【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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完結1周年番外編

Lovers' words 4

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 購入した家具の搬入日を決め、互いに必要なものをそれぞれ別れて買い歩き、駐車場に集合したのは到着から四時間経ったころだった。
 買い物は、結構体力を使う。助手席に座ったときには、ずっしり肩が凝ったような気がしていた。先に車に乗り込んでいたリアンは、運転席でテイクアウトしてきたコーヒーを飲んでいた。私のためにソイラテも買ってきてくれたのだが、すっかり温くなっていた。
 休日の商業施設は混んでいて、大きな道路に出るだけでも渋滞している。

「まさかミシカが『自分のベッドは捨てたくない』なんて言い出すと思わなかったな。あのベッドにそんなに思い入れがあったとは」

 青信号でも一向に進まない前の車のお尻に視線を向けたまま、リアンが笑いを含んだ声で言った。

「違うよ。けんかしたときに一緒に寝るのは嫌なだけ」
「しまったな。逃げ場をつぶしたか」
「まだソファという手があるから」
「それは暗に俺にそっちで寝ろって言っているのか」
「あなたには寝袋があるじゃない」
「家の外には放り出さないでくれよ」

 ようやく前の車が動き出して、そのまま直進……はせず、右折した。アパートとは別方向だ。

「どこ行くの?」
「ちょっとドライブしよう」

 このまま行けば海だ。今日は天気もいいし、窓からの景色もきれいだろう。
 無言で運転を続けるリアンの横顔をちらりと見た後、私は窓の外の景色に視線を移した。

 本当は、けんかしたときに逃げ場が欲しいから寝室を別にしたんじゃない。
 夜、一緒のベッドでふと目が覚めたとき、隣にうつぶせで眠るリアンがちゃんと息をしているか不安になるのが堪えるから。いつだっただろう、彼が背中を大怪我して、私は助けられなかった。何もできなかった。あの日のことを思い出してしまう。恐る恐るその背中に触れて無事を確認しても、しばらくはそのぎくりとした衝撃から抜け出せない。リアンがこちらに背中を向けて眠っているときも、そうだ。それが辛くて、一緒のベッドで寝るのが苦手だった。
 でももうベッドは捨てられてしまうから、彼の背中に耳を当て、鼓動を確かめることで不安を慰めるしかない。昨晩そうしたように。

 海岸線に沿ってしばらく走り、そのまま帰路につくのだと思っていたのだが、リアンは「せっかくだから浜辺を歩こう」と言って駐車場に車をすべりこませた。
 外は、潮の匂いのする秋風が吹いている。寒くはないけれど、暖かくもない。浜辺にはちらほら散歩客やマリンスポーツをしている人たちがいた。潮騒が近い。

 電話がきたようで、リアンはスマートフォンを耳に当てて、私に目配せした。
 先に歩いていよう。きっとリアンはすぐに追い付くから。車に背を向け、浜辺に向かう。

 低めのヒールでも、やはり砂浜を歩くのには不向きだ。少し歩いて諦め、靴と靴下を脱いで波打ち際まで寄った。濡れた砂は冷たくて、靴で圧迫されていた素足に気持ちがいい。解放感がある。
 暗い色の波のてっぺんは白く泡立っていて、ひとつとして同じ形のものがなく、その場に一瞬たりともとどまってない。その動きに見入ってしまう。

「ミシカ」

 呼び掛けに振り返り、目を見開く。
 リアンはなぜか花束――それも昨日リーサからもらったものより大きなもの――を抱えてこちらに歩み寄ってくる。二歩の距離で足を止め、私にそれを差し出した。

「どうしたの?」
「昨日、みんなにプロポーズのことを聞かれて困ってただろ。それでやり直した方がいいかと思った」
「もしかして、さっきの電話ってこのシチュエーションを作るための仕込み?」
「バレたか。あれはただのポーズだ」

 吹き出してしまった。おそらくは、さっき買い物中に自由行動をしている間に、この花束を買ってきたんだろう。サプライズにしては雑。昨日のよりもずっと。でもその気取らないところにほっとさせられた。

「そんなこと、気にしなくてもよかったのに」

 私にとっては、あのときリアンがくれた言葉がすべてだ。
 それより、この花束を飾る花瓶をどうしよう。そちらの方が問題である。また戻って、もう一回り大きな花瓶も追加購入するべきか。
 ダリアとピンポンマムが多めの白とオレンジのブーケは、ちょっと可愛すぎる。どういうイメージでこれを選んだんだろう、彼は。
 手を伸ばし、差し出された花束を受け取る。ずっしり重い。それを支えるように、リアンの手が私の手を包み込んだ。

「君が、幾重もの偶然を越えて俺のもとへ――ほかの誰でもないこの俺のもとへやってきてくれた、ということに感謝してる」

 ふと、潮騒が遠のく。リアンの声だけが、息づかいまで聞こえそうなくらいやけに鮮明に耳に届いた。

「これからもそばにいて、その幸せを味わわせてほしい。死ぬまで、ずっとだ」

 深い意味はないのかもしれない。死ぬまでという期限をつけたことに。
 でも、私は、穏やかに微笑む彼の顔を見て、胸が潰れそうなほど苦しかった。幸せで、……確実にくる別れの予感に戦いて。

 ――私は、この人と死にたい。その先なんて、いらない。
 今までも何度も思ってきたこと。諦めて忘れた振りをしてきた。
 
「ありがとう。そうできるように、努力します」
「まったく……、君らしい返答だな」

 目を伏せ、うつむく。苦笑するリアンの緑の目を直視したら、涙がこぼれそうだったから。
 額に優しい感触があって、キスされたんだと悟った。少し顔を上げると、唇にも同じものが触れる。一度目を開け、今度は自分から唇を彼のそれに押し当てた。



 花瓶を飾ったテーブルの、あまった狭いスペースで、私は手帳にスケジュールを書き込んでいた。家具の搬入搬出の日と、リアンがハネムーンの候補としてあげた日だ。
 そして、来週の火曜日にも丸を付ける。
 あの学園都市内にある病院で、定期の検査があるのだが、終わったあと会ってみようと思う人がいる。ちょうど仕事の都合でこちらに顔を出すことになったという、塩野と。

 もう、一度は手繰り寄せることを諦めてしまった糸も、まだ掴めるだろうか、その端を。

 祈るような気持ちで、数日保留にしていたメールへの回答を「ぜひお会いしたいです」と書いて送信した。

 そして私は手帳を閉じ、早々と不用品の片付けをはじめたリアンの様子を見るために立ち上がる。
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みんなの感想(18件)

なかむ楽
2020.05.11 なかむ楽
ネタバレ含む
薊野ざわり
2020.05.11 薊野ざわり

ご感想ありがとうございます!
長い本編にお付き合いいただけて光栄です。
好きなものを突っ込みすぎてごった煮感はあるのですが、思い入れのあるお話なので、好きと言っていただけると本当に嬉しいです!

ミシカはたしかにリセットではなくコンティニューですね、ゲームはまだまだ続くぜというような。謎はプロット組んで書こうとして確認に読み返してプロット直してをループしてる作者がいつかループ抜け出せたら回収いたします…!
番外編もどうぞよろしくおねがいします!

解除
cvoiles
2020.05.10 cvoiles
ネタバレ含む
薊野ざわり
2020.05.10 薊野ざわり

本編最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!ミシカらしい選択と言っていただけて、なんだかほっとしました。番外編もまだちょこっとありますので、ミシカのお話にぜひお付き合いいただけると嬉しいです!

解除
カム
2020.05.10 カム
ネタバレ含む
薊野ざわり
2020.05.10 薊野ざわり

長いお話に最後までお付き合いいただき、その上冒頭も覚えていただけていたなんて、嬉しいです。こちらこそ、本当にありがとうございました!感謝の気持ちしかありません!

解除

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