R18 売られた魔術師は初恋を実らせる

【大特価】今なら国家予算の一割です！ 2

　頭の中を一瞬で駆け抜けた記憶。忘れようとしてきたそれを、急に思い出したのは、バハラットが不意に「結婚しようか」と言い出したからに他ならない。
　呆けていたセルチェは、にこっと首を傾げたバハラットを見て、はっと我に返った。
　
「だめだめだめだめ！　何言ってるの、バハラット。気は確か？　金額考えて！　これ、国の予算の一割くらいあるのよ？！　いくらあなたの実家が裕福だからって、安い金額じゃないでしょ。不用意な親切は身を滅ぼすよ」
「それはもちろんわかってるし、両親にも相談するが、正気だよ」
「いや、絶対、正気じゃないわ。もしかして私のお酒呑んじゃった？　ねえ、私と結婚するということは、あの馬鹿兄があなたの義理の兄になるってことなのよ。これがどういうことかわかる？　あの兄が生きて活動している限り、次から次へと、お金と体力と精神力、はては評判までを削られ続けるの。気持ちは嬉しいけれど、あなたにも、あなたのご家族にも、そんな夏場の生ゴミみたいなもの、押し付けられないよ」
「実の兄に、随分な言い草だなあ」
「あなたならわかるでしょ。学生のころから私のこと知ってるんだし、今じゃあの男の下で働いているんだから」

　バハラットがくつくつ笑った。リンゴを絞ったジュースを一口飲んで。
　
「わかってるわかってる。ずっと君のこと、見てきたから」

　おそらく、他意はない。学生時代からの付き合いだから、そう言っただけだろう。わかっているのに、セルチェは、ずっと昔に封印したものが、胸の奥で疼くのを感じた。くしゃっと子供のように頬を緩めたバハラットの笑顔が、そうさせたのかもしれない。
　かつては、この笑顔を見るのが自分だけだったらいいのに、と夢想したこともあった。随分前の話だ。
　
「だからこそ、協力したい。あの人のはちゃめちゃぶりを、ひとりで受け止め続けるのは、無理だよ。だったら、おれが力を貸したいなあと思うわけだ。それにな」

　一旦、言葉を区切って、バハラットは遠い目をした。
　
「あれを上司だと思うと給料が割に合わないけれど、義理の兄なら諦めつくだろ」
「なぜ縁を切る方向へ思考が傾かないのよーっ！　だめ、絶対！　このことは忘れて、お願いだから」
「こら、セルチェ、待つんだ。話の途中……」
「今晩は付き合ってくれてありがとう、支払いは済ませておくから、じゃあね、おやすみっ」

　逃げるようにしてローブを掴むと、多めのお金をカウンターに置き、セルチェは店を飛び出した。バハラットが追いかけてくる気配はなかったが、小走りに宿へと急ぐ。途中、何度か、バハラットのあのときの笑顔が頭によぎって、――そのたび、首をぶんぶん横に振って、忘れようとした。