかかり、ああ、と思って目をつぶった。
 
「ちっ」

 忌々しげな舌打ちが聞こえ、セルチェはすぐ目を開けた。

「……どうしたの?」
「なんでもない」

 バハラットは自分の胸元をまさぐると、首から下がっていた水晶の欠片の鎖を引きちぎって、乱暴に床に放り出した。水晶が光ってる。
 
「もう仕事の時間は終わった」

 言い捨てて、再度セルチェの首筋に触れる。

 ところが、水晶が金属同士をこすり合わせたような耳障りな音を奏でだした。二人は反射的に耳を手で覆う。鳥肌が立つ嫌な音だ。無視できない。
 
「ああ、もうっ」

 バハラットは自分の髪の毛を両手でぐちゃぐちゃにかき回して床に降り立った。彼が水晶片を掴むと、金属音はぱたりと止んだ。

「はい、バハラット。……はあ? いや、なに考えて……、駄目に決まってるだろ! 今すぐ! 探しに! なんでおれが?! ソーアン、頼むよ、わかるだろ。ああ、そうだ、こっちは新婚なんだぞっ、君にだって遠慮くらいあるだろ、なあ。おい、切るな、将軍が……っ、くそっ」

 口汚く罵って、バハラットが再度水晶を床に叩きつけた。もう光は消えている。憤懣やるかたない様子で、荒々しく椅子に腰を下ろすと、顔を両手で覆って天を仰いだ。
 彼がこんなに苛立ちを顕にするなんて、珍しい。
 
「ソーアンだった」
「そうじゃないかなって思ったよ。将軍が、どうしたの?」

 セルチェの方を、彼は見ない。
 
「ソーアンのやつ。エルマがいなくてつまらないからと、将軍を誘って散歩に出かけたらしいんだが、途中で、落としてきたんだと」
「落とす?」
「飛行術式を試しに使って、小一時間飛び回って、帰ってきて後ろを見たら、着いてきてるはずの将軍がいなかった。探すの明日でいいかな、酒が入ってて眠い、あとよろしく、だそうだ。将軍職のひとりが行方不明で放置できるわけないだろ。……探しに行かなきゃいけなくなった」
「だから、昼の時点で始末しておけばよかったのに」
「君が正しかったね、認める」

 セルチェは立ち上がり、椅子に座ったバハラットの背後から、腕を回した。硬い骨と肉の感触。あの香水が鼻腔をくすぐる。ようやく顔から手をどかした彼の唇に、自分から唇を重ねた。
 さっき散々したのに、唇を離すときにはまた頬が熱くなっていた。
 
「ごめん、うちの馬鹿兄が。つ、……つづきはまた、今度でも、いいよ、私は」
「おれは正直、話を聞かなかったことにしたいけど。この分じゃ明日も会えなくなりそうだし」
 
 立ち上がったバハラットに、今度は正面から抱きしめられる。額に、頬に、唇にと、苦笑したまま彼は口付けてきた。

 
 その晩、セルチェはなんだか落ち着かなくて、式場の資料を何度も読み返したり、まだ式次第も決まってないのに誓いの言葉を考えたりして過ごした。いつもだったら、迷惑をかけられたソーアンに対して悶々とするのに、昼間のバハラットの笑顔しか思い出せなかった。それはそれは、くすぐったくて、幸せな夜だった。
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